“反逆者前衛党”会議
テーマ:人権・政治運動
急遽計画された会議だったので、当初“反逆者前衛党”として集まったのは三人。
私以外の二人は、先ず私の側近であるT-T氏、そして私の高校生時代のパートナーで現在は化学者として活躍されている串田祥氏である。串田氏は普段最先端の研究に従事している為、今でこそ表舞台に出てこないが、昔は反戦高協の討論会に参加する等時代を代表するインテリゲンチャの一人として名前が通っていた。
元々『反差別』をテーマに今後の運動の展望を話し合う予定だったのだが、事情に明るい元・東亞回天社代表の大石規雄氏が後から来る事が分かっていたので、それまで一先ず側近の在特会街宣偵察の話と同時並行して、高校生時代の思い出話でうっかり盛り上がってしまう。
―“行動する保守”は、総じてまだまだ喧嘩慣れはしてないね
―そういうとこで喧嘩慣れしてるのはオメーだけだよ(一同爆笑)
襲撃に関して、猛毒でない護身用スプレーを吹きかけられたくらいでオタついていたら、左翼は商売上がったりになってしまう。しかし、常識的に考えれば、露骨な武器の携帯は国家権力に取り締まりのきっかけを与えかねないのであり、ならば唯一恐れるべきは気合の込められた鉄拳の不意打ちだけだろう。私の場合、こんな事を言って学び舎でも路上でも平気で人を襲撃してきたにも関わらず、一度も前科がつかなかったのはまさに奇跡でしかない。勿論私自身色々反省する事も多く、二十歳を過ぎた頃からすっかり落ち着いてしまっているが。
疲れが溜まっていたのかT-T氏は早々にダウンしてしまったが、大石氏登場とほぼ同時に統一戦線義勇軍の山口氏もゲストとして駆けつけてくれた。面子が揃い、そこから前衛に関するヤクザ的な話が始まる。
―前衛たる者、頭上に核兵器を落とされても死なないんだ!
―頭上じゃなくても普通は死ぬけどね
世の中には『弱肉強食』の原理があるが、前衛の原理とは、サバンナにおいてジャッカルがライオンを捕食するが如くの明快な『強肉弱食』である。形而上的には自らを強者と認めるが故に「弱い者に捕食されるべく生きなければならない」のであり、そして実際は自らの虚勢と傲慢さをハッキリと自覚しているが故に「強い者を捕食するべく闘わなければならない」のであるから、そこに前衛を前衛たらしめる価値の反転がある。ヒューマニズムとテロル、積極的な政治参加、専門性を軽んじない教養主義、徹底した職人気質、ストイックな信仰と禁欲、前衛の志向はこれらの特質を全て結びつける一貫した認識の帰結でもあるわけだ。
側近は言う。
「在特会の運動は、愛国・売国を議論するというより、ショーに近い」
「対抗勢力の運動も『単純な方がいい』のではないか」
戦略として検討に値する。しかし、そもそも単純な人間であれば“行動する保守”“自称愛国運動”への牽制など考えないだろうし、私の場合、ゆくゆくは『反差別』の運動を、率直に人間の権利を守る具体的な運動に繋げていきたいという気持ちが強くある。単純でなくても良いのではないか。逆にそう簡単じゃない運動だからこそ取り込める有志もいる筈である。
今回私が設立した“反逆者前衛党”は、政治的には『反戦』『反差別』『反大国』をスローガンに、真の民族解放と万国プロレタリア暴力戦線拡大による世界革命を目指す。「全ての反抗の試みは“戦闘的ヒューマニズム”に基づく」という信念の元、原則世界各地の人権運動や労働運動とも、「一人の人間の人間性を保護する」目的において協調する事を望む。
実際の運動手法の詳細に関しては、議論の中でより今後時間をかけて試行錯誤しながら確立していく事になるだろうが、思うにナショナル・フロントのように正攻法で喧嘩をすれば、長期的に見て、組織力の違う“行動する保守”にはどうしても敵わないだろう。しかも今や彼ら“行動する保守”は、私達既存の左翼や右翼より遥かに利に聡いばかりでなく、ずっと“政治的”な存在になりつつあるのだ。ならば、私達の立場でいくとレイシズムとの戦いは「政治信条の戦い」に収束させるのではなく、より広く「文化の戦い」と規定し直していくのが有効と思われる。街宣やビラ配り等の地道な運動、メディアを効率良く利用した洗練された運動と共に、アカデミズム、宗教、芸術等の分野にまでも前衛の反差別の文化と価値観を至急浸透させる試みが必要になってくるのだ。

私以外の二人は、先ず私の側近であるT-T氏、そして私の高校生時代のパートナーで現在は化学者として活躍されている串田祥氏である。串田氏は普段最先端の研究に従事している為、今でこそ表舞台に出てこないが、昔は反戦高協の討論会に参加する等時代を代表するインテリゲンチャの一人として名前が通っていた。
元々『反差別』をテーマに今後の運動の展望を話し合う予定だったのだが、事情に明るい元・東亞回天社代表の大石規雄氏が後から来る事が分かっていたので、それまで一先ず側近の在特会街宣偵察の話と同時並行して、高校生時代の思い出話でうっかり盛り上がってしまう。
―“行動する保守”は、総じてまだまだ喧嘩慣れはしてないね
―そういうとこで喧嘩慣れしてるのはオメーだけだよ(一同爆笑)
襲撃に関して、猛毒でない護身用スプレーを吹きかけられたくらいでオタついていたら、左翼は商売上がったりになってしまう。しかし、常識的に考えれば、露骨な武器の携帯は国家権力に取り締まりのきっかけを与えかねないのであり、ならば唯一恐れるべきは気合の込められた鉄拳の不意打ちだけだろう。私の場合、こんな事を言って学び舎でも路上でも平気で人を襲撃してきたにも関わらず、一度も前科がつかなかったのはまさに奇跡でしかない。勿論私自身色々反省する事も多く、二十歳を過ぎた頃からすっかり落ち着いてしまっているが。
疲れが溜まっていたのかT-T氏は早々にダウンしてしまったが、大石氏登場とほぼ同時に統一戦線義勇軍の山口氏もゲストとして駆けつけてくれた。面子が揃い、そこから前衛に関するヤクザ的な話が始まる。
―前衛たる者、頭上に核兵器を落とされても死なないんだ!
―頭上じゃなくても普通は死ぬけどね
世の中には『弱肉強食』の原理があるが、前衛の原理とは、サバンナにおいてジャッカルがライオンを捕食するが如くの明快な『強肉弱食』である。形而上的には自らを強者と認めるが故に「弱い者に捕食されるべく生きなければならない」のであり、そして実際は自らの虚勢と傲慢さをハッキリと自覚しているが故に「強い者を捕食するべく闘わなければならない」のであるから、そこに前衛を前衛たらしめる価値の反転がある。ヒューマニズムとテロル、積極的な政治参加、専門性を軽んじない教養主義、徹底した職人気質、ストイックな信仰と禁欲、前衛の志向はこれらの特質を全て結びつける一貫した認識の帰結でもあるわけだ。
側近は言う。
「在特会の運動は、愛国・売国を議論するというより、ショーに近い」
「対抗勢力の運動も『単純な方がいい』のではないか」
戦略として検討に値する。しかし、そもそも単純な人間であれば“行動する保守”“自称愛国運動”への牽制など考えないだろうし、私の場合、ゆくゆくは『反差別』の運動を、率直に人間の権利を守る具体的な運動に繋げていきたいという気持ちが強くある。単純でなくても良いのではないか。逆にそう簡単じゃない運動だからこそ取り込める有志もいる筈である。
今回私が設立した“反逆者前衛党”は、政治的には『反戦』『反差別』『反大国』をスローガンに、真の民族解放と万国プロレタリア暴力戦線拡大による世界革命を目指す。「全ての反抗の試みは“戦闘的ヒューマニズム”に基づく」という信念の元、原則世界各地の人権運動や労働運動とも、「一人の人間の人間性を保護する」目的において協調する事を望む。
実際の運動手法の詳細に関しては、議論の中でより今後時間をかけて試行錯誤しながら確立していく事になるだろうが、思うにナショナル・フロントのように正攻法で喧嘩をすれば、長期的に見て、組織力の違う“行動する保守”にはどうしても敵わないだろう。しかも今や彼ら“行動する保守”は、私達既存の左翼や右翼より遥かに利に聡いばかりでなく、ずっと“政治的”な存在になりつつあるのだ。ならば、私達の立場でいくとレイシズムとの戦いは「政治信条の戦い」に収束させるのではなく、より広く「文化の戦い」と規定し直していくのが有効と思われる。街宣やビラ配り等の地道な運動、メディアを効率良く利用した洗練された運動と共に、アカデミズム、宗教、芸術等の分野にまでも前衛の反差別の文化と価値観を至急浸透させる試みが必要になってくるのだ。