「住院相当於坐牢(入院は刑務所にぶち込まれるのと変わらない)」――。収容された人々が口にする言葉だ。2026年2月、中国の大手紙「新京報」は、記者が看護助手として中国中部にある湖北省の精神科病院に潜入し取材した衝撃的な実態を報じた。これらの病院は「三食付き入院も送迎も無料」をうたい文句に、重度の疾患を抱えていない高齢者や断酒希望者、さらには職員や警備員までを「精神病患者」として収容していた。外部との連絡を遮断された環境で実質的に医療行為は行われず、患者が抵抗すると暴力で制圧され、絶望した患者の自殺例も報告されている。

 この問題は、単なる一部病院の不祥事にとどまらない。人口減少に加え高齢化の急速な進行も相まって医療需要は急増しているにもかかわらず、不景気による税収減もあって医療保険の財源には限りがある。個人からの徴収を増やしているが追いつかないばかりか、負担感から足も遠のいてしまう。経営難に陥った病院のモラルが崩壊し保険詐取を最後の収入源とみなす構図は、中国各地で進行する病院倒産の流れとも重なっている。さらに「精神疾患は家の恥」とする根強い偏見がこうした不正を見えにくくし、被害を長引かせている。そしてこれらは日本で過去起こった問題の再演でもある。「中国経済の日本化」は、その暗黒面まで日本と同じ道をたどるのだろうか。

1年半で6回も書面上だけ「入退院」 強制労働の上、看護料徴収

 新京報の記者が潜入した病棟では投薬内容や診察は画一的で、個々の症状に応じた治療などなかった。90日入院したある患者は治療記録上、検査費用のほか、心理療法や行動療法、ベッド代などで1万2426元(約28万円)かかったことになっていたが、本人いわく「こんな長く入院したけど、やったことといえば薬を飲むだけ、家にいるのと変わらないよ」とのこと。薬代はたしかに費用に含まれているが、記録上たったの500元だ。ほかにも薬は1日2回、1錠ずつしか飲まされなかったと証言している患者もいた。

 記者が入手した院内の入退院記録には、多数の患者が月に数日間だけ書類上退院させられ、その後すぐ再入院となっている例が並ぶ。ある患者は1年半で6回も入退院手続きを繰り返したが、実際には一度も病院の外に出られなかったという。帳簿上退院と再入院を繰り返させることで、医療保険からの給付を複数回請求できるようになっていた。

 業界関係者は記者に対し、「1人の患者で月5000元(約11万円)、年間6万元稼げる。100人いれば600万元だ。設備投資なんか1年で回収できる」と語る。病院から見れば患者は「カネのなる木」で手放したくない。それだけでなく、病院の中にはさらにコストを削るために一部の患者を「作業療法」と称して皿洗いや病室・トイレの清掃、入院患者の着替えなどの作業に駆り出しているのに看護料と称して逆に費用を計上しているという言語道断なケースもあった。挙げ句の果てには重大な精神障害などなく「飲酒習慣があるからアルコールによる心理・行動障害だ」と入院させられ「作業」に従事させられていた患者が、退院したいとたびたび訴えても取り合ってもらえなかったことを苦に自殺してしまう事件まで起きた。

家族のメンツと脆弱医療制度の共犯関係

 では、誰がこのような医療機関に患者を送り込んでいるのか。報道によれば、背景には患者を積極的に集めるブローカーの存在があったとされる。中国の農村部では、「家醜不可外揚(家の恥を外に出すべきではない)」という価値観が現在も根強い。金銭的負担だけでなく精神疾患に対する知識の乏しさからくる偏見も大きく、通院や入院は本人のみならず家族にとっても「恥」や「メンツがない」と受け止められやすい。ブローカーたちはどこかから入手した名簿を基に家族へ近づき、耳元で甘い言葉を囁(ささや)く。

 文化的要因に加え、中国医療が抱える構造的脆弱性も無視できない。制度設計の不備に加え、医療現場での収益圧力もあり、患者の負担が大きくなりがちだ。

 たびたび行われた医療保険制度改革により、中国ではほぼ国民皆保険が実現されている。しかし、この制度はカバー率を優先するあまり、特に農村部では給付水準が低く自己負担が大きいといわれる。また、都市と農村の戸籍種別によって適用制度も違い、医療リソースやアクセスの地域格差はたびたび指摘される。統計を見ると、中国における医療費支出総額における政府の負担割合は57%(世界保健機関=WHO=の23年データ)と、同じ皆保険であるにもかかわらず日本(85%)には遠く及ばず、巨大な民間保険会社にそれを担わせる米国(54%)とほぼ同じ水準にある。つまり制度はあるのに相応のカネを出していない、ということになる。

 医療分野ではもともと「医師誘発需要(医者と患者に情報の非対称性が大きく、医師が供給内容や量を決定し、患者側がそれに抗弁できない結果発生する供給超過)」が起こりがちだ。中でも中国ではほとんどが公立病院にもかかわらず、収入に占める補助金割合が非常に低い。医師個人の待遇も収益貢献度に左右されるため、医師側に過剰な検査や投薬を行うインセンティブが強くはたらく。結果として自己負担割合は(統計手法の差異などで厳密なものではないが)日本の12%(経済協力開発機構=OECD=「Health at a Glance 2023」)に対し、中国は27.5%(2024年我国衛生健康事業発展統計公報)と倍以上になっている。全体平均でこうなのだから、農村部ははるかに高いのが実態だろう。

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