産業・一般ホルムズ海峡の事実上の封鎖から1か月。原油・ナフサの供給途絶と価格高騰の影響が、日本標準産業分類(総務省、2023年改定)の中分類99のうち少なくとも21に及んでいることが、本誌の取材と業界調査の集計で分かった。製造業だけで11中分類が該当し、運輸業は5中分類すべてに影響が出ている。さらに農業資材、飲食料品卸・小売、窯業・土石など少なくとも5中分類が「次の波」の予備軍として控える。問題は影響の広さではない。化学減産の連鎖にはタイムリミットがあり、最も早い医療用プラスチックは数週間でひっ迫し、汎用樹脂も2-3か月で供給調整が現実味を帯びる。(編集長・赤澤裕介)
ナフサだけが守られない理由
影響の起点はナフサだ。日本はエチレン原料の95%をナフサに依存し、その4割超を中東から調達している。石油備蓄は放出前の時点で国家・民間・産油国共同を合わせて240日分あるが、ナフサの在庫はシティグループ証券の推計で20日分しかない。石油には数か月単位の政策バッファーがあるが、ナフサには数週間しかない。
この格差は制度に起因する。石油備蓄法は原油とガソリン・軽油・灯油・重油といった燃料製品を備蓄の対象にしている。ナフサは法律上は石油製品に含まれるが、備蓄の実務では燃料が優先される。政府が26日に始めた国家備蓄の放出でも、元売り4社に引き渡された原油はまず製油所でガソリンや軽油に精製される。国民の生活と物流を支える燃料が先で、化学原料のナフサは後回しになる。本誌が14日付で報じた通り、備蓄原油が軽油として末端に届くのは4月中旬以降だ。ナフサへの配分はさらに遅れる。
結果として、備蓄を放出しても、ナフサのひっ迫は緩和されない。石油は国家・民間備蓄という制度上のバッファーが厚く、政策で時間を買える。ナフサの在庫は20日分で、封鎖から1か月が経過した今、在庫面の余裕は極めて限られる。政府が24日の関係閣僚会議でナフサを明示的に対策対象に加えたのは、この制度の弱さが政策課題として浮上したことを示す。
エチレン生産設備は国内12基のうち6基がすでに減産に入った。残る6基のうち3基は定期修理で停止中で、そのうち京葉エチレン(住友化学・丸善石油化学の合弁、千葉)は再稼働時期を延期した。減産も停止もしていない設備は3基にとどまり、供給余力は大幅に細っている。
影響が確認された21の中分類と、次に波及が見込まれる予備軍を、深刻化の時間軸とともに整理した。
▲ナフサ不足が各産業に及ぼす影響と深刻化の時間軸 ※注:波及経路が近接する中分類(建設業06-08、電気・ガス33-34、宿泊75・洗濯浴場78)は一括表記。件数は個別に数えて21としている。(クリックで拡大)
注:波及経路が近接する中分類(建設業06-08、電気・ガス33-34、宿泊75・洗濯浴場78)は一括表記した。件数は個別に数えて21としている。
最も時間がないのは医療業(83)だ。透析用プラスチックの在庫は数週間分とされ、透析患者は全国で34万5000人規模にのぼることから、関連資材の供給不安は医療現場全体の懸念材料になっている。次に深刻化が見込まれるのはプラスチック製品(18)と食品包装を含むパルプ・紙(14)で、在庫は2-3か月。アールピー東プラ(和歌山工場)は「その先は生産ラインが止まる」と話す。建設業(06-08)も日本ペイントのシンナー75%値上げ、信越化学工業の塩ビ樹脂2割値上げが工事現場を直撃しており、在庫が切れる4-5月が分水嶺になる。
一方、鉄鋼(22)、非鉄金属(23)、金属製品(24)はエネルギーコストの圧迫が中心で、「止まる」よりも「赤字が膨らむ」段階にある。石油製品(17)は制度上のバッファーが比較的厚いが、石油連盟の週報によると常圧蒸留装置の実稼働率は3月14日週に72.5%まで低下しており、備蓄を使い切った後の供給継続は見通せない。
次に来る波も見えている。上の表には入れていないが、以下の中分類は間接影響が顕在化しつつあり、予備軍として監視が必要だ。
飲食料品の卸・小売(52・58)はすでに物流コストと包装材の値上げが転嫁され始めている。農業(01-02)は湾岸産のアンモニアや硫黄など、品目によってはホルムズ経由の依存度が高い肥料原料があり、春の作付けシーズンと重なって調達難が深刻化する恐れがある。尿素水のアドブルー(AdBlue)の不足はトラックの排ガス浄化装置にも波及し、道路貨物運送(44)の稼働に二重の制約をかける。
化学減産の現場をもう少し掘り下げる。化学メーカーの一部は不可抗力(原料不足による供給義務の免除)を取引先に通告しており、取引先が代替調達に動かざるを得ない状況が広がっている。三菱ケミカルグループは茨城事業所で3月6日からエチレンの稼働率を落とし、26日に紙おむつ原料、塗料原料、粘着剤の値上げを発表した。同設備は5月から2か月間の定期修理を控えているが、減産で在庫を積み増せなければ顧客への供給調整が避けられない。出光興産は千葉・山口の2拠点で16日から減産を開始し、取引先に停止の可能性を通告した。三井化学は千葉・大阪の2基で10日から減産し、プライムポリマーと共同でポリエチレン・ポリプロピレンを4月1日納入分から1キロあたり90円以上値上げする。ナフサ価格は1キロリットルあたり11万円超を想定した水準だ。
運輸業の5中分類すべてが影響圏内にある。道路貨物運送(44)では軽油価格が1週間で1リットルあたり28円上昇し、全国平均で178円を超えた。大口のインタンク供給が停止・数量制限される事例が全国で発生し、兵庫県トラック協会は実態を国土交通省と資源エネルギー庁に報告した。全日本トラック協会は27日、自民党本部で「燃料高騰危機突破総決起大会」を開き、荷主に燃料サーチャージの導入と標準運賃の活用を求める。中小企業庁の調査ではエネルギー費の荷主への転嫁率が33.9%にとどまる。本誌が23日付で報じた通り、50台以下の事業者は平均値ベースで赤字圏に沈み、金融庁は中小企業の資金繰り支援を金融業界に緊急要請した。帝国データバンクの試算では、燃料費が2025年比で3割上昇した場合、運輸業の営業利益は平均8割消失し、4社に1社が赤字に転落する。
水運業(45)では超大型タンカー(VLCC)の中東-中国ルート運賃が17倍超の1日50万ドルに急騰し、戦争保険料は通常の12倍に達した。45隻以上の日本関連船舶が足止めされ、日本郵船、商船三井、川崎汽船はホルムズ周辺の船舶に待機を指示している。
生活の現場にも影響は届いている。兵庫県では重油ボイラーの燃料調達が困難になり温泉施設が臨時休業した。クリーニング業では石油系溶剤が1リットル350円前後に高騰し、大阪市内の事業者が「100円上がったら厳しい」と話す。
野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは原油140ドルの場合にGDPを年0.65%押し下げ、物価を年1.14%押し上げると試算している。景気停滞と物価上昇が同時に進むスタグフレーションのシナリオだ。ドバイ原油は3月26日時点で130.93ドルで、NRI試算の前提である140ドルとの差は10ドルまで縮まっている。
政府は26日に菊間基地(愛媛県今治市)から国家備蓄の放出を開始し、民間・産油国共同と合わせて計45日分、8000万バレルを供出する。予備費8007億円を投じてガソリン補助金を復活させ、小売価格を170円前後に抑える。だがこの政策は石油を守る政策であって、ナフサを守る政策ではない。24日の関係閣僚会議でナフサが対策対象に加わったが、具体的な確保策はまだ出ていない。
整理する。医療用プラスチックは数週間。汎用樹脂と食品包装材は2-3か月。建設資材は4-5月。運送会社の資金は数か月。政策が届くのは4月中旬以降。この時間差が埋まらなければ、最初にひっ迫するのは透析関連の医療資材だ。優先配分が入っても在庫の薄さは変わらない。次に深刻化するのは食品包装と中小トラック事業者の資金繰りだ。物流事業者がいま手を打つべきことは3つある。燃料サーチャージの即時改定交渉、樹脂パレットや包装資材の在庫状況の確認、そして荷主との「いつまで運べるか」の率直な共有だ。
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