冷たい手だけれど
8/20 ROOT 4 to 5で配布した無料配布ペーパー掲載の短文です。
大人士弓旅。
弓兵さんは病人と子供には優しいと思います。
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「起き上がれるか?」
かけられた声に、ふと意識が浮上する。
「?」
状況が分からずにぼんやりと声のした方に目を向けた。
見上げた顔に怪訝そうに眉が寄る様子を認め、相手も俺の茫洋とした顔に自身の失態を悟ったようにはっとわずかに目を見張った。
「起こしてしまったようだな」
「そう、みたいだ……」
返事をしてから、ようやく今の状況を薄っすらと把握した。
ここは、ホテルの一室で、俺はベッドに横になっていて、隣に座っているのは共に旅をしているサーヴァントのアーチャーだ。
だが、薄い膜がかかったように頭はまだぼんやりとしていて、アーチャーの手が自分の額に伸ばされるのをどこか他人事のように見ていた。
「熱が高いな」
「俺、なんで?」
「怪我をしたのは覚えてるか?そうだ、それ由来の発熱だろう。抗生剤は一応投与したが、それでも少し炎症を起こしているようだ」
「怪我……」
「そうだ」
触れているのはいつもの少し温度が低くてごつごつとしたこいつの固い手だ。
言われたように熱が高いのだろう。
その温度差が心地良くて、喉が小さく鳴った。
「……お前の手、冷たくて気持ちいいな」
思わずこぼれた素直な感想に、なぜかギョッとしたように手が離れる。
もうちょっと触っていて欲しかったのにと不満に顔を上げれば、むっつりとした顔が目をそらしながら、
「その顔やめろ」
と吐き捨てた。
「顔?」
「なんでもない。食欲はあるか?喉は?」
「え?あ、どうだろう?でも喉は乾いてるかな……」
「ちょっと待ってろ」
俺の返事の途中でアーチャーは立ち上がると、部屋に造り付けの簡易キッチンへ向かって行った。
水音や物音は聞こえるがベッドからは死角になっていて、奴が何をしているのかよく分からない。
だが、こうして弱っている時に誰かが側にいて、その立てる物音を聞いているのは、どこか懐かしいような切ないような想いを俺に生じさせた。
ーーそうだ。
子供の頃、こんな風に熱を出したことがあった。
まだ、あの家に引き取られて間もなくの事だ。
その時は切嗣がこんな風にずっと横について看病してくれた。
熱を計るためか額に触れた手に、冷たくて気持ちいいからもっと触れて欲しい、と強請った俺に切嗣は困ったように小さく笑った。
そして、遠慮がちに伸ばしてきた手のひらで俺の頬をそっと包んでくれた。
でも、あの時、俺が本当に求めていたのは……
コトン、と間近で物音がして、再び目が覚めた。
どうやら、またうとうとしていたようだ。
「アーチャー?」
「起きなくていい」
気配を感じて起き上がろうとするのをそっと静止させられた。
そして、
「口を開けろ」
「?」
脈絡のない命令口調に思わず目をやれば、スプーンを突き出したアーチャーが仏頂面をこちらに向けていた。
「??」
ますます訳が分からず固まる俺に
「口!」
強い口調で重ねて言われ、思わず口を開けてしまう。
「あ、……むぐっ?」
乱暴に突っ込まれたスプーンを咄嗟に咥える。
途端に、閉じた口内に甘酸っぱい味とふくよかな香りが広がった。
そのまま、ごくりと飲み込む。
「……林檎?」
ああ、と応えながら再び突き出されたスプーンを今度は素直に口を開けて受け入れる。
じわりと広がる果汁の甘さを先ほどよりもゆっくりと味わった。
擦った林檎だ。
意外な事に、日本で食べ慣れたそれとあまり味は変わらない。
「美味い……」
「そうか」
俺の言葉にわずかに口を緩ませると、再びアーチャーはスプーンを突き出してくる。
そうして、何度かこの雛鳥の給餌のようなやり取りを繰り返したが、高熱で弱っているらしい俺の体はすぐにそれを受け付けなくなってしまった。
口を開ける替わりに小さく首を振ると、すぐに察してくれたらしいアーチャーは無理強いせずにスプーンを引っ込め、器ごとサイドチェストにそれを置いた。
「あいにく解熱剤は切らしていてな」
ひやりと額に載せられたのは、濡らしたタオルのようだった。
「近くにドラッグストアを見つけたから夜が明ければ薬を調達してこよう。今夜は辛いだろうがそこは耐えろ」
「……ああ」
「他に何か欲しいものはないか?水は?」
「いや、今はいいよ。それより、頼みがあるんだけど?」
「なんだ?」
「ーーその、さっきみたいに顔、触ってくれないか?お前の手、冷たくて気持ち良かった」
一瞬、奇妙な間があった。
「アーチャー?」
「ーーそうか。そういえばそんな事もあったな……」
「?」
「ふむ。子供を甘えさせるのは年長者の役目か……」
「こ、子供……?」
「違うのか?」
「いや、うん。……そうだな。そうかも。それでいいや。」
「良いから眠れ。今夜はずっとついててやる」
「ん」
目を瞑る。
ひた、と頬に触れてくる手はやはり少し温度が低くて心地良かった。
その手は俺の熱が移ってすぐに同じ温度になってしまったけれど、触れられたところからじわりと沁み通った暖かいものが俺の心を満たしていく。
ーーそうか。甘えたかったんだな、俺は。あの時も、今も。
眠りに落ちかける寸前に思い当たって、けれどそれをアーチャーに伝える前に俺の意識は沈んでいった。
End