N型にとっての30代後半
N型にとって30代後半がどういう時期なのかについて書いておきたい。
この記事で考えるN型というのは、MBTIおよびその影響下の性格分類における、SN指標のN型のことである。
MBTIに拒否感があるなら、ビッグファイブにおける開放性(Openness to experience)についての議論だと置き換えてもらってもいい。つまり、「開放性が高い人にとっての30代後半」というわけである。
30代後半という時期に着目すれば、文学史やSF史やアニメ史についても、まったく違う風景が見えてくるようになるはずだ。
はじめに
N型の人にとっての30代後半をどう考えるかということについては、ずっと書きそびれていたテーマだ。正確には、未完のエッセイなどの中で何度も語ってきたことではある。でもそのエッセイが完成しなかったために公開状態とはなっていなかった。
今回、あらためてこの話題を単体のテーマとして取り出して記事にすることにした。
前提にしているのは、N型であり、かつ創作や研究が人生の重要な要素となっている人についての話だ。
N型の中でも、ENFJにはあまり当てはまらない話かもしれない。
S型であるにも関わらず、ISFPにはそれなりに当てはまる話かもしれない。
創作については、純粋なパフォーマンスのことはあまり想定していない。純粋なパフォーマンスとはつまり、典型的には音楽の演奏のみの活動などである。ここでは、作品として形が残るものについて考える。非同期コミュニケーションとしての表現活動といってもいい。研究については、在野での活動を特に重視している。在野という言葉は人文寄りのものがイメージされやすいが、ここで考えているのは必ずしもそうではない。
創作や研究という存在については、本人が「ただの趣味」というような言い方をしたとしても、それはどういう意味なのかというのはよく考える必要がある。本当は創作や研究に軸足があるのに、そのことを表明するのはためらうという場合が多々ある。
2026年時点でも、日本ではまだ「男子一生の仕事」のような発想が根強く生き残っている。女性の側もそれを取り込むことが多いかもしれない。
「ただの趣味ではない」と表明することは、いろんな意味で面倒な存在を呼び込んでしまうことになる。
そうか「ただの趣味ではない」のか、そうなのか。だったらそれを「男子一生の仕事」とするということなのか。銀行からお金を借りてでもやるということなのか。そういう主旨のことを真顔で言う人がいる。わたくしも遭遇したことがある。最近では多少は減ったのかもしれない。
今回の記事では30代後半にフォーカスするのだが、15歳〜26歳というもう一つの黄金期についても考える。だから中年向けの記事というわけではない。
これを書いているわたくしの年齢はというと、2026年3月現在、45歳である。まあ、世間的には中年ということになるのだろう。
S型にとっての30代後半
先にまず、S型にとっての30代後半について少しだけ触れておきたい。
S型はN型よりも具体的な対象を扱うのが得意とされる。経営者の目線では、目の前のことを片付ける役割を安心して任せられる。
N型は新しいアイディアや可能性について考えるのが好きだ。だから空ばかり見て足元を見ていないということが起こりやすい。
N型が目の前のことを片付けているように見える時はある。せわしなく手を動かす時もある。でもそういう様子を見てN型の能力や特性を判断しようとするのは、着陸の瞬間とその後の陸上での移動だけを見て「飛行機とはこういうものか」と思うようなものだ。
「ドN」によるN型らしい活動というのはS型にとっては無限遠点での動きであり、直感的には何の動きもないように見えることがある。
S型のマインドと世間は強く結びついている。つまり、「S型にとっての30代後半」というのは「世間が30代後半の社会人に求めるもの」と思ってもらっていい。
N型にとって世間とは厄介な存在だ。
2024年夏に「渡る世間はSばかり」という言い方をXで見かけて笑ってしまったことがある。ただし2026年3月現在はそのアカウントは鍵垢になっている。
S型に親和的な「世間」からの視線にN型が安易に迎合することのないように、わたくしもこういう記事をnoteに書いているわけだ。
S型にとって30代は、実務経験の蓄積によって自分という存在の市場価値を高めていくことができる時期だといえる。
実務の現場における、よき歯車としての自分。商品としての自分。
わたくしがこうやってインターネットに接続してnoteに駄文を公開できるのも、多くのS型が実務に邁進しているおかげであるのは確かだ。
特にテクノロジーの分野では、高知能のISTJによる継続的な関与は重要だ。彼らの活動は発明的・発見的ではないがゆえに、個人の名前がクローズアップされる機会が少ない。SNSで目立っている技術者も、ISTJではない人が多いように思う。彼らの多くは個人プロジェクトを持っておらず、寄付を集めたりすることも稀だ。
今こうしている間にも、高知能のISTJによる貢献によってネットワークインフラが維持されている。そういう貢献をする人の中には30代後半の人もいるだろう。
また、高知能のISTx(ISTJとISTP)はxNTx(N型かつT型)と会話がちゃんと噛み合うことが多い。だから実務の現場以外においてもxNTxにとっては高知能ISTxが貴重な存在に思えることがある。
N型の中でも特にINxP(INTPとINFP)は頭の中の乱反射が重要だ。この乱反射というのは、あくまでも頭の中で起こることである。頭の中の乱反射を守り、内なる声に耳をすますためには、外界は秩序立っている必要がある。何らかの形でxSxJ(S型かつJ型)の営みに依存しているわけだ。都市部ではこの部分をアウトソースしやすい。
創作や研究をしておらず、かつ実務の現場とは無縁に生きている、というような場合であったとしても、30代はやはり特殊な時期になりやすい。
20代で子供を産んだ人は、30代でちょうど手のかかる時期になる場合がある。あるいは子供が2人になったり3人になったりする時期かもしれない。
20代では産まなかったという人も、30代前半で子供を産んだことにより、30代後半が最初の子供の手のかかる時期ということがあるかもしれない。
子育てはxSFxに親和的である。「ママ友」のネットワークはxSFx(特にESFx)の感覚に合わせるのが当然という世界観であり、N型(特にINxx)にとっては過酷になる場合がある。
INxxでありながら子供が欲しいと思う人は貴重なのだ、という見方もできる。N型は子育てに向いてないから子供を産むな、などという言説は蔓延してほしくない。
長期的にはむしろ、どうやったらN型が子供を産みたくなる世界になるのかということを真剣に考えたほうがいいのかもしれない。
ところで、S型でありながら創作や研究で成果を出す人というのも、当然ながらそれなりにいる。特にイラストや漫画などでは、S型は多そうである。
S型はいろんな意味でサマになっているように見えることが多い。「らしさ」があるという言い方も良いかもしれない。N型の場合だと、全体としてのちぐはぐさや幼さのようなものが、どうしても前面に出る瞬間というのがある。
このことは、創作や研究とは縁がないと自認する人々にとって、イメージの混乱をもたらす。N型が「らしさ」を自然に身にまとうことが難しいことによって、様々な誤解や軋轢を引き起こす。
実際はN型のほうが野心的で実験的なことに挑みたいと思うことが多いはずである。でも創作や研究とは縁がないS型にとっては、そういうN型を前にして「何か大きな勘違いをしている」とか「ニセモノである」とか「現実逃避をしている」とか、そういうことを感じやすい。
20代であれば若さゆえなのだろうと好意的に解釈してもらえるものでも、30代後半になって「らしさ」が感じられないのは何かがおかしいということになりやすい。
スキゾタイパルの傾向がある人の場合は、上記のような傾向はより顕著になる。また、N型の中でもENFJの場合はあまり上記のような傾向はなさそうである。
「らしさ」というのは、既存の文脈との接続性が強固であるという側面がある。野心的で実験的な構えというのは、何らかの形で既存の文脈からの切断や跳躍をともなう。らしさが「ない」ということを自然に身にまとうことができるほうが、切断や跳躍にとっては有利である。
別に野心的で実験的なほうが偉いという話ではない。伝統を守る立場はあっていい。自己模倣はそれ自体は悪いことではない。でも野心的で実験的なものを意識的かつ積極的に擁護したいと考える人にとっては、こういったことは重要であるはずだ。
S型でありながら創作や研究を続ける人が、異端的な人と社会とをうまく橋渡しするような状況もそれなりにあるだろう。
一方で、S型の振る舞いが与え続ける納得感のようなものによって、野心的で実験的な試みが駆逐されてしまうということも起こる。
このことは、N型にとってはなかなかに悩ましいことなのである。
ところで、N型にはN型の世間があるのだ、という考え方は可能なのだろうか。
これについては、あるといえばあるし、ないといえばない、というのが現時点でのわたくしの認識だ。
S型と違って、N型同士で集まっても同床異夢になりやすいということがある。それぞれが自分に素直になろうとすると、この傾向は強まる。
大卒者の場合だと、経済学部出身の集まりよりも文学部出身の集まりのほうがN成分が濃かったりだとか、工学部出身の集まりよりも理学部出身の集まりのほうがN成分が濃かったりだとか、そういうものはうっすらと存在はしているのかもしれない。
文学史およびSF史における30代後半
小説における黄金期を考えてみたい。
この黄金期は基本的には「30代後半」ということでいいのだが、これをより具体的に定義するなら、35歳の誕生日になってから41歳の誕生日を迎えるまでの6年間、ということになる。
小説においては、この6年間は極めて重要であると思っている。
そして基本的に小説というものは、N型に親和的だとわたくしは考えている。
絵本などの場合は微妙だ。また、ライトノベルやエロ小説の場合も微妙かもしれない。ただし、絵本やラノベやエロ小説の場合であっても、読者はS型だけど書き手はN型という場合が多々ありそうだ。
このセクションは、わたくしが「おつきさまと殺意」という長大なエッセイの中で語ろうとしたことと重複する箇所が多々ある。残念ながらそのエッセイは未完だ。
N型は実例を軽視しがちだとよくいわれるが、このセクションではあえて実例に着目しよう。
まずは夏目漱石から。
漱石の小説家としての覚醒は『吾輩は猫である』の第一話といえそうだが、これを1904年12月に高浜虚子が朗読したのが事実であれば、この第一話は37歳の時には完成していたということになる。
そして『坊つちやん』や『草枕』は1906年発表で、これは38歳から39歳にかけての時期である。
ちなみに夏目漱石はスキゾタイパルの傾向があった可能性があり、それはそれで重要な論点ではある。INxxのほとんどはスキゾタイパルではないが、スキゾタイパルのほとんどはINxxである。たいていの場合、スキゾタイパルの傾向がある人にとって30代後半は重要なはずである。
志賀直哉の場合、『小僧の神様』や『暗夜行路』の前編が30代後半の発表である。
川端康成の『雪国』は1935年から少しずつ発表が開始され、これは35歳か36歳あたりである。
太宰治の場合は『斜陽』が1947年の執筆で36歳から37歳あたりの時、『人間失格』が1948年執筆で38歳の時である。ただし、『人間失格』を完成させてから一ヶ月後に自殺してしまった。
大江健三郎は『洪水はわが魂に及び』が1973年の発表であり、37歳か38歳あたりだ。
村上春樹は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』や『ノルウェイの森』の発表が1980年代後半であり、30代後半の時だ。
海外にも目を向けてみよう。
例えばエドガー・アラン・ポーの短編「盗まれた手紙」は1844年発表で35歳の時である。
ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』は1918年からの連載で、36歳から39歳にかけての執筆だ。ちなみに1918年といえばスペインかぜ流行開始の年でもある。
カフカの場合、『城』が1922年の執筆で38歳から39歳にかけての執筆である。
オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』は1932年発表で、37歳の時である。
これらはいろんな意味でN型にとっての「殿堂入り」といえるかもしれない。
短編では、オー・ヘンリーがいる。彼は獄中で短編小説を書き始めたとされるが、刑務所にいたのがまさに30代後半である。
35歳前後から40歳前後の間に発表されたものを、他にも11個リストアップしてみよう。
1834年連載開始『ゴリオ爺さん』(バルザック)
1849年連載開始『デイヴィッド・コパフィールド』(ディケンズ)
1856年連載開始『ボヴァリー夫人』(フローベール)
1863年執筆開始『戦争と平和』(トルストイ)
1871年発表『鏡の国のアリス』(ルイス・キャロル)
1929年発表『恐るべき子供たち』(ジャン・コクトー)
1935年連載開始『断頭台への招待』(ナボコフ)
1955年から1957年にかけて発表『フラニーとゾーイー』(サリンジャー)
1967年発表『百年の孤独』(ガルシア=マルケス)
1973年発表『重力の虹』(トマス・ピンチョン)
1986年発表『幽霊たち』(ポール・オースター)
こういう議論はチェリー・ピッキング的にならざるをえないかもしれない。
「盗まれた手紙」やカフカや『すばらしい新世界』や漱石や太宰といった存在がのちの日本文化に与えた影響のことを考えると、定量的にとらえることは難しい。影響の深さや広さを考慮するなら、その影響は小説だけにとどまらない。時代や状況が違うと、冊数などの売上で比較することにもあまり意味がない。また小説は参考文献を提示することが一般的でないし、提示したとしても小説ではないものになることが多い。
『すばらしい新世界』はSFとみなされることもあるが、他のSFはどうだろうか。おそらく20世紀というのは、2026年現在よりもずっと切実にN型がSFを必要としていた時代のはずだ。
20世紀後半のSF小説に限定して、作者が35歳前後から40歳前後の間に発表された重要なものを11個ピックアップしてみよう。
1950年発表『宇宙船ビーグル号の冒険』(A・E・ヴァン・ヴォークト)
1953年発表『幼年期の終り』(アーサー・C・クラーク)
1959年発表『タイタンの妖女』(カート・ヴォネガット)
1961年発表『ソラリスの陽のもとに』(スタニスワフ・レム)
1966年発表『結晶世界』(J・G・バラード)
1968年発表『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(ディック)
1969年発表『闇の左手』(アーシュラ・K・ル=グウィン)
1977年発表『星を継ぐもの』(ジェイムズ・P・ホーガン)
1981年発表『マイクロチップの魔術師』(ヴァーナー・ヴィンジ)
1984年発表『ニューロマンサー』(ウィリアム・ギブスン)
1984年発表「血をわけた子ども」(オクティヴィア・E・バトラー)
多少なりともSF史に関心があれば、目まいがするようなメンツのはずである。これらがすべて、作者の人生における特定の時期に発表された小説なのである。
『マイクロチップの魔術師』と『ニューロマンサー』はともにシンギュラリティを扱った先駆的な作品で、AI史においても30代後半は重要だといえるかもしれない。
個人的には、フィリップ・K・ディックの『火星のタイム・スリップ』が1964年発表であることも気になるところだ。
日本のSFでは、筒井康隆による七瀬シリーズの『家族八景』と『七瀬ふたたび』が1970年から1974年にかけての発表であり、これは36歳から40歳あたりということになる。
ここで提示した具体例の数々を「チェリー・ピッキングにすぎない」と感じるのか、「チェリー・ピッキングもたまには良いものだ」と感じるのか、それはお任せする。
たった一つの作品が欠落するだけで、歴史的風景が一変してしまうような場合がある。そういうものをどう考えるのかは難しい。
ところで、長い小説の場合などにおいて、完成が40代半ばにずれ込むような場合がそれなりにあったりするかもしれない。
夢野久作の『ドグラ・マグラ』やフランク・ハーバートの『砂の惑星』は発表が40代半ばだが、長い構想期間があった。熟成・発酵が30代後半だったと考えるのが自然である。
わたくしにとって、16歳の時に読んだ『ドグラ・マグラ』は非常に重要な作品である。TV版のエヴァを観るよりも少し前で、この小説を読むことがいろんな意味で転機となった。
50代や60代になってから『ドグラ・マグラ』を読んで衝撃を受ける人もそれなりにいるようだ。それでいて、時代に関わらず10代を魅了し続けているようでもある。中学や高校では教師の側が夢野久作を推すことは少ないかもしれないが、「青空文庫」のランキングでは上位に来ることがあるようだ。親や教師に隠れて読むものとして『ドグラ・マグラ』は今でも定番なのかもしれない。
ちなみに「青空文庫」のアクセスランキングは2023年になってから更新されていない。
青空文庫 アクセスランキング
https://www.aozora.gr.jp/access_ranking/
10代のころにこっそり読む小説があったことは、N型の人生を豊かにするとわたくしは信じている。
なお、アンオフィシャルなものとN型は親和的ではあるのだが、『ドグラ・マグラ』の最初の発表が自費出版によるものだったというのは誤った情報であるらしい。
小説以外の領域における30代後半
小説以外にも目を向けてしまうと、N型についての議論といえるのかどうかがよく分からなくなる。だからこのセクションは、ただの与太話として流し読みしてほしい。
ちなみにわたくしが30代後半という時期を最初に意識したのは、TVのインタビューで庵野監督がそのあたりが表現者としてのピークだという主旨のことを言っていた気がするからだ。「表現者」や「ピーク」という言い方をしていたかどうかは分からない。そのインタビューの放送はおそらく1998年〜2002年あたりのどこかだ。
正確なニュアンスを忘れたのだが、「60歳あたりにポッと何か突出したものが出たりすることもあるかもしれませんけど」みたいなことも言っていた気がする。それはつまり当時話題になっていた『もののけ姫』のことを言いたいんだろうか、と思った記憶がある。
わたくしの理解では、発言の全体としての主旨はこうだ。表現者としてのピークは30代後半。40歳以降はすでにピークが過ぎていて、滑空のような状態。ピークの時期ではない時に傑作が産み出されることはあるかもしれないけど、それはあくまでも単発事例なのであって、傑作を次々と連発できるような時期というのは30代後半だけ。
庵野秀明といえば何よりもまずエヴァということになると思うが、TV版の『新世紀エヴァンゲリオン』の放送は1995年10月から1996年3月で、監督が35歳の時である。
庵野監督の人物像については、あらゆる人があらゆることを言っていて、よく分からない。つくり手ではなく視聴者ということなら、少なくともTV版のエヴァについては、S型よりもN型のほうがより多くのものを受け取っていたはずだ。特にINxxにとっては、16話から21話あたりが重要だったのではないかと思う。
新劇場版しか観ていないINxxは、ぜひともTV版の16話から21話あたりを観てほしいと思う。9話〜12話あたりで「なんか思ってたんと違う」と感じたとしても、そのあたりのエピソードはプロローグにすぎないと割り切ったほうがいいかもしれない。
ちなみにわたくしは放映をリアルタイムで観ていたわけではなく、1997年の年末から1998年の年始にかけての再放送をVHSに録画して繰り返し観た。そして2026年3月時点でシン・エヴァ(2021年公開)を観ていない。終わらせることに失敗し続けている。そうこうするうちに2026年になってからエヴァに関していろいろ新しい企画が始まっているというニュースが出てきた。あまり詳細をチェックしないようにしている。
宮崎駿は庵野監督の師匠的存在とされることもある。宮崎駿が監督した『ルパン三世 カリオストロの城』が1979年12月公開で、38歳の時である。商業的にも公開直後の批評もイマイチだったが、アニメ史的には極めて重要とされる。
富野由悠季はファーストガンダムやイデオンが37歳から39歳にかけてである。押井守は劇場版パトレイバーの一作目公開が37歳の時だ。
アニメ以外だとどうだろうか。
黒澤明は『羅生門』が1950年公開で40歳の時である。
スタンリー・キューブリックは『博士の異常な愛情』が1964年公開で35歳の時、『2001年宇宙の旅』が1968年公開で39歳の時である。スティーヴン・スピルバーグは『E.T.』公開が1982年で35歳の時である。ジェームズ・キャメロンは『ターミネーター2』公開が1991年で36歳の時。
ジョージ・ルーカスはスター・ウォーズの『エピソード5/帝国の逆襲』と『エピソード6/ジェダイの帰還』が30代後半だ。ただし、この2作についてはルーカスは製作総指揮で、監督は別の人だ。
日本で大衆文化といえば漫画も重要だ。
日本の漫画は連載が重視され、長期の連載になることもあるため、取り扱いが難しいかもしれない。
2026年時点でもまだ続いている長期連載のジャンプ漫画のSNSでの反応では、『ONE PIECE』はS型にウケが良く、『HUNTER×HUNTER』はN型にウケが良いように見える。これはあくまでもSNSでの反応だけに着目したものだし、実際に作者がどうなのかというのは知らない。
『HUNTER×HUNTER』の場合は、グリードアイランド編の全体やキメラ=アント編の前半が、作者が30代後半あたりの時期の発表ということになる。13巻から23巻あたりである。
わたくしは『ONE PIECE』をまともに読んでいないが、N型にウケが良いエピソードもあったりするのかもしれない。
岡野玲子版の『陰陽師』では、賛否両論ある「暴走」が決定的となったのが30代後半の時期に描かれたものだ。わたくしにとっては7巻と8巻が重要だ。
吉田秋生の『BANANA FISH』は終盤が30代後半だ。
漫画も挙げていこうと思えばいくらでも見つかりそうだが、商業作品では編集者の介入が強力すぎる場合があるため、議論が混乱するかもしれない。例えば『ドラゴンボール』などもそうだとされている。ちなみにナメック星あたりから連載終了あたりまでが30代後半である。
ゲームでは、例えばドラゴンクエストシリーズの場合はIVとVが堀井雄二の30代後半の時の発売である。
音楽はどうだろうか。モーツァルトは『魔笛』の初演が1791年9月で、35歳の時である。ベートーヴェンは『運命』の初演が1808年12月で、37歳か38歳の時。フランツ・リストは『愛の夢』第1番の作曲や編曲が1849年から1850年にかけてであり、30代後半。
『4分33秒』は1952年発表で、ジョン・ケージが39歳か40歳あたりの時だ。
絵画では、セザンヌが30代後半に印象派の一員として絵画を制作していた。ドガも印象派とみなされることが多いが、1873年ごろの『三人の踊り子』が38歳あたり。ダリの場合は『目覚めの直前、柘榴のまわりを一匹の蜜蜂が飛んで生じた夢』が40歳あたり。
ノンフィクションでは、ブルース・スターリングの『ハッカーを追え!』が38歳の時の刊行である。
オープンソースの活動に多大な影響を与えた『伽藍とバザール』はエリック・レイモンドが39歳の時に発表された。
オープンソースといえばLinuxカーネルが有名だが、Linux創始者であるリーナス・トーバルズは35歳の時にGitを書いて、これがもう一つの代表作になっている。
数学では、「ヒルベルトの23の問題」の一部が公表されたのがヒルベルト38歳の時である。バートランド・ラッセルは『プリンキピア・マテマティカ』第1巻の刊行が38歳あたりだ。
ところで、小説では40代半ばにずれ込んだ例として『砂の惑星』や『ドグラ・マグラ』を挙げた。小説以外でもずれ込むことはあるだろうか。
精神医学では、単行本としての『分裂病と人類』は1982年2月刊行で、中井久夫が48歳になってからである。この『分裂病と人類』は30代後半の熟成・発酵によるものという側面があるかもしれない。『分裂病と人類』の成立過程については、2000年発表の短いエッセイ「『分裂病と人類』について」で解説されている(2005年刊『時のしずく』や、みすず書房『中井久夫集 7』などに収録)。
数学で40代半ばにずれ込んだ例として、対角線論法を挙げることができる。カントールが初めて対角線論法を提示した短い論文「多様体論の初等的問題に関して」は1891年発表で46歳あたりだが、その前にまず区間縮小法(縮小区間定理)という前哨戦があった。この区間縮小法についての研究が20代後半である。
27歳になってから34歳が終わるまでの8年間はある種の空白地帯ともいえるが、この時期に発見した萌芽的なアイディアを30代後半で熟成・発酵させるというのも、よくみられるパターンである。
まだ評価が定まっていないものを持ち出すのはまずいのかもしれないが、日本人数学者の望月新一のIUT理論の公表が43歳の時なのも気になるところである。30代のころの研究がベースとなっており、IUT理論についての論文は総計500ページを超えているらしい。
もう一つの黄金期と、空白地帯のこと
もう一つの黄金期というのも考えてみたい。
それは15歳の誕生日から27歳の誕生日までの12年間である。
わたくしと近い世代の小説家でいうと、乙一や羽田圭介や綿矢りさといった面々がいる。彼らは早熟な存在であり、若くして世に出た。そして30代になってからも書き続けることができた人たちだ。
もっと上の世代では、三島由紀夫などはかなり早熟といえる。
早熟であることと悲劇性が結び付けられやすい文豪として、さらに上の世代の島田清次郎がいる。「シマセイ」と呼ばれ、若いころから海外にも熱狂的な読者がいたが、異様な言動により不必要に注目を浴び、統合失調症と診断されたりもした。結核によって31歳で亡くなったため、もし30代後半があったらどうなっていたのかは分からない。
ちなみにジェイン・オースティンの『高慢と偏見』は修正と出版が30代後半になってからだが、もとは『第一印象』(First Impressions)というタイトルで20歳前後の時に書かれたものである。
ロック史では、「Yesterday」や「Here, There and Everywhere」などはポール・マッカートニーが20代前半の時の作曲だ。ジミ・ヘンドリックスやカート・コバーンはともに27歳で死亡している。
エリック・サティは『ジムノペディ』が20代前半の時。
数学や理論物理学においては、なんといってもゲーデルとアインシュタインの存在がある。ガロアなんかも、20歳で死亡している。
15歳から26歳あたりというのは、教育が重要になる時期でもある。
「鉄は熱いうちに打て」ということわざがあるが、これは若い時に「正しさ」を覚え込ませるというニュアンスが込められる場合がある。対象者がS型である場合はそういう発想もある程度は有効なのかもしれない。
S型には詰め込みで教育し、N型には自由に発想させる、という方針は有効なのだろうか。でも15歳前後のような微妙な時期に性格的なものを無理に判定しようとしないほうがいいという気もする。特にSN指標についてはそうだ。
「鉄は熱いうちに打て」を「時機を逃すな」というニュアンスを込めて使うなら、これはN型にとっては、自分のアイディアに自分で惚れ込んでいるタイミングが重要だというまったく違う世界観になる。N型にとっては、他人が押し付ける「正しさ」より自分の気分というものが何よりも重要だ。これは特にINxPの場合にはそうだ。
ところで、27歳になってから34歳が終わるまでの8年間という空白地帯をどう考えればいいだろうか。
もちろん、この時期に傑作が生まれることも確かにある。空白地帯なんてことはまったくないのだと考える人もいるだろう。
27歳や28歳あたりに発表された歴史的作品や論文の中には、熟成・発酵が24歳から26歳あたりだったというものが多々ありそうな気はしている。
30代前半については、周囲からすると油がのってきた時期であるように見えることも多いので要注意だ。10代後半や20代の時に有名になった人の場合は、30代になってからファン層も広がり、創作活動の基盤が強固に見えやすい。だから周囲も「そろそろ大傑作が産み出せるはずだ」と本人を煽ることになりやすい。
でも実はまったく逆で、32歳あたりから34歳あたりまでの3年間をまるまる休ませる、みたいなことをやったほうが良いような場合すらあるのではないかと思う。
30代前半に忙しすぎる状態になることにより、30代後半に軽いスランプのような状態が続くような場合がそれなりにある気もする。
周囲に煽っているつもりがなくても、実は非常に忙しい状態ということもある。30代前半は忙しくてもそれなりになんとかなってしまう。小説の場合だと、出版業界に酷使されて使い潰されたように見えても、編集者にはそのつもりがまったくないという場合もありそうだ。
もちろん、良いアイディアを思いついたのに周囲がムリヤリ休ませるというのも、それはそれで問題があるかもしれない。せっかく思いついたものに本人が飽きてしまうと、再度関心を呼び覚ますのが難しい場合がある。
やはり「時機を逃すな」ということもあるのだ。
空白地帯の有効活用についても考えてみる。例えば、27歳からの空白地帯のうちに人生経験を積んでおくという発想は有効だろうか。
わたくしはあまりそうは思わない。
S型は自分の経験を重視する傾向が強いといわれる。N型の場合は経験をしないことが経験になるという逆説がある。
これは小説でより顕著となる。人を殺した経験のある人でないと殺人者の心理を描くことができないなどと考えるのは馬鹿げている。
経験がまったく影響しないわけではないが、他人があらかじめ重要だとマーキングした要素を意識的に通過するようなものはあまり意味がない。
日本のSNSでは、よく冗談めかして「実績解除」という言い方がされる。「実績解除」はゲームの用語である。未体験だったものが経験済みになったことについてよく使われる。この「実績解除」としての要素があるような経験は、創作や研究にとってあまり重要ではない。
「経験済み」とすぐに認識できることも、あまり重要ではないという指標になるかもしれない。時間が経ってからその経験の重要性が分かるようなものこそが重要だ。場合によっては、10年以上経ってから「本当はあの時のあれが重要だったんだ」ということが分かるような。
ある種の取材活動については、非常に強力に作用する場合もある。でも取材をせずに想像で書いたほうがいいということもある。
構想中の小説で、殺人を犯したあとに犯人が無一文でヒッチハイクをするシーンがあるとしよう。殺人を気軽に体験するわけにはいかないからヒッチハイクだけでも体験しておくというのは有効だろうか。これはなかなかに難しい。安全な立場でそれなりの現金とキャッシュカードを持った状態のままでヒッチハイクをするのと、殺人直後に無一文でヒッチハイクをするのは、わけが違う。中途半端に知ってしまうことが有害に作用するかもしれない。
直接的な行動に着目するのではなく、意識変容をもたらすような特異な状況に自分を置いてみるのは有効かもしれない。特に若いころにそれを知っておくのはいいかもしれない。
創作に役立てるような経験とは少し違うものについても考えてみる。
例えば、30歳から36歳あたりのどこかで、創作や研究とは直接的には関係がないような、何らかの訓練をする時期はあったほうがいいかもしれないと思うことがある。これはあくまでも新鮮さが重要であり、本人が自分の意思でいつでも離脱できることが前提だ。
この時期に何らかの訓練をしておくことによって、30代後半の活動に深みが出るだけではなく、40歳以降のQOLに良い影響がある場合が多い気がする。
基本的にわたくしは、訓練というのはセンス・オブ・ワンダーにとっては有害だと思っている。だから訓練を肯定的に捉えるのは、あくまでもスパイスとしてということである。創作や研究とは関係がないことについての訓練というのもポイントである。
3年以上同じ職場にいるということ
自分の創作や研究が継続的な収入につながればいいが、実際にはそうならないことがほとんどである。
何らかの労働が必要になることが多いわけだが、基本的には労働とN型は相性が悪い。ほとんどの職場は、xSxJ(S型かつJ型)が気持ちよく仕事できるように整えられた環境である。
N型にとって、雇われの身で3年以上同じ職場にいるのは危険である。
特にxNxP(N型かつP型)で、創作や研究に軸足がある場合はそうだ。おそらくこれは、一部のISxPにも当てはまる。
危険性を認識しながらも、どうしてもそれを継続しなければならないという状況はあるのかもしれない。
xNxPはもともと擬態を強いられることが多い。同じ職場に長く居続けることによって、「xSxJに擬態するxNxJ」に擬態するxNxP、というように二段階の擬態が常態化する場合もある。
擬態という言葉によって、問題が矮小化されてしまうこともあるかもしれない。演技しているなら、演技をやめればいいだけの話なのではないかと。でもこれはそんな単純な話ではない。雇われの身でずっと同じ職場にいると、ルーチンワークをこなすために全身の細胞が最適化されてしまうと思ったほうがいい。
そんな体になってしまう事態は、人類に対する重大な裏切り行為だというほかない。
辞めることによって一時的に周囲に迷惑がかかる場合もあるだろうが、人類に対する裏切りに比べればそんなものははるかに軽微なものだ。
今はまだそれほどしんどいわけではないから、などと思ってしまうのも要注意だ。細胞が入れ替わってしまうこと自体は、苦痛を伴うとは限らない。苦痛の少ない職場はかえって危険かもしれないのである。
職場を変えることによって一時的に苦痛を伴い、時間を奪われ、創作や研究どころではないという状態になることもあるかもしれない。それでも、全身の細胞が入れ替わってしまうことよりはるかにマシだ。
一時的に時間が奪われるのを容認するなら、これまでの経験がまったく役に立たない職種のほうがいいという場合もある。
これはSNSにおいてもそうだが、様々な形で労働を美化する視点や現状を肯定したくなる視点が提供されているのも危険極まりない。
たまにはそういう気分になってみるというのも、それはそれでアリなのかもしれない。
どうせ長くいるつもりはないから、いつでも辞めることは可能だから。そう思いながらズルズルと同じ職場に居続けるのも避けたほうがいい気はする。
3年以上同じ職場にいると、そこを離れたあともその職場の人の「顔」がちらつくようになる。
今回わたくしがこの記事に書いたようなことを気軽に表明することができるかどうかというのは、重要な指標だといえるのかもしれない。
同じ職場の人や、あるいはかつての同じ職場の人が読むかもしれないという前提では、とてもこんなことは書けない。そう思ってしまうなら危険ということだ。
このセクションに書いているようなことは、エッセイ風に提示するから可能という側面はある。わたくしも、相手のことをよく知らない段階で口頭の会話(音声通話も含む)でこんなことを語ったりはしない。よく知っている人だとしても、相手から質問されたりしない限りこういうことを話すことはまずない。
相手の事情をよく知らないからこそ言いやすいという場面もあったりするかもしれない。本当はもっと、こういう話題を気軽に口にできたほうがいいのかもしれない。
3年以上同じ職場にいないほうがいいというのは、強盗を推奨するよりはずっと言いやすいのは確かだ。
銀行強盗をしてでもまとまった現金を確保して、5年くらいずっと創作に専念するべきではないのか。そんな風に本気で思ったとしても、それを強く主張してしまえば犯罪の教唆になってしまう。冗談っぽく言っても冗談にしか聞こえない。
わたくしはフリーランスや自営業を強く推奨しているわけではない。あくまでも、職場や職種を変えたほうがいいということだ。
フリーランスや自営業は、会うたびにストレスがたまるタイプの人を呼び寄せるという側面がある。特に女性の場合はその傾向が強まるかもしれない。
味方がいないということ
20代の時にずっと無名の状態だったり、あるいはいびつな形で注目を浴びた人の場合は、30代になってからとにかく味方がいないという切実な問題がある。ブランクが5年以上ある人もそうかもしれない。
人間として味方をしてくれる人がいたとしても、創作や研究に良い影響があるのかどうかはよく分からないということがある。特にINxx(I型かつN型)の場合、人間として味方をしてくれるというだけですごく貴重な存在に思えてきてしまうことがある。
30代になっても創作や研究を続けるというのは、人間を捨てているという側面があるのかもしれない。だから人間として敵対的であったとしても、創作や研究においては味方になる場合があると考えたほうがいいのかもしれない。
30代というのは、文化的なアクセサリーとしてN型のマインドを身にまとっていただけの人が、次々と離脱していく時期でもある。
ああはいはい、そういうマインドね。そういうのがかっこいいと思ってた時期もありますけどね。でももう、そんなトシじゃないんで。
でもこれは「ドN」の人からすると、冗談ではないという話にもなる。何を勝手に離脱してるんだ。何いきなりハシゴを外してるんだ。
「中二病」という言葉がその傾向を助長することもあるだろう。
N型のマインドというのはいずれ卒業していくものだと本気で思っている人がそれなりにいる。場合によっては、無自覚にN型がそう思ってしまうこともあるかもしれない。
「中二病」という言葉をやめれば解決するというわけではない。N型のマインドと若さを結びつける発想は、非常に普遍的なものなのである。形を変えてしつこく復活し続けることになる。
現在のXでは、様々な「指南」が流れてくる。その多くはS型がいかに生きやすいかを説くものなのだが、そのことは隠蔽されているか、もしくは発信する側がそのことに無自覚である。
「カテゴライズはよくない」とか「ラベリングはよくない」と思うことは自由なのだが、「万人に分かるように」という発想は要注意だ。たいていの先進国で、人口比としてはN型よりもS型が多いとされる。民間企業に勤める人に限定すると、S型の比率はさらに高くなるかもしれない。そういう中で「万人」を意識することによって、結果的にN型のマインドが無視されることになる場合もある。
これは無効票を投じることによって結果的に与党に有利になる場合があるということと構造的に類似している。
以前、わたくしはnoteではなくALISに『INxxのための自己啓発』というシリーズを書こうとしていたことがある。
INxxのための自己啓発 - はじめに | ALIS(2020-08-02)
https://alis.to/cleemy/articles/375jPZWvngDN
例によって未完だ。
公開まで持っていくことができた第1回と第2回を実際に読んでもらえれば分かるが、世に流通する「自己啓発」からかけ離れていることが分かるはずだ。これを書いていた2020年ごろは自己啓発というものを根本的に嫌悪しており、タイトルに「自己啓発」と入れているのは皮肉を込めているわけである。
多くの自己啓発本は、読者がESxx(E型かつS型)であることを暗黙の前提としていることが多いように思う。
でもその後、INTxはともかくとしてINFxはそれなりに自己啓発を求めているらしいことを知った。また、「INFP必読」のように紹介されることもある『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』という本の存在も知った。こういう本も自己啓発として流通しているのであれば、皮肉や嘲笑ということではなく、本当にINxxに向けた自己啓発もありうるのかもしれないと思うようになった。
S型がN型に対して無自覚に圧迫的になるのはよく見られる光景だが、社会適応の良いN型の言動が結果的に圧迫的なものとして機能することがあるかもしれない。INxPがイメージするようなN型特有の悩みというのは、ENxJにはあまり存在していないように見えることが多い。
一方で、無自覚にS型がN型を擁護するような場合もあったりするのかもしれない。
SNSで目立っている神絵師と呼ばれる人の中には、ISFPやISTPがそれなりにいるのではないかと思う。
ISxPの中にはHSPの傾向がある人もおり、そういう人が語る原則はINxxにも適用可能であるような場合もそれなりにありそうだ。S型でありながら、強力な擁護者になったりすることもあるのかもしれない。
日本では「芸術擁護」(アート・アドボカシー)という発想はあまり根付いていない。海外でももう絶滅危惧種になりつつあるのかもしれない。
日本でも、昭和の時代にはまだ「芸術」や「前衛」といった言葉にそれなりに重みがあったはずだ。これらの言葉は実質的に「S型には関係のない話ですよ」というサインとして機能することもあっただろう。
擁護したくてもどのように擁護すればいいか分からないという状況もそれなりにあるのかもしれない。
もしかしたら支援の対象者が「放っておいてほしい」と明言したり、そう匂わせることがあるかもしれない。でもそれは額面通り受け取ってはならない。
静かな環境を求める人に騒々しい何かを押し付けようとしたり、N型に対してS型のマインドを押し付けようとしたり、そういう人が多すぎるから防衛的にならざるをえないのだ。だから「放っておいてほしい」のだ。
創作活動のことが分からないからこそやめさせようとする人もいるが、自分は創作活動のことが分かっている側の人間だと考える人も厄介である。
自分では創作活動をしていないS型も、一家言があるという人はそれなりにいる。17世紀の日本では狩野安信が「質画」と「学画」を区別したが、創作活動のことをよく分かっていないS型(特にxSxJ)は「学画」の論理を創作活動全体に適用しがちである。「質画」の発想は個性を重んじる西洋化の影響と単純に考えて、17世紀からすでに日本にそういう議論があったことを知らない場合も多い。
「放っておいてほしい」を真に受けて本当に放っておくことによって、わけがわかっていない人が一家言をねじ込もうとする余地が生まれてしまう。
創作や研究においては、実際には直接的かつ継続的かつ介入的な関与が必要な場合が多い。
令和の日本では、「直接的」「継続的」「介入的」のどれかが欠けてしまうという場合が非常に多いように思う。
「この人を支援したい」と思い始めると、「失敗したくない」「嫌われたくない」という想いも強くなる。それにより、間接的関与にとどめておこうということになりやすい。
支援する側が忙しすぎたり、「しつこすぎないだろうか」「くどいと思われないだろうか」などと心配するあまり、継続的な関与ではなく単発のものになりやすい。
自分の介入によってその人の世界を壊してしまうのではないかという恐れは、介入的な関与をためらわせる。
実際に、的はずれな介入によってめちゃくちゃになる場合もあるだろう。
もしかしたら本人は、「誰でもウェルカムですよ」みたいに言うこともあるかもしれない。でもそれはハードルを下げるために言っているだけであるという可能性がある。
その人の世界を守るために直接的かつ介入的に関与するというのは、逆説的ともいえる。支援される側にとっては、本当にこの人はその逆説性を理解しているのだろうか、ということが気になる。
直接本人に質問をしないことや調整をしないことによって破壊的な影響を与えてしまうこともある。質問をすることが本人にとって侵入的かもしれないと考えてためらってしまうと、質問をしないことがもたらす影響が結果的に侵入的になるという逆説がある。
N型の中でも特にINxPはのんびりしているため、彼らののんきな気分が潜在的な支援者へと伝染してしまうこともある。支援者の主観では特に急ぐ理由が見当たらないが、支援される側は家賃を何ヶ月も滞納しているような状態であるという可能性がある。
N型の体は可能性に最適化され、可能性に立脚して行動する。潜在的な支援者がN型に強い関心を持つことによって、可能性に立脚するマインドが伝染してしまうこともある。
実際にやるべきことは「もう自分はすでにこういう形で関与した」という具体的な事実をオープンな場で過去形として示すことであるはずなのに、「なぜ誰も支援しないのか」とか「なぜあの人は支援しないのか」などと、自分以外の人間が支援する可能性のことばかりを口にするようになったりもする。
自分がすでにやった関与を過去形として示したうえで、さらに「今回はこうだったけど次回はもっとこうするのがいいかもしれない」という自己反省的なものとか、「今の自分にはこういう関与しか不可能だがこれこれの条件を満たす人はこういう関与をしたほうがいいかもしれない」とか、そういう形で可能性を示すのは有効だといえそうだ。
N型は浮世離れした印象を与えることも多いため、特にお金には困っていないと誤解されることもある。断片的な事実や噂話などから「経済的自由があるのではないか」と思ってしまったとしても、本当にそうなのかはよくよく考えてみる必要がある。直接的に接した時の印象も、要注意である。その人は会う直前に誰かからお金を借りたばかりであるというだけかもしれない。
HSP概念は、いろんな意味で示唆的といえる。HSPとINxxは重なり合っている部分が大きい。
HSPの特徴として、意見を口にしたり立場を明確にすることをためらう、ということがよくいわれる。
これにより、HSPにウケる表現というのは、それを受け取る側が沈黙によって応えることが起こりやすいのである。それがどんなに深刻で切実な沈黙だったのだとしても、その表現を発信する側にとっては単に無視されたとしか感じないということにもなりかねない。
理解している人が沈黙し、理解していない人が騒ぐ、ということも起こりやすい。非HSPの的はずれな表明によって混乱が起こり、それによってますます理解している人が沈黙する。
HSPであっても支援する側として関与しやすいものに、pixivFANBOXやPatreonなどがある。基本的にすべては自分のアカウントを画面上で操作するだけで完結するため、支援する側にとって刺激は弱い。介入的な要素は薄いが、直接的かつ継続的な支援がしやすいとはいえる。
よりよく理解している人ほど沈黙してしまうという現象は構造的に普遍的なものであり、簡単な解決方法はない。いわば消去法的にpixivFANBOXやPatreonを推すしかない状態といえる。
pixivFANBOXやPatreonのようなものも、リターンを求めるのが当たり前になってしまうと、ここで考える支援や擁護とは意味合いが違ってくる。
「経済」や「産業」を重視する前提においては、創作や研究をする人よりも経営者に花を持たせるほうに傾きやすく、また交換を美化することにもなりやすい。最初は交換としての要素がなかったものが、いつの間にか交換の文脈に回収されてしまう。
わたくしがHSPかどうかはよく分からないが、自分にとってあまりにも重要であるために沈黙することはよくある。前述の『ドグラ・マグラ』や岡野玲子版の『陰陽師』などについて、タイトルを明示して気軽に言及するようになったのは最近のことである。
若いころのわたくしにとって、これらの作品はこの世界の大いなる秘密であり、軽々しく口にできるものではなかった。
INxxが沈黙している可能性を察知してENxxがもっと軽率に動きまわってくれたほうが、INxxにとっては面白い世界になるという気はする。
文学フリマで出品されている本やBOOTHのみで販売されている本などの場合は、INxxやHSPにウケるものがそれなりに流通しているはずである。それなりの部数がありつつ、SNSでは目立たないということもありそうではある。
N型のマインドを素直に表明することは、単に立場の違いが明確化されるというだけではない。
S型からすると、「人生を丸ごと否定された」と思う人が出てくるのである。自分はずっと継続的に努力して、社会にとって役に立つ存在になろうとしてきたのに、理解不能なことをベースに生きている人間がいる。これは許せない。そんな風に怒りを産んでしまうことがあるのだ。
特にxSxJがxNxPに対して怒りを感じることが多いかもしれない。これはおそらく日本だけの現象ではない。
根本的に前提が異なるため、xSxJの世界観とxNxPの世界観をなんとかしてなじませようとするのはあきらめたほうがいい。
S型にも理解できる言葉で語るのではなく、多くのS型に「自分とは関係のない話だ」と思ってもらうことが重要であるような場面も多い。
S型の影響力はいろんな意味でドメスティックである。遠くからやってきた人についてS型は「自分とは関係のない話だ」と思いやすい。よそ者というポジションがバリアとして機能するわけだ。
また、移動には新しい出会いをつくるという効能もある。「自分の周囲はSばかり」を打開できることもあるわけだ。
「世間」を相対化することによって「世間」の側がうまく引き下がってくれる場合もある。でも逆のことが起こる場合もある。相対化によって「それで結局、何の役に立つの?」という発想がかえって前面に出てしまうこともあるのだ。こういうものも、なかなかに厄介な問いである。
わたくしにとっては、これが産み出されるためにこの世界は存在していたのだと、そのように思わせるものこそが芸術である。
芸術作品だけでなく、ある種の論文や数学の証明なども同様だ。
「何の役に立つのか」という問いは、それにまともに応答することによって、自分が擁護したい対象の価値を毀損してしまう場合がある。
だから「何の役に立つのか」という問いに対しては、「問いの立て方が根本的に間違っている」と言い続けるしかないという場合もある。
役割を超越しているからこそインスピレーションを与える側になれるという事情もある。「こういう風に役に立つ」ということを説明すればするほど、かえってインスピレーションを与える機会を奪うことがあるのだ。
これは逆説的ともいえる。何かの役に立つわけではないという前提が強力に存在しているからこそ、与えられるインスピレーションがある。すると、そんな風にインスピレーションを与えることこそが役割なのだという解釈も成り立つ。
インスピレーションはジャンルを横断するというのもポイントだ。小説によって小説を書く人間にインスピレーションを与える、絵によって絵を描く人間にインスピレーションを与える、そういうものも当然あるのだが、まったく想像だにしない方面にまったく想像だにしないインスピレーションを与えることこそが重要である。
こういうインスピレーションがなければ、社会からダイナミズムが失われることになる。
なお、「役に立つ」を否定することは、必ずしもプロテストソングのたぐいのものを否定することになるとは限らない。「これが産み出されるためにこの世界は存在していたのだ」と思わせるような作品をつくるためにはどういう環境が必要なのかということを真剣に考え続け、環境を整えるために自分の影響力を行使したくなることもあるかもしれない。
ところで、一部のS型は意識的に「芸術擁護」にまわってくれる可能性がある。かつてのヨーロッパでも、そういう振る舞いが貴族として当然であるがゆえにパトロン活動をしていた人がいたはずである。
そういう意味では、もっとS型を味方になってもらう必要があるといえるのかもしれない。
だからといってS型にとって分かりやすい言葉で説得しようとするのは、実際には冒涜的な行為かもしれないということを、たまには思い出してほしいと思う次第なのである。
おわりに
前述のように、2026年3月現在、わたくしは45歳である。
単純に生年をベースにすると中年ではあるが、マスクをしていると20代に間違えられることもある。マスクは性差や年齢差を隠す効果がある。
でも、マスクで覆い隠されているというだけではないだろう。いろんな意味で幼いと感じる。45年以上生きて、キャバクラやホストクラブやガールズバーやゲイバーやコンカフェのたぐいに一度も行ったことがない。ビアガーデンにも一度も行ったことがない。
8歳の時に歯科医の親戚から「5歳ぐらいの歯ぁやなあ」と言われたこともある。わたくしは実際に物理的・身体的にネオテニー的である可能性がある。
当然、一度も結婚したことはなく、子供はいない。
26歳まで(2007年あたりまで)に出会った同世代の人の中で、のちに子供を産むことになった人との継続的な付き合いがなかったことも大きい。自分が親の世代になってしまっているのかもしれないと考える機会がほとんどないのだ。もちろん、伝聞として子供がいるらしいという話が耳に入ることもあるが、実際に子供と一緒にいる姿は見たことがない。
また、わたくしは中学と高校が中高一貫だったのだが、高校1年の秋に中退をして大学進学も拒否した。このため、同級生たちは15歳前後の印象のまま冷凍保存されている。
わたくしとしてはネオテニー的でよかったと思っている。どこかで誇りに思っているようなところもある。
そしてネオテニー的でありながらも、やはり自分にとって30代後半というのは重要だったと思う。ネオテニーだから1.5倍換算したほうがいいのかな、などと考えないほうがいいということだ。
重要なタイミングは逃してはならないのだ。
ちなみにわたくしは10代のころにプログラマーとして仕事をしていたことがあり、そのころは文章がおっさんくさいと思われることがあった。特に仕事のメールなどにおいて「18歳はそんな文章を書かない」という印象を与えることがあったのかもしれない。これはわたくしがxNTx(N型かつT型)であるということが影響している可能性がある。
わたくしはこれまでの人生で、3年以上同じ職場にいたことは一度もない。これは本当に良かったと思っている。
そして2022年11月からは生活保護を受給しており、無職である。もっと早く受給し始めていたほうがよかったのかもしれない。とにかく労働と合わない。
結局、わたくしにはN型のマインドを継続的に保護してくれる存在は行政しかなかったということになる。良いパトロンと出会うことはできなかったのである。もちろん今後のことは分からない。
わたくしの場合、35歳の誕生日を迎えてから41歳の誕生日を迎えるまでというのは、2015年12月から2021年12月までの6年間ということになる。
この期間がどのようなものだったのかは、自分ではよく分からない。台無しにしてしまったなどと考えているわけではない。このころに構想を練っていたことで、まだ形にしていないものも多数ある。
ちなみに2021年春あたりは、失業給付金を受け取っていた時期である。
SN指標(S型とN型の対比)や小説という存在については、以下の記事でもいろいろ書いた。今回の記事と併せて読んでもらえれば、より意図が分かりやすいはずである。
関わりたい人がいないということ|cleemy desu wayo(2025-05-28)
https://note.com/cleemy/n/n0e5af5951bcf
上記の記事の中の、特に「対話と油絵法」「パフォーマーという存在、あるいは花とタネ」「ジョブ型の関係とメンバーシップ型の関係」「SN指標についての雑感」などのセクションがそうである。
上記の記事はエッセイであると同時に自己紹介であると同時にマニフェストにもなっているが、10万字超えなので要注意である。
また、スキゾタイパルやINTPについてじっくり考えたことがない人が上記の記事を読むと、混乱することになるかもしれない。
上記の記事の中では統合失調症に関して「ダウンレギュレーション仮説」というものを提示しているが、この発想の萌芽的なものはわたくしが30代後半に考えていたことである。
ところで、「会うたびにストレスがたまる」という言い方は、以下のGIGAZINEの記事タイトルより。
会うたびにストレスがたまる「厄介な友人や親戚」の存在が生物学的老化を早めるかもしれない - GIGAZINE(2026-03-17)
https://gigazine.net/news/20260317-difficult-friends-relatives-age-faster/
全体としては、わたくしは別にストレスを避け続けろと言いたいわけではないことには注意してほしい。
むしろ一時的なストレスを許容してでもN型にはやるべきことがあるはずだという視点が重要である。



コメント