猫1匹と犬2匹
ランサーとキャスターとエミヤが三人で付き合ってる話です。
キャスターが獣医さんとかいいなあと思ったりして書いてみました。
って言っても、素人なので雰囲気だけで、サラッと読んでいただけたら嬉しいです。
只の3人がチュッチュしてるだけのラブラブな抑揚のない話です。
ところで、8月のインテのるーしこに槍弓でお友達と合同で参加する事にしました~!
その節は覗いていただけたら有難いです。
また近くなったら何かしらお知らせすると思うので、宜しくお願い致します~!
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「あーちゃあ…」
その日は酷い雨で、しかもその男がウチに来るという予定の日で、だからとは言わないが、いつもよりもたくさんの料理を作って仕上げの段階で自宅マンションのインターフォンが鳴り、良いタイミングだと思いながら玄関の鍵をあけてドアを開いた瞬間、エミヤはびしょ濡れになった男よりも、その腕に抱かれている生き物に釘付けになったのであった。
「悪りぃ、拾っちまった…」
こいつ道端の段ボール箱に入っててさあと言葉を続けたランサーに、いつもなら傘をさせだのポーチが水浸しだとかなんだのと小言を言うところだが、今日はそれどころではなかった。
「ランサー……!とりあえず君は風呂に入りたまえ、着替えは適当に私の服を着ろ!それよりもだ、その手の中の猫さんが凍えてしまう、タオルを取ってくるから少し待て」
「すまん」
タオルを取りに走ったエミヤに大きく謝った彼の声が聞こえたが、構わずすぐに玄関に戻り、ランサーにバスタオルをかぶせてから、仔猫を受け取るためにタオルを広げて手を構える。
「謝らなくて良いからはやくよこせ、そして風呂だ!」
「わかった、風呂入ってくる」
風呂に湯を溜めておいて良かったと思いながら、その小さな身体を拭いてやる。雨に打たれたせいか随分と元気がなく、か弱く鳴いてみせるが逃げようとはしない。
(これはいかん、携帯携帯…)
片手で仔猫を抱いて温めながら勝手知ったる相手の番号に電話をかけた。今の時間はどうだろうか。手が空いていれば良いのだがと思いながら待てば、数コールで相手が出た。
「どうした」
聞き慣れた声だ。エミヤははやる気持ちを抑えてスマートフォンを握り直した。
「すまない、もう帰る頃だったろうが緊急事態だ。ランサーが仔猫を拾ってきた」
一息に言えば、小さなため息とともに声が返ってくる。
「…なんだと…あいつの悪癖再発か??あーじゃあ、今すぐ連れてこい」
その言葉に少し苦笑してから礼を言えば、そんなエミヤに電話の向こうの相手が微かに笑った息遣いが伝わってくる。
「じゃあ待ってるわ。表は閉めるから裏から入れ」
「承知した!じゃあすぐに」
言い終えてスマートフォンを耳から離したタイミングで、ランサーの間抜けた声がリビングに響き渡ったのである。
「アーチャー、出たぞ〜」
エミヤの部屋着を着てタオルを肩に掛けた状態のランサーに、思わず眉根を寄せて溜息をつきそうになるのをこらえ、仔猫たちを持ち上げてカバンを探す。確かこの辺りに適当なものがあったと思いながらランサーに指示をした。
「この子たちを診てもらってくるからここで待て!」
「俺も行く、」
「何を言っている、君の髪はまだびしょ濡れだ。私が帰ってくるまでに乾かしておきたまえ」
言えば不服そうに唇を歪めたランサーが、髪を乱暴に拭きながら呟くのを無視して立ち上がる。
「そりゃそうだが、」
「では行ってくる」
仔猫をタオルで巻いたままトートバッグへと入れ、財布と携帯を掴んで足早に愛車へと走る。借りている駐車場はマンションから少しだけ距離があったが、雨は既に小雨になっており、あまり濡れずに運転席へと滑り込めた。
ホッとしながらエンジンをかけ、動物病院へと向かう。思えば彼と知り合って随分と経つが、彼の職場へ顔を出すのは初めてだった。もちろん動物を飼っていないから行く必要がなかったというだけではあるのだが。
その動物病院まではそう時間もかからず、閑散とした駐車場に速やかに車を止めて、病院の裏口へと走った。話にだけは聞いたことがあったから、多分ここだとおもう場所にささやかなドアがあり、インターフォンを押せばすぐに青いスクラブを着た男が顔を出してくる。
「おう早かったな、入れや」
「すまない、この子たちなんだが」
「お。かわいこちゃんだなぁ、よしよし」
そう言って仔猫を受け取ったのは先程エミヤのマンションに来たランサーの双子の兄、キャスターであった。元々今日は2人共が来る予定だったから、連絡もすんなり出来たという所もある。
この2人とエミヤは腐れ縁で、しかも今はどちらとも深い仲であるという、巷で言えばややこしい関係だ。
「あいつがネコ拾ってくるの久しぶりだなぁ」
カラカラと笑いながらキャスターは1匹ずつ診察台に乗せ、体重を計る。ランサーは子どもの頃から犬や猫、果ては野鳥まで拾ってきて良く親に怒られていた事をキャスターから聞いたことがあったから驚きも最小限で済んだが、それにしたって普段よりは慌ててしまったのは事実だ。
「わりと捨てられてすぐに拾ったんだろーな、ノミとかついてねぇ。綺麗だわ。濡れちまって体温が下がったから元気がないだけじゃねーかな」
スリスリと仔猫の身体をさすりながら言ったキャスターの言葉に安堵し、肩を落とした。
「…よかった」
「だが血液検査はしておこう。そこらに棄てるようなヤツの子猫だ。母猫がキャリアの可能性もある」
勿論そのつもりで来たのだ。必要な事は全てやってくれて構わない。
「お願いする」
即答すれば、キャスターが神妙な表情を見せた。
「で、1番大事な事だがなぁ」
「ああ」
「この猫、どうするつもりだ?」
言われて思わず目を見開いた。そんな事は一切考えに無かったのである。ただ早く診せなければという気持ちばかりが先走り、慌てた。
「お前の事だ、何も考えずに勢いで来たんだろうと思うが、お前んとこペットはいけんのか?」
「たしか…犬を飼っているお宅があるから大丈夫だと」
小型犬を3匹飼っている家がある。しかも犬を飼っているのはそこだけではない筈だ。
早朝に出かけると散歩しているのをよく見かける。
「そもそも、飼うつもりなのか?」
エミヤを伺うようにキャスターが言うから、思わず瞼を瞬かせ少し考えて呟いた。
「………まだそこまでは考えてはいないが」
「暫く保護して譲渡先を探すという手もある」
「そう、だな…とりあえず保護はする」
どちらにしろ乗りかかった船なのだ。既に責任というものが発生していることくらいは理解している。そんなエミヤにキャスターが安心したようにフワリと笑った。
「そう言うと思ったぜ。良かったな、お前ら。とりあえず飯だな。まだミルクの時期だ。やってみるだろ?」
「…ああ。自信はないが」
「大丈夫だろ。じゃあ用意するわ」
そう言ったキャスターが暫くすると、小さな哺乳瓶を二つ持ってきて、そのうちの一つを渡される。
「ほら、お前もな。白い方担当だ。俺は三毛」
まだ心の準備が出来ていないまま、更にタオルとともに白い仔猫を手のひらに乗せられて、少しだけ慌てた。
「わっ、だが、した事がないから、」
きっと情けない顔をしていた自分に苦笑したキャスターが、見本を見せるようにゆっくりと哺乳瓶を構えて仔猫の口元に当てがう。
「大丈夫だろ、簡単さ。こうやって優しく口に近づけてやりゃあ…ほら、しっかり向こうから吸い付いてきた」
ちゅっと吸い付いた様子を見て、エミヤも真似をするように覚束ない手元で仔猫の口元に哺乳瓶の乳首を寄せると、少し迷ったように頭を振ったかと思えば、白い仔猫もちゃんと吸い付き、ゴクゴクと飲み始めたのである。
「本当だ…よく飲んでる…」
その仔猫の力強い吸い方に半ば感動しながら、手の中の小さな命の暖かさを感じてキャスターに視線を向けた。
「腹が減ってたんだな」
「ありがとう、キャスター」
「礼はいらねぇよ、仕事をしたまでだ」
全く格好良い男だと思いつつも、渡すべきものは渡したいと眉をひそめた。
「もちろん料金はしっかり請求してくれ」
「勿論だ。俺の食い扶持だからなぁ」
キャスターはそう言うと、仔猫に集中しているエミヤに顔を寄せ、唇を合わせてきたのである。
このタイミングでそんな事をされるとは思わなかったエミヤは、思わず目を見開いたが必死にミルクを飲んでいる仔猫からは手を離せず、なんの抗議もできないままで、徐々に深くなるキスに心地よさすら感じて困惑していた。
「キャスター…、」
「これが診察費ってこった」
唾液で濡れた唇をペロリと舐められて眉根を寄せてしまう。オマケだと言わんばかりにもう一度音を立ててキスされて、軽く睨む。
いくらプロだからと言って、仔猫にミルクを与えている最中にする事かと言いたい。
「どういう理屈かね」
低い声で言えば、キャスターがミルクを飲み終えた仔猫をスリスリと指先で撫でながら微笑した。
「まあなんだ、元々捨て猫の診察費は貰ってねーの。検査費は流石に別途だがな。けどそれじゃお前さんが不服だろ?」
そうかもしれない。ボランティアでやれる仕事ではないのだからと言って、なんとか払おうと粘ったかもしれない。
「…そういう事なら」
恐々と仔猫から哺乳瓶を引き抜いて診察台の上に置き、視線を合わせれば今度はニカッと笑いかけてくる。
「どーせ後で散々っぱらするつもりだが…っと、来ると思ったわ」
なんだか問題発言だと思った瞬間、投げやりにドアをノックする音がしたかと思えば、無遠慮に勢いよくドアが開いてランサーが顔を覗かせた。
「おせーから迎えに来たぜ!猫どう?」
外は既に雨も上がっているようで、エミヤに借りた部屋着のまま髪をゴムでまとめ上げ、しかも更にはエミヤのサンダルで入ってきたランサーに、キャスターが眉間に皺を限界値まで寄せる。
「猫どうじゃねーだろが、この!」
すぐに唸ったキャスターがランサーに噛み付くように言い放つ。それに対してランサーはムッと唇を尖らせて反論した。
「うっせーな、見過ごせなかったんだよ」
「じゃあ100歩譲って、すぐにここに連れてくりゃ良かっただろが!」
「もうアーチャーん家の側だったから仕方ねーだろ!雨に降られちまってたし」
2人の言い合う姿を眺めながらエミヤは、その言い合いがひと段落するのを待ってから口を開く。
ランサーが行った事について、困ったとかなんとか、そういう気持ちは一切沸いていなかった。
「……もしランサー、君がこの子達を放置していたら、俺は君を見損なっていたよ。だから良いんだキャスター」
こうして自分の手の中にいるのも何かの縁だろう。目の前の彼らとの縁が切れなかったように。
そんなことを思いながら視線を上げれば、キャスターは怒りが収まったような表情を見せ、軽く息を吐いた。
「お前がそう言うならいいけどよ」
そんなキャスターに構わずランサーがエミヤの隣に腰かけ、猫を覗き込んできた。
「可愛いなぁーーちっこい」
ランサーはエミヤの言葉に機嫌を直したのか、すっかり手の中で眠ってしまった仔猫を覗き込んで指先で撫で、相変わらず思いつきのようなことを言い出したのである。
「キャスター、ウチで飼おうぜ!」
「は??無理だな。ゲリとフレキがいるだろ」
「今更何匹増えても構わねぇじゃん」
ランサーとキャスターは兄弟で同居していて、キャスターが犬を2匹飼っている。バーニーズ・マウンテン・ドックのゲリと芝犬のフレキだ。そのチョイスが謎だと最初は思ったが、どちらも見た目で買い始めた飼い主の手に余って捨てられた犬で、特に芝犬のほうは性格が激しく、最初のトレーニングに骨が折れたらしいが、キャスターの粘り勝ちで今やすっかり人懐っこい。
「そんなに気軽に言ってんじゃねーぞ、コラ」
だからか余計に気軽に飼おうという人間に厳しいキャスターを理解した上で、エミヤは眠っている仔猫を撫でる。
「私が、」
その言葉に2人がこちらに振り向いた。少し息を飲み込んで、もう一度最初から言い直す。
「私が保護をすると言っただろう?だからキャスター、大丈夫だ」
最初からエミヤが、こんな可愛いくてか弱い子達を放っておける筈がなかったのだ。
「アーチャー、」
「大丈夫だ。初めてのことだが頼れる君もいるし、自分でも出来るだけ調べてみるから……」
言えばキャスターが少し唇を尖らせた後、何かを思い出したかのようにこめかみを指先で掻いた。
「……そうかお前さん、猫派だったな」
「そういえばそうだよな」
「こいつのケータイのカメラロール猫の写真だらけだし」
知られていることに顔を赤くしてしまいながらも、仔猫を撫でながら2人を睨んだ。
「なぜ知っている!」
だが全く応えないという様子で2人は顔を見合わせて笑う。まだ何か知っているというのか。
「いつも見ながらニヤニヤしてんだろ?バレバレだぜ。野良猫見つけたらすぐ撮ってるし、ネットの猫写真保存して溜め込んでるだろ?」
「つーかウチの猫カレンダー催促するくせに」
「う、うるさいぞ君達!」
意外とバレているものなのだと恥ずかしく思いながらも声を張れば、ふとキャスターの表情が獣医師のものに戻る。
「まーーとにかく取り敢えずはしっかり暖めてやんねーとならんし、ミルクの回数も多い。手間はかかるんだ。昼間は俺が預かるから安心しろ。毎日連れてくるといい」
「キャスター!」
思わず感嘆の声で名を呼べば、ランサーが不服そうに唇を尖らせた。
「お前ばっかり良いカッコすんなよぉ」
「使えるもんは使って行かねーとなぁ?」
ふふんとランサーを見下すように言ったキャスターに、彼は盛大に舌打ちをしてみせた。
「チッ、俺も世話する!」
「君は無理だろう。忙しいくせに」
その言葉は流石に受け入れられなかった。拾ってきた当人とはいえ、ランサーの会社は忙しく、しかも経営者が彼の家に古くから縁がある相手で、こき使われているのだとはランサーの談だ。
それでも不服そうなランサーは、エミヤを後ろから抱きしめながら呟いた。
「俺が拾ったんだし責任はあるかと思っただけだぞ」
「……気持ちだけ貰っておこう」
「じゃあもっと色々貰ってくれや」
チュッチュッとランサーに唇を啄まれて瞼が落ちる。
「何を言っている」
全くこの兄弟はキスが好きで困ったものだ。人前では流石にしないが、3人でいる時でもどちらかといる時でも、好きなようにキスしてくる。
日本人よりも欧米の方がキス文化かもしれないが、される方の身になってほしいものだ。
「だってイイコで待ってたのに帰ってこねぇし」
頭を撫でられて至近距離でみつめてくるランサーに、思わず視線を反らせて呟いた。
「もしかして診察に時間がかかっているかもしれんとは思わなかったのか?」
この兄弟の顔面偏差値が高すぎて、未だに近すぎると照れてしまうのも仕方がないと思わざるを得ない。それでも更に額を押し付けてくるランサーに良い声で囁かれて睫毛が揺れる。
「じゃあさ、連絡くらい入れられるだろ?」
「もうそんくらいにしとけ」
しつこく言うランサーを呆れたようにキャスターが声をかけてくれたお陰で、やっと彼が身体を離してくれてホッと息をついた。
「まあ腹も減ったしアーチャーんち行こうぜ。車で来てんだろ?」
キャスターがスクラブを脱いで私服に着替え、エミヤから仔猫を受けとって様子を見ながら言う姿に、安心感と和みを感じながら小さく「ああ」と返事をすれば、軽く微笑まれた後に直ぐに視線がランサーに向いた。
「ランサー、アーチャーにケージ貸すから積んでくれ。ミルクとトイレもな」
「へいへい」
勝手知ったるという様子に、普段も手伝わさせられていそうだなと苦笑しながら問うた。
「キャスター、検査代は、」
「明日は休みだろ、明後日連れてきたときに貰うわ」
エミヤとしては今すぐにでも支払いたいのだが、先延ばしにされたことで思わず眉根を寄せてしまった。彼は自分には甘いから無料でしそうだと思い、けれどもケジメとしてちゃんとしたいのだ。
「ちゃんと請求してくれるんだろうな」
低く凄めば、キャスターが仔猫をタオルが引かれた小さなダンボール箱に入れてやりながら苦笑した。
「分かってる、心配すんなって」
などと言いながら自宅に2人と帰り、しばらく育てているうちに、三毛の方は引き取りたいという家族がキャスターの紹介で現れて貰われていき、エミヤは白い方を飼うこととなったが、半年後にはすっかり身体が大きくなり、去勢手術も終えて毎日室内を元気に走り回ったり寝たりしている。
名前はしろだ。真っ白な長毛でブルーの目を持ったイケメンである。あんまり綺麗な毛並みだったから、しろ以外に名前が思いつかなかったし、2人に言わせればエミヤの髪みたいに白いし、エミヤの本名であるシロウのしろにも掛かっていて尚良いとの事だ。
ミックスの筈なのにあまりに顔が整っていて、いつも癒されている。
「しろデッカくなったよなぁ。あんなに小さかったのに」
相変わらず基本的には週末にエミヤの家にやってきては自分の家のようにくつろぎ、腹に猫を乗せているランサーに視線をやりながら、エミヤは夕食を作っていた。
キャスターももうすぐ仕事を終えてここにやってくるだろう。彼らには今や鍵を渡し、ロックの暗証番号を教えているから前触れなくドアが開き、キャスターがポーチで靴を脱いでいるのが見えた。
「おかえり」
「たでーま。いい匂いだな」
「ああ、今日は君の好きな卵たっぷりポテトサラダがあるぞ。それより、今日はゲリとフレキは連れてこなかったのか?」
キャスターは飼っている2匹の犬を、たまにここにも連れてくることがあり、それこそしろが小さい頃からそうしていたから全く怖がらず、むしろ大きなゲリの上に陣取って香箱座りをしていたかと思えば、その上に手足を伸ばして熟睡しはじめる始末だ。
その様子が可愛すぎてエミヤはつい写真を撮ってしまうのをやめられない。
「まあ今日はお留守番だ。あいつらの飯と散歩は済ませてきたから大丈夫だぜ」
(そうか、今日は来ないのか)
少しだけ残念な気持ちになりながら、エミヤはキャスターに微笑を向けた。
「いつも連れてきていいんだぞ?寂しがらないか?」
聞けばキャスターが上着を脱いで、ダイニングの椅子に座りながら軽く笑った。
「あいつらはそこに転がってるそいつよりお利口さんだからな。毎日じゃねーし心配すんな」
「ひでーこと言いやがる」
間髪入れずに自分が蔑まれた事に反応するランサーに、キャスターがニヤニヤと笑って振り返る。
「本当のことだろ」
「たまに職場にも連れてってるもんなぁ」
「うちの看板犬だからな」
ナデナデとしろを撫でながらランサーがこちらに視線を向けてくる。しろはゴロゴロと盛大に喉を鳴らしながら気持ちよさそうに目を細めていて、その手が気持ちいいことを自分も嫌という程知っているから、思わずその様子を眺めていると、ランサーが元気よく言い放った。
「そーだ!またお前も一緒にドッグラン行こうぜ!」
「ああ、そうだな」
休日に3人で2匹とともにドッグランに出掛けることもある。しっかりと躾けられたゲリとフレキだが、伸び伸びと思い切り楽しそうに走り回るし、同じく走り回る2人を眺めているのも楽しい。
そんなことを考えながら、先ほど言った卵たっぷりポテトサラダや、牛すじ肉と大根のトロトロ味噌煮込み、小松菜と油揚げの煮物、沢山のスナップエンドウのバーニャカウダ、豆腐とわかめの味噌汁、雑穀米入りご飯を並べていく。本日のビールはカロリーオフの発泡酒だ。そして自分には麦茶を。
「「「いただきます」」」
声がぴったりとシンクロして思わず破顔してしまった。この兄弟は可愛いしカッコいいし、たまに喧嘩してしまうこともあるが、すぐに仲直りしてしまうし、見ていて飽きない。
この2人と出会ったのは随分と昔だった。まだ自分が子どもの頃、隣の空き家に引っ越してきたイギリス人の家族。全員美しくて驚いてしまったが、皆極めてフレンドリーでよく遊びに誘われて、その頃から料理に長けていたエミヤの差し入れに家族全員が喜んでくれて、足を運ぶ回数が増えていた。
その家の子の綺麗な双子はやんちゃではあったが、自分に凄く良くしてくれて、日本語を教えてくれと毎日のように家に来ては遊び(その時に付けられたあだ名がアーチャーで定着してしまった)時にはみんなで縁側にて昼寝をするような、楽しい日々が過ぎていたのだが、それは突然に終わりを告げた。
彼らの父親の日本での仕事がひと段落つき、アイルランドに帰国するというものだったのである。
出会いがあれば別れがある、それは子どものエミヤにはよく理解できていた。母親が既に亡くなっていて、父親も入退院を繰り返しているのだ。人生とはいつ何があってもおかしくないという妙な諦めがあった。
けれども、彼らは─────2人の双子は自分と別れたくないから帰らないと随分と両親を困らせ、最後には説得されて帰国して行ったが、その時に2人にされた再会の約束と、頰にキスされたことは今だに忘れることができない。
「どーした、食欲ないのか?」
ポテトサラダを口いっぱいに頬張ったキャスターに言われて、エミヤは思わず首を横に振る。
「いや、ちがうよ、昔のことを思い出していただけだ」
「昔?」
「私たちが子どもだった頃のことだよ」
素直に言えば、ランサーが懐かしそうに目を細めて言う。
「お前んちの隣に住んでた時のやつ!」
「ああ」
「あの時は今生の別れかってくらいお前泣いたよな」
茶化すように言ったキャスターに、ランサーが味噌汁をすすりながら片眉をあげる。
「うるへー、本気で嫌だったんだよ、お前だってブチ切れてただろ?」
「しょーがねぇだろ、アーチャーと別れたくなかったんだ」
泣いていたランサーとは対照的に、両親に食ってかかったらしいキャスターは、どうやって説得されたのかは知らないが、別れの時は随分とぶすくれていた。
「なんとかして日本に帰るって思ったよな!」
「思った思った!」
2人の言葉に思わず笑ってしまう。有言実行は今でも変わらない2人の特色だ。時間管理は少々ズレている時もあるが、それはご愛嬌というものだろう。
「ふふ…本当に帰って来るとはな」
本当に2人が目の前に姿を現した事には驚いたものだ。あれから大した連絡もとっていなかった様に思うが、しっかりと2人は自分の居場所を把握していて、約束を果たしたのである。
まずは留学という選択肢を選んだようで、そこからは彼らはずっと日本にいる。そんな2人のどちらかを選ぶなど、エミヤには到底出来なかったし、彼らも譲り合う気は無かった様で、この関係に落ち着いていた。
最初こそ倫理的なものに悩んだ事もあったが、一卵性双生児である2人は性格こそ違えど身体の作りはほぼ一緒だからこそ、次第に3人で付き合うという違和感は、エミヤの中でいつしか消えていた。
「俺たちが本気になりゃ、そんなもんよ」
ふふんと綺麗に整った顎をクイッと上げて、ランサーが口角を上げれば、それに続いてキャスターがビールを飲んでから言葉を続ける。
「コネでもなんでも使いまくってやるって思ったよな。手段なんか選んでられっかっつーの」
どんな手段を使ったのかは知らないが、彼らの両親は未だ健在だ。自分の息子が知らぬ地ではないとは言え、遠く異国の地にいるのは寂しくはないだろうかと、自分の親は既にいないから余計にそんな事を思ってしまう。
会えるものならまた会いたい。父親がまだ生きていたら今頃どうしているのだろうかと、考えることは勿論ある。
「そんなに思ってくれるとは有難いことだが、ご両親は大丈夫なのか?」
つい聞いてしまえば、キャスターが事もなさげに言い放つ。
「大丈夫だろ。親戚もたくさんいるから俺たちが継がなくても平気だし」
「逆によぉ、ややこしい事に巻き込まれなくて良かったわ」
ランサーが言うややこしい事とは跡取りであるとか、遺産相続であるとか、そう言った類の事である事は知っている。
「そのための相続放棄だからな」
その話を初めて聞いた時には驚いたものだが、それが彼らを縛っているのなら放棄した方が幸せなのかもしれないと思う。自分といるためだけでは無く、彼らが好きなように、自由に生きると言うことがどれだけ幸せなことかエミヤにだって理解はできるのだ。
「それよか、お前のが大事だもんよ」
すっとランサーの視線がエミヤを捉え、そのいつもとは随分違う誠実な視線に照れてしまい、思わず視線を落としてしまう。
そこまで愛されているという理由が未だに掴めないでいるのは、エミヤの自己評価が低いからでもあるだろう。
「………そんなにどこが良かったのかわからんが」
「まだそういう事を言うか」
思わず呟いた言葉をキャスターが咎めるように即答してくる。
(分かっている、君たちの気持ちは)
だが自分よりも他人に力点を置きがちな自分の性分は中々に変える事が出来ないのだ。
それぞれに素晴らしい魅力を持っている2人を自分などが独占していいのかどうか、そんな事を考える反面、もちろん人並みには独占欲もある。その相反する二つの気持ちが時折自分の中でぶつかって、火花を散らすのだ。なんて自分勝手な男なのだ、と。
「金は大事だぞ?」
そんな気持ちを悟られぬよう軽口を返せば、キャスターの眉が歪んだ。
「ありすぎても困んだよ」
「ほどほどが1番よ」
程々というのはどれくらいの事を言うのかわからないが、そう言わせてしまうほどの富を、本来は持っているのかもしれない。
「おかげで今、美味い飯食えてるしな」
「それならば良いのだが」
言いながら大ぶりのスナップエンドウを持ち上げてソースをたっぷり纏わせ、一口で頬張ってモグモグと噛み砕く。スナップエンドウは地場野菜の直売所で買ったから、とれたて新鮮でぷりぷりとした噛みごたえに、中の豆がパチンと小気味よく弾けて甘みが口に広がり、そこにバーニャカウダのアンチョビの塩気とオイルとニンニク、牛乳が合わさったコクのある美味い汁としか言えないものが混ざって堪らない。
(さすが私というべきか…)
などと自画自賛しながらボリボリと食べ続けていると、俺も俺もと2人も手を出してあっという間になくなってしまう。
「足んねー!ソース残ったし生野菜なんかねぇ?」
声を上げたランサーに苦笑し、椅子から腰を上げた。
「キュウリならあるぞ」
「良いね!あとビールおかわり!」
「居酒屋じゃないんだが」
続けて言ったランサーにそう返せば、キャスターがすぐに突っ込んだ。
「そうだぞ、セルフサービスだろ」
そんな事を言いながら柔らかく煮込んだ大根を口に含んだキャスターが「とろけるー!すげー中から美味い汁が出てくる!」と唸りながら足をパタパタと床に打ち付け、ランサーが牛すじを食べて「すぐ消えちまったわー!」などと言って受け取ったビールを呷る。
エミヤはそんな2人を微笑ましく眺めながらキュウリをスティック状に切り、皿に乗せてテーブルへと運んだ。
「やったー!ぽりぽりターイム!」
ワッと喜んだランサーが拍子切りにしたキュウリにソースをたっぷりとつけ、ぽりぽりと美味しそうに食べる。その横でキャスターは小松菜の煮物を食べてはしみじみとした表情を見せてくるのである。
「この煮物も美味いよなぁ」
「全部うめーよ!あービールが進む」
普段は1人の食卓だから3人だと楽しいものだ。だがそれも、食後に手作りプリンを食べた後までだった。
突然キャスターの携帯が鳴り響いて、その画面を見た瞬間の彼の顔が厳しくなり、それに気づいたランサーまでもが同じような顔になって2人でベランダに出てしまった。
その後ろ姿を少し眺めた後、エミヤは皿をシンクに移し、洗い物をしてしまって手を拭いても未だ電話は続いていて、その内タバコを吸い出したランサーがベランダから顔を覗かせるから、灰皿を無言で渡してまたガラス戸を締める。
(とりあえず風呂の湯を追い焚きしよう)
ランサーは風呂に入らせたが、キャスターは未だなのだ。多分泊まっていくのだろうし…などと思いながら操作していると、ガラリと2人が部屋に入ってきたのである。
「……どうかしたのか」
聞けばランサーが片眉を下げて神妙に言った。
「ああ、噂をすればって言えば言葉が悪ぃが、アイルランドのばーちゃんが死んだ」
「で、すぐ帰って来いって電話」
「それは…ご愁傷様だったな」
言いながら彼らの祖母の話を思い出した。写真も見せてもらったことがある。だいぶと高齢だった筈だ。趣味は畑仕事で、その野菜が美味いのだとかなんとか、そんな話を聞いたことがある。
「けどよ、アレ、日本では、えーと、」
ランサーがモゴモゴと「長生きで死んじゃった時に言うやつで〜」などと単語が出てこないそぶりを見せるから、直ぐにアンサーする。
「大往生」
「それ!それだから気にすんなよ、寧ろ寝るように逝ったって」
「そうか、それなら良かった」
一度会ってみたかったものだと思いながらキャスターに視線を向けると、なにやらスマートフォンであれこれと作業をしているようだった。
「これからチケット予約と、うちの病院はなんとかするとして、お前会社はどーすんだ」
「溜まって腐ってる有給使うしかねーだろ。スカサハに電話するわ」
慌ただしく各所に連絡し始めた2人を眺めていると、しろが膝に飛び乗ってきてこちらを見上げてきた。ミャミャン?と可愛い声を上げてエミヤの手に頭を擦り付けてくる様子に、そのふわふわの白い毛を撫でながら、ジワリと沸き起こった不安を宥めるように視線を落とす。
祖母が亡くなったのだ。地元に帰るのは当然だ。孫として葬儀に参列し見送るのは義務というものだ。けれども、彼らの故郷はここからあまりに遠く、本当に帰ってくるのか情けなくも不安になってしまった。
「……ランサー…、キャスター…」
思わず名前を呼ぶと、2人が自分を挟むように抱きしめてきて、まずはキャスターにキスをされ、ランサーが耳をくすぐるように唇を当ててくる。その心地よさに瞼を伏せながら、エミヤは2人に身を任せた。
「すぐ帰ってくるから心配するなって」
耳元でランサーに囁かれて、思わず強がってしまった。
「心配はしていないが…」
そうは言いながらも、本当はいつだって思うのだ。いつ2人が自分の元から去っていってもおかしくないのだと。こんなに普通で、家庭料理を作ることくらいしか取り柄のない男に、地元に帰れば名家と呼ばれる家の息子たちが、ずっと一緒にいてくれるなんて思えないのだ。
今はまだ若いから、セックスだって多少の無理もきくし、彼らの好みの身体だというならそれもメリットの一つだろう。
だが歳をとってしまえばどうなるのだろう?家を建てれば年々その資産価値が下がり、固定資産税が低くなっていくのと同じだとエミヤは思ってしまうのである。
「…心配してんだろ?顔見りゃわかるぜ。向こうに行ってる間、ゲリとフレキを暫く預けていいか?」
もう一度キスをしてきたキャスターがエミヤの髪を撫でて言った言葉に頷き、少し嬉しく思った。犬たちが居てくれるなら、少しは不安の嵩が減る。
「ああ、勿論だ」
言えばキャスターが少し体を離してエミヤを覗き込んできた。
「じゃあ決まりだ。明日の夜のフライトが取れたから、それまでに急いで準備しねーとな」
その言葉に思わずエミヤは提案していた。
「私に成田まで送らせてくれ」
何より彼らと時間が許すまで一緒にいたい。出会いと別れはいつだって突然なのだ。今生の別れという訳ではない事くらい理解していても、時間を少しでも無駄にしたくはない。
「見送りしてくれんのか、嬉しいぜ」
「ギリギリまでいちゃつきたいもんな」
嬉しそうにまたエミヤの身体を抱きしめてくる2人を、今度はエミヤが彼らを撫でながら囁く。
「たわけ…君たちが私と暫く会えないのは寂しいだろうからと思っただけで、人前ではやめてくれ…」
「分かった分かった。じゃあ今から…な?」
更に強がるエミヤに気づいているのか、ランサーまでもがエミヤの気持ちを宥めるように優しく囁いてくる。その意味に体温が少し上がった。
「…そ、それなら…構わない…」
今度はランサーにキスをされながら、エミヤは瞼を伏せる。