【FGO】エミヤ√ BAD END
FGOにバッドエンドが実装されていたら……と思って書きました。
最近はやれオカンだなんだともてはやされていますが、エミヤは本質的にはこういうサーヴァントだと思っています。
ぐだの性別は特に意識していません。
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「――マスター、夜分に失礼する。少々話したいことがあるのだが、構わないか?」
その夜。
入室の許可を求める声に応えると、そこには苦虫を噛み潰したような顔をした、弓兵が立っていた。
いや、その装いは普段は見ない類のもの。
もはや見慣れたエプロンでも、戦闘時に羽織る赤い外套でもなく、その下に着る黒のインナーとパンツのみ。
眉間にしわが寄っているのはいつも通りだが、何故か今夜ばかりは趣が違っているような気がした。
「とりあえず座ってよ、エミヤ。立ちっぱなしじゃ話しづらいでしょ?」
「いや、このままでいい。君も疲れているだろうから、手短に片付ける」
着席の誘いを突っぱね、エミヤはこちらをじっと見下ろしてきた。
「単刀直入に聞こう、マスター。昼間のアレは、君自身の意思で行ったことなんだな?」
――やはりというか、それは予想された質問だった。
無理もない。
自分でも未だに実感がないくらいだ。
昨年人理を救済したばかりだというのに、今日ここに来てそれに歯向かう立場についてしまうなんて。
でも、後悔はない。
自分で決めたことだ。そして、もう取り返しもつかない。
せめて、選んだ道の終着を、この目で確かめなければ。
感情の読み取れないエミヤに、ただ小さく頷いてみせる。
「……そうか。では、もう一つ聞こう。君はアレが、どういう存在なのか本当に理解しているのか? 人類よりも人間に有害な存在など片手に余るが、それら全てを引っくるめても到底アレには及ばん。そういう類のものだ。――もう一度聞くぞマスター。理解しているんだな?」
ニヒルなスタンスを崩さないこの弓兵が、何かを悪く言うのは珍しいことではない。
しかし、ここまで熱の入った語り口は初めてだ。
「うん、分かってる。エミヤの言ってることが正しいってことも、間違ったことをしてるってことも。でも、そういうのも踏まえた上での決断だ。後悔はないよ」
「……そうか。それは、非常に残念だよ、マスター」
ふう、と憑き物が落ちたようなため息をつくエミヤ。
その表情には、どこか晴れ晴れしたような明るみが差しているようにも思える。
面倒見のいい彼のことだ。きっと、こちらが折れないことも承知の上だったのだろう。
それでも守護者としての建前で問いただすような真似をしたに違いない。
しかし、最後にはきっとこちら側についてくれるはずだ。
いつだって彼はそうだった。
こちらのやることにあれこれケチをつけたり、マスターとしての性能を腐しはしたが、絶対に見限るようなことはしなかった。
特異点では、レーションがあるのにわざわざ現地で食材をとってきては料理を振る舞ってくれたし、眠れない夜は一晩中焚き火を囲んでこちらのつまらない話に付き合ってくれた。
カルデアでは、彼とブーディカの手料理を目当てに、食事など必要ないはずのサーヴァントたちも、こぞって食堂に詰めかけた。
ナーサリーやジャック、酒呑童子が、食後のデザートを余分にねだっている姿など、もはやお決まりといっていい光景だ。
最初はもっともらしいお説教をくれはするが、結局ホットケーキなど焼いて食べさせてしまうのである。
本人は『泣く子と地頭には敵わないというが、アレは本当だな』などと皮肉っぽくぼやいているが、本当は違う。
きっと、彼女たちの喜ぶ顔が見たくて、首を縦に振ってしまうのだ。
それが、エミヤというサーヴァントの本質だ。
そう、まるで面倒見のいい母親のような。
「話は以上だ。君から何か私に言っておきたいことはあるか?」
「明日から、色々苦労かけると思うけど、ごめんね」
他のサーヴァントたちだけではない。
カルデアの職員や、ダ・ヴィンチちゃん。直に訪れるだろう国連や魔術協会のお歴々。
話をしなくてはいけない相手は山積みで――話にならない相手はきっともっと多い。
そういった諸々もこめての謝罪だ。
白々しいとは思うが、これ以外に言うことなどない。
悪いと思ったのなら謝る。人として当然のことだ。
不意に、思考にノイズが走る。
――人として当然の生き方を、一緒に歩んでいこうと。
――そう誓い合った誰かを、忘れているような。
……いや、気のせいだろう。
そんな相手はいない。いたとしたら、忘れるはずがない。
忘れたということは、きっとその程度の関係だったということだろう。
じくじくと、胸の奥が思い出したように痛み出す。
それをかき消すように、無理やりにっこりと笑ってみせる。
対するエミヤは、能面のような無表情。
まるで、獲物を狙う狩人のような、一つの何かに徹しきった、ある種機械じみた面相だ。
「……何、よくあることだ。人間には、耐え難い記憶を忘却することで己を防衛する機能がある。この場合、それが凶と出てしまったがな」
エミヤが難しいことを言っている。
何のことか分からないので、曖昧に頷いておいた。
「それじゃ、明日は早いだろうし、もう寝るよ。おやすみ、エミヤ」
「――ああ、ゆっくりと眠るといい」
あくびを噛み殺しながら、エミヤに背を向ける。
少々失礼かもしれないが、丑三つ時に押しかけてきたのは向こうの方だ。
会話をぶった切る権利くらいは、こちらのものだと主張してもいいだろう。
そんなこちらに腹を立てることもなく、エミヤは静かに言った。
「本当に、残念だよ。マスター」
首筋に、一瞬冷たいものが走った。
直後、灼熱の痛みとともに視界が赤に染まる。
それが、頸動脈から噴き出た鮮血だと気づいたときには、床がぐんぐんと迫ってきていた。
直立状態から倒れ込んだのに、何の衝撃も感じない。
身体が、そんな些細なことに構っていられないとでもいうように。
「元より無理があったのだ! 過去・現在・未来、全ての人類史をたった一人の双肩に託すなど……! そんな狂気の沙汰は、正気の人間に成し遂げられることではない! 首の振り方一つで、数千年の歴史と、数十億人の未来を無に帰すような選択を、ただの一度も誤らずにいられる者がどこにいるというのだ! 仮にいたとしたら、そんなものは人間でも生き物でもない、単なる機械でしかないだろうが……!!」
語気を荒らげ、エミヤは何かに怒り続けている。
何をそんなに怒っているんだろう。
分からない。分からない。分からない。
今この状況が、どうしてこんなことになっているのか、残り数秒の寿命の中で、理解できる気がしない。
「……悪く思わないでくれ、マスター。これが私の――私本来の在り方だ。万人の幸福などという絵空事を夢見ていた、正義の味方気取りの掃除屋の末路だ。」
またエミヤが難しいことを言っている。
脳に血液が足りていない。すでに思考のリソースは切れている。
不思議と痛みは感じなかった。
代わりに襲ってきたのは、怖いくらいの眠気だ。
まぶたを閉じたが最後、二度と目が覚めないのでは、と思うほどの強烈さ。
薄れゆく意識の中、冷えた鉄のように冷たい声が耳朶を打つ。
「以前、私を母親のようだと、冗談めかして言ってくれたことがあったな。あれは全くの間違いだ。
――どんな理由があろうと、母は子を見捨てぬものだからな」
不可解なことを言いながら、エミヤの足音が遠ざかっていく。
……ああ、分かったことは一つだけ。
俺/私は、エミヤというサーヴァントの本質など、これっぽっちも理解していなかったということ。
泥に沈むような喪失感の中。
最後に見たのは、荒野に打ち捨てられた、十字架を象った巨大な盾。
それを振るっていたのが誰なのかは、結局分からず仕舞いのまま。
ぷつり、と張り詰めた糸が切れるように。
命が終わるその音が、遠くどこかで聞こえた気がした。
BAD END