死が二人を分かつまで
成長士郎と弓の主従旅の小話。アーチャーがだいぶデレてきてます。
プライベッターにあげたものを修正してアップしました。注)プロポーズしたりとかはありません。
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「ただいま」
「遅かったな」
無意識にこぼれた挨拶へ想定してなかった応えがあり、一瞬動きが止まってしまう。
「――戻ってたのか?」
かなり前にな、手元の文庫本に目を向けたまま返す男の意識が、しかしこちらに向いているのを感じ、内心舌打ちした。
あまり察しが良すぎるのもどうかと思うぞお前。
「何人だ?」
天気を問うのと同じニュアンスで聞かれるのに、これは隠しても無駄だと観念して正直に答える。
「5人。観光客らしい人が囲まれてたんでつい。でも、魔術は使ってないぞ」
「当たり前だ」
しぶしぶと認める俺にすげなく答えながらこちらを向いた奴の眉がかすかに跳ね上がったのを見てしまい、この場に留まってしまった自分の失態を悟った。
「いや」
立ち上がり近づいてくる男から、それとなく遠ざけようとした左腕を捕まえられ、思わず呻きがこぼれた。
反射的に引こうとした腕はビクともしない。
ギリギリと力を込められて嫌な汗が噴き出してくる。
痛い。いや、めちゃくちゃ痛い!
「こんなくだらない傷を負うくらいなら、魔術でも何でもつかってさっさと片をつけろ。たわけが」
「痛いって、そこ!!おまっ、傷っ、傷つかんでるぞっ」
「当たり前だ。わざとだからな」
聞き捨てならない事をいわれたのに、それへと反論する間も与えられないままぐいぐいと引きずられていく。
浴室に押し込まれてようやく腕が解放された。
掴まれていた箇所を確認しようと腕を掲げると、ぽたりと指を伝った血がタイルの上に落ちた。
見れば、シャツの袖は傷口からあふれた血でべたりと貼り付いてしまっていた。
思った以上に出血していることに今更ながら気づいて、ホテルの廊下を汚さなかっただろうかとつい気になってしまう。ついでに、このシャツはもう捨てるしかないな、とも。
ぽたぽたと床に滴り続ける血に、浴室に場所を移した奴の判断は正解だったと認めざるを得ない。
と、目を向けた先、そのアーチャーは手についた俺の血をべろりと舐め取っている所だった。
ピンクの舌が蠢き血でまだらに赤く染まる。その光景にどこか淫靡なものを感じて、とくり、と一度強く胸が鳴った。
「上着を脱いで待っていろ」
俺の動揺に気づいているのかいないのか、さらに誤解しかねない言葉を言いおいて奴は浴室を出て行った。
――他意はないぞ、状況を考えろよ俺。
自分に言い聞かせつつシャツから首を抜く。
続けて腕を抜こうした途端に激痛が走って思わず動きが止まる。
歯を食いしばりながらなんとか袖を抜ききった頃に奴が戻ってきた。
手には救急用のキットを持っている。
「見せろ」
顎で示されてバスタブに腰掛けると素直に腕を差し出した。
傷は左腕上腕外側にあり、俺からは首を精一杯伸ばしてかろうじて確認できる位置だった。
実をいえば、傷を負った際にそんなに痛みを感じなかったので、かすり傷だろうとあまり気に留めていなかった。
だが、ホテルに戻ったあたりからひどく痛み出し、これは少しまずいかもと思いはじめていたところだった。
戦いの最中はアドレナリンが分泌されていて痛みや出血が抑えられていたせいもあるのかもしれない。
それでも、適当に応急処置で済ませるつもりだった。
アーチャーが部屋に戻っていなければ。
「傷の割には結構深いな。投げナイフか?」
「え?ああ、死角から投げつけられて。咄嗟に急所はかばったんだけど」
「どんなナイフだったか覚えてるか」
「えーと、確かこれくらいの大きさで――」
チラリとしか見てない上に、俺にはナイフの種類や名称はさっぱりだった。
が、ふと閃く。
「あ!ちょっと待ってくれ」
目を閉じ意識を自身の裡に向ける。
「投影・開始(トレース・オン)」
一瞬でも俺は確かにあのナイフを目にしたはずだ。そして、この腕に受けた。
刃の形、幅、長さ、そして柄の形――
記憶の中の形状をなぞるように、思い描くそれを魔力で編んでいく。
手のひらに冷たい金属の感触と重みを感じて、目を開けた。
手には記憶の通りの小振りのナイフが再現されていた。
「魔力の無駄使いだな」
言いながらも奴は俺の手のひらのナイフを手にとった。
「この刃渡りでこの傷の大きさなら骨には達してないようだが、深い事に変わりはない。指先のしびれなどはあるか?」
「いや、特には」
「ふむ。神経や太い血管の損傷はなさそうだ。だがまあ、縫った方がいいだろう」
キットから縫合セットを取り出すとテキパキと準備を始めるアーチャーの表情がどこかいきいきとしているように感じられ、嫌な予感を覚える。
「お、おい、麻酔とか?」
「ある訳がなかろう」
いい笑顔で返されて、思わず逃げようとした体をサーヴァントの膂力で押さえ付けられた。
「動くなよ、士郎」
「無理いうな――っっ!!!」
「終わったぞ」
痛みで強張った首を動かし、涙でにじんだ目を向けると、傷はすでに包帯まできれいに巻き終わっていた。
「お前っ、本、当、信じらんねぇっ!死ぬかと思った!」
「ははは。情けない。でかくなったのは図体だけか、小僧」
「このサディストめ!これ見よがしにゆっくり縫いやがって!」
「丁寧に処置してやったのだ、感謝されこそすれ罵倒される覚えはないな」
「笑ってんじゃねぇ!」
と、俺の抗議をせせら笑って受け流していたアーチャーがふいに笑みを消した。
おもむろに、さっき俺が投影したナイフを手に取ると刃先に目を落とした。
「アーチャー?」
「こんな小さいナイフでも、急所に刺されば簡単に人は死ぬ。たとえば――」
頸動脈、と自分の首に刃を寄せる。
刃が浴室の電灯を反射してぎらりと光った。
自身の首筋に刃を突きつけられているように感じ、ヒヤリとした金属の感触を錯覚する。
アーチャーは手を止めない。名前をあげながらその箇所に刃を押し当てていく。
「延髄、心臓、肝臓、脇の下、」
その様子に不穏なものを感じて思わず声をかけた。
「お、おい、アーチャー?」
「そして、手首」
予備動作なしに閃いた刃が手首を切り裂いた。
ぼたぼたと床へ血が滴り落ちる。
痛みを感じてないはずはないだろうそれをアーチャーは平然と見ている。
「な、何やってるんだお前!?」
血の滴る手首を慌てて掴んだ。
傷口を圧迫して止血しようとした俺の手を、アーチャーの片手がおさえ、ゆっくりと外させた。
傷口からかすかに魔力の放出を感じ、目をやれば傷がみるみる塞がっていくところだった。
「お前のそれは全治2週間といったところだろう。だが」
「サーヴァントなら一瞬だと?」
「そうだ。ならば私の言わんとすることも分かるな?こんな傷などお前が負うものではない。何のための私(サーヴァント)だ?」
顔を上げれば同じくこちらを見ていたアーチャーと目があった。
不機嫌そうに寄せられた眉間の皺は出会った頃から変わらずに見えるが、今ではその表情の微妙な変化もずいぶんと読み取れるようになったと思う。それが伴う感情の変化も。
伊達にこうして一緒に旅を続けているわけじゃない。
この捻くれ者のサーヴァントが何を思って、どういう行動をとるのか、自惚れじゃなく誰よりも分かっている自負はあった。
そして今、奴の顔に浮かんでいるのが苛立ちと焦燥だと感じるのは気のせいではないだろう。
「アーチャー、」
「この旅は――」
ほぼ同時に声を発し、そのタイミングの一致に同時に口を噤んでしまう。
一瞬流れた気まずい沈黙の後、俺は口を引き結ぶと奴に続きを促した。
アーチャーが小さく咳払いをして続ける。
「――この旅はお前が始めたものだ。いつ終えるのか決めるのも、またお前だ」
頷く。
アーチャーはまっすぐに俺を見据えたまま続けた。
「その終わりは、お前がそう決めた時だろう。あるいはお前の死や私の消滅により突発的に終了ということもまたあり得ることだ。そういうものだと、そう思っていた。それでも別に構わないと」
だが、と手のナイフをもう一度見る。
「もし、お前がオレの預かり知らぬ所であっさりと死ぬかもしれん、そう考えたら――」
「考えたら?」
アーチャーは殺気さえ感じられるきつい目で俺を睨むと、ぷいっと目を逸し、ぽつりとこぼした。
「――心底、腹が立った」
「は?」
「間抜け面をさらすな。殺したくなる」
「さらっと物騒な事言うなよ!なんだよそれ?話が見えないぞ」
アーチャーはちっと舌打ちをするとこちらに向き直ってまくしたてた。
「いいか、お前がオレをこの旅に連れ出したんだ。いや、そもそも座に戻ろうとしたオレを留めたのはお前だ。それを、その責も果たさずに、オレが知らないうちに勝手に死ぬだと?!冗談じゃない!」
あれ?もしかして、これって――
「だいたいお前が死んだらどうなると思う?当然オレも現界できなくなって消滅する。そうなれば、このホテルに置いている荷物はどうなる?冷蔵庫にある食材や夕食用に仕込んだ肉だって、」
「待て待て、話がおかしな方向にいってるぞ!」
俺の指摘に、む、と黙るアーチャー。
その不機嫌そうな顔に反比例するように、緩みそうになる顔を俺は必死で堪えていた。
「まあ、でも、うん――。お前が言いたいことは分かった。
要は、自分がいないところで俺に死ぬなって言いたいんだな?」
「は?」
俺の言葉が端的に過ぎたのか、瞠目した奴が反論しようとするのに、
アーチャー、
と被せるように呼びかけた。
「わかった。――なら誓うよ」
「誓う?お前は何を言って」
「俺はお前のいない所では死なない、――ように努力する。だからお前も誓ってくれ、俺のいないところで勝手に死なないって」
まっすぐに奴の目を見て誓いの言葉を紡ぐ。精一杯の思いを込めて。
――俺はお前を置いて行かない。だから、お前も俺を置いて行くな。
アーチャーの目がかすかに揺れる。
俺がこいつの感情をある程度読めるように、こいつにも俺の感情の動きは読めているはずだ。だから、こんな場面で俺がふざけてこんな事を言うわけがないと分かっているだろう。
元が同じ人間なのだ。思考の道筋とその本質のようなものは変わらないし変えようがない。
死んでも、地獄を見ても、それでもどうしたって変わらない、変えられない奴のそれが俺には愛おしい。
奴自身はその自身の変わらなさを疎んでいるという相違はあるけれど。
果たして、合わせたその目を先に逸らしたのはアーチャーの方だった。
「――誓うというのなら『努力する』じゃなくて、ちゃんと『死なない』と誓え、このたわけが」
吐き捨てるように言うその横顔はかすかに赤くなっているように見えた。
「で、お前は?」
強請る俺の言葉が聞こえてないかのように、アーチャーはあらぬ方をむいたまま返事さえ返さない。
「アーチャー?」
「――こんなのは、ただの言葉だ。ケルトの戦士のゲッシュじゃあるまいし、何の効力も制約もない。確実さを期すならいっそ令呪でも使えばいいだろう?」
吐き捨てるようにこぼす声は力無く小さい。
「それじゃ意味がないんだ」
俺の否定の言葉にようやくアーチャーがこちらに目を向けた。
「この旅は俺が望んで始めたし、お前はそれに付き合ってるだけのつもりだったかもしれない。でも違う。これは俺達二人の旅だ。いつか来るだろう終わりの時まで、少しでも長くお前と旅を続けたいと思うし、お前にもそう思って欲しいと思ってる。
――うん、俺のわがままだって自覚はあるよ。」
苦笑いして、でも、と続ける俺をアーチャーは黙って待つ。
「俺の望み、全くの的外れでもないと思ってるんだけどな、アーチャー?」
笑いかける俺から再び顔をそらしたアーチャーは、
「くそ!なんなんだ?!これではまるで――」
口を押さえて何事かをもごもごと言っている。
「アーチャー?」
根気強く待つ俺に根負けしたかのように、奴は一度きつく目を閉じると大きな深いため息をついた。
そして、体ごと俺に向き直るとまっすぐに目を見ながら口を開いた。
「英霊エミヤが衛宮士郎に誓う。この現界の終焉は御身の元でのみ果たすと、御身の終焉はこの身が傍にて見届けると、ここに誓う」
頷く俺を確認すると、もういいな?とばかりにアーチャーは踵を返す。
「私は夕食の支度をする。そこは全部きれいに片付けておけ。血もしっかりと洗い流しておけよ」
言いおいて浴室を出ようとした、奴のその手を掴む。
「おい、まだ何か、」
振り返ったその顔へ寄せようとした俺の口は、咄嗟に上げられたアーチャーの手で覆われた。
「むぐむむむぐぐ」
「何を言ってるのかわからん」
口と鼻を覆われて苦しい。
勢いよく顔を引いてなんとかその手を引き剥がした。
「ぷはっ、邪魔するなよ」
「――何の真似だ?」
「え、だって、」
俺の返答の予想が付いたらしいアーチャーの顔がこれ以上ないくらい顰められる。
本当に残念なくらい察しが良いよな、お前。
「誓いといえばキスだと相場が決まってるじゃないか」
「決まってないわ!離せ、このたわけが!」
もがく男へ、にっと笑いかけると顔を寄せた。
「死が二人を分かつまで、だろ?」
(End)