「レイプは魂の殺人」ケニア起源仮説

「レイプは魂の殺人」という日本語表現が使われるようになってきた起源を、以前国会図書館デジタルコレクションで調べた。その後国会図書館デジタルコレクション収録資料が増えて個人間送信での閲覧可能範囲も増えたので、再度調査したところ、論文「セクシュアリティにおける比較文化論の試み――レイプを足掛かりに」が確認出来た。その一部を引用して紹介し、「レイプは魂の殺人」ケニア起源仮説を提唱する。ここではレイプが殺人並みに重いことを指して「魂の殺人」と言っているのではなく、レイプの禁固刑刑期が殺人の禁固刑刑期の半分なのを指して魂の殺人(肉体の殺人に対して)と言っているように見える。これが日本語表現の起源だとするなら、元の文脈が忘れられて伝播したものと考えられる。

女性学年報 (16)
出版者 日本女性学研究会『女性学年報』編集委員会 出版年月日 1995-10
論文:セクシュアリティにおける比較文化論の試み――レイプを足掛かりに / 村瀬ひろみ/24~35

p.26
「 わたしは、彼らのあまりにあっけらかんとした対応に驚いていた。夜、食卓を囲んで英語のできる2人の男の子(1人は通訳、2人とも17~18歳くらい)と、英語で議論した。彼らは、学校で習った「レイプに対するケニア政府の見解」をわたしに教えてくれた。ケニアでは、レイプは殺人罪の次に前い刑間を受ける。殺人では、14年の禁固刑であるが、レイプは7年だという。「なせだかわかりますか」。2人は、わたしの顔をのぞき込んだ。わたしには、昼間の人々の対応や、レイプされた本人の明るい顔が思い浮かんで、なにも言えなかった。彼らは言葉を続けた。「それは、レイプが魂の殺人だからです」。彼らの表情は、真剣そのものだった。
 わたしは同意した後、彼らにたすねた。本当にそう思うの?彼らは、思うと力強くうなずいて、レイプがトルカナの習慣だとしても、悪い習慣だからやめなくてはならないと繰り返した。悪い習慣というのは分かるとして、魂の殺人なら、ナティールはどうしてあんなにあっけらかんとしているのだろう。殺人やケンカが起こったときには、激して怒リ狂ったりする人々なのに、どうしてレイプには平静でいられるのだろう。
 確かに、欧米諸国や日本のような近代工業化社会では、レイプは魂の殺人だと言っても過言ではない。レイプされた本人は大きな傷を受けるし、被害を届け出れば「セカンドレイプ」によって二重三重の苦しみを受けることになる。しかし、ここトルカナでは、レイプされた本人を含めて人々は驚くはどレイプに寛容だ。2つの理由が、すぐにあげられる。1つは、1回のレイプが妊娠には結び付かないと考えられていること、もう1つは、全く処女性にこだわらないこと。さらに付け加えるならば、レイプされたことが本人の評価に全く結び付かないことが考えられる。レイプによって妊娠した事例はないのかと聞くと、皆一様に1度のレイプではあり得ないという。レイプされたナティール本人でさえ、妊娠なんてあり得ないと一笑していた。
結局、その後のインタピューによって、トルカナの人々にとってレイプとは何なのかということが、おぼろげながらわかってきたのであった。その意味では、レイプという訳語は的確ではないに違いない。また、レイプという訳語がもっている価値付けが、わたしの激怒という反応を引き起こしたことを考えると、この訳語の使用には慎重にならざるを得ない。しかし、我々の文化ではこのような慣習を呼び習わすような別の言葉はない。また、レイプはレイプであって、いやがる娘と無理やり性交するという意味では語義どおりなのであるように見える。そこでここでは、誤解を招く恐れを承知でレイプという言葉を使うことにする。」
p.33
「 それでは、なせレイプや女子割礼が、フェミニズムにとって「悪」なのか。上野千鶴子が、前出の小論で喝破したように、性が人格と深くむすびついている我々の近代社会では、性的に辱めることがもっとも相手を侮辱することになる。つまり、近代社会という文脈では、女に対するレイプは女全体に対する挑戦であり、侮蔑以外のなにものでもないのである。しかし、の「レイプ=悪」の根拠は近代社会以外の社会に向かうとき力を失う。世界観の異なる社会ではセクシュアリティのリアリテイも異なるからである。
 フェミニズムが、近代社会以外の社会で無力なのかというと決してそうではないと、わたしは思う。レイプを「悪」とするような価値観は、近代社会でのみ通用する当面の戦略として非常に意味がある。しかし、フェミニズムの射程は、「レイプ」が存在する世界観そのものをも問題にすることができるはすだ。レイプがレイプであるための前提となる性と人権が一緒のものであると仮定されているようなセクシュアリティそのものや、セクシュアリティにまつわるダブルスタンダードを間うこと。その時、近代社会以外の社会を含みいれた「差別のよリ少ない」社会の理想形を語ることができるだろう。」


なお、以下の資料は内容未確認。今後要調査。

次の雑誌記事は「女をレイプする男たちの中には幼少時に家庭で虐待された者や思春期に年上の女などから性的誘惑を受けた者」とあるので、おそらくシュレーバー~エレン・ケイ、モートン・シャッツマン、アリス・ミラーの用法。今後要確認。
Asahi journal 32(52)(1675);1990・12・28
朝日新聞社 [編] (朝日新聞社, 1990-12)

次の本の「この魂の殺人行為」の用法は今後要確認。
異装のセクシャリティ : 人は性をこえられるか
石井達朗 著 新宿書房, 1991.7

次の本は主婦業のつらさを「緩慢なる魂の殺人」と言っている。
もう、「女」はやってられない
田嶋陽子 著 講談社, 1993.10

次の本はシモーヌ・ヴェイユからの引用で「心づもりのできていない人間を苦悩に陥れる者が、魂の殺人者たるゆえん」と言っているので、レイプについて言っているのではない。
性の神話を超えて : 脱レイプ社会の論理 (講談社選書メチエ ; 47)
スーザン・グリフィン 著[他] 講談社, 1995.4

次の本は今後要調査。「幹にかかわるといってもいい。レイプが許されないのは、暴力によって」「としてのその人の抹殺、いわば魂の殺人なのだ。レイプを受」
性かけがえのない : 作られた嘘と偏見からの解放
高文研編集部 編著 高文研, 1994.5

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