内外のクルーズ旅の魅力をつづる連載「クルーズへの招待状」は、今月から「上田寿美子 クルーズへの招待状」としてお届けします。地の果て・南極の船旅を3回連続でお伝えし、さらなる内容の充実を図ります。約6年にわたって連載を担当、テレビ出演でも活躍する筆者のクルーズジャーナリスト・上田寿美子さんにお話をうかがいました。
心揺さぶられた、高3の横浜-ホノルルクルーズ
――南極取材、お疲れ様でした。まずは、長年の読者のみなさまに一言お願いいたします。
「ご愛読本当にありがとうございます。連載名に『招待状』とあるように、この連載では、クルーズ経験がない方にはその臨場感が伝わるように、クルーズ経験がある方には、新造船や話題のクルーズなど最新の情報がお届けできるようにしています」
――南極の旅は連載の節目になると思います。極地へのクルーズ取材は何回目ですか?
「南極は2017年に続き2回目。北極も2019年に一度あります。南極については、3回の連載をぜひお楽しみにしていただくとして(笑)。北極では、当連載でもお伝えしたように壮絶、壮大な自然を目の当たりにしました。横たわるクジラの死骸に食らいつく母子熊や、約2キロにわたる氷河の大崩落などです。そうしたものが見られるだけでなく、船内にネイチャーガイドなど専門家が乗船し、解説が聞けるのはクルーズのありがたさだと思います」
――クルーズ取材を始めたきっかけは? また、それを決定づけた航海はありますか?
「もともと船好きではありました。大きな契機は1972年、祖母と両親とともに世界一周クルーズを区間利用し、横浜-ホノルルを旅しました。これが衝撃的だった。まだ海外旅行も一般的でなかった時代です。船の中は、初めての外国社会。食べ放題のアフタヌーンティーに欧米のモノの豊かさを感じたし、毎晩開かれるダンスパーティーに、屋内にも屋外にもあるプール……別世界でした。そして、船内外での人の交流の面白さにも魅了されました。それ以降、学生時代はアルバイトでお金をためてはクルーズに出かけることになりました」
「89年は日本のクルーズ元年と言われます。クルーズ向けの日本の新造船ができた年。このとき、ある雑誌が別冊でクルーズ特集を組み、その際私に声がかかりました。『クルーズにふさわしい服装』というテーマだったと思います。クルーズは乗客乗員ともに『服(ファッション)で遊ぶ』文化があります。卒業後は損保会社に就職し、社内の広報紙の取材・編集をしていたので、そうした編集の仕事に親しみもありました。以降、専門誌などからクルーズ関係の仕事をいただくようになりました」
――連載は、夫の英夫さんの美しい写真も魅力です。常に取材に同行されているのですか? また、最近の取材ペースは? かなりの期間、海上にいらっしゃると思うのですが。
「夫は以前から写真は好きで、私と組んで取材に出るようになってから専門学校にも通っていました。彼は高校の同級生で77年に結婚しました。近年は7割方、夫婦でクルーズに出かけています。ここ1年は1、2カ月に1度くらいのペースですが、最盛期の2014年ごろには、1年のうち約180日海上にいたこともあります。『八十日間世界一周』(映画)どころではないですね(笑)。クルーズに出て帰ってくると、桜を見逃していたこともあります」