妻が600万円を持ち逃げ、不倫相手の夫を監禁しただけじゃない⋯《金嬉老事件》「朝鮮人差別と戦った男」の“あまりにさびしい”帰国後の人生(昭和43年の事件)
「朝鮮人差別発言の謝罪」を要求
午前9時50分、金の要求に従い、静岡新聞の大石記者とNHKの村上記者が金と会見した。ここでの金の要求は、警察が稲川一家幹部の曽我幸男らの社会における実態を公表することと、先ほど出した要求と同じ内容の清水署の小泉刑事が朝鮮人差別発言をしたことについて謝罪することの2つであった。 この会見の際、金は両記者に「遺書」と称する日記帳を手渡している。その内容は〈清水署の小泉! 返礼するときがついにやって来たようだ。俺は自分の言葉に代えてお前の取った態度に答えてやろう〉〈13歳くらいからどれだけ清水署にいたみつけられて来たことか知れない。俺はあのひでい刑事等のつらを想うと血がにえたぎってくる。今は家も妻も総て失い、敢えてそうなった俺は死があるのみだ〉というものだった。 正午過ぎ、人質のうち2人が隙を見て脱出。その後、金は2度にわたりダイナマイトを1本ずつ爆発させ、さらに空に向けて10発を乱射したり、畳をかさねて防御壁を作るなどした他、部屋の壁に〈罪のない家族に迷惑をかけて申し訳ない。死んで罪を償う〉〈お母さん、不幸を許してください〉と墨で書き記した。 一方、警察側も説得工作にマスコミを利用し、15時、NHKニュースで清水署長が次のように訴えかける。
「金さん、あなたの言い分もあるでしょう。警察も悪い点はあったと思います。しかし、今はこれ以上、皆さんに心配をかけないことが第一です。早く自首してください」 23時52分には、名指しされた小泉刑事が「私の扱った事件で迷惑をかけて申し訳ない。しかし、どうか関係のない人を巻き添えにしないでもらいたい」とテレビで謝罪。対して金は暗闇の中、少しでも動くものがあれば容赦なくライフルを浴びせた。
籠城3日目――人質を解放
翌22日午前5時半ごろ、旅館主から警察に電話が入る。何でも階下10畳の間にいた妻子4人が2階6畳間に移され、金もその部屋にいて、火鉢のすぐそばにダイナマイトの束を置き、ライフルも常に手にしたままだという。午前7時、静岡県警のトップである高松敬治本部長(1920-1989)がNHKで謝罪する。 といっても、それは自首を勧める説得のようなもので、金には到底満足できなかったが、同日のNHK「スタジオ102」が金の日記にある訴えを紹介したのを見て、これを評価し午前8時半、ふじみや旅館経営者の妻とその子供3人を解放。しかし、妻は「旅館のお客さんに悪い」と言って、自ら宿に戻っている。 金はこの日から共同記者会見を重ね、全国民の注目を集めることに成功した。各テレビ局もワイドショーのスタジオから、ふじみや旅館に電話を入れ金の訴えを生で放送。これを見た視聴者から「自殺するな」「ともに闘おう」「金さん、もっと頑張って」という声が多数あがった。 籠城当初に見られた緊迫感は薄らぎ、カメラマンや記者なども銃を持って戸外を警戒している金に対し「金さん、ライフルを空に向けて射ってくれませんか」と要望し、それに応えた金が空に向かって数発、乱射しているところから、慌てて上昇して逃げるヘリコプターの映像を意図的につなげ、いかにもそれらしい演出を施した。