160円近い円安「行き過ぎ」 黒田・日銀前総裁「背景に高市財政」
日本銀行の黒田東彦(はるひこ)前総裁(81)が退任してから初めて、朝日新聞のインタビューに応じた。中東情勢が緊迫化する中、日銀の金融政策の行方はどうなるのか。高市早苗政権が進める積極財政や、約11年にわたった「異次元」の金融緩和がもたらした効果と副作用についても聞いた。
――日本経済や物価の推移をどうみているか。
「1998年から2012年まで15年もデフレが続いた。13年にアベノミクスで大胆な金融緩和と財政の拡張、成長戦略を始めると、すぐにデフレではなくなった。だが、デフレマインドが非常に強く、賃金と物価は上がらなかった」
「22年のウクライナ戦争以来、物価が上がり始め、24年ごろから賃金がようやく上がった。現在の経済成長率は1%台前半、失業率は2%台で超完全雇用の状況だ。そして、物価上昇率は2~3%。絶好調とは言えないが、非常に適切な安定成長路線にのっている。これ以上、金融緩和を続ける必要はない状況だ」
高市政権の消費減税は「問題」
「日銀も政府も、昨年のトランプ関税で賃金・物価の好循環が崩れるのではと非常に心配したが、ショックは大きくなかった。このままいけば、政策金利は現在の0.75%程度から1.5%前後ぐらいまで、今年と来年で0.25%ずつ3~4回利上げをしても問題ないところまできた」
イラン情勢「来年も続くと大変」
――2月末に米国とイスラエルがイランを攻撃した。その影響は。
「1973年、79年のオイルショック(石油危機)は、石油の供給が止まって経済活動が落ち込む一方、インフレ(物価上昇)も進んでスタグフレーションになった。現在は、日本のGDP(国内総生産)比の石油消費量は減り、購入先も多様化した。約250日分の備蓄もある」
「物価高騰は政府がガソリン補助金で抑えている。今年は経済活動の低迷や物価上昇を抑えられるが、戦闘が来年以降も続くと大変なことになる。今は、日銀が金融政策の正常化プロセスを速め、中立金利を超えるような引き締めをするという状況にはなっていないが、どうなるかは今後の状況次第だ」
――日銀の利上げ路線への影響は。
「イラン情勢で金利の引き上げを加速することにはなっても、上げないということにはならない。上げられないのではなく、もっと上げるかどうかという話だ。供給側の理由で物価が上がっている時に金利を下げれば、インフレが加速する。こうした状況下の金融政策は非常に難しいが、次回4月の金融政策決定会合では、普通に考えれば利上げするのではないか」
1ドル=120~130円が適正
――1ドル=160円に迫る円安をどうみるか。
「行き過ぎだ。為替は経済の実勢とバランスがとれている状態が望ましい。それを外れて、円安になっても円高になっても良くない。以前から120~130円ぐらいが良いと思っている。高市首相のもとで放漫財政が進むという見方から円安が進んだ」
――日銀総裁の在任時は、円安への転換を目指していた。
「当時は円高・デフレを直すために財政出動や金融緩和をし、円安になって経済成長もしていった。今の経済はすべて安定的で順調だ。何かする必要はなく、今は円安になってもらう必要がない。むしろ円安がインフレを助長すると困る」
「需要増やせばインフレに」
――高市政権は積極財政を掲げ、消費減税を目指している。
「問題だ。2年間にわたって食料品の消費税をゼロにすると、年に約5兆円分の減税になって需要を拡大する。完全雇用である日本経済の状況を踏まえると、ここで需要を増やせば間違いなくインフレになる」
「与党は代替財源を見つけるというが、5兆円の需要を増やすなら、5兆円の消費を減らさないといけない。それは増税か歳出削減しかないが、日本の歳出の大半は社会保障、義務教育、防衛負担でカットできない。1兆円だって減らすのは難しい。5兆円の財源を見つけるのは困難だ」
――物価高対策がインフレを助長してしまう。
「物価高対策で意味があるのは財政・金融を引き締めること。ガソリン補助金などそれ以外は、基本的にインフレを助長するだけだ」
「財政の持続性を」
――財政規律は重要か。
「どんどん借金したら行き詰まるに決まっている。OECD(経済協力開発機構)の中で、日本のように対GDP比で巨大な政府債務を抱えている国はない。桁違いにひどい状況で、財政の持続性は考えないといけない」
――後任の植田和男総裁のもと、日銀は24年3月に異次元緩和を終え、利上げを進めている。
「正しいと思う。植田総裁は1期で金融政策の正常化をする、しなくてはいけないと思っているだろう。非常に自分の役割を意識し、きっちりやっていて信頼できる」
――日銀の新たな審議委員に金融緩和や積極財政を志向する「リフレ派」とされる2氏が入る。
「金融政策は合議制で決めるので、2人が入って一気に変わるとも思えない。また、審議委員は金融・経済の専門家で、ほかのメンバーやスタッフとも議論し、何が適切な金融政策かをよく考える方たちだ。リフレ派とされているから金利が上げられなくなるというのは全くないと思う」
副作用の指摘に「適切な金融緩和をした」
――黒田総裁時代の異次元緩和には副作用もあった。
「金利を下げなければ経済成長率は低いままで、物価もこれほど上がらなかった。金融緩和で金利を下げたので、利ざやが減って地銀の収益が落ちたと言われる。しかし、緩和をしなければ景気が悪くなり、貸し倒れが出て地銀の収益は落ちていた。副作用は、その政策を採らなかった時と比較する必要がある」
――国債や上場投資信託(ETF)の大規模買い入れは、市場の機能をゆがめた面があった。
「国債の市場機能が低下しているとも思えない。ETFの買い入れも、株価が下がり、リスクプレミアム(投資リスクに対する上乗せ分)が拡大していると、株式市場から設備投資に十分に資金がいかない。金利だけでなく、株式市場に介入したことについて、経済界や金融界からの批判はむしろなかった」
――異次元緩和は財政規律の緩みにつながったのではないか。
「確かにとても金利が低いので、因果関係を否定する気はない。因果関係は認めるが、責任があるということではない。日銀には政府に財政規律を守らせる権限も責任もない。責任は政府・国会にしかない。日銀は物価の安定のために適切な、必要な金融緩和をした」
【略歴】黒田東彦氏
くろだ・はるひこ 1944年生まれ。67年大蔵省(現財務省)に入り、財務官を務めた。2013年3月に第31代の日本銀行総裁に就き、23年4月まで務めた。現職は政策研究大学院大学で政策研究院シニア・フェロー。
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