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【寄稿再掲】似た者道中/Novel by ちくわぶ

【寄稿再掲】似た者道中

11,910 character(s)23 mins

版権元:Fate/stay night
注意事項:腐向け(士弓) ネタバレ ねつ造

はなぶさはる様主催の士弓プチアンソロジー『Fate and Faith』(illust/51740250、2015年夏発行)に寄稿させていただきました小説です。
web公開許可くださりありがとうございました。

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「三つ。ソースは三つあるならバラバラで」
 指を三本立てて、いい加減慣れた異国語で告げる。褐色の肌を更に日で焼いた屋台の店主は、それを機嫌よく請け負って、熱せられたラム肉の塊の焼けた表面を削り取りはじめた。これを野菜などと共にピタで包んで食べる、この地方ではありふれたファストフードだが、客寄せも兼ねたこの豪快な肉の焼きっぷりはいつ見ても気分が上向く。屋台飯とはかくあるべしとばかりに非日常感が擽られるためだろうか。
 有名なのはトルコの方のバーガーに似た形式かもしれないが、この辺りでは薄めの生地で巻いて食べる、ラップサラダの形に近い。所謂ドネルケバブより重くないので、俺みたいな成人男性なら二つくらいは余裕だろう。
 チリ、ヨーグルト、それからうちのオリジナルソース! と陽気な説明を添えて渡されたそれらを礼を言って受け取って、三つ両手で掴んだまま連れの姿を探した。
 振り返った道の先。人通りの邪魔にならないよう、脇に男は立っていた。褐色の肌と白髪の組み合わせは、白髪と年齢との不一致を度外視すれば、この国においては黄色肌の俺よりもいっそ目立たない。ただ、ポケットが多く付いた耐久性と実用性が全てと言った服に、今は空とはいえあちこちからぶら下げられたナイフホルダーなどが、高い身長と鍛えられた体と相まって凄まじい威圧感を与えていた。知り合いのはずの俺でも、正直パッと見は傭兵にしか見えないし、眉間にくっきり刻まれた皺を見れば余計に人も寄り付くまい。その証明のように、流れる人波が彼の周囲では押されたように歪むのが面白かった。
 人の流れを横断する形で、男の周りの空白地帯へ辿り着いた。続く道の先を睨みつけていた視線がこちらへ向けられる。
「ほら、お前の分」
 言いながら適当な一つを差し出すと、アーチャーは礼もなく、かと言って文句もなく、大人しくそれを受け取った。一見して不機嫌そうに見えるし、実際のところ上機嫌というわけでもなかろうが、俺もいい加減、これがこいつのデフォルトの顔なんだと納得している。元々ホイホイ笑顔を振り撒くやつでもないし、相手が俺となれば尚更だろう。
 しかしそれでも互いしか頼るもののない二人旅――いや、初めは一人旅が二つと言った方が相応しい有り様だったが――とにかく相互理解が要求される中、俺は次第にこの頑固者の扱いを学習した。文句を言わないのはほとんど了承と捉えていいし、文句を言っていても実力行使に出てこないなら、それはコミュニケーションの一種みたいなものである。
 今も砂でも食べているかの如く無感動に咀嚼をして、本当は嫌々なんじゃないかと思われかねないが、文句が出ていない以上、一応こいつも“他人から怪しまれない程度の生命活動をする”という取り決めに同意しているのだ。
 この約束はまだ日本にいた頃、俺からの魔力供給の拙さをボロクソに貶しながらひたすらに霊体で過ごそうとする男の説得に、遠坂が持ち出して来たものだった。元マスターの説得に初め頑なだった元サーヴァントも、聖杯戦争当時藤ねえを黙らせた遠坂の手腕にはついに屈し、連日の実体化と人間らしい食事睡眠の習慣を約束したのである。
 思えばあれももう五年も前の話か。俺も手にしたシャワルマに齧り付きながら思い返す。ある意味で最も適切な師を得た俺の背はすくすくと伸び、今やアーチャーと並び立つ程である。藤ねえが見たら可愛いげがなくなったと嘆くかもしれない。
 対するアーチャーは、どんなに人間らしく振る舞ってももはや成長の余地はないため、当たり前だが育ちも老いもしていない。高校生の頃は漠然と“大人の男”という印象だけがあったが、今見ると言うほどの年齢でもない気がする。英霊は最盛期の姿をとって現界するというが、はてこいつの今の姿は何歳ごろのものなのだろう――。
「もういい。あとはお前が食え」
 道端で二人黙々と咀嚼を続けていると、半分くらいを食したアーチャーがそう言って残りを差し出してきた。これは今日の昼食になるので、アーチャーの食べた量はこれだけの体格の男が食べる分にしては明らかに少ない。先程まで考えていたこともすっかり忘れて、俺は苦言を呈すべく口を開いた。
「それだけ? いいよ、お前が全部食べて。俺はもう二つも持ってるし」
「それだけも何も、本来私に食事は必要ない。カモフラージュとしてならば半分も食べれば充分だ」
「充分って……。なんかアーチャー、最近やたら小食になってないか? 日本にいた頃はもう少しまともに食べてただろ?」
 俺に作った和食に難癖をつけてこそいたものの、それでもきっちり一人前を完食していたはずだ。純粋に心配に思って問うと、アーチャーは嘲笑を返事とした。
「今更いつの話を持ち出すかと思えば。あの時とは状況が違う。その程度のこともわからんとは、図体ばかり育って脳みそにまで栄養が回らなかったようだな」
「なんだよ、その言い方。魔力供給がまともになったって褒めたいなら素直にそう言ったらどうだ」
 述べられる嫌味にカチンときて言い返す。
 前と違う状況と言えば、俺の魔力精製がマシになったのと、俺たちのパスが多少強固になったことくらいだろう。ようは俺が成長して、俺たちの関係が改善したってことだ。率直にそう言えばいいものを、なぜこいつはこういう言い方しかできないのか。
「ふん。お前に褒める値することなどあるものか。半人前以下がようやく人並みになっただけでよく自慢気になれるものだ。……ああいや、一つだけ。その程度で胸を張れる短絡さにだけは、いっそ感嘆を覚えるがな」
 ……なぜこいつはこういう言い方しかできないのか!
「こっちだって、口では意地でも俺を認めないお前の信念にだけは感服するよ。ああそうだよな、口では何と言ったって、俺の作った料理は残したことなんてないことを考えれば、お前の気持ちは明らかだよなあ。いや悪かったよ、今度からちゃんと作ってやるから」
「……遂に頭がイカれたか? あの程度の腕前でよくぞそこまで厚顔でいられるものだ。いいか、出来合いのものは値段が高い。本来食事が必要ない私が食べるには非効率に過ぎるから貴様に恵んでやっているだけだ。それを自分が作る料理が美味いから私が全て食べきっているだと? 携帯燃料がなければ火も熾せん未熟者が、思い上がりも甚だしい」
「火も熾せないって……それこそいつの話だよ。そんなの、最初の数ヶ月だけだろ? というか、俺は一言も、俺の料理が美味いからどうこうなんて言ってないんだが」
「それがどうかしたか? まさか、貴様の脳には行間を読むとか、言葉の意図を捉えるといった機能がないとは言わんだろうな。あのようにわかりやすく裏のある言い方をしておいて人の揚げ足を取ろうとは、幼稚なことだ」
「別に揚げ足取ろうなんて思っちゃいない。そうやってなんでも俺のせいにして、俺の実力を認めようとしないお前の方がよっぽど子どもっぽいぞ。いいじゃないか、素直に言えよ。『衛宮士郎は料理が上手になった。もう私では敵わない』――ってさ」
 俺達の口論は日本語でなされていたが、それはこの国の人から見れば、異国語でまくし立てる片方は人種不明の近寄りがたい傭兵二人の図であっただろう。その予想を肯定するかのように人混みが綺麗に俺達を避けていく。
 一応道の端に寄っているとは言え、まだまだこれから人が増える時間である。ちらほらと野次馬も散見され、あまり目立つわけにもいかない俺達にとっては歓迎できない状況だ。……が、冷静にそう判断する自分がいても、こうなると互いに引かないのが常だった。こんなところで冷静になれるようなら、俺達は『二人が負った怪我の原因のトップは、口論の末の戦闘によるものである』などという馬鹿馬鹿しさの極みにあるような状況には陥っていないのである。
 俺の勧告を受けてアーチャーは俄に殺気立った。その手になんの武器も握られていないのがいっそ不思議になるくらいに殺る気満々の目をしている。
「……大言壮語もここまで来ればただひたすらに哀れだな。そのように曇った目では生きる意味も見出だせまい。せめて私の手で引導を渡してやるのが、サーヴァントとしてマスターにしてやれる最後の施しか」
「お前はそうやってすぐ暴力に走るな。……料理じゃもう勝てないが、戦えば勝てるとでも思っているのか? いつまでも俺より強いつもりか知らないけど、思い上がりも甚だしいぞ、アーチャー」
 睨み合い、数秒。
 十には満たないくらいの間隔を経て、アーチャーが短く鋭い息を吐いた。チリチリと肌を粟立てていた殺気が散っていく。
「下手な挑発だ。――が、乗ってやろう。貴様を殺すのは簡単だが、それではどこぞの愚か者は自分の料理の腕前がいいだなどと気色の悪い勘違いを抱いたままになるからな」
「ふん、いつも食べきっておいて、そんなこと言ったところで説得力あるかよ。まあ、お前が頑固なのは今に始まったことじゃないからな。これで白黒つけたら、素直に美味いって認めろよ」
 フイと首ごと視線を逸らして、胸元のポケットを探る。手には収まるが、重みも厚みもしっかりとある機械--いわゆる衛星携帯電話を取り出して、完全に頭に叩きこんである番号をプッシュした。
 白黒はっきりつけるなら、これ以上の方法はあるまい。何も言わないアーチャーも、多分同じことを思っていた。五回の長いコールの後、懐かしい声が耳に届く。それに荒んだ心が癒されるのを感じながら口を開いた。
「もしもし、セイバー? 俺だけど――」



「三年ぶりに連絡をよこしたと思ったら……」
 本当にあんたらは、と呆れた様子で遠坂が言う。座卓で待つ三人の為にとりあえず煎れたお茶を手渡しつつ、責めるように追って来る遠坂の視線に苦笑した。
「だから悪かったって、あの時はカッとなってたからな。でも来てくれて嬉しいよ、二人とも。桜も、急に押しかけてごめんな」
「いえ、私も連絡をもらって嬉しかったですから。機会がなければ、中々こうやって逢うこともないですし。アーチャーさんも、お変わりなさそうで」
 お茶菓子を桜の前に置いたアーチャーは、朗らかに言う桜に愛想の欠片もなく返した。
「桜君こそ、変わりがないようでなによりだ。だが、この馬鹿の呼び出しになぞ応じなくてよかったのだぞ? わざわざ家の掃除までさせて、厚かましいにも程がある」
 桜は遠坂の向かいに座っているので、俺はアーチャーを机を挟んで見ることになる。そのアーチャーが『この馬鹿』と同時に俺を顎で指したのを俺は見逃さなかった。
「なんだよ、俺が悪いみたいな言い方しやがって。桜たちに審判してもらおうって言い出したのは俺だけじゃないだろ」
「ほお? 私がいつそんなことを言ったかね? いや全く覚えがないな。すべて貴様が勝手に進めたことだ、私はそれに付き合ってやっているにすぎん」
「うっ……そりゃあ直接口にはしなかったかもしれない……けど! 今まで制止の一つもしないで、遠坂たちのチケットの手配も嬉しそうに率先してやってたくせに! ていうか、ついさっきノリノリで食材買いに行ってたやつが言っても説得力ないんだよ!」
「む。ノってなどいない、日本の流通の発達に感心していただけだ。あれだけ新鮮な海魚を見るなどいつぶりだ? インフラ整備がなされていないとこうはいかんだろう。というか、貴様こそ米だの味噌だの醤油だのに一々過剰反応しよって。今日び遠足中の小学生でもあそこまで騒ぐまい。一緒にいた私の身にもなれ、餓鬼か貴様は?」
「それはこっちの台詞だ! 本気で気配消して買い物カゴに高級和牛入れてきやがって……。お前の方こそ、駄菓子を買わせようとしてくる子供と同じレベルじゃないか」
「料理というのは材料選びから始まる。最高の素材を求めて何が悪い」
「誰の金だと思ってんだ。限られた予算でうまいものを作るのが腕の見せどころなんだろうが!」
 喧々囂々。
 俺たちにとっては、“例によって例の如く”というやつであったが、今はいつもと違って二人だけではない。そりゃあ間近ででかいのが二人口喧嘩しだしたら、誰だって不快に思うだろう。そしてここには、覚えた不満を我慢するなんてことはしない人間がいた。
 ダンッ! と音が響いたのに飛び出しかけた文句を飲み込む。恐る恐る音源を辿ると、机に叩きつけられた遠坂の白魚のような右手が目に入った。
「いいからいつまでもじゃれついてないで、とっとと準備してらっしゃい!」
 怒号一声、瞬間屋敷が震動した!
 ビシッと台所を指す人差し指もセットだ。この人には刃向かってはいけない何かを感じる。
 更にセイバーに「私もいい加減お腹が空きました」と言われてしまえば、これに逆らえる俺たちではない。無言で視線を交わして火花を散らしつつ、桜の温かい声援を背に受けてすごすごと台所まで撤退する。
 ともあれそんなこんなでなあなあに、俺とアーチャーの料理対決はスタートした。


 三人分のいただきますも、もう三十分は前になるだろうか。
 カチャリと控えめな音を立てて、最後の遠坂がスプーンを置いた。初めは何やら感想をつけながら食べていた三人も、メインディッシュの途中辺りから口数が減りだし、正直何を考えているのか俺にはさっぱりわからない。俺だって気合いを入れて作ったし、悔しいがアーチャーのキャロットスープもローストビーフもクリームブリュレも見る限りうまそうである。まさかしばらく腕を奮わない間に下手くそになったはずもないが、ならばなぜ彼女たちはここまで黙り込んでいるのか……?
 勝負の行方よりよもや口に合わなかったのではないかということが気になって、俺もアーチャーも落ち着きがなくなってきたころ、不意に遠坂が口を開いた。
「おいしいわ」
 何を言ったのかうまく聞き取れず、少し反応が遅れた。それは台詞とは裏腹に遠坂が険しい顔をしているからだった。
 じゃあなんでそんな物難しい顔してるんだ、と聞くべきかどうか悩んでいる内に、戸惑う俺たちをよそに女子三人による会話が開始された。
「散々無駄話で待たせてお腹が空いていたところに、アーチャーの繊細な味のスープ。胃を温めてこれからの料理に備えさせようって気遣いを感じさせるわ」
「先輩の前菜も、とてもオシャレで、でも優しい味は変わらなくて……。野菜とソラマメのテリーヌ、美味しかったですよね。ソースも、チリソース風にされたのかな? 少しピリッとしてて、食欲を刺激してくれて、先輩ったらいつの間にか洋食がお上手になってしまっていて、私としてはちょっと悔しいくらいです」
「そうですね。シロウの作る料理は以前から素晴らしかったですが、やはり競う相手がいると違うのでしょう。メインの魚の香草焼き、大変美味でした。あれはなんという魚でしたか? 身が締まっていて、素材の持つ滲み出るような甘味が香草で引き立てられていて……食べたことがないと思うほどでした。これはなんという魚でしょう。私も知っている魚でしょうか?」
「士郎のは鯛ね。日本ではお祝い事によく使われる魚よ」
「鯛! ええ、知っていますとも。メデタイのタイですね」
「そ。その鯛。士郎にとっては今日のこれは祝い事ってことじゃない?」
「みんなで集まるなんて久しぶりですから、気合いが入る先輩たちの気持ちもわかります。アーチャーさんのローストビーフもすごかったですね! 本格的なオーブンでもないのに完璧な焼き上がりでした。ローストビーフって、言ってしまえば焼き上げるだけの誤魔化しが効かない料理な分アーチャーさんの腕がわかるというか……。私も得意なつもりだったんですけど、敵わないなあ」
 などなど。
 話はそのままデザートに移ったが、流れる水の如く淀みなく話が続いている。初めのうちは審理の前口上が始まったのかと真面目に聞いていたが、褒めてくれてはいるものの一向に優劣が定まる気配はない。
 俺の作ったカスタードプティングの口溶けのよさとアーチャーの作った洋梨のヨーグルトジェラートの後味のよさの話が終わった辺りで、ついにアーチャーが焦れたように言った。
「で? ご好評のようで光栄だが、いつになったら勝敗を決めてくれるのかね」
 言い方はどうかと思ったが、概ね俺も同意である。その意を示すために数回頷き、また顔を見合わせた審査員三人の言葉を待った。
 遠坂は何やら呆れ顔で、桜は苦笑い、セイバーは正座のまま首を傾げる。
「どっちがおいしいっていうか……」
「士郎が前菜、アーチャーがスープ。アーチャーがメインディッシュ魚料理で、士郎が肉料理。デザートは甘い系とさっぱり系」
「二つで一つの料理のような完璧な調和ですね。素晴らしいフルコースで満足させてもらいました」
「そうそうそれよ! 勝負するぞー、とか言っといて、二人でコース作っちゃってんのよね。こんなの、どっちがおいしいとかないじゃない。見事な合わせ技ね。ごちそうさま」
「そうですね。姉さんの言う通り、お互いがお互いの料理の良さを引き出しているので、ちょっと採点は難しいです。美味しかったです、ごちそうさまです」
「シロウ達の手にかかればこういった料理の形もあるとは。新しいタイプの食事でした。ごちそうさまです」
 綺麗に両手が揃えられ、異口同音に食事への礼が唱えられる。条件反射でそれに「お粗末様でした」と返しつつ、いやいや何か聞き捨てならないことを言われたぞ、と頭のどこかで異議の声が上がっていた。
 なんだったっけ。確か、俺とアーチャーが協力して料理を作り上げたとかなんとか――?
「「ちょっと待て、別にそんなつもりは……!」」
 断固認めがたしと咄嗟に声を上げれば、横の男と見事に被った。
 こういうことをしてくるから変な誤解をされるのだ。重なった台詞にこちらを見やった男を睨みつける。
「どういうつもりだ、アーチャー。やたらこっちの手際を見てくると思ったらそういうことだったのか?」
 俺は一番美味しい料理になるように作っただけで、協力するつもりなど欠片もない。なのにセイバーたちにああ言われるということは、アーチャーが狙ってやったのに違いなかった。
 しかしこの至極真っ当な文句に、アーチャーはさも心外そうに眉尻を跳ね上げ苦い顔をした。
「はっ、調理中もこちらを盗み見てきたのは貴様の方だろうが。自分に自信がないからと、無効試合がお望みか? それならそうと初めから言っておけばいいものを」
「はあ? 勝手に合わせてきたのはおまえのほうだろ! 一々やることがまどるっこしいんだよ。俺に勝てないって言うんなら、無理に勝負しなくてもよかったんだぜ」
 確かにアーチャーが何を作るのかも計算に入れてメニューを決めたが、それは同じ味が続かないように、前の料理の味も考慮して俺の料理を最大限に味わってもらえるようにという料理人として当然の配慮をしたまでに過ぎない。一方、試合に負けても勝負に勝てればいいと考えるタイプの手段を選ばない男がアーチャーだ。俺の腕前に自信喪失して、せめて引き分けに持ち込もうと画策することは十分にありうる。
 いつかとは異なり、全く同じ身長のため見下ろされることもないが見下ろすこともできない。不快感を全面に押し出した視線は、地面に平行に進んでぶつかりあった。
 堪えるように沈黙していたアーチャーが、一つ小さな息を吐いた。押し殺した言葉が続く。
「……誰が、誰に勝てないと? 愚昧もここまでくれば見物だな。自分の力量を知らぬ者ほど醜いものはない」
「ふん。いつまでも過去の威光に縋って、自分の衰えを認められないほうがよっぽど見苦しいな。俺にはもう敵わないんだって、素直に譲ったらどうなんだ」
 はっ、とアーチャーが嘲笑した。笑みの体裁ではあるが、獣が歯を剥くのに近い意味だろう。いろいろ深読みはできるが、大事なのは俺を馬鹿にしていることだ。
 米神がひくつく。こいつは本当に俺を苛つかせる天才じゃあなかろうか?
 衝動に任せて怒声のために息を吸うと、同じくアーチャーも吸気したのがわかって、先に言わせて溜まるかと口を開く。
「「いいだろう、表に出ろ!」」
 腹立たしいことに、声は全く同時だった。



 私にとっては久しぶりの日本だ。あいにく産まれてこの方洋館暮らしなので畳や縁側に強いこだわりがあるわけではないが、桜の煎れ直してくれた緑茶を片手に並んで腰掛けるのは悪くない。竹刀がぶつかり合う時の鋭い音も、中々に耳に心地好いものだし。……互いを盛大に罵り合う男二人の声がなければ、だが。
 馬鹿みたいな主従喧嘩のためにわざわざ日本にまで人を呼び付けてくれた二人は、今はセイバーを審判に竹刀試合中である。 醜い罵りあいを無視すれば、未来予知でもしているのかというくらい綺麗に噛み合った二人の攻防は、剣舞に似た美しさがあって鑑賞に耐える。キャンキャンと吠え立てられる罵りあいさえ無視できれば。
 ちなみに、この家の留守を預かっていた桜の手もさすがに使われない竹刀の整備にまでは届かなかったらしく、小気味よい音を奏でる計四本の竹刀は投影の産物である。あまりに馬鹿馬鹿しく勿体なさすぎて信じたくない。
 ――封印指定の魔術師が一人と、存在そのものが協会の研究対象かつ教会の抹殺対象である英霊が一人。
 二人揃って何をやっているのかと頭が痛くなる。普段からこんな様子なのだろうか?
 思わず想像してしまい、頭痛に米神を押さえた。そこに、高らかに上げられた赤い旗――認めたくないが投影品――と共に、よく通るセイバーの声が響いた。
「イッポン、アーチャー!」
 見れば座り込んだ士郎が首の後ろに手をやって唸っている。対するアーチャーは関係のないこちらまで腹が立ってくるレベルの勝ち誇った顔で、士郎を見下ろしている。
「異議あり! 途中で竹刀の数を投影で増やしてくるのは反則だろ!?」
「私の特性を活かした真っ当な戦術だと思うが? 投影速度で敵わないからといって文句をつけるのはやめておけ」
「そうですね、あなたたちにとって投影は立派な戦術です。異議は却下します」
 赤旗と白旗を持ったセイバーがはっきりと言うと、士郎は目に見えて言葉に詰まり、悔しそうに立ち上がった。相手がセイバーということもあるだろうが、審判の言うことには従順らしい。
「……いいさ。先にやり出したのはお前だからな、アーチャー。泥仕合がお望みなら付き合ってやる。あとで言い訳するんじゃねえぞ!」
 背も伸びて体格もよくなって、客観的に見てかっこよくなった士郎が、よく通る威勢のいい声で連続投影してみせたのは全国津々浦々ありとあらゆる種類の竹刀だった。それを迎え撃つように投影を展開したアーチャーの竹刀と合わせれば、今すぐ纏まった金が用意できそうな量だ。馬鹿なんだろうか、こいつらは。
 もう呆れるのを通り越して悲しみすら覚えはじめた私とは逆に、隣の桜はクスクスと笑いを漏らすくらい上機嫌である。
「楽しそうね、桜」
 水を向けてやると、「いや、ちょっといろいろ」と誤魔化しながら手をパタパタと振っている。
「イッポンって、柔道ですよね。セイバーさんたら真顔で言うから、おかしくって」
「ほんとにね。まったく、どこで覚えてくるのやら」
 現代に興味津々なのは良いことだが、何でもかんでも適当に知識を仕入れてくるのは止めてほしい。身内の前以外では凛とした騎士王さまなので、あまり文句も言えないのだが。
 セイバーは合図もないまま始まった二試合目を限りなく真剣な顔つきで見守っている。根が真面目だとこんなくだらない勝負の審判にも実直に取り組んでしまうのだろう。
 私は彼女のように真剣になってやれないので、さっきの料理対決の余りものを摘んで士郎たちの漫才を適当に聞き流して時間を潰すしかない。ローストビーフの端切れがこんなにもおいしくなければ、私はもう付き合ってられないと買い物にでも繰り出していただろう。
 竹刀が射出され、それを飛来した竹刀が叩き落とすという無茶苦茶な光景のなか、アーチャーの容赦のない突きを竹刀の柄の部分で無理矢理逸らして一足飛びに間合いを詰めた士郎が吠えた。
「アーチャー、お前には、大人げと可愛いげってもんがない!」
 突きの勢いを体幹から外側に流され一瞬の隙を晒したアーチャーは、しかし予測していたように一本の竹刀を真上から勢いよく降下させて士郎の足を止め、その間に距離を取る。
「寝言は寝て言え。私に可愛いげが見て取れるなら貴様の目が腐っているわ」
 牽制に飛ばされた複数の竹刀をなんでもないように手にした竹刀で払う士郎は、アーチャーの返しに口をヘの字に歪めた。本人たちには決して教えてやらないが、こういう表情をすると面白いほどアーチャーに似ている。
 不機嫌になるほど似ているというのはいかがなものかと思いつつ、隣の桜が「姉さん、先輩の作ったプリンの余り、食べないならもらっちゃいますよ」と伸ばす手をペシリと払う。どちらを応援する気もない私も桜ものんきなもんである。
 一方、そんなこっちのやりとりなど全く気にした様子もない士郎は、ムッとした顔のまま言い返した。
「お前みたいなやつが子猫見つけて“こねこさん”とか呼んで可愛がってるギャップが、可愛いって言うんだろ?」
「なっ!」
 突然の衝撃告白に私も桜も思わずプリン攻防戦の手を止めて庭の方を見た。アーチャーは口を開閉させて正しく絶句し、私の目から見ても隙だらけだ。当然、士郎の一撃が入る。セイバーがバッと白旗を上げた。
「イッポン、シロウ!」
 しかしアーチャーはよく通る声が告げる勝敗よりも士郎がぶちまけた発言が気にかかるらしく、セイバーの声の余韻が消えるより先に慌てたように食ってかかる。
「ま、待て! いつ見た、貴様どこでそれを知った!」
「どこでって言うか、向こうのキャンプじゃ有名だったぜ。女の子たち、お前見てキャーキャー言ってたし」
 アーチャーは顔を赤くして震えている。
 うん。中々面白い展開になってきた。私だけでなく桜までも口を挟まずワクワクと成り行きに注目する。その縁側からの熱視線に気づいていない様子のアーチャーは、俯いたままブツブツと何やら言っているようだ。
「そんな……有名だと……? ハッ、待て、事実無根だ! そんな馬鹿げた事実はない!!」
「今更そんなこと言われても……。さっきほとんど認めたみたいなもんじゃないか」
「そうですね。アーチャー、心配せずともあなたにはちゃんと可愛げがあります」
 横で桜が噴き出した。懸命に声を抑えているが、どう見ても肩が震えている。多分私たちの目がなければ遠慮なく大笑いしていたことだろう。しかしここで笑い声を上げられると、アーチャーが観客の存在を思い出して羞恥の余り逃げ出しかねない。がんばるのよ、桜。声には出さず応援しつつ、私もにやけてしまう口元を隠すために意味もなく湯呑みを傾けた。
「くっ。貴様、他に何を知っている。吐け、今すぐ全部吐け」
「他にって……。こんな真昼間から、セイバーたちの前でか? 俺は別に言ってもいいけど、お前が大丈夫かよ、アーチャー」
 真昼間から、私たちの前で言ったら困ることとは。
 隣の桜は今度は頬を染めて「やだ……先輩ったら」とかなんとか言っている。セイバーは相変わらず真面目だし、私の方もなんかもう勝手にどうぞお幸せにって心境である。
 多分アーチャーが思うほどの純情な乙女はここにはいなかったが、それとこれとは話が別なのだろう。もはや意味のある言語を発せられないほど動揺したアーチャーは、長い混乱の期間のあと低く唸りに似た声を上げた。
「…………殺す。絶対殺す。今すぐ殺す。貴様はここで永遠に沈黙しろ!」
 宣言と共に襲いかかる。アーチャーの可哀相なまでの殺気を除けば、普通に三試合目の始まりということだろう。アーチャーはもの凄く必死だが。
 投影量が倍増し、もし彼らが投影を解除することを忘れていれば瞬く間に庭が竹刀で埋まるだろうという数の竹刀が飛び交っている。改めてとんでもない能力だ。元手ゼロで儲け放題である。
「なんだよ、ドヤ顔で色々着てくれたくせに今になって照れんのか!? 別にここにいる皆なら気にしないって--」
「うるさいうるさいうるさい! 黙れ! いいから黙れ!」
 怒りか恥かは見分けがつかないがアーチャーは耳まで真っ赤だ。ネコミミがどうとか聞かされるこっちの身にもなってほしいが、アーチャーがあんまりにも哀れなので多少溜飲が下がる。
 故意か天然か知らないが、ちょくちょく私たちの知らないアーチャーの可愛い一面とやらを暴露してくる士郎と、物理的にそれを黙らせようとしているアーチャー。中身のくだらなさを忘れれば、超常の使い手による見事な果たし合いである。
 大分冷めてしまった湯呑みをのんびりと啜る。二つ分の男の声に紛れて竹刀の音が連続し、時々セイバーの「イッポン!」の宣言が上がり、隣には同じように縁側に腰掛けてお茶を飲む桜の姿。
「なんていうか、平和ねえ」
 しみじみというと、隣の桜が、「そうですね」と同意した。

Comments

  • kamyu
    February 20, 2023
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