【Web再録】ラスト・ブルー・クリスマス
2017年10月8日に開催されたFGOクー・フーリン×エミヤプチオンリー【穿つは心臓 鷹に猛犬】さまにて寄稿させていただいた小説の再録です。その節はありがとうございました!
◆プチオンリー記念アンソロジー 小説「ラスト・ブルー・クリスマス」
――「槍兵」も「弓兵」も、言葉そのものはただの記号でしかないのに。
個人を特定する記号ではないのに、お互いにとってそれが示すのは〝あいつ〟だけ、みたいなクーエミ。も~~~~だいすきそういうの。
2016年暮れに当時リアルタイムで第1部終局特異点をクリアして人理救済を成し遂げたのですが、忘れもしない12月25日のクリスマスという日に、偶然だったんでしょうけど、あのストーリーを経て世界を救うっていうのがめちゃくちゃ心にキたんですよね……。その時の衝動をいつか文の中に籠めたいと思って、そして約1年越し書いたのがこれでした。
あと、カルデアってもしかして南極にあるんじゃないかなーって考えながら、ちょっと皮肉っぽく「浮島」って表現したのが、その2か月後の2部序章で予想が当たってどきどきしたのを再録するにあたって思い出しています。余談余談。
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1、十二月二十五日
――がきん。
噛みあわせの悪い歯車同士の接触で歯面が削られるような音を知覚し、赤い外套を纏った弓兵は目を開けた。あばらに響く物々しさとは裏腹に、飽くほど耳に馴染んだ音だ。目に飛び込んできた光景も、あまたに過ぎ去ったそれと対して変わりない。地獄という、等しく彼の領分そのものを表すここには整合性のとれたものなど一つもなく、すべてがいびつで、そして嘘つきだった。もちろん弓兵もまた、ここで呼吸することを許された有象無象のひとつであり、一方で異質でもあり、そんな彼に行く場所はあっても、もはや帰る場所などどこにも無い。
決戦の地と称するに相応しい舞台であるはずの冠位時間神殿は、虚ろな像を結んでいる。頭上はるか遠くから、ごうごうと命の燃え盛る音が響いていて、逆に言えばそれ以外の音は皆無に等しい。
音の出所――空に奔る巨大な光の輪は、人類という集合体とそれが生み出したもの、そのすべての終着点だ。
目を灼く白い光が、真っ赤な空を丸く切り取る。夕焼けの空もまた燃えるような色合いだが、この時のそれは炎というより血の色で、果たして弓兵は既視感を覚えると同時に違和感の方が強く体を貫いていた。
(こんな色だっただろうか)
思い浮かんだのは、空気が澄んで満点の星々が輝く冬の夜空だ。ここは確か虚空に浮かぶ最果ての星で、そうでなければ突き抜けるような蒼天の空だった気がする。どちらにせよ、地獄の釜の底から見るような、燃えたぎる紅い空ではなかったはずだ。
ふと、地面が揺れた気がして、エミヤは真円を見上げていた視線を落とした。すると、今まで剥き出しの土だと思っていたそこが、末期がん患者の内臓壁のような、爛れた赤黒い肉に変わった。増殖する肉。肉。肉……ぞっと、嫌悪感に肌を粟立たせる。危機感よりも先行したのは、それが何なのかを知っているからだった。人は生来、未知のものにはまず危機感を覚えるものである。
脈打ち、のたうち、不動の大地が一転して嵐の海のように波打つ。ずるずると生えてくる肉――魔神柱の群れに、エミヤは素早く周囲を確認した。
(マスターは、他のみんなはどこに? カルデアとの連絡はどうなっている?)
魔力感知には一家言あるエミヤだが、付近には仲間の存在を知覚できなかった。言うまでもなく戦力差は絶望的である。血肉を啜ろうと触手を伸ばす醜悪な怪物の群中に取り残されて、状況は最悪の一言に尽きた。
肉の裂け目からおどろおどろしい色をした眼球が、無数にせり出している。四方八方を向いていた瞳がエミヤの存在に気付くと、一斉に彼を凝視した。質量を伴った視線は呪いを叫ぶ。はみ出した視神経らしきものの束が、眼球の動きに合わせて蛇のように蠢いている。そのさまは、何万匹もの蛇の巣を思わせた。
エミヤは、双剣を握った手に力を込めると、ぶよぶよと気色の悪い弾力を返す地面を蹴った。戦場で躊躇いを覚えることは死を意味する。不利な状況というときはたいてい、最後は足掻くくらいしか手は残されていない。
目玉から放出される呪いの熱線を、空中で身をひるがえして避ける。一切の無駄な動きを排除して体力を温存し、相手の攻撃をやり過ごす。この時弓兵は、敵を殺しきるのではなく、生き残ることを最優先に戦い方を選んでいた。どのみち相手の数が多すぎる。戦況を変えるには、移動しながら仲間を探さなければならない。
――エミヤにとって、防衛戦は十八番のはずだった。
いっとう手近に生えていた柱へ躍りかかり、斬撃が平行になるよう刃を叩き付ける。ざしゅ、と確かな手ごたえのあと、肉壁には大きさの違う二本の裂け目が出来ていた。
(右の斬撃が浅いッ……!)
己の刃の間合いを見誤るなど、本来ならば有りえないことだった。反撃を警戒したエミヤは柱を蹴りつけると、くるりと体を捩じりながら後ろに飛び退く。そして、屋根から飛び降りる猫のように、降り立つときは砂埃ひとつ起こすことなく着地した。
瞬時に迎撃態勢をとるものの、危惧した追撃は一向に襲ってこない。見れば、巨大な肉塊は浴びせた太刀筋のところからひび割れるように裂け目を広げていって、やがてエミヤの目の前で爆散した。
「なっ!?」
驚いたのも束の間、急激に迫る殺気にエミヤは意識を戻さざるをえなかった。双剣で触手を弾き、弓を出現させると矢をつがえる。気分が高揚していた。的の大きな獲物を射抜くことなど、息をするよりたやすい。コンマ数秒のうちに目玉が密集する部分へ狙いを定めると、引き絞った弦から指を離した。吸い込まれるように螺旋状の弓が奔り、過たず突き立てられたそこで大きな爆発を起こす。
発狂混じりの断末魔を上げて、爆発に巻き込まれた魔神柱が消滅していく。エミヤはそこで自分の現状を認めていた。気分がいい。相変わらず、右の短剣の間合いが把握しづらいままだが、戦えば戦うほどこころが踊った。敵は次から次へと無数に湧いてくるのに、自分にはそれを制する力があると感覚で分かる。
逸る気持ちの理由は明快だ。この特異点を修復すれば人類史は守られ、世界が救われる。彼の理想が報われる。純粋で、ひたむきな、彼の夢がここにあるからだ。
しかし、敵を屠り続けるうち――力を奮うにつれて、やがて弓兵の高揚していた気分は徐々に凪いでいった。こころが空虚になり、体の内側が空っぽになっていく感覚を覚えていた。力は漲っている。一方で頭は虚ろになっていく。肉体が自分の意思から離れて、まるで手足の先に糸をくくり付けられ、操られているような既視感。そして、エミヤという存在はそれが意味するところを嫌になるくらい知っていた。
嗚呼、自分が自分でなくなっていくのだと、エミヤは細く息を吐いた。彼はサーヴァントである以前に、抑止の守護者である。人理崩壊直前という危機に面した今になって、ソレはエミヤに〝仕事〟を強いた。自分という個が、ただ奮われるだけの力になっていくのだ。魂に根付いた抑止力との契約が発動して、手足に絡みつく繰り糸から仕事を完遂するための力が注ぎこまれる。どうしようもない。端から彼に選択権はなく、そうなってしまってはもう駄目だった。
魔神柱の数を削いでいきながら、特異点を走り抜けて最深部にある玉座を目指す。我がことながら手慣れた風を感じて、エミヤはなけなしの自我をかき集めたその隅で小さく微笑んだ。恐らくマスターも、仲間もその近くにいる。自分は、玉座にたどり着くまで自分を保てればそれでいい。
一段と空気が重く感じる最深部近くに到達したころ。鷹の目でなくても白い玉座を視認できたところで、弓兵は直感にも似た洞察力で自分に襲い掛かる新たな刺客に気付き、進行方向から離脱した。途端、彼のいた場所から火柱が上がって、きゃらきゃらとした幼い少女の声が喜びを伝えてくる。
「みつけた。みつけたわ。マスターはあたしを褒めてくれるかしら」
「ナーサリーライム……?」
エミヤは愕然としていた。終末の地において、いかに相容れないもの同士であっても、サーヴァントはみな背中を預けあい戦っていたはずだ。それがいま、少女の姿をしたサーヴァントは明らかにエミヤを敵と認識し、攻撃を仕掛けてきている。
「なんてこと! こんなワンダーランドぜんぜん素敵じゃない!」
愛らしい顔をぎゅう、と顰めたナーサリーライムは、ドレスの裾を揺らしながら白い制服を纏った人物のそばへと駆け寄った。
「エミヤ……」
その人物――人類最後のマスターは、自らに抱き着いてきたナーサリーライムを懐に迎え入れると、困惑の表情でエミヤを見た。気付けば、その周りには他にも数人のサーヴァントが控えている。みな一応に武器をとり、戦いの姿勢を見せ、そしてエミヤを見ていた。
(何故だ。何故君が玉座に背を向けている?)
君の向かう先こそ背後の玉座ではなかったのかと、エミヤはマスターに向かって問うた。何が何だか分からない。何故ナーサリーライムに攻撃されたのか、何故マスターがここに留まって――まるで、自分を迎え撃つかのようにしているのか……。霞んでいく意識を繋ぎとめ、エミヤは自分を取り巻く現状を把握しようとする。
そんなエミヤを尻目に、ナーサリーライムはマスターの制服に縋り付いたまま、非難轟轟と声を上げた。
「本当にひどい夢の世界。こんなひどいお茶会見たことない。カップの中身はあなたの涙。しょっぱい紅茶。燻る香りは血の臭い!
――ねえ、あなたもそう思うでしょう?」
最後のセリフを向けた先は、エミヤにでもマスターにでもない。少女の視線が自分を飛び越えて何かを捉えていた。エミヤは、その方向に今度こそ強烈な存在感を覚えて振り返った。
「青いおおかみさん」
少女に呼ばれた男は、その声に応えることなく、代わりにアーチャーとエミヤを呼んだ。
斜陽の空。命が燃え尽きていく天の下、歪んだ大地に、記憶に馴染んだ青が立っている。
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