2:エスパー少女を困らせましょう!







 日常ってやつは強固で救いようがない。

 たとえこの世のどこかで砲声が鳴り止まないとしても、人間にはエロ動画を探して時間を無為に使い潰す自由がある。


 それは別に特別、罪深いことでもない。

 繰り返しは笑いの基本だ。有史以来、嫌というほど世界のあちこちで繰り返されてきたことが、今日もどこかで繰り返されている。


 だから安心していい。

 唐突に、脈絡もなく――明日、世界が終わったりはしないのだ。

 ありったけの悲しみも、数え切れないほどの苦しみも、きっと深い意味はない。







「いや、意外と紙切れみたいだな日常!」



 前言撤回。

 めちゃくちゃ雑に世界は滅びるらしい。

 イヌイ・リョウマはよくわからないまま目を覚ました。跳ね起きてみればそこはベッドの上、自分の部屋の中だった。急いで携帯端末の画面を見てみれば時刻は午前八時だった。


 気持ちのいい日曜の朝である。遮光カーテンが引いてあるので外の光は入ってこないが、少なくとも夜の静けさとは正反対の気配がした。

 まさかの夢オチ――自分が経験した不可思議な出会いも、なるほど夢であれば仕方がない。

 流石に男の子の理想を詰め込んだ感じのすごい美少女に告白されるなんて展開、まああるわけがないよな――と妙に冷静になって、ふと携帯端末の画面を見直した。



「…………夢だよな?」



 自分が経験した日曜日と日付がまるで同じなのだ。

 たまたまそういう夢を見た、と考えれば何もおかしくないのだけれど――だが、それにしてはいろんなものが生々しい気がした。


 そう、チャットアプリを立ち上げてみれば、そこには夢とそっくり同じの現実があった。

 つまり高校の友人の伝手を頼って、同じ学年の女の子から相談があるという話。そしてそれを二つ返事で引き受けた自分。




――落ち着け、これは昨日の話だから夢に反映されてても普通だろ。




 そう思った。

 なのに冷や汗が止まらなかった。

 理由は単純明快だ。あの夢の最後はどうなったか――リョウマが告白を断った途端、何やら恐ろしい出来事が起きた気がする。


 詳しくは思い出せない。

 たぶん思い出すとトラウマものの地獄絵図を直視する羽目になる。

 そういう予感だけがあった。




「……ドタキャンするか?」




 呟いてから「いや、たぶんそれやると死ぬな」と悟った。

 わかっている。

 これから自分と会う予定のホシノ・ミツキが超能力者を名乗るふわふわ娘で告白を断ると人類滅亡だなんて、馬鹿げた夢の中の突拍子もない展開だ。


 なのでリョウマには自由があった。昨日の返答をひるがえして、その日の朝になってキャンセルする自由だってある。

 もちろん友人からの自分の評価は下がるだろうが、元々、急な話だったのである。

 普通に考えればありのはずだ。

 だが、論理的ではない直感がこうささやいていた。




――それをやるとたぶん、ろくなことにならない。




 重い決断だった。

 リョウマは部屋を出た。足音が立たないように、そっと階段を降りていく。玄関を見てみれば案の定、歳の離れた従姉妹は深夜に帰宅したようだった。


 まだ寝かしておいてあげよう、と思った。

 そしてぱしゃぱしゃと冷たい水で顔を洗って――とりあえず現実逃避した。



「朝飯、作らないとな」



 決断は先延ばしになった。







 そして二時間半後。

 駅前にそびえ立つ意味不明でモチーフ不明の女神像の前に、恐ろしく浮世離れした美少女が立っていた。

 ファッションはストリート系、異世界のお姫様みたいなビジュアルとのギャップが凄まじい。






「イヌイ・リョウマさん――あの、一目惚れです! あたしと付き合ってくださいっ!」






 夢と寸分違わぬ光景だった。

 流れるような黒髪に見惚れるほど美しい顔立ちの少女が、その上品な白い頬を赤らめて、こちらのことを見ている。


 初対面の挨拶すらすっ飛ばした告白は、やはり一言一句違わず夢と同じだった。

 リョウマは冷や汗を掻いた。

 そして究極的な選択を、その場の勢いでひねり出した。





「――よし、まずは友達から始めてみないか?」





 そういうことになった。







 もちろんそれで解散にはならなかった。

 まず恋人志望でブルドーザーのように突っ込んできたホシノ・ミツキは、当然、リョウマの無難な答えに不満げだった。


 しかも例によって心を読んでいるのか、時折、首を傾げては「夢ってなんの話です?」と呟いている。

 恐ろしいことにこの少女、自分がそういう存在であることを隠そうともしていない。

 リョウマが一五年の人生で知るところによれば、少なくとも科学的に超能力の存在が認められたことはない。


 人間の脳みそに隠された可能性が宿っていて、超自然的なエネルギーを操ったり、人の心を読み取ったりするなんていうのはオカルトの世迷い言である。

 あるいは前世紀のオカルトブーム真っ盛りの時代なら、未確認飛行物体に乗った宇宙人と同じぐらいには信じられていたかもしれないが――流石に半世紀以上の時間が経てば、誰だってそんなものは嘘っぱちだと知っている。

 ああ、もちろん陰謀論者は別だけれど。



「待ってください、あたしは本物ですよ!」



「人の思考を読んで話すの禁止していいか?」



「イヌイさん、初対面なのに言葉使いがちょっと馴れ馴れしくないですか?」



「ちょっと待ってくれ、俺が非常識を諭される側なのか……!?」



 リョウマは戦慄した。

 しかしそんな少年の心情なんてお構いなしに、休日のファミレスは混み始めていた。

 ファミレスのスイーツとドリンクバーで時間を潰すという、如何にもお金のない学生らしい時間の潰し方――二人そろって別にお金持ちではなかったので、ひとまず腰を落ち着けて話せる場所に選んだのである。


 ドリンクバーでグラスに注ぎ込んだアイスティーと、固めのプリンが載った皿。

 実に素晴らしい。

 我ながら無難なチョイスである。


 一方、向かいの席に座る少女――モデルじみたすらっとした美人、ホシノ・ミツキはプリンアラモードを頼んでいた。わりとでっかいやつである。

 嬉しそうに生クリームと果実が盛られたプリンを食べるミツキ――それだけで何かの広告に使えそうなぐらいに絵になっていた。

 少女は照れくさそうにはにかんだ。



「もっと褒めてくれていいですよ!」



「ごめん、マジで心読むのやめない?」



「イヌイさんは、あたしがお願いしたら呼吸止めてくれますか?」



「遠回しに死を強要されてるな俺っ! ……つまり使おうと思って使ってるわけじゃなくて、何もしなくてもわかっちゃう感じなのか?」



「はい、そういう感じです。おかしいですね、本当に。心を読めるなら、普通はサクッと心も操れるんですけど」



 さらっと恐ろしいことを言われた。

 道徳的にアウトだろ今のは、と思いつつ、内心を隠しても心が読まれてるなら意味ないか、と嘆息して。


 外行きの仮面を放り捨てた。

 お行儀がよくて紳士的なイヌイ・リョウマ一五歳はやめよう。もっと言うべきことも、やるべきこともあるはずだ。



「それだよ、それ。心を操るなんて眉唾だと思うんだ」



「あたし、嘘はついてませんよ?」



 ミツキは傷ついた様子もなく、にっこりと微笑んだ。

 まさに天使の笑顔という感じである。絹糸のように艶やかでほつれもない黒髪と相まって、怖いぐらいに迫力がある美人である。



「ああ、だけど言葉も使わずに心を操るなんて、説明がつかない。心を読む方はまあ、人間観察のスキルが名探偵レベルとか、そういうのでふわっと説明つくかもしれないけど」



「イヌイさん、ひょっとして漫画読むときもそういうこと考えてるタイプです?」



「ああ、めっちゃ考える。少年漫画読んでるとさ、みんなオリジナルの最強能力とか考えるよな?」



「…………いえ、それは……ちょっとこじらせてる人だけじゃないですか?」



 ミツキは困ったような微笑を浮かべた。

 リョウマはちょっと傷ついた。

 誰だってオリジナルの剣術流派とか、オリジナル魔導術式とか、考えるはずである。そしてそこに付随するロジカルな説明だって、ノートに書き出すものではないだろうか。

 少なくとも自分はそうだったので、思ったより醒めてるミツキに流されると悲しみを覚えた。



「いえ、あたしもアニメはたしなみますがっ! ちょっと方向性が違うっていうか……」



「あっうん、無理に合わせなくていい。とにかく心を操るっていうのは、仮にできるとしたら言葉が必要だと思う」



「それは超能力じゃなくて話術じゃないですか?」



「ああ、納得の問題だからね。その方が俺の納得がいく」



 リョウマはそう言ってプリンにスプーンを入れた。このチェーン店では、固めのプリンを提供している。これがすこぶる美味しい。スーパーで売っているような市販のプリンに比べて、ずっと固めなのでしっかりとスプーンが入るのが特徴である。


 ちょうどリョウマの視線の先には、ドリンクバーのコーナーがあった。ミツキはにっこりと微笑んで、自分の後ろにあるドリンクバーの方をちらりと見た。

 そして得意満面の笑みを浮かべた。



「じゃあ、ちょっと実験しましょうか? ドリンクバーに並ぶ人が、何を選ぶのか



「いや、それはよくないな。ホシノさん、人間には自由があるべきだ――俺や君に強制されて選ぶべきじゃない」



 断固たる発言だった。言い出しっぺのミツキが、思わず硬直するぐらいに力強い意志に満ちた断言。

 ホシノ・ミツキは余裕たっぷりだった表情に、困惑の色を浮かべた。その赤い瞳に浮かんでいるのは、理解しがたいものに対する色だった。



?」





 沈黙。

 きっかり五秒間、ミツキは黙った。しばらく熟考するように目を閉じていたミツキは、やがて華やかな理解をその口の端に乗せて笑った。



「少しだけイヌイさんの価値観がわかりました……慎重かと思ったら大胆で、ドライなのかと思ったら優しいんですね!」



「幻滅したろ? 意外と面白くないやつって評判なんだ、俺」



「いいえっ、かなり面白いです……!」



 ホシノ・ミツキは笑った。

 らんらんと赤い瞳を輝かせて、魔性じみた少女は笑う。楽しそうに、血のにおいを嗅ぎつけた人食い鮫みたいに。




「ぜーったい、あたしのこと好きになってもらいますから……!」














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