2024年03月23日 (土) 20:08
エッセイは読まれないものに意味はない。悪かろうがよかろうが他者に読まれ、異論・反論を多数出され反論エッセイまで出されるほどにまで炎上しSNSというネットの宇宙にぱーっと広がることに意味があるんだ。それがエッセイストとして生きた証でもあり、自分が生きて来た証を表現する「芸術」って言うんだよ。無条件に爆発の領域にまで達して初めて随筆つまりエッセイは文芸つまり芸術の領域にまで達する。全身に力を込めて怒り、妬み、感動、友情、愛、信念、問題点、そして最重要の「社会」を出すことに意味はあるんだ。それが「爆発」だ。真のエッセイとは超新星爆発のごとき作用があるんだ。それが「命」を表現するエッセイストなんだよ。エッセイは心を、命を揺さぶる作品の事を言うんだよ。「なんだこれは?」と読者に言わしめるエッセイにこそ価値があり「なんだ、これは!」となったらそれはもう芸術の領域に達したエッセイなんだよ。
だから炎上覚悟で言う。
「エッセイは、爆発だ!」
数年前の祭りの様子、居なくなったり静かになったそうした方と交流させていただいていた時の、爆発の如き、花火の如き祭りの様子は覚えております。←ちょっと暴動を思わせるあの時もとても楽しかったです♪(*^^*)
エッセイの賑わいもすごかったですね。←熱量と圧も(●´ω`●)
親しかった方が居なくなるまでの祭りの時期、楽しませていただいたものでした。←そして祭りは終わるのだと。
自分にはエッセイは祭りです。
熱量を感じて、時にケンカにもなる、華のある素晴らしい芸術ですね♪(*^^*)