AIアシスト小説【シゲさんの冒険】第1話
この小説は、榊正宗が世界観・内容・台詞などを綿密に考えてAIをアシスト的に使い文章を整えて執筆したものです。内容は現在のLLMではゼロベースから書くのは殆んど不可能なくらい作者の想いが強く入ったオリジナリティの高い作品ですので、AIがキライな人も是非楽しんでいってください。
最近、死について考える時、心地よさを感じることがある。死にたい訳では無い。ただ、心地よいのだ。死について考えることがーー。
朝五時のアラームが鳴る前に、わたしは目を覚ました。
六畳一間のアパートは、築四十年の木造で、冬は隙間風が容赦なく入り込む。布団から出るのに毎朝ちょっとした覚悟がいる。しかし、覚悟さえ決めれば、あとは体が勝手に動く。五十年も生きていると、朝の支度なんてものは体に染みついた儀式のようなものだ。
顔を洗い、インスタントコーヒーを淹れる。コーヒーの粉はあと三回分しかない。給料日は五日後だ。食パンの最後の一枚をトースターに放り込みながら、冷蔵庫の中を思い浮かべる。マーガリンの残りと、しなびたキャベツが半玉。五日間をこれでどう持たせるか。五十歳にもなって、そんな計算をしている自分がいる。
テレビはつけない。もう三年も、テレビをつけていない。
わたしの名前は、兼田重千代。古い友人はわたしをシゲさんと呼ぶ。もっとも、今のわたしをそう呼んでくれる人間はもういない。五十歳。堀の深い顔立ちで、ローマ人と間違われたこともあるが、福岡生まれの生粋の日本人だ。
焼けたパンにマーガリンを薄く塗りながら、ふと壁に目がいく。何もない壁だ。引っ越してきた時、絵を飾ろうかと思ったが、やめた。壁には何も飾らないと決めている。絵を見ると、描きたくなる。描きたくなると、思い出す。思い出すと、胸の奥が軋む。
かつて、わたしは絵本作家だった。
それなりに名の知れた絵本作家だったと思う。代表作の『雲と獣の大冒険』は累計五百万部を超えた。子供たちに夢を届けるのがわたしの仕事だった。サイン会に来た子供が、目を輝かせて「シゲさんの絵本、大好き!」と言ってくれた日がある。あの子は、もう中学生くらいになっているだろうか。
今のわたしには、何もない。
朝食を済ませると、作業着に着替える。紺色の作業着は、三着をローテーションで回している。襟元の「新宿クリーンサービス」の刺繍が、少し擦り切れてきた。これがわたしの今の肩書きだ。絵本作家ではなく、ビルの清掃員。
ビルの清掃員という仕事を馬鹿にしているわけではない。この仕事にも良いところがある。あまり人に会わなくて済むところだ。早朝のオフィスビルは静かで、黙々と働ける。誰もわたしの過去を知らないし、知ろうともしない。それがありがたかった。
高円寺の駅から中央線に乗り、新宿へ向かう。まだ六時前の電車は比較的空いていて、端の席に座れることが多い。だが、今日は隣に座ったサラリーマンが週刊誌を広げていて、わたしは少し体を固くした。三年前、週刊誌にはわたしの顔写真が載った。今さら誰も覚えていないだろう。分かっている。分かっているのに、印刷物を広げられると、反射的に身を縮めてしまう。情けないことだ。
新宿駅で降り、職場のビルまで十分ほど歩く。朝の新宿はまだ眠りから覚めきっていない。歩道に酔いつぶれたサラリーマンが転がっている。わたしは彼を避けながら、ふと思う。三年前のわたしも、こうやって道端で転がっていたのかもしれない。あの夜のことは、何も覚えていない。何も覚えていないのに、わたしの人生は終わった。
担当は西新宿の二十階建てオフィスビル。毎朝、一階のエントランスから順に上の階へと清掃していく。モップをかけ、ゴミ箱を空にし、トイレを磨き、窓を拭く。同じ作業の繰り返し。だが、それでいい。決まった手順を、決まった通りにこなす。余計なことを考えずに済む。
十五階まで清掃が進んだ頃、休憩室の窓から外が見えた。
向かいのビルの壁面に、巨大な広告が貼られている。
『雲と獣の大冒険 劇場版 今冬公開』
派手なイラストとともに、その文字が目に飛び込んできた。知っている絵だ。知っているどころではない。あの構図の原型を描いたのは、わたしだ。
映画化されるのか。
五百万部の絵本が映画になる。本来なら喜ばしいことだろう。しかし、わたしには一円も入らない。正確に言えば、わたしはこの絵本の元原作者だ。著作者人格権は、本来、剥奪されることのない自然発生的な権利のはずだ。しかし、今のわたしにはこの絵本の権利はない。
モップを握る手に、力がこもった。
……いかん。こういうことを考えると、手が動かなくなる。
窓から目をそらし、わたしは黙って清掃を続けた。
昼休みは、ビルの裏口にある非常階段の踊り場で弁当を食べるのが日課だ。社員食堂を使う権利もあるにはあるが、人目が気になる。三年前の事件のことは世間的にはもう忘れられているだろう。だが、わたし自身がまだ忘れられない。人の視線が怖いのだ。見られていると思うだけで、手が震える。
のり弁を食べながら、ぼんやりと空を見上げる。冬の空は高くて、妙に青い。このまま空に溶けてしまえたら、どんなに楽だろう。――ふと、そんなことを思った。べつに死にたいわけではない。ただ、ときどき、こういう穏やかな想像が浮かぶことがある。不思議と嫌な気分ではなかった。
空の色を絵の具で再現するのは、実は難しい。セルリアンブルーにほんの少しだけコバルトを混ぜて、水で薄く伸ばす。かつてのわたしなら、この空をどう描いただろうか。
いかん、いかん。こういうことを考えてはいけないのだ。
午後の業務を終えると、もう日が傾きかけていた。冬は日が短い。ビルを出ると、夕暮れの新宿が広がっていた。
帰りは電車には乗らず、高円寺まで歩いて帰るのがわたしの習慣だ。約一時間の道のり。運動不足の解消になるし、何より、電車賃が浮く。百七十八円。その百七十八円が、今のわたしにはけっこう重い。
しかし、今日に限って、この帰り道が少しばかり憂鬱だった。新宿の街を歩けば、あの広告が嫌でも目に入る。街頭ビジョン、駅のポスター、ビルの壁面。あらゆる場所に、かつてわたしが生み出したキャラクターたちが踊っていた。映画の公開に向けて、街中が雲と獣の大冒険で溢れ返っている。
人通りの多い大通りを避け、わたしは裏道へと足を向けた。少しでも早く、この街の喧騒から逃れたかった。
暗い路地裏を歩きながら、ふと思う。わたしはいつまでこうしているのだろう。このまま、誰にも会わず、何も描かず、毎日ビルの床を磨いて、給料日までの食費を計算しながら生きていくのだろうか。五十歳。あと何年、この体が動くのか。清掃員すらできなくなったら、その時は――。
考えるな。
考えても、どうしようもない。
アパートに着くと、靴を脱いで、電気もつけずに布団に倒れ込んだ。暗い部屋は静かで、心地よかった。誰の声も聞こえない。何も見えない。このまま朝が来なければいいのに、とは思わない。ただ、この静けさがずっと続けばいいとは思った。
(つづく)
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