閉店後のティータイム
現パロ士弓。カフェの店員と客の士郎とのリクエスト(桑柳さん)から。
インテ後の士弓会へのお礼の品を兼ねてます。皆様ありがとうございました。
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ガリガリという音とともに芳しい香りがあたりに立ち昇る。
かつてはひどく苦手だったそれが、こんなに好ましく思えるようになるなど、衛宮士郎は考えてもみなかった。
――いや、これは少なからず不純な動機が理由かもしれないな。
コーヒーミルの取っ手を回す指は長く、その爪は短く切りそろえられている。
女性のような嫋やかさはないが、形の良いその指をとても綺麗だと感じる。
カウンター越しにこうして向かい合いながらも、その目が自分を見ることはほとんどない。
だが、挽く豆とそれが立てる芳香にまっすぐに向き合っている彼の姿はどこか真摯で、まるで武術を修めている様を眺めているようだ。
知らずこちらの背筋も伸びるような心持ちになってしまう。
アーチャー、という名前だというのは、自分以外に時折訪れる常連客の呼びかけより知った。
日本人離れした褐色の肌と白い髪の長駆の男がマスターを務めるこのカフェは、男の容姿と無愛想な様が一見さんには敬遠される要因になっているらしく、繁盛している様子はあまりなさそうだ。
だが、丁寧に焙煎された豆で一杯ずつ手で挽かれる香り高いコーヒーと、マスター手製の焼き菓子やスイーツ目当てに通う常連客は一定数いるらしく、士郎の来店中にも何度か見かけていた。
大抵は、二言三言言葉を交わした後、彼の淹れるコーヒーと菓子を堪能しては帰って行く。
士郎のように、長く店に留まる客は少なかった。
きっかけは偶然だった。
その日、士郎は急な雨に降られて、この店の軒先で雨宿りをしていた。
折悪くその日は今シーズンの最低気温を記録した日で、士郎は濡れた体を抱えてガチガチと歯を鳴らしていた。
「そこに立たれてると営業妨害だ、小僧。何も頼まなくて良いから中に入れ」
いきなり背後から声をかけられて、問答無用に店内に引き込まれた。
腕を掴む力は強く、振り払えない。
ぐいぐいと連れて行かれた店の奥では、十分に温められたオイルヒーターが柔らかい熱を発していた。
「そこで少し待て」
と、士郎をヒーターの前に追いやると男はカウンター奥の扉に消えた。
戸惑いながらも、ヒーターの暖かさに士郎が人心地ついた頃、大判のバスタオルを持って男が再び現れた。
「そうやってそこに立っていろ」
口調はぶっきらぼうで一方的だったが、不思議と反発は感じなかった。
言葉の端々に滲む、自分への気遣いに気づいてしまえば、憮然とした表情も声も気に障ることもなかった。
やがて、体が温まり服が乾き始めたころ、
「飲め」
と、傍らのテーブルに、ことりとカップが置かれた。
鼻に届く香りは、士郎の苦手なコーヒーのものだった。
内心顔をしかめながらも、わざわざ淹れてくれたものだしとしぶしぶと口に運ぶ。
一口だけ、と啜り、
「あ、うまい……!」
と、思わず声が出てしまう。
それに、
「そうか」
と、男は嬉しそうに微笑んだ。
その顔に、士郎は目を奪われた。
これがいわゆる『ひとめぼれ』なのだと士郎が自覚するのは、このマスターに会うためにこの店に足繁く通うようになりだして、かなり経ってからだった。
コトリ、と控えめな音を立ててカップが手の傍に置かれる。
「?」
鼻をくすぐる香りはいつものコーヒーではなく、
「……アッサム?」
「正解。ミルクを入れるのがおすすめだが、これはいらんアドバイスだったな」
士郎は、読み込んでいた文献から顔を上げると、側に立つアーチャーを怪訝そうに見上げた。
「この雨だ。もう今日は客も来ないだろうから店じまいだ」
「雨?」
「なんだ、気がついてなかったのか?さっきから凄い雨音に雷なんだが」
「え、そんなに?って、あ!すまん!閉店なんだよな?すぐ片付けるから……」
慌てて立ち上がろうとした士郎の横に、どかりと腰を下ろしたアーチャーを士郎はぎょっとして見やる。
「たわけ。店じまいだと言ったろう。閉店後の一服だ、少し付き合え」
「付き合えって」
「お前、本当は紅茶の方が好きなんだろう?」
「!」
ズバリと指摘されて士郎は絶句した。
「ティーブレンダーを目指しているそうだな?」
「な、なんでそれを……?」
疑問に疑問で返す事で、遠回しに肯定していることにすぐに思い至り、士郎は自身の迂闊さに内心舌を打った。
「い、いや、でも、コーヒーが嫌いなわけじゃなくて、ちゃんと飲めるし……」
少なくともお前のは、と続けそうになり慌てて口を噤む。
――いやいやいや、余計悪いだろ、それ。あんたが淹れるから飲めるだなんて、あんなに生真面目にコーヒーに向きあっているこの男に対してひどい侮辱ではなかろうか。
「それに、あんたのコーヒー、本当に美味いから、だから俺でも、いや、俺は、その……」
「――そうか、コーヒー嫌いにそう言わるのは、それはそれで嬉しいな。だが、実を言うと私もコーヒーよりは紅茶が好きでな」
「え?」
「とは言っても、紅茶は趣味で淹れる程度だ。味の保証は正直できかねるがな」
だから、と続ける声色が存外に柔らかくて、士郎は隣に座る男へ顔を向けた。
「こうして時々飲んで意見を聞かせてもらえるとありがたいんだがな、どうだ?」
と、いつか見たあの笑顔を向けられては、士郎に否やは無かった。
End