「アーチャー」
妙に渇いた声が私を呼ぶ。それに答えようと口を開いた瞬間、ぐっ、と小僧の顔が近づいてきて……唇を、いやに生温かく柔らかいもので塞がれた。……まあ、はっきり言えばキスされた。
いくら堅物と言われる私でも、キスぐらいでガタガタ言うつもりはない。
人としての生を終えて英霊と成ってから幾星霜、魔力供給を受けるためにマスターたちと何度も体を重ねた。魔力供給とは無関係に寝たこともある。
だから、こいつの唇が迫ってきたとき、キスごときで避けるのも面倒だったのでそのまま受け入れた。
しかし、だからといって、初めてなのに舌を入れてくるのはいかがなものか。腕をしっかり掴み、さらに腰に手を回して引き寄せるという念のいれよう。
腹から下がぴったり密着しているので、奴の体温がダイレクトに伝わる。徐々に高まる体温。36.2度から36.5度。子供みたいな高めの体温だが、昂奮しているせいで熱が上がっているのだと思うと、伝わる熱が少々気持ち悪い。
「……」
どんな顔をしているのか気になって眼を開けて奴の顔を見てみる。眼を閉じて頬を紅潮させ、まるで初めてのキスをしているような様子なのだが、それにしてはやる事が手慣れすぎている。
ときどき唇を浮かせ、ふ、と一拍呼吸を入れてさらに深く唇を重ね、舌を絡めてくる。否応なく溢れる唾液を難なく飲みこみ、また僅かに頭を引くと顔の角度を変えてもう一度──
────私は、こんな奴だったのだろうか。……いや、私は自分から何かを求める事に関して非常に淡白だった。そう、今のように、ただ受け入れるだけ。己のために何かを追うことは罪悪に等しい行為に思えた。
なのにこいつは、飢えて私を求めている。自分の欲求を満たすために。
私と彼は、ここまで違ってしまったのか。
────と、思考が、そこで唐突に途切れた。
「……っ……」
舌表を強く吸い上げられたとたん、身体が勝手に震えた。だらりと下げていたはずの両手はいつの間にか小僧の腰に軽く添えられて、掌にはじんわり汗が浮かんでいる。……冷静に事態を分析している間、体が熱暴走してしまっていたらしい。それとも、冷静だと思っていただけなんだろうか?
「……ん…っ」
思わず僅かに声を漏らしてしまった。……………………ありえない。この私が。
その気色悪い声が耳に届いたのだろう。小僧も眼を開けて────視線が絡まる。驚いて見開かれる瞳。離れる唇。
「……んなっ……アーチャー! ずっと見てたのかよ!」
「……。……ああ、お前の呆けた面を見ていた。中々面白かったぞ」
漏れた声から話題が逸れたことに安堵しつつ、舌先に残る痺れを誤魔化して嘲笑を浮かべると、小僧は眉を顰め、拗ねたように唇を尖らせて顔を背けた。
私は小さく笑い零し、軽く身をひるがえして奴の手から逃れた。
「まだまだ子供だな、衛宮士郎」
「お前みたいに老成してないだけだっ」
「私が老成しているからと言って、貴様が子供だということには変わりないだろう。では失礼する」
「待てよ、まだ……。……え?」
少し腰をかがめ、何か言いかけた小僧の唇に唇を重ねた。途切れた声の余韻が唇をくすぐり、私の口元で消える。
そして、硬直している奴の姿を楽しく眺めつつ、キスをしたまま姿を消した。