ストーカーが殺意に至るのは、愛情が深いからではないのよ。
他者を独立したひとりの人間として見ることができず、自己の一部として扱っているから。
この状態の人は、失恋では終わらない。
「フラれた、失恋した」じゃなくて、自分という存在を雑に扱われた体験として残る。さらに、自分が否定された、というだけでなく自己像そのものを傷つけられた記憶として残る。
すると感情は悲しみより先に、恥・屈辱・怒りへ変わる。
本来、関係って相手の意思あってのものだけど、
この段階の相手にとっては違う。
関係=「どれだけ自分の思い通りに動くか」だから、ブロックされたり距離を取られると、「終わった」じゃなくて「コントロールを奪われた」になる。
こうなると主導権を取り戻そうと、何度も連絡する、家や職場を探す、SNSを監視するストーカーに変貌する。
全部、「好きだから」じゃなくて、関係(=支配)を取り戻す行動にでる。
それでも無理だったとき、相手が他の人と仲良くしているのを見る、または完全に拒絶されると一気に歪む。
「自分のものにならない」「他人に渡る」「完全に失う」
この3つが揃うと→「それなら存在ごと消す」
っていう、外から見ると異常な結論に行く。
でも本人の中では、ここまで傷つけられた、ここまで追い詰められたっていう被害者の物語が完成してるから、筋が通ってしまう。(だいぶおかしいんだけどね、あくまで本人の中で)
その結果、発想が『受け入れてもらえない』から
『取り戻さなければならない』へ、歪みさらに『取り戻せないなら壊す』へ進む。
つまり、殺意の核にあるのは(当たり前だけど…)一途さではないってこと。
所有の発想、自己と他者の未分化、拒絶に耐えられない脆い自己愛。
人格の境界が崩れた支配欲の最終形。
そして、こういう構造を持つ人は、一般に言われるNPD的特性(自己愛、モラハラ)とも一部重なるってのがめっちゃ恐い…というね。