いつの間にかVチューバーは1000億円市場 急成長の真相は…「蠱毒」を生き抜いた九条林檎が明かす「人間って結局…」 #推し活大国ニッポン③

Vtuber黎明期から活動する「九条林檎」さん

 「バーチャル蠱毒(こどく)」。Vチューバー業界で、こう語り継がれる伝説的な公開オーディションが2018年に開催された。蠱毒とは古代中国の呪術。毒を持つ多くの虫を壺に閉じ込め、最後に生き残った1匹が呪いに使われたという。
オーディションでは、本当の名前も顔も知らない100人以上の応募者が5人の枠を賭けて争った。最終的に勝ち残ったうちの1人が「九条林檎№5」(25歳)さん。
 「ごきげんよう、吸血鬼と人間のハイブリッドレディ、九条林檎だ」
 独特の言い回しがファンを惹きつけ、人気を得た九条さんは、後に18000人が応募したVチューバー育成プロジェクトでも勝ち抜く。
 Vチューバーの市場規模はいつのまにか1千億円を上回る巨大市場に成長。その黎明期から活動を始め、当事者として成長市場に立ち続けた九条さんは、短期間で進化を遂げた理由を「近隣領域をお手本にしたビジネスモデル」と明かす。それは一体、どういうことか。(共同通信=宮毛篤史)

 ▽1年で独立を決心、アバターを「3桁万円」で買い取り
 九条林檎№5は、上品な言葉遣いでありながら知的でユーモアのある毒舌が人気となり、オーディションで圧倒的な存在感を誇った。実はアドバンテージがあった。既にこの年の初めに個人でVチューバーデビューしていて「一通りのことは最初から何でもできた」。
当時17歳。年が明けた2019年にはギャル雑誌「小悪魔ageha」の裏表紙を飾ってモデルデビューし、ライブイベントにも出演した。「個人ではできないような仕事をさせてもらえた」。
 その一方で、事務所の対応に首をかしげるようなこともあった。
 「芸能界のことですので、多少タレントが雑に扱われることだってあるだろうとある程度腹をくくっていた」
 しかし、現実はそれを上回った。オーディションに合格した5人についたマネージャー役はたった1人。しかも、実際はマネージメントをする人というより「タレントと会社との間のメッセンジャー」。十分な支援を受けられない。事務所に所属する意義について考える機会が増えていった。
 結局、わずか1年で独立を決心し、Twitter(現在のx)で「ははは、運営はなんにもやらんが縛るだけ縛っていたので解き放たれて我は今ハッピーだ。これまでもやっていることは個人勢と変わらなかったしな。これから益々魅力的になる我を楽しみにしていてくれ」とファンに呼びかけた。
使っていたアバターはオーディションの際に運営が用意したものだったため、「3桁万円」で買い取り借金を背負った。

「九条林檎」さんのグッズ販売ページ

 ▽個人活動に限界、オーディションを勝ち抜き再び企業所属へ
 ただ、個人で活動を始めた途端、さまざまな困難に直面した。
 一例が収入を支えるグッズの販売だ。オリジナルグッズのデザインを外注し、商品を発注できることはできるのだが、商業ベースで価格の設定や販売個数の見通し、予算管理などを考えなければいけない。
 専門の通販会社に丸投げすればいいと思われるかもしれない。あるいは受注した分だけ生産すればいいかもしれないが、その場合、手間賃などが上乗せされ、製造コストが上がる。コストは販売価格に転嫁され、その結果、購入するファンにとっては負担となる。それでも、利益を出さないとVチューバーとして活動費も稼げない。
 「やはり個人でやるのは難しい」
ジレンマを抱えて活動を続けていた際、大手音楽事業会社ソニー・ミュージックエンタテインメントが催すVチューバー育成プロジェクト「VEE」を知り、応募。すると、1万8000人から勝ち残った5人の1人となり、2022年に再び「企業所属」となった。

Vチューバーの仕組み:全身にセンサーを付けたダンサーが動くとモニターの中のキャラクターもリアルタイムで動く(※九条さんではありません)=2025年12月18日、東京都新宿区

 ▽事務所所属でファンクラブ解散、再び独立
 VEEの所属となり、ミュージックビデオを出したり、音楽フェスに出演したりと、大手のソニーならではの強みを享受した。
その一方で別の問題も抱えた。個人で活動していた際、収入の柱となっていたファンクラブを閉じなくなければならなくなった。収入を確保するため、副業に割く時間を増やさざる得なくなり、その結果、配信の頻度は、ほぼ毎日から週1へと大幅に減った。
悩んだ挙げ句、自ら独立を申し出て、2024年に再び「個人勢」に戻った。
 VEEから離れる際、九条さんはファンに向けた配信でこう打ち明けている。
「事務所に所属するっていうのは、たくさんのスタッフの方に支えてもらうのと同時に、我自身がスタッフを支える方を支えることでもある。個人で活動していれば自分の飯だけを食えていればいいものを事務所だと分配がある。活動の規模によっては個人勢の方が安定して活動できるっていう結論になってしまうんだよなあ」

ダンサーの手に付けてある多数のセンサー=2025年12月18日、東京都内

 ▽個人勢と企業所属から得た経験
 自身の経験から、Ⅴチューバーが企業に所属するメリットとデメリットを説明してくれた。
 まず、最大のメリットは「法務周りを肩代わりしてもらえること」。
 例えば、殺害予告を受けたりネット上で誹謗中傷のトラブルに巻き込まれたりした場合、個人だと自分で対応しなければならない。また、広告などの仕事を受ける際にも事務所が価格交渉を行ってくれるため、Ⅴチューバーとしての活動に専念できることも良い点だ。
 デメリットは、事務所の方針が、必ずしも自分の考えと一致するとは限らない点だ。Ⅴチューバーには、与えられたアバターのキャラクターとは別に本人に人格がある。「『ファンと対話する時間を必ず取ってください』という事務所だと、『そんな時間があるのなら動画を作り込みたい』というタレントも中にはいる。アンマッチだと不幸になることもある」。方向性の違いが大きくなり、事務所から「卒業」するケースもある。

ホロライブとコラボしたローソンの店舗=2025年8月4日、東京都渋谷区

 ▽アイドル手本にビジネスモデルが急進化
 九条さんが形態を変えて活動を続ける中で市場は急拡大した。調査会社の矢野経済研究所によると、2021年度に310億円に過ぎなかったVチューバーの市場規模は2022年度に520億円、2023年度に800億円、2024年度に1050億円に膨らみ、2025年度は1260億円に上る見通しだ。
 人気Vチューバーはバーチャルの世界を飛び出し、リアル空間で大規模なライブを催す。1万人規模を収容する「聖地」日本武道館はファンで埋め尽くされ、会場ではグッズが飛ぶように売れる。子どものなりたい職業ランキングの上位にも入り、企業は集客力に注目する。
 ローソンは女性Vチューバーグループ「ホロライブ」とタイアップし、全国の店舗でキャンペーンを実施する。マーケティング戦略本部の本間晶アシスタントマネジャーは「購買データを見るとファン層が広がっていることが分かる。人気アニメのキャラクターと同レベルの集客を見込めるコンテンツになった。アニメと違って後ろに人がいることが強み。相互コミュニケーションできるIP(知的財産)ってなかなかない」と解説する。
 九条さんは、こうしたビジネスモデルの急進化を「最初は手探りでやっていた面がすごく大きかったんですけれど、近隣領域である歌い手さんやアイドルさんを手本として早回しで先輩市場に追い付いてきた」と語る。例えば「ライブ単体では収益が成り立たないのでグッズ販売でトントンにさせましょうよとか、ファンクラブで安定した収入を立てて今後の予算を立てていきましょうよとか、他業界の知見が急速に取り入れられ、大量消費に最適化した」という。

カバーが毎年開催する「ホロライブプロダクション」の大規模イベントには、ローソンなど複数の企業が協賛に名を連ねる=千葉市、2026年3月8日(カバー提供)

 ▽人間にしか語ることができないナラティブ
 Ⅴチューバーの快進撃はいつまで続くのだろうか。九条さんは冷静な目で見ている。「大手事務所が単体で100人以上のタレントさんを抱えていらっしゃって、それだけでも多様性が確保されているみたいな状態で、かつ距離の近い個人勢ももう何万人といる中で正直、飽和状態だと思うんです」。ただ、それだからブームが終わりというわけではない。若い世代を中心とする支持層の拡大が成長の鍵を握る。
 AIもライバルとなる。Vチューバーのように動画を配信するAIチューバーが登場し、好きなキャラクターのAIと愛を語り合う「AI恋愛」という言葉も生まれた。新たな推し活として注目されている。九条さんは「AIがある無しに関わらず、世の中変わりゆくものでございますから、それに追従していくことが大事だというのは前提として一つ」と解説する。その上で、人間でしか語ることができない「ナラティブ(物語)」の重要性を訴える。
 「人間って結局、生きている人間が作るナラティブが好きなんですよね。意図を感じられないものって、やっぱりなかなか受け入れられにくい。あまり文脈を理解してない人が『どうせ君たち、こういうの好きなんでしょ』と単純に作ったものは、やっぱりなかなかバズらない。でも本来生き物以上に複雑なものっていうのは本当にないんですよ。だから自分の生き物としての複雑性を、湧き出る違和感やこだわりを、クリエイターの皆々さまには信じてほしいと思っております」

【連載①】奇跡のような大バズリ 世界初のVチューバー「キズナアイ」は喫茶室ルノアールで生まれた …大学の同級生2人が確信していた「推される」理由 #推し活大国ニッポン①https://news.jp/i/1401093493555954155?c=39546741839462401
【連載②】「オタクはつまんない」39歳が、気づいたらVチューバー沼にはまって…推し活で知ったその“魔力”、何が人をここまで突き動かすのか #推し活大国ニッポン②https://news.jp/i/1406210427784921590?c=39546741839462401

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