小栗上野介の子孫が、ジャンプギャグ漫画家になったワケ⑥『不気味な木多康昭先生とテンテンくん誕生秘話』
前回、平松伸二先生の元でアシスタントを始めた僕は、新人漫画家達が集まる飲み会に参加しました。
そこで出会ったのが、『幕張』の作者・木多康昭先生。僕の漫画『親切くん』を褒めてもらい、すっかり好感を持っていたのですが……。ここから、僕と木多先生の数奇な因縁が始まったのです。
■ 天才ギャグ漫画家・木多康昭
『幕張』の木多康昭先生といえば、新人漫画家の間でも話題の、異色の天才ギャグ漫画家でした。
それというのも、当時の少年ジャンプの漫画家は、高校生ぐらいから投稿を始め、コツコツと読切掲載を重ねて、二十代前半で連載を勝ち取る、というパターンが一般的でした。
しかし、木多先生は違います。
最初の受賞がジャンプの月例賞(ホップ・ステップ賞)の佳作で、その時点で年齢は25歳。しかも、それが漫画の初投稿作だったとか(それまでは普通に会社員として働いていたそうです)。
さらに凄いのが、その後立て続けに増刊号で読切掲載、赤塚賞佳作受賞とトントン拍子に進み、あっという間にジャンプ本誌で新連載開始…!
なんと、初受賞からたった一年でジャンプの連載を勝ち取ったのです。これはジャンプ史上でも異例のスピード出世でした。
そして始まった連載作『幕張』も、青年誌のようなエゲツない下ネタやパロディ、リアルな高校生男子のギャグ描写が話題を呼び、またたく間に当時のジャンプの看板ギャグ漫画『すごいよ‼︎マサルさん』(うすた京介先生)と並ぶ人気作になっていたのです。
ある意味ジャンプ史上一番の問題作
マサルさん以前と以後と言って良いぐらい、ギャグ漫画の歴史を変えた革新的な作品
■ 木多先生の呟きと衝撃の掲載
飲み会では新人漫画家同士、親睦を深めようと色々な話をしました。
その中で、Hさんが僕のことについて木多先生に言いました。
「そういえば小栗くんて、こう見えて
小栗上野介の子孫だからね」
実は一ヶ月ほど前、平松先生の仕事場で歴史の話になった時、僕が「小栗上野介は先祖です」と答えたことがありました。その時Hさんは半信半疑だったのですが、それを今、お酒の席のネタとして話したのです。
それを聞いた木多先生は、
「え〜〜?本当に〜〜〜?」
とニヤケていました。明らかに疑っている顔です。
どうやら木多先生は歴史に詳しいらしく、小栗上野介は好きな幕末の偉人の一人だったとか。
僕は「疑われてるなぁ〜」と思いながらも、以前のHさんの件もあったので、そこまでムキになって詳しく説明はしませんでした。
そして、ビールを飲みながら木多先生はニヤニヤして、こう呟いたのです。
「そっか〜。小栗さんは小栗上野介の子孫かぁ〜〜」
その呟きの意味を知るのは、3週間後の週刊少年ジャンプでした。
その日、いつもの様にジャンプのページをめくり、『幕張』を読むと……
そこには、僕とHさんにソックリなキャラが登場していました。
「ど、どういう事⁉︎」
驚きながら読むと、僕にソックリなキャラの紹介プロフィールにはこう書いてありました。
『小栗又一郎(おぐり またかずろう)
自称・小栗上野介の子孫』
そう、僕はある日突然、ジャンプの人気ギャグ漫画の登場人物になっていたのです。
木多先生は僕を「小栗上野介の子孫を名乗るイタイ奴」と認識して、キャラとして登場させ、イジってきたのでした。
「たった一回会っただけの人を、許可もなく自分の漫画に登場させていじる。こ、これが木多康昭先生のやり口なのか……!」
僕は改めて木多先生のヤバさを知りました。でも、この時の僕は「どうせ僕なんかキャラも薄いし、出ても1、2回のチョイ役だろう。というか、人気ギャグ漫画に出られてラッキー♪」ぐらいの軽い気持ちでいたのも事実です。
それが、後にとんでもない事件になる事も知らずに……。
■ 天国のアシスタント生活と、最初の連載ネーム提出
平松伸二先生の仕事場は、仕事は大変でしたが充実感がありました。毎週チームで力を合わせて作品を作り上げる喜び、そして何より………
ご飯がめっちゃ美味しかったのです(笑)
朝はファミレスのモーニング定食を食べて、昼は出前の美味しい店屋物。15時に奥さんがケーキ等のオヤツを出してくれ、夜は仕事場とは別の平松先生の自宅のリビングで、奥さん手作りのすき焼きやスペアリブといった、ご馳走を食べる。
今までの実家の貧しい食生活とは雲泥の差で、心の中で「こ、こんな美味しい物ばかり食べていいのかな?てゆーか、人気漫画家の仕事場ってスゲ〜!!」と感動していました。
その上アシのお給料も、最初から17〜18万も貰えて(絵が下手で仕事が遅い新人なのに…)、更にコミックスが出る月は、ボーナスとして数万円プラスという好待遇。
チーフアシのKさんはもう10年近く平松プロにいる人で(当然僕よりずっと良い給料)、「そりゃあ、長くここにいるのもわかるなぁ…」といった感じでした。
ただ、当時の僕はジャンプの研究生です。このままダラダラとアシ生活に染まってしまったら、せっかくもらったチャンスを逃しかねません。
「僕を漫画家として認めないあの親父を、ジャンプで連載して認めさせてやる……!」(※僕の父親が僕の赤塚賞の賞金を、目の前で破り捨てた話を知りたい人は、第3回を読んでください)
そんな決意を胸に秘めていた僕は、アシをしながらも、休日に連載ネームをせっせと描いて、会議に提出しました。
一番最初に出した連載ネームは
『学園探偵 円楽くん』でした。
このタイトルを聞いて「円楽くん…?」と思ったアナタは、数少ない小栗かずまたファンです(笑)。そう、この漫画は後に月刊ジャンプで連載した『学園探偵 エンラクくん』の元になった作品でした。(全一巻ですぐに終わりましたが…)
『学園探偵 円楽くん』は、学校内で起きた小さな事件を解決する、自称名探偵の変な少年のギャグ漫画。
正直言うとあまり自信は無く、とりあえず3話分のネームが描けたので、提出したという感じでした。
(ちなみに当時のジャンプの連載ネームは、基本的に一話目のネームがストーリーだと45〜47pぐらい、ギャグだと31〜35p。2話と3話は17〜21p。それに、その漫画のキャラの絵のカットを付けて、連載会議に提出します)
案の定、『学園探偵 円楽くん』の連載は通りませんでした。
しかし僕は、「まぁ、一発目からあの天下のジャンプで連載が通るワケないしな…」と、あまり凹みませんでした。
ただ、次の連載会議にこのまま円楽くんをブラッシュアップして、再挑戦するのか?
新しく別の作品を作り直すのか?という選択をしなければならず、少し悩みました。
ジャンプの連載会議では、連載ネームを封筒に入れて、会議までの間に編集さん達が回し読みをして、読んだ編集さんはその感想を封筒に直接書く、という方式でした。なので、連載会議を落選しても、その封筒には大体10人ぐらいの漫画の感想が書かれて返ってきます。その感想を読んで、今後の作品の修正の参考にするのです。
いくつか見せてもらった円楽くんの感想は、「子供向けで良い」「面白いので連載で読みたい」というポジティブな意見もありましたが、「主人公が変人過ぎて好感度が低い」や「タイトルが『探偵』なのに、探偵の要素が弱い」といった、否定的な意見も多い感じでした。
担当編集のMさんと話し合った結果、円楽くんは一旦やめて、新しい作品でジャンプ本誌での読切掲載を目指し、その読切の人気を見てから、連載ネームを作ろうという事になりました。
■ 生まれたテンテンくんの種
それからしばらくは、ジャンプ本誌用にどんな読切漫画を描くか、試行錯誤の日々。
でも僕の中にずっと、本誌で試したい、ある一人のキャラがいました。
それは丸っこい顔で、とぼけた毒のあるキャラ。デビュー作の『トウフノカド』の山野くんから、ドワーフファミリー、親切くん、円楽くんと、そのキャラはずっと形を変えながら僕の漫画に登場します。なぜか妙に僕はコイツを気に入っていたのです。
「う〜ん…。どうにかして、この丸顔おとぼけ毒キャラのコイツを、面白く活かせる設定はないかなぁ…。」
でも、なかなかそうすぐには、思い付きません。どんな漫画も、『設定』が大事です。例えば、ジャンプの名作漫画『北斗の拳』は、「荒廃した世界の中で、無敵の暗殺拳の使い手が活躍する」という設定だからこそ、ケンシロウの強くて孤高でありながら、優しいキャラがより活きるのです。
(原作 武論尊先生 漫画 原哲夫先生)
いわずと知れたジャンプの超名作バトル漫画
最近も読み返したら、めちゃくちゃ面白かったです!(たった16巻でラオウ編が終了していて、ビビリました。昔の漫画は内容が濃過ぎる…!)
そんな風に設定に悩んでいる最中、もう一つ別の漫画のアイディアを思い付きました。
それは、冴えない少年が不思議な『才能の仁丹(※小さな丸い粒のお菓子)』を食べると、その才能を使って一定時間だけヒーローになれるという漫画。(タイトル忘れました)ただ、ギャグ漫画としては弱くて、Mさんにネームを見せたら、即ボツになりました。
僕は正直にMさんに言いました。
「最近、色々な設定を考え過ぎて、何が面白いのか、よくわからなくなってます……。」
するとMさんは軽い口調で
「いや〜小栗くん、なんか煮詰まってるね。小栗くんの持ち味は子供向け漫画なんだから、もっとシンプルに漫画作った方が良いんじゃない?ドラえもんみたいな漫画とか。」
ハッとしました。
僕は頭のどこかで、「天下のジャンプなんだから、尖った、新しい設定の漫画を描かなくちゃ!」と考えていました。
でもよく考えると、今ジャンプに載ってる『すごいよ‼︎マサルさん』も『幕張』も設定は学校モノ。キャラさえ面白ければ、舞台は誰もが知ってるシンプルな方が良い。
「シンプル……そうだ、コイツの見た目もシンプルにしてみよう!」
その結果……
全裸になりました。
(つづく)
※ついに次回、全裸のアイツが生まれます!そして、少しずつ近づいていく、あの恐ろしい『幕張事件』……。
今後の連載を見逃さないように、ぜひnoteのフォローをお願いします!
それと、スクロール一番下の『スキ』ボタンを押したり、コメントを頂けると執筆の活力になります!(大変厚かましいのですが、今回も皆様からのツッコミや感想をお待ちしております。一言でも頂けると、めちゃくちゃ嬉しいです)
僕のデビュー作で、赤塚賞準入選作『トウフノカド』を限定公開中(¥100)ご興味のある方はぜひ。エッセイ連載の応援としても、よろしくお願いします!↓😄
(オマケでエッセイに書かなかった、手塚赤塚受賞パーティの裏話も載せています)
全裸のアイツ(ネタバレ)
LINEスタンプ
テンテンくん&デモモTシャツをBASEで販売中!(現在、特典でテンテンくんの幻の続編読切『12年後のテンテンくん』収録の漫画冊子が、Tシャツ一枚購入につき一冊付きます。※特典は無くなり次第終了します)
いいなと思ったら応援しよう!
僕の記事が面白い!これからも、もっと読みたい!と思ってくれた方、チップを執筆のエネルギーに変えて頑張りますので、応援よろしくお願いします‼️

どちらも大好きな漫画家さんです。
そうでしたそうでした 吉六会のメンバーの1人として出てましたね。 凄く懐かしい
幕張が始まった当時は小学生でした。 大人になってからエピソード読むと、木多先生のヤバさがよくわかります笑
当時ジョウロに翼をつけたデザインがとても好きでした! 木多先生は異色のデビューだったんですね。「内緒の相談は全てバラす」と巻頭で言っていた気がしますが、少し聞いただけの内容もネタに昇華するあたり流石ですねー!