📘

なぜ、基準に満たない低スキルのメンバーがPJにいることが管理職最大の罪なのか?

に公開1
28

はじめに

プロジェクトの失敗要因は、一般には進捗管理や報連相やリスク管理の不足として語られます。もちろんそれらは重要です。ですが、客先常駐や準委任のように顧客が日々の挙動を直接見ている現場では、それより手前にある決定的な変数が見えてきます。それが、案件の要求水準に対して基準未達のメンバーを入れてしまうことです。

しかも問題の中心は、アサインされた本人そのものではありません。本人の力量が不足していることを知りながら、あるいは見極めずにその案件へ投入し、その後の吸収を現場へ押しつける側にあります。ここで起きているのは単なる教育不足ではなく、編成判断の誤りを現場の自己犠牲で埋め合わせさせる構造です。

この問題が厄介なのは、プロマネ研修ではほとんど教えられないことです。研修で扱われるのは体系化された管理技法であり、基準未達の人員投入がどれほど顧客価値と現場負荷を壊すか、その現実は抜け落ちやすいです。したがって多くの人は、PJ作業の中で顧客の反応を見て初めてこの真実を知ります。

本稿では、なぜ基準に満たない低スキルメンバーがいるPJにいることが管理職最大の罪なのかを整理します。あわせて、育成メンバーの投入自体は否定されるべきではなく、問題はそれを契約設計役割設計もなく前線へ押し込み、リーダーへ「面倒を見ろ」と丸投げすることにあると論じます。

顧客が見ているのは統率の美しさではなく応答品質である

顧客は、チーム内部で誰が誰を助けているかを見ていません。誰が誰を介護しているか、誰が陰で尻拭いしているかも通常は知りません。顧客が見ているのは、質問への返答が早いか、話が一回で通るか、宿題が自然に閉じるか、説明のやり直しが少ないかという、日々の応答品質です。

そのため顧客評価は、各人の平均点を足し合わせて決まるのではなく、目立つ失点によって全体印象が大きく左右されやすいです。基準未達のメンバーが一人いると、その人が生む確認の多さ、会話の噛み合わなさ、説明のやり直しが、顧客にとっては「このチームは不安定だ」という印象に直結します。逆に、その一点が解消されるだけで、顧客は「急にチームで動けるようになった」と感じます。

ここで重要なのは、顧客評価が線形ではないということです。五人のうち一人だけが不安定であっても、その一人が顧客接点で継続的に失点を生むなら、印象悪化は二割分では済みません。顧客は内情を知らない以上、日常的に目に入る目立った失点から全体を判断せざるをえないからです。だから、下限品質の悪化は人数比以上に強くチーム評価を壊します。

この意味で、顧客から見た「統率が良くなった」とは、立派なリーダーシップ理論が実現したというより、顧客前に露出する摩擦が減ったということです。管理職がまず理解すべきなのは、顧客が評価しているのは理念ではなく、安定性会話の早さだという点です。

低スキル者が壊しているのは本人の工数ではなく周囲の可処分時間である

基準未達のメンバーがいるときに起きていることは、その人自身のアウトプットが遅いというだけではありません。本当に重いのは、周囲の高スキル者やリーダーの時間を継続的に奪うことです。質問の再説明、成果物の手直し、会話の翻訳、顧客への補足説明、火消し、レビューの再実施が積み上がると、チーム全体の可処分時間が削られます。

このコストは工数表に出にくいです。誰かが一時間多く会話した。レビューが一巡増えた。顧客との会話のあとで別の誰かが裏で文脈を整えた。こうしたものは見積や日報に綺麗には乗りません。ですが現場の消耗としては極めて重く、しかも毎日じわじわ効いてきます。ここに隠れコストの本体があります。

さらに厄介なのは、この隠れコストがしばしばリーダーの能力不足に見えることです。本来は投入メンバーの適合不足から生じた摩擦であるのに、外からは「統率が悪い」「管理しきれていない」と見えやすいからです。つまり、編成ミスが現場リーダーの責任へ読み替えられてしまうのです。

高スキル者への交代が効くのは、その人が速く作業できるからだけではありません。追加説明をほとんど必要とせず、顧客文脈を自律的に補完し、先回りして不整合を潰せるからです。高スキル者は一人で一人分以上を生むというより、周囲の生産性まで回復させる存在です。だから顧客は、その人の交代を個人交代としてではなく、チーム改善として感じます。

育成メンバーの投入自体は悪ではない

ここは誤解してはならない点です。育成のために経験の浅いメンバーを入れること自体は、何も悪ではありません。むしろ組織が持続するには、どこかで育成しなければなりません。現場経験が必要なのも事実です。したがって問題は、育成メンバーを入れることではなく、どういう条件で入れるかなのです。

本当に責任ある運用をするなら、育成メンバーを入れるときには事前準備が必要です。顧客と契約する段階で、この人は育成中だから単価を抑えると明示する。あるいは顧客への請求対象から外し、無償扱いにしてバックヤードで使う。つまり、能力水準と契約条件を対応させる必要があります。ここを曖昧にしたまま、即戦力の顔で前線へ出すのが危険なのです。

役割設計も同じです。顧客接点の最前線に単独で立たせるのではなく、まずは内部作業や補助作業で学ばせる。レビューを通じて品質を担保しながら経験を積ませる。顧客への説明責任が直接かからない場所で育てる。これなら育成と品質を両立できます。問題は、こうした準備をせずに、経験が浅い人をそのまま前線へ出すことです。

したがって、育成メンバー投入の可否は理念で決まるのではありません。契約設計単価調整役割分離フォロー設計が揃っているかで決まります。育成は必要です。しかしそれは、顧客と現場に黙ってコストを押しつけてよいという意味ではありません。

最悪なのはリーダーへ「面倒を見ろ」と丸投げする管理である

駄目な管理職は、ここで最も安易な逃げ方をします。基準未達のメンバーを前線に入れたうえで、現場リーダーに「リーダーなんだから面倒を見ろ」と言って押しつけるのです。これは管理ではありません。責任転嫁です。しかもかなり悪質な形の責任転嫁です。

なぜ悪質かというと、リーダーの本来業務は案件の推進、顧客との整合、技術判断、チーム運営であって、編成ミスの尻拭いではないからです。もちろん一定の育成責任や支援責任はあります。しかしそれは、適切な前提が整っている場合に限られます。契約条件も役割条件も整えずに「後は現場で育てろ」と言うのは、最初の判断ミスを現場へ押し流しているだけです。

しかもこの押しつけは、表向きには美談化されやすいです。「リーダーシップを発揮しろ」「人を育てるのもリーダーの役目だ」といった言葉で包まれるからです。ですが実態は、顧客品質を犠牲にし、リーダーの時間を奪い、周囲の高スキル者へ隠れ負荷を押しつける超アンチパターンです。これを一度許すと、組織は編成を誤っても現場が何とかするという間違った学習を始めます。

その結果、契約設計の甘さも、育成設計の欠如も、役割設計の雑さも、すべて現場の善意で吸収される前提になります。こうして管理側はますます現実から離れ、現場だけが摩耗します。管理職として最悪なのは、この状態をたまたま一度起こすことではなく、これを構造として平然と繰り返すことです。

なぜプロマネ研修ではこの現実が教えられないのか

こうした現実は、現場で働いた人には切実ですが、プロマネ研修ではほとんど中心テーマになりません。語られるのは、WBS、進捗会議、リスク登録、エスカレーション、ステークホルダー調整といった管理技法です。それ自体は必要ですが、決定的な真因が抜け落ちています。

第一に、研修は一般化しやすく、教材化しやすいものを扱うからです。「この案件にこの人を入れた時点でかなり危ない」という判断は文脈依存が強く、綺麗な教科書にしにくいです。手法はスライド化できますが、編成の現実は現場の文脈と切り離しにくいのです。だから研修では、どうしても扱いやすい話へ寄ります。

第二に、この真実はあまりに身も蓋もないからです。チーム改善のかなりの部分が、立派なリーダーシップや会議設計ではなく、単に下限品質の改善で起きてしまう。これは管理教育の物語として美しくありません。「育成で何とかなる」「仕組みで吸収できる」と言ったほうが制度側には都合が良いのです。

第三に、この問題を正面から語ると、責任が管理側へ戻ってきます。基準未達者を入れたこと自体が問題だと言えば、話は単なる手法ではなく、責任倫理配置判断の問題になります。ここは研修が最も扱いにくい領域です。だから多くの人は、客先常駐やPJ実務の中で顧客の反応を見て、初めてこの真実を知るしかありません。

振り返りの場で真因が消える理由

レトロスペクティブや5 Whysの場では、本来もっとも因果効果の大きい変数が扱われるべきです。ところが現実には、低スキル者の存在が真因であると皆が感じていても、それは言語化されません。代わりに出てくるのは、「連携不足」「情報共有不足」「役割の曖昧さ」といった抽象語です。いわゆる部屋の中の象が生まれます。

その理由の一つは、「個人を責めるな」という規範が過剰適用されることです。この規範自体には理があります。吊し上げは改善を生まないからです。しかし個人攻撃を避けることと、能力差適合差を観察しないことは別です。そこが混同されると、最重要の現実だけが発話禁止になります。

もう一つの理由は、振り返りの作法がプロセス原因へ寄っていることです。なぜ起きたかを辿れば、手順、ルール、確認方法、責任分界に落ちるはずだという前提があります。ですが現場では、もっと身も蓋もない答えが真因であることが少なくありません。この案件要求に対して、その人はまだ足りないというだけです。

それでも誰も言えないのは、そこを口にした瞬間に問題が配置責任へ飛ぶからです。なぜその人を入れたのか。なぜその体制で行けると思ったのか。なぜ途中で変えなかったのか。この問いは、そのまま管理側へ刺さります。だから会議では象が見えていても、付箋だけが増えていくのです。

交代できないときほど再設計責任は重くなる

現実には、「高スキル者へ交代すればよい」と言っても、すぐには交代できないことが多いです。人員の余裕がない。契約途中である。組織都合で動かせない。そうした制約は確かにあります。ですが、ここで重要なのは、交代できないこと自体ではありません。交代できないのに、なお同じ役割のまま前線へ置き続けることです。

なぜなら、交代不能な状態で役割まで固定すると、最初の編成ミスがそのまま慢性的な運用コストへ変わるからです。説明のやり直し、レビューの増加、顧客前での補足、裏での尻拭いが常態化し、現場はいつまでも編成ミスの利息を払い続けることになります。つまり交代不能とは、免責理由ではなく、むしろ体制見直しの必要性が高まっている状態です。

このとき管理職に求められるのは、「人がいないから仕方ない」と言うことではありません。役割を変える、責任を分ける、顧客との期待値を調整するなど、何らかの再設計を行うことです。方法は案件ごとに異なりますが、共通しているのは、役割を変えずに放置してはならないという一点です。交代できないほど、設計責任は重くなります。

ここで何も変えずに「リーダーが面倒を見ろ」と押しつけるのは、現実制約への対応ではありません。単に、交代不能という制約を理由にして、管理責任を現場へ流しているだけです。だから交代できない局面ほど、管理職の真価が問われます。

なぜこれが管理職最大の罪なのか

管理職の失敗にはいろいろあります。進捗把握が甘い。リスク感度が低い。顧客折衝が下手である。どれも問題です。ですが、基準未達者を案件へ入れ、その結果を現場に丸投げすることが最大の罪である理由は、それが他の多くの問題の起点になるからです。最初の編成でボタンを掛け違えると、その後の努力は常に消耗戦になります。

しかもこの問題は、管理職しか止められない種類の問題です。現場メンバーは自分でアサインを変えられません。顧客も内部の育成設計を変えられません。本人も自分の投入を止められないことが多いです。止める権限を持つ側が止めないという意味で、これは管理職の固有責任です。

さらに悪いのは、この罪が善意の言葉で覆いやすいことです。「経験を積ませたい」「現場で育てたい」「まずはやらせてみたい」。一見もっともらしいですが、契約条件も役割条件も整えず、単価の調整もせず、バックヤード化もせずに前線へ入れるなら、それは教育ではありません。単なる無断コスト転嫁です。

管理職とは、編成の誤りを現場の献身で糊塗しないために存在する役割です。その根幹である適正配置を放棄し、「リーダーなんだから面倒を見ろ」で済ませるなら、それは管理職の名に値しません。問題を起こしたことより、自分にしか止められない問題を止めず、現場へ流したことのほうが重いのです。

まとめ

基準に満たない低スキルメンバーがいるPJが危険なのは、その人の作業が遅いからだけではありません。顧客体験を悪化させ、高スキル者の時間を奪い、現場負荷を膨張させ、しかもその真因が振り返りの場で語られにくいからです。結果として、編成判断の誤りがプロセス問題へ偽装されます。

ただし、育成メンバーを入れること自体は悪ではありません。必要なのは、契約設計単価調整無償枠バックヤード配置役割分離といった準備です。育成中の人を入れるなら、そのコストを顧客と現場に黙って押しつけてはならず、最初から条件として織り込む必要があります。

それにもかかわらず、プロマネ研修ではこの現実がほとんど教えられません。研修は手法を教えますが、編成の誤りがどれほど現場を壊すか、またそれをどう見抜いて止めるかという核心には踏み込みにくいからです。そのため多くの人は、客先常駐やPJ実務の中で顧客の反応を見て、初めてこの真実を知ることになります。

したがって、管理職最大の罪とは、低スキル者がいることそのものではありません。基準未達の人員投入を適切な条件設定なしに行い、その埋め合わせをリーダーへ「面倒を見ろ」と押しつけることです。そこから逃げず、必要なら契約を変え、役割を変え、体制を変えることこそが管理職の責任です。

28

Discussion

RINRENRINREN

応答品質が重要であることと、その上で基準未達者が与える影響について非常に鋭く言語化されておられ、まさにその通りという感じです。

さて、基準未達者については、どの会社にもいるものだと思いますが、プロジェクトにいないよりましという時もあります。圧倒的な物量を捌く場合などですね。

筆者様は、編成ミスが起こり得る現実を受け止めておられるからこそ契約設計、単価調整、無償枠、バックヤード配置、役割分離といったオプションを持っておくべきということを主張されているものと思います。それは全く正しいですし、プロジェクトマネジメントでも知られている管理技法です。このオプションの起動は、管理職に委ねられているという前提でお話しされているのであれば、このオプションを基準未達者に関連して起動すべき理由や根拠をチームリーダーが管理職に対してちゃんと示してきたのか、という点も追求していただく必要があるのではないでしょうか?

その点一定の責任がチームのリーダーにはあります。管理職は、もしかするとチームリーダーほど、顧客の反応に日々触れているわけではないので、クレームが客先から出て課題が顕在化するまで気がつけない構造なのではないでしょうか。であればチームリーダーがやるべきことは、基準未達者が基準未達である根拠を示し、チームから追い出すこと。もしくは基準未達者には仕事をさせないこと、基準内でできる簡単な仕事しかさせないことになります。
それだけでも、応答品質の劣化は避けられます。
とは言え仕事の絶対量は変わりませんので、高スキル者の負担になるのは間違いなく、古今東西、どのみち仕事はできるやつに集まります。能力主義の会社はできるやつに給与をたくさん払います。

それで良いと思います。

ログインするとコメントできます
28