3:幼馴染みの処刑タイム!





 ひとまずファースト・コンタクトは無事に終わった。メッセージアプリでお互いのアカウントを登録して、ホシノ・ミツキとイヌイ・リョウマの友達づきあいは始まったのである。

 彼女と別れた頃には、時間は昼を過ぎていた。


 恐ろしいことに体感時間はそんなに長くなかった。常に緊張感にあふれるコミュニケーションだったせいだろう。

 げっそりと疲れ果てて、駐輪場から自転車を引き出して、寄り道することなく帰路を急いだ。街路樹として植えられている桜の木が、はらはらと美しい花弁を散らしていた。


 季節は春、いわゆる入学シーズンというやつで、学生も社会人も新生活に追われている。

 ともあれ何事もなく、市の南にある自宅にたどり着いた。そんなに立派な建物ではない。中古の一軒家をリフォームした、住宅街にある平凡な建物である。

 かつて父母と自分と妹、親子四人で暮らしていた家。

 今は従姉妹と二人暮らし――自転車を降りて、鍵をかけて、玄関のドアを合鍵で開く。



「ただいま――」



「リョウくんお帰り~! デートは楽しかった?」



 扉が開いた瞬間、それはそれは楽しそうな女の笑顔がそこにあった。おそらく土曜出勤して飲み会に出て、そのまま家に帰ってきて昼間で眠りこけていただろう社会人――歳の離れた従姉妹いとこである。


 綺麗な人である。ボブカットの黒い髪に、切れ長の目、身長は男子高校生のリョウマよりも高いぐらい、学生時代に鍛えていたらしく筋肉質で手足もしなやかだ。

 そしてスタイル抜群なので胸の膨らみも、尻の丸みも色香に満ちあふれていた。


 今は生活感丸出しのジャージ姿だが、これで普段はパリッとパンツスタイルのスーツを着こなしているキャリアウーマンなのである。

 にへらっとした浮かれ気味の笑顔は、正直ちょっと勘弁してほしいからかいに満ちていたけれど。



「センリ姉ちゃん、なんでデートってことになってるんだよ? 友達と遊ぶだけって書いただろ」



「嘘つけ嘘つけ、男子が遊ぶなら午後の時間もめいっぱい使うでしょ? さては女の子と顔合わせして、ちょっとおしゃべりして仲良くなって解散――そんなところでしょう?」



 従姉妹のツキシマ・センリは名探偵である。仕事ができる女であり、恐ろしいぐらいの体力お化けであり、洞察力はリョウマを戦慄させるほど優れている。

 一を見て十を知る類のクレバーな女だった。


 自分は余計なことを言っていない。センリの分の朝食を作って、メモ書きを残してさっさと家を出たからだ。

 要するにセンリはそれだけで事実関係を言い当てていた。



「デートではないよ。相談があるって友達から聞いて、会ってきたんだ……すげえ疲れた」



「あれ、リョウくん本当に疲れてる……? ここはセンリお姉ちゃんをウザいってはねのける感じじゃない?」



「姉ちゃん。例えばの話――自分がミスしたら大惨事になるってわかってる状態で、知らない女の子と顔合わせするって大変なんだぜ?」



「リョウくん、高校生の青春でそれは重いよ。何か激務で疲れてる公務員のおっさんみたいな雰囲気だよ」



 センリは困惑していた。

 一年前から同居するようになった従姉妹は、何かとリョウマのことを気遣ってくれているが――同時にほどよい距離感をお互いに掴み始めていた。

 彼女は歳の離れた従姉妹で保護者だが、基本的に頼れるお姉さんとして振る舞っている。


 実際問題、センリはすごい人だった。家族が一度にいなくなったリョウマの後見人に名乗り出て、すぐに引っ越しを決めて、人生の一番しんどい時期にいた従兄弟の親代わりをやってのける。

 びっくりするぐらい人間ができている。

 なのでリョウマとしては、ちょっとした愚痴をこぼすぐらいの気安さはあった。



「だってさ、いきなり告白されるなんて――」



 失言だった。

 ツキシマ・センリは一年前からリョウマと同居している。つまり少年が超がつくほどエリートで美人の幼馴染みと、イチャイチャしてることだって知っている。


 というかベルカが何かとお土産を持ってやってくるので、高い肉や酒の肴、缶ビール詰め合わせや清酒などを通じてセンリとも交流している。

 この女子の間のネットワークというべき繋がりが、センリに危険な兆候を知らせていた。



「リョウくん、彼女持ちがそれは不味いって。浮気だよ?」



 センリは真顔になっていた。リョウマは冷や汗が止まらなくなった。



「待ってくれ、俺も現地に着いて初めて知ったんだ――ってか、俺とベルカは付き合ってないぜ!?」



「リョウくん、言い訳がましく聞こえるフェーズに入ってる。ちょっと落ち着いて喋る台詞を考えるように」



 従姉妹の助言は的確だった。

 リョウマは浮気現場を押さえられて処される最低男みたいになっている、自分の客観的な評価に気づいてしまった。


 たぶんきっと、自分はベストを尽くした。ホシノ・ミツキに対しては、他のどんなリアクションをしても――大惨事になっていたという確信が持てる。


 でも九死に一生を得たわけではなくて、別の修羅場への片道切符だった。

 とりあえず家の中に入ろう、それからこのお寒い空気をフォローする術を考えよう。

 そのようにリョウマが思考した刹那。



「あっ、リョウマ! ちょっと予定にないけど遊びに来たよ――」



 後ろから声が聞こえた。

 聞き慣れた甘やかな声は、ベルカ・テンレンのそれだった。




――終わった。




 少年は半ば絶望じみた諦念と共に、ゆっくりと後ろを振り返った。



「ベルカ、俺は今ちょっと人生の選択について考えてるところだ」



「えっ、なに? 哲学の時間?」



 金髪碧眼の美少女――ベルカ・テンレンは、尻尾みたいな髪ポニーテールを揺らして小首をかしげた。







「りょ……リョウマが浮気してくるなんて……おおぉおお……ごめん、ちょっとわたしの脳に深いダメージが……」



「待てよ、俺がふらふらして女の子たぶらかしてるクソ野郎みたいな雰囲気はおかしいだろ!?」



 一〇分後。

 もちろんリョウマのおかしな様子は誤魔化しきれるわけもなく、丁寧に何があったのかを白状する羽目になった。

 そしてベルカは今、頭を抱えてうめき声を上げている。


 ちなみに従姉妹のセンリは、先ほどまでの態度が嘘のように「面白くなってきた……!」みたいな表情をして、リビングの隅から二人の様子を見守っている。

 まあまあ最悪である。

 思春期の従兄弟をコーヒーのお供にしないでほしい。



「うん、まあ成り行きでヤバそうな女に引っかかったって流れはわかったけど――」



「お前の理解度が高すぎてちょっと困るな……」



「人が理解を示したらつけ上がりやがって……!」



 これが大昔のトレンディドラマなら、ここから二人のすれ違いが始まってドロドロの愛憎劇になったりするのだが――リョウマもベルカもそこは幼馴染みだった。

 数年ぶりに再会した二人は、びっくりするぐらいお互いの気心を知り尽くしていた。


 なので細かく経緯を訊いていくと、どうにもリョウマがヤバそうなトラブルに首を突っ込んだことぐらいは伝わってしまう。

 リビングのローテーブルにコーヒーカップを乗せて、少女は深々とため息をついた。



「でもさ、でもさ……リョウマ、わたしはちょっと悲しいなあ……あんなに尽くしてきたのに……!」



「ああ、サブスクで見られる映画で七五点ぐらいので攻めてきてたよな」



「そんなにほしかったの……九〇点超えの名作がさ!」



「そりゃ観るなら面白い映画の方がいいに決まってるだろ!?」



「よく考えるとわたしがオススメしてる時点で、キミに対して先入観を植え付けてたよね。今度からはZ級のクソ映画も織り交ぜて鑑賞会やろっか」



「それやったら怒るからな?」



 冗談めかしていたが、ベルカは映画に関係する嗜好が歪んでいる少女なので、本当にやらかしかねなかった。

 ベルカ・テンレンは面倒くさい女である。


 誰かが得点をつけた映画、レビュアーが流行らせる映画、流行バズりに乗っかって映画を楽しむ大衆――そういうものを、鑑賞の純粋さを損なうと嫌っているくせに、自分自身では点数をつけずにはいられない。

 難儀な話である。

 矛盾していると言ってもいい。


 しかしまあ、そういう自己矛盾を抱えているところが可愛いと、幼馴染みとしては思ってしまう。

 わかっている。

 これはひいき目ってやつだろう。



「……ごめん、ちょっと口をはさむよ。それでリョウくんは、そのホシノさんって子をどうするつもりなの?」



 脱線しがちな二人の会話に口をはさんできたのは、それまで傍観者としてテーブルの隅で携帯端末スマホを弄っていたセンリだった。

 センリとベルカは本当に仲がいいから、完全の身内向けの状態――ノーメイクで部屋着もジャージだ――でも平気なようである。

 そしてセンリは聡明クレバーだから、話題の要所を掴むのも上手だ。




――確かにこれ、最終的には俺が告白を受けるのかどうかが焦点だよな。




 ちなみに世界滅亡がうんぬんについては話していない。

 完全にヤバいお薬に手を出しているか、アルコールをしこたま飲んで悪酔いしたクソガキの戯れ言って感じだからである。


 実際問題、リョウマにもあの予感――ミツキの告白を拒絶したら、絶対にろくでもないことになるという確信――は説明できないのだ。

 理屈でも論理でもなく、ただひたすら悪い予感がする。

 だから告白をOKするか否かを引き延ばした。



「…………びっくりした。俺もしかして、優柔不断のクソ野郎になってるのか、今」



「リョウマ、えらいね。自分を客観視するって……誰にでもできることじゃないよ!」



「褒めるハードル低いなあ!?」



 ベルカ・テンレンは鷹揚おうようである。

 少なくとも幼馴染みの話を聞く限りでは、超がつくほど自信家の少女に迫られて、思わず動揺してしまった果てに追い詰められた――そんな感じの流れに聞こえているからだろう。


 たぶんベルカはリョウマのことを好いてくれている。

 そして少年の側も憎からず思っているという自負があるから、多少、変な女が割り込んできても余裕の表情だったのである。

 リョウマは決断した。



「……嫌な予感がするんだよな。たぶん白黒つけた瞬間、ような予感がするっていうか」



 リョウマの弱音を聞いて、ベルカは笑った。明朗快活を絵に描いたような、からっとした笑顔だった。



「安心して、リョウマ。どうしてもっていうんなら、わたしが一緒についていってあげるよ!」



 ひとまず次の週末にでも、また話をすればいい。

 そういうことになった。









――そして次の週末。






――







 見えたもの。

 首から上を失って、ごぽごぽと断面から血を噴き出しながら倒れ込む肉体。

 鮮血がびしゃびしゃと地面を濡らす。


 どん、と首が地面を転がる音。

 声が出ない。血流を物理的に失った脳が、わずかに残された酸素で思考を維持できるのは数秒間が限度だった。血圧の急激な低下によって、リョウマの意識が失われるまでの時間。

 確かに声が聞こえた。







「ごめん、リョウマ――







 最後に見えたものは。

 その掌から茨のようなものを伸ばして――鮮血をしたたらせるベルカ・テンレンの姿だった。















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