小中高生の自殺者過去最多538人 高校生356人 動機最多は「学校問題」251人 全体では2万人下回り過去最少 厚労省
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自分のコメント(マイページ)コメント863件
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大人になってから発達障害が診断されたけど、子供の頃に診断されていたら生きていたか分からないな。 早期療育と支援は絶対必要だけど『子供が自分に希望を待てない』のは酷だと思う。 昭和〜平成の「皆、同じ様に産まれてくるのだから教育や努力で何とかなる!!」という価値観は発達障害を持っていると物凄く不利だったけど、『自分も頑張れば何となるのかな?』という期待は持てた。 どれだけ努力しても出来なくて先天的な障害だと知った時の絶望感は凄かったけど、同時にホッとした気持ちもあった。 それは『自分を知らなかったからやりきった』という納得感があったし、大人だったから受け入れる事も出来た。 (すでに結婚して居場所もあったし、生活基盤が整ってからの診断だった。) 子供の頃に診断されたら「就職も結婚も不利だけど頑張りなさい!!」になる。 かなり残酷だと思う。
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少し乱暴な言い方になりますが 自分は、右側重麻痺、左側軽麻痺、構音障害で、声もうまく出ません それでも、何とか周りに助けてもらいながら、生きてます 死ぬのであれば、その体ください この体あげます その体がもらえるなら、どんないじめでも、ブラック企業でも、貧困でも受けます 五体満足なのが、どれほど素晴らしいことかを認識して欲しいです
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最近の親子を見てると、親が何でも子供の思い通りにしてやってるのが多いと思う だめなものはだめ、無理なものは無理、よそはよそ、うちはうちとかビシッとやる所はやらんといかんと思う。世の中は理不尽な事ばかり。会社で思い通りになる事等ほぼ無い。基本は自分でどうにかする、受け流す、乗り切るとかせないかん。嫌な事に対する対処の経験、トレーニング不足な面もあると思う 自分は中学の頃、友人居なくて悩んでたが、自分の将来の為に高校と大学はいかねばと思い、学校は行くが遠足行かない、午後は集会のみなら帰る、提出物は出す、試験は受けるとか自分でコントロールしてた。子供電話相談室に電話し、日頃の思いを話してたが相談室に話した所で解決するとは思ってなく不平不満や自分の考えをはき出す場所と割り切っていた。我ながら良く頑張ったと幼い私に言いたいw 今の学校は無理と思えば祖父母の家に住み転校するとか対処方法を考えるんだ
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いじめなどの人間関係のトラブルが要因としては一番多いのではないかと推測する あとクラスという人間関係の固定化も問題があると思う 流動性を高めて、自然と意地悪してくる人から離れられるような仕組みにしたほうがよいのではないかな? 不登校をするにも保護者側に理解がないと難しいだろうし クラス以外の別の居場所、自習室みたいなのがあったら少しは違うのかな?と思ったりもしました
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日本の学校テストは正解という唯一のものを求めさせるので、生徒にかなりのストレスを与える。社会に出たら正解はどこにも見当たらず自分の足で探していくしかないのに。これが学校の硬直性を生んでいる。もっと自発的な好奇心を育てる教育や多様性を受け入れる教育にしないとますます教育現場はストレスがかかると思う。
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死んだら生まれ変われるとかいう謎の思想が問題を後押ししてる背景に触れないのをそろそろやめないと。 信教の自由や内心の自由というのは保障されるべきだとは思うけれども、それにすがって自死を決める決定要因の遠因には間違いなくなっていると考えてるので、そういったところの価値観の在り方という教育はしていくべきかもしれないですね。
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将来の生産人口を少しでも減らさないためにも、学校環境の整備(人心問題)は重要でしょう。 特に自殺となった原因について分析し、最大多数となる原因を撲滅するくらいの徹底さで対策する必要があるでしょう。
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おじさんも確かにこの世界は生きづらく思っている。ましてや未成年なら将来のことも考えるし、ネットが発達してリアルタイムで色んなことがわかるし、その反面立ち止まることを許してくれない。あまりにも他人と比べられる環境が整いすぎている。それが生きづらさを増大させているのではないか?どこどこで何があったとか誰々さんがこうしているとか、それを聞いて自分も何かしようとしてもなかなかうまくいかなかったりする。もう少し時間を与えてあげないと成長は人それぞれ。その情報を知ってないと仲間外れとかになる。未成年こそ体が発達していないし、精神も未発達だからそのなかに大量の情報が入ってきたら処理できるものではない。SNSのある程度の規制は必要だ。
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自殺問題に関して、色々な意見が飛び交うけれど、言える事は、全ての意見が”自殺しなかった人の意見”であって、”自殺者の意見”ではない事。今の状況を憂いる前に、自分達が間違っていないか、価値観や倫理観が正しいか、生きている人は、自分が間違っている前提で考え直すべきだ。 思うに自殺って言うのは、他殺だと思う。果たして、誰も居ない何も無い自然の中で一人暮らしている人間が、自殺など思い至らないだろう。ならば、誰かがいる事で、何かがある事で人は死を選ぶ。 絶対に自殺は、自殺者以外の誰かが、何かが悪いんだよ。それが自殺者の身勝手な価値観であっても、自殺者にとっては、師に値する苦痛なんだよ。その苦痛に悩む…それは病気じゃない、周囲からの暴力だ。 みんな自殺の原因が分かっていても、”仕方ない”って思ってないか?その感覚が自殺者を増やすのだと思う。
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実家の片づけをしていると、父母や伯父叔母の写真がたくさん出てくる。なんと、叔父の写真の隣の生徒は制服が違う。みんなバラバラで違う制服を着ている。昭和20年代だ。 昭和50年ごろに中学生だった私は、母校の校則なんてよく知らない。知る必要は無かった。先生が許すことを親も先輩も許さなかったからだ。 校則より、「家則」「先輩則」が厳しかったからだ。 私的な「則」が消滅して、公的な「校則」がクローズアップされてきたのだ。 現代、校則が緩み、体罰が激減、怒鳴る指導も忌避される。その結果はどうなったか? 実質的に「則」が無い、または、「則」の強制力がなくなった学校が現代の学校だ。
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