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地域に障害者サポートの場なく「自ら始めるしか」…親同士で協力し訪問看護、共生や女性活躍の場にも
[ケアラーの風景]18歳の壁<4>
障害のある子どもの親は、子どもが18歳になると必要なサポートが足りずに、悩みや孤独感を抱えることが多い。「我が子の将来のために」と、自ら障害者の支援の場をつくった母親がいる。
自ら設立した訪問看護ステーションで陸さん(右)を看護師に預け、仕事をする藤川さん(埼玉県内で)
埼玉県ふじみ野市のNPO法人「ママケア」は、医療的ケアが必要な障害のある子どもを持つ親同士の交流会を開くほか、看護師が家庭を訪ねて医療的ケアが必要な子どもの健康管理などを行う「訪問看護」などを手がける。同法人代表の藤川友子さん(62)が2019年、「必要な支援が地域にない。自ら始めるしかない」と、仲間たちと設立した。
藤川さんは、長男の陸さん(21)と夫(64)と3人で暮らす。陸さんは幼稚園に通っていた4歳の時、感染症にかかって生まれつきの難病が悪化。話すことも、一人で食べたり動いたりすることもできない重度の障害児となり、医療的ケアが欠かせなくなった。「おうちに帰りたい」が、藤川さんが最後に聞いた陸さんの言葉だ。
以後、藤川さんは自宅で陸さんにつきっきりになった。翻訳の仕事を辞めて、人工呼吸器などの命に関わる医療機器を扱いながら介護する。「孤独と緊張と疲労で、頭がおかしくなりそうだった」。陸さんの入院中に知り合った母親らも皆、同じような状況。悩みを共有できる場が必要と、マンションの集会所や公民館などでママケアを始めた。
陸さんが特別支援学校に通い始めてからは、卒業後の居場所が見つけづらい状況にあることを知った。医療的ケアに対応できない障害者施設が多く、通いたくても通えないケースがある。その結果、親たちは離職し、心身をすり減らして、子どもの世話にあたっていた。陸さんも地元で通える施設を見つけることはできなかった。
陸さんの卒業が迫る23年1月、法人として訪問看護サービスを始めた。事業所では、医療的ケア児を持つ親が一緒にスタッフとして働き、子どもの一時預かりも行う。現在、約20家族が利用している。
「『共生社会』『女性活躍』と言われる。私たちのような親も社会とつながりたい。医療的ケアが必要な人やその家族を含め、あらゆる家族が孤立せずに安心して暮らせる社会を目指してほしい」。藤川さんは訴える。
川崎市の障害者就労支援会社「ダンウェイ」社長の高橋陽子さん(52)は、重度知的障害者の働く機会を増やそうと奮闘を続ける。
起業のきっかけは、自閉症で重度の知的障害がある長男の遼さん(22)だ。幼少の頃、口頭での簡単な指示や質問は理解できる可能性があったのに、発達を確認するテストを受けさせてもらえなかった経験がある。「このまま成人しても障害を理由に挑戦の機会を与えられず、門前払いをされるのではないかという危惧があった」と話す。
同社は、障害者向けの作業所の運営や、就職した障害者のサポート事業などを手がける。20年には、社会保険労務士の資格を持つ高橋さんが企業の人事担当として働いていた経験を生かし、障害者の色や言葉、数字などの理解力や、作業能力を「見える化」するシステムを開発した。企業が障害者を採用する際などに役立つという。
「重度の障害がある子どもの親の多くは、子どもの将来を考えて絶望した経験を持つ。でも、周囲の理解やサポートがあれば、個々の能力を発揮して社会の中で活躍できる」。高橋さんは強い思いで、新たな障害者雇用の創出に挑み続けている。(終わり。矢子奈穂が担当しました)
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