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初めましてpixiv。そして初めまして槍弓。
七夕にかこつけて書き始めたものの最終的にあまり関係なくなってしまいました。
■ほんのりUBW経由のカルデア時空
■出来上がっている槍弓
■糖度は高め
■独自解釈な設定が含まれます
皆様の素敵な作品に埋もれて幸せを噛み締めていたのですが、とうとう自分でも書き始めてしまいました。
こんな人がたくさんいるジャンルで書くのは初めてなので何卒お手柔らかにお願い致します…!
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シュン、と静かな音を立てて背後でドアが閉まる。
カルデアは寝静まっている。二十四時間交代制であるから夜勤のスタッフ達は起きているだろうが、彼ら彼女らは管制室だ。
酒盛り連中ですら引き上げただろう深い時間に、ふと目が覚めた。水を飲もうかと思ったのだが、生憎寝入る前に飲んだボトルで最後だったらしい。調達の為に、食堂へ足を向けた。
非常灯だけのどこか青い廊下を抜け、誰も居ない食堂に入ってすぐ、厨房側の明かりだけをつける。テーブル席側は廊下と同じように青く沈んだままだが、視界の端に常とは違う色合いがちらついて、そちらに視線を向けた。自室と言ってしまって差し支えない程に馴染んだ場所に馴染まない、しかし風習としては馴染みのあるもの。
笹の葉と、色とりどりの短冊。
『レイシフト先で、笹見つけてさ。そういえばもうすぐ七夕だなぁって』
何本か取ってもらってきちゃった、と嬉しげに、そしてその奥に郷愁を滲ませて話すマスターの顔と声が脳裏によみがえる。
なんだなんだと物珍しげなサーヴァントやスタッフ達に織り姫と彦星の話をして、飾り付けを教え、この短冊に願い事を書いて吊すのだと。
今日は一日レイシフトに出ていたから、その間に飾り付けられたのだろう。窓の外はいつも吹雪いているこの場所では織り姫と彦星も逢瀬どころではないだろうがと思わず小さく笑みが漏れた。
人類史などという大層なものを救う使命を帯びたこのカルデアにおいて、このような平和な催しは良いものだ。カルデア内で働き詰めのスタッフ達にもきっと良い息抜きになる。
七夕といえば素麺、というのは近代の風習のようだが、マスターに馴染み深いのはやはりそれだろう。せっかくだから、流し素麺にチャレンジしてみるのも良いかもしれない。箸の扱いが苦手な者はフォークを使えば良いし、掬うところは代わりにやっても構わない。夏野菜で彩りを添えて、後はちらし寿司と……
献立に思いを巡らせながら、何気なく短冊に踊る文字を目で追ってしまう。人の願いを覗き見るなど悪趣味だろうか、と思いながらも、この場所に飾ってあるくらいだ、見られて困るような願いも書かれてはいないだろう。
様々な七夕飾りの間に、色とりどりの短冊が踊る。飾り付けは盛大に盛り上がったのだろう、笹の葉がほとんど隠れてしまう程になっている。目線とあまり変わらぬ位置に、なかなかに見事な筆文字が目に入った。
『肉』
筆ペンなど何処にあったのか、あまりにも力強く端的な願い事に、思わず小さく喉を鳴らしてしまう。
食堂に飾られているせいか、これ以外にもメニューに対する要望が多いようだ。ただのリクエストではないか、直接言ってくれば良かろうに。
薄青いその短冊を指先でなぞる。名前は書いていないが、これはまぁ、ランサーだろう。いつも肉肉と飽きないものだ。
ふと、その裏に貼り付くように、ひっそりともう一枚あるのに気が付いた。
(これは……古代文字、か?)
こちらは普通のボールペンのようだ。見慣れない筆跡だが、一つはっきりと分かる文字があった。ギューフ。ルーン文字だ。
ギフトという言葉の源ともされるそれは、何かと身に覚えがある。
――おやすみと共に、あるいは睦言に添えて、時には仲直りと一緒に。ことあるごとに身体のあちこちに刻まれる一文字。
何のルーンかと聞いても目を細めて笑うだけで教えてはくれなかったから、いい加減覚えたそれを同じ顔のキャスターに聞いてしまった時のことを思い出して、じわりと頬に熱が上るのを感じる。
あれは我ながら失策だった。少し想像すればわかりそうなものを。
『そりゃギューフだな』
『ギューフ?』
『愛情、贈り物――あぁ、なるほど。槍持ちの俺もお前さん相手にゃ随分甘ったるいじゃねぇか』
その後、お前よりにもよって杖持ちの俺に聞くんじゃねぇよ、と苦笑いを零されたのが重ねて恥ずかしい。同じ顔にからかわれたのだろうことは想像に難くない。
そんなこんなで、見覚えのある筆致だ。ならばこれも、ランサーの書いたものだろう。
カルデア内での会話は、ほぼ日本語で統一されている。他でもないマスターの母国語であり、彼が他の言語をほとんど解さないからだ。此度の変則的な召喚においても、聖杯のバックアップは存在する。よって、各サーヴァント(大半のバーサーカーを除く)との意思疎通に問題はない。
スタッフ達は流石に聖杯の助けは得られないが、そもそも優秀な人材の集まるこのカルデアだ。国籍は様々でも日本語を解する者が多い。足りない部分は何やらダ・ヴィンチちゃんによる魔力的な自動翻訳が働いているらしい。彼の英霊の手にかかれば何でもありだ。
書き文字については、英語と日本語で併記されるようになっている。サーヴァントにおいては、こちらにも聖杯のバックアップが存在する。問い合わせると理解出来る形となって返ってくるのだ。生前の賜物か、私自身ある程度の言語に習いはあるが、流石に古代文字の知識などない。
そんな訳だから、わざわざ古代文字で書かれたこれは、それを認識し、聖杯へ問い合わせる、という手順が必要になる。つまるところ、あまり人には見られたくない願いなのだろう。見るべきではない、ような気がする。しかし。見られたくなかったのなら、何故こんなところにギューフを刻んでしまうのか。私の目に入れば、これがランサーの文字であることが知れるのはわかっていただろうに。
そっと、ルーンを撫でた。指先に微かに感じる魔力は、やはりランサーのものだ。
思わず唇を噛む。躊躇う。けれど、問い合わせてしまった。
『俺の運命が、その身の慈しまれることを赦せますように』
返された文字に、呼吸が詰まる。思考が止まる。触れた指先だけが微かに震えた。
英霊、というものは。総じて、星に願うような殊勝な存在ではない。むしろ願われる側にいる。死して英霊になるような大いなる者達だ。生前からして、善しきにしろ悪しきにしろ、人の願いのそばに居たはずだ。だからこそ、願い事を書いて吊すのだと言われても、食堂メニューのリクエストのようなものばかりになるのだろう。
取り分け、ランサーはその気が強いはずだった。数々の逸話を残し、その欲するを自らの力で勝ち取り 、短い生涯を駆け抜けた古代の大英雄。
彼は、ささやかな願いを笑いはしないだろう。けれど、自らがそれを星に乞い願うこともしまい。彼の身は、祈りより先にその手で道を切り拓く。
そんな彼が、母国の言葉で、あえて書き綴ったもの。掃除屋風情に、過ぎた願い。
身に余る。釣り合わない。『俺の運命』というその言葉が自分を指すなどと、咄嗟にそう断じてしまうことそのものが、赦されざると思うのに。
短冊を前にペンを揺らす貴き青が浮かんで、胸の奥が引き絞れるような心地がした。
「おいコラ、人の願い事覗き見てんじゃねーよ」
背後から唐突に聞こえた声に、思わず肩が跳ねる。慌てたのを誤魔化すようにゆっくりと振り向けば、つい今し方脳裏に浮かんでいた、今一番見たくて見たくない顔がそこにあった。ここまで近付かれたのに気付かないとは。気まずさと少しの悔しさに、眉根が定位置へ向かう。
「なんてな。ふと目ぇ覚ましたら部屋に気配がねぇからよ 。……つーかお前、なんつー顔してんだ」
軽く肩を竦めたランサーが、私の顔を見て少し笑う。晴れた空を思わせる青も今は夜を含み、深い藍に沈んでいる。伸びてきた白い指先が、つい、と眉間を突いた。
「泣いてんのか拗ねてんのか、どっちだ」
「……泣いてなどいないし、拗ねてもいない」
白い手を払おうとして、しかし逆に手首を掴まれる。なんだ、と軽く振るものの離してはもらえず、ランサーはそのまま私の手ごと上げた手を下ろした。
手首から掌へ、するりと指が滑る。褐色と白が絡むのに、私は抵抗しなかった。
ランサーの赤い瞳が、ふと私の背後に向かう。すぐにまたふい、とこちらを見上げて、口の端を持ち上げながら頭を傾ける。
「見つかっても見つからなくても、まぁどっちでも良いと思ってたんだが……存外早かったな。愛かね?」
「戯け。……君が、……あんなもの、刻むから」
気付いたこと、一目では読み解けぬようにしてあったその願い事を読んだことを咎められた訳でもないのに、何となく口ごもってしまう。
じ、とこちらを見つめていた赤が、不意に閉ざされる。白い瞼を縁取る青が、相変わらず美しいなと思った。強い意思の宿る瞳が隠されると雄々しさや豪快さが薄れ、その造形の人離れした美しさの方に拍車がかかる。どちらでも、私には好ましいけれど。
先程から何処か悪戯っぽい気配を纏っている薄い唇が、緩やかに弧を描く。指先を絡め合ったままの手が持ち上がり、指の背に柔く口付けられた。
「なぁ、アーチャー。俺ぁ今結構喜んでんだが、なんでかわかるか?」
触れたままの唇を、悪戯に軽く押してみる。その刺激にか下りていた瞼が持ち上げられて、覗いた赤が少し笑う。指先を甘く噛まれた。気恥ずかしくなって手を引こうとすると、逃がさないとばかりにきゅ、と握り直される。
「……いや。秘密を暴かれて喜ぶような趣味でもあったかね?」
「たわけ。別に秘密にもしてねぇよ。お前、それ。そう、そのルーン。それの意味、杖持ちの俺に聞いたんだろ?」
「あぁ。君が素直に教えてくれないから、中々に恥ずかしい目にあった」
「ばか、そりゃ聞く相手が悪ぃ。おかげで俺にまで飛び火した」
罵る声すら何処か甘くて、擽ったいような気持ちになる。今は誰もいないとはいえ、ここは食堂だ。この笹が飾られている間――もしかするとなくなってからも、厨房からこの一角を視界に納める度に思い返してしまうのではないだろうかと、少し不安になる。どんな顔をすれば良いかわからない。そろそろ部屋に戻ろうかと思ったが、彼はまだここを動く気はなさそうだった。あぁそうだ、水を取りに行かねば。
「とはいえ、あいつは『俺』だ。実際あいつがお前に何とそれを説明したかは知らねぇが、その時聞いた意味で間違っちゃいねぇだろうよ」
ギューフ。愛情。贈り物。繰り返し繰り返し、この身に刻まれる一文字。その意味を知る前から、込められた魔力が染み入るように暖かいのは、感じていた。
愛されて、いるのだと。思ってしまう。赦される訳がないと、こんな汚れた身には相応しくないと、何度言い聞かせても。
「こら、また何か余計なこと考えてんな?」
繋いだ手をぐいと引かれるのに、虚ろを見つめていたことに気付く。相手の方によろめきそうになったのを踏み止まろうとして、しかしランサーのもう片方の手がより強い力で腰に回った。引き寄せられて、肩に軽く額をぶつけるような形になる。
「なぁ。このルーンを見て、お前さん、これは自分に関係があるんじゃないかって思ったろう」
下ろした前髪をかき分けるように、相手の鼻先がこめかみに擦り寄せられる。唇が低く柔らかい声を紡ぐ度、微かに肌に触れた。
幾許か躊躇ってから、小さく頷いて返す。
「いい子だ。もう覚えたな? しつこく刻んだ甲斐もあるってもんだ」
腰を抱き寄せていた手が、褒めるように背を撫でる。指先が滑って、そこにまた、暖かい魔力が滲むのを感じた。
ほんの少し、顔を上げる。横目に視線を流せば、すぐそこで神性を示す赤がこちらを向いていた。ふ、とその色が柔らかく緩む。
「そう。この文字は、お前以外に贈らねぇよ」
込み上げる感情に、今日も蓋をしようとする。そんなものは認められない。認められて良いはずがない。大事なものを、そして大事にしようとしてくれた優しい人達を、罪も無き人々を、無惨に切り捨てた結果がこの私であるのに。今更。
「……カルデアにおいて貴重な魔力を、無駄に消費するんじゃない」
「そういうこと言うとカラになるまで全部注ぎ込むぞ」
間髪入れずに返されて、思わず口を噤む。やると言えば、彼はやるだろう。そういう男だ。途端に剣呑な光を帯びた赤をちらりと見やり、すぐに耐えかねて深く息を吐きながら瞼を伏せた。
「…………馬鹿げている」
「お前がな。……とは言え、まぁ。そんなこと、書いたがよ」
そんな、とランサーが軽く顎をしゃくる。
俺の運命が、その身の慈しまれることを赦せますように。
この身の、慈しまれることを。
赦せる日など、来るのだろうか。私は、殺すことしか、奪うことしか出来ないのに。これまでも。これからも。
償う方法など、何処にもありはしないのに。
「正直言や、お前は俺にだけ愛されてりゃ良いと思うし、俺に甘やかされるのだけ受け入れてりゃ良いと思う」
逸れかけた思考が、ぐんと引き戻された。
相変わらず、そういうところはいかにも半神らしい物言いだ。睨んで見せたのに、ランサーは私の顔を見て小さく笑う。腰に回っていた手が離れ、むい、と私の頬を引っ張ってからするりとそこを撫でた。
「お前がお前を赦さなかろうが、俺は俺が思うようにお前を愛すし、甘やかす。お前は俺のもんだ。……いつかこの現界が終わって、また何処かの聖杯戦争に喚ばれたとして、そこにお前が居りゃあ、お前を殺すのはこの俺だ」
槍を振るう手が、私の左胸に置かれる。礼装の下、消えぬ死槍の痕。この身に刻まれた因果。そこを愛おしげに撫でる指先が、淡く青く発光する。刻まれたルーンはじわりと染み込むように消えた。
「そう思ってんのは事実だ。だがな、アーチャー」
ずっと繋がっていた手が、そっと離れる。温もりを惜しむ間もなく、両の手で頬を包まれた。この温度にも、いつの間にか慣れたものだとふと思う。込められた想いを感じない訳ではない。信じない訳でもない。感じているから、信じているから、それを己に向けられることが赦されないと思うだけで。
カルデアは、寝静まっている。
きっと、誰も来るまい。来なければいいと、思ってしまう。もう少しだけ。
「大当たりのマスターの元で、人類史を救うなんて大義の為に、仲間と肩並べて心置きなく戦える。ちょいと働き過ぎのきらいはあるが、皆に飛びきり美味い飯食わせて、あっちこっち世話焼いて」
わかっている。こんな風に触れられるのを、そんな眼差しで見つめられることを拒めない時点で。
赦されない。こんなことは決して赦されないと、わかっているのに。
何度も何度も、押し込め閉じ込めようとした感情が、もう入りきらないと蓋をがたつかせている。堪らなくなって、強く目を閉じた。
「なぁ。お前今、幸せだろう?」
そろそろ諦めろよ、と柔らかい笑みを含んだ声がして、頬を包む手に引き寄せられる。瞼に鼻先に幾つも口付けられて、頬の手に自分のそれを重ねて目を開いた。
目の前の赤と青が滲んでいる。声を出せば情けなく震えそうで、口は開けなかった。
愛おしいと、何よりも雄弁に語る瞳が細められて、指先に目元を擽られる。
「いいだろ、ひとまずこの現界の間くらい。認めちまえ」
目の前の顔が、へにゃりと眉を下げて笑う。なぁ、とねだるような声がして、唇にもひとつ、触れるだけの口付けを落とされて。
「幸せだ、って笑うお前の顔が見たくなっちまったんだよ」
私はきっと、未来永劫、私のことを赦せはしないだろう。
赦せるはずもない。わかっている。あまりの罪深さに目眩がする。けれど、
「君に、……愛する人にこんなにも愛されて、幸せでない訳がなかろう」
目の前で蕩けたその笑顔を、『私』はこの先ずっと、忘れはしまい。
素敵です…読めて良かったです