――この冬木の地で聖杯戦争が始まってから今度で5回目を数えるらしいけど、一番変なサーヴァントを引き当てた不幸なマスターはわたしじゃないかしら。
遠坂凛が軽い頭痛を覚えたのは無理もない。
学校から帰宅早々まず目に入ったのは、天井のすす払いをやっているサーヴァントだったからだ。
「アーチャー、アンタねぇ…傷を治すためにじっとしてろって言ったでしょう。どうしてそんな余計なことをするのかしら…!」
めらめらと怒りの炎を燃やす少女を眺めて「フッ」と肩をすくめる赤い弓兵。
「じっとしているばかりでは身体がなまってしまうからな」
「本来は霊体のくせに何いってんのよー!」
がぁーっと叱り飛ばす。
しかし全然堪えていない様子のアーチャー。
その手には青々と繁る一枝の笹が握られていた。
笹はいい。
特にこんな広いお屋敷の広い天井をくまなくすす払いするには実に使い勝手が良いアイテムといえよう。
けれど遠坂邸付近に竹林など存在しない筈である。
「その笹はどこから持ってきたのよ…ってアンタもしかして…!?」
「フッ、セイバーには気づかれなかったし、あの家の結界に引っ掛るようなヘマはしないから大丈夫だ。安心しろ」
「そういう問題じゃなーい!」
セイバーのマスターの家まで、わざわざ笹を取りにいったらしい。
そこまでしてすす払いがしたいほど汚れていたのか――と思うと普段そこまで気が回らなかった自分がズボラに感じられて、凛は脱力しながらソファにばふっと座り込んだ。
「いったい何を考えてるのよまったく…」
「何を…と言われても。君に言われた通り傷を一刻も早く治すべく休んでいたのだが、ふと目に入った天井の汚れがどうも気になってな。女の一人暮しではあそこまで手が回らないのだろうと老婆心ながらきれいにしてみたのだが…ふむ、昨日と同じくいらぬ世話だったか」
そう。実は今のような会話を交わしたのは初めてではない。
昨日、チェストを持ち上げて掃除をしていた弓兵を発見した時、凛は目を疑ったものだ。
『何やってんのよアーチャー!?』
『いやなに、埃がたまっていたからな。君では重くて持ちあがらないだろうから仕方がないが』
『なによ、そのくらい魔術で…』
『この程度のことでマスターの魔力を消費されては困るな』
いやいやいや。アンタがそういうことをする度にわたしの魔力も減るんだってば。
そのツッコミをする気は失せた。
何故なら掃除をしているアーチャーが楽しそうに見えたからだ。
理由はわからないが、この男は元からこういうことが好きなのだろう。
そう凛は確信している。
だからと言って二度目を許した筈はないのだが、翌日帰ってみればこのざまだ。
悔しいことに『マスターに絶対服従』という令呪が効かないのは、凛本人が本気で嫌がっていないからである。
それを見越してこんな行動に出るのだから、まったく始末に追えない。
しかし、負けっぱなしというのは遠坂凛には似合わない。
実は今日のことをを予測して、秘密兵器を用意しているのだ。
「アーチャー、ちょっとここに座んなさい」
ついっと目の前のソファーを指差す。
真剣な口調に何か感じるものがあったのだろう。
弓兵はおとなしく凛の正面に座った。
その前に埃のついた笹を庭に出すのを忘れない。そういうところは几帳面なのだ。
「コホン。お留守番ごくろうさま。おとなしくいい子にしていたアーチャーに、ご褒美よ」
「…凛、なにかたくらんでいるな」
にやにやと笑いながら凛が差し出した紙袋を、渋々受け取るアーチャー。
促されるままに中身を取り出してみると、それは
真っ赤な割烹着だった。
「……」
赤い。しかもでかい。
おそらくアーチャーの長身にはぴったりだろうが、よくもまあこんな大きいサイズの割烹着が市販されていたものである。
そしてそれを見つけてきた凛の執念は凄い。
それだけアーチャーをぎゃふんと言わせたかったのだろう。
無言でご褒美を見つめるアーチャーへ、とどめとばかりに言い放つ。
「今度から家事をする時は、ソレを着てやってもらいますからね。今日みたいに埃がたつ仕事だと、その巻きスカートの綺麗な赤が汚れて見ていられないもの」
「ちょっと待て」
妙に鬼気迫る表情で、アーチャーはゆらりと立ち上がった。
蜃気楼のようなものを背後に携えているが、あれは怒りのオーラだろうか。
「今、聞き捨てならないことを言ったな」
「? なによ」
「これのことだ」
腰から下に纏った赤い布を指差し、アーチャーは心底傷ついた顔で反論した。
「これのどこが巻きスカートだ! 外套以外の何でもないだろう!」
「長さといい身につけている位置といい、どう見ても巻きスカートでしょソレ」
「――――!!」
凛の冷静かつ適切なツッコミにぐっと詰まる弓兵。
しかし速やかに立ち直る。立ち直りが早くなくてはサーヴァントなんかやってられない。
「君が初対面の時に言ったのだぞ。『赤い外套の騎士』と」
いや、それは口に出して言ってない。地の文だから。
しかしアーチャーのマスターは律儀に反論した。
「あの時は混乱してたし、瓦礫や埃でよく見えなかったんだもの。『なんだか赤くてひらひらしてるなー外套かなー』と思ったとしても仕方ないでしょ」
「今更そんなことを言うのか君は――!」
アーチャーはぎゅうっと外套もとい巻きスカートを両の拳で握り締めて主を睨みつける。
それがあまりにも子どもっぽく見えて、凛の中のいじめっこな部分が刺激された。
深く座っていたソファから「えいっ」と立ちあがると、その勢いのままアーチャーへの距離を一気に詰める。
その直後、凛がとった行動にアーチャーは心底驚いた。
何故なら彼女が思いきり外套もとい巻きスカートのすそを引っ張ったからである。
「そんなに外套だって言い張るなら、わたしが確かめてあげるわ。だからちょっとそれを貸しなさい」
「こ、こら、何をする?! はしたないと思わないのか君は!!」
傍から見るとまるでスカートをめくろうとする悪戯っ子と、それを必死に阻止せんとする女教師である。
そのあまりの間抜けさ加減に気付いたアーチャーは「わかったからそう引っ張るな」と、あっさり手を離した。
凛の手に渡った赤い一切れの布。
それは彼女が身に纏うと、すっぽりと背中を覆う長さだった。
「あ、ちょうどいいかも…」
そのまま、くるんと身を翻す。
動きに合わせて赤い外套の裾がふわりと広がった。
どことなく眩しげにそれを見やって、ぼそりとアーチャーは呟く。
「…昔はその長さでちょうど良かったんだ」
「意外。昔は背が低かったんだ」
身に纏った外套の丈を見直す。
「ははーん、これは確かに。私と同じくらいの身長だったみたいね」
「…む。失礼な。君よりは高かったはずだ」
「昔のことなんだから、そんなに見栄張らなくてもいいのに」
「見栄などではない。目の前で比べてみたのだから、このうえもなく真実だ」
―――ん? 今、ニュアンスが少し変じゃなかった?
確信を持って言いきるその台詞に違和感を感じたのは凛の方が先だった。
まるで凛と昔のアーチャーが実際に背比べでもしたかのような、それをアーチャー自身が第三者的立場から確認したかのような口振り。
「アーチャー、アンタもしかして」
同じことをあちらもようやく気づいたらしい。
「いや、今のは言い方がおかしかった」
言い訳のようにつむぎ出される言葉を遮るようにして、凛は台詞を続けた。
「自分の正体を思い出したんじゃない?」
息が止まるような一瞬の沈黙後。
それは以前と同じように本人の口から静かに否定された。
少し気まずくなった雰囲気をほぐす為か。
テーブルの上に広げられた割烹着を手にすると
「しかし、よくもまあこんな物を見つけてきたものだな」
と感心したように呆れたようにアーチャーは苦笑いした。
「…ふん。それを着なきゃ家のことをするの禁止なんだから」
先ほどの会話を心の中で反芻しながら凛は立ち上がる。
なんだかはぐらかされたようで納得いかないのだが、アーチャー自身がそれを告げないのは何か理由があるからだろう。
割烹着をしげしげと興味深く観察する弓兵を横目で見ながら、お茶を淹れようとキッチンに向かおうとする凛の背後で
「マスターの命令とあらば仕方ないな」
そんな台詞と共に衣擦れの音がした。嫌な予感におそるおそる振り返るとそこには。
赤い割烹着を着た、赤い弓兵が立っていた。
「どうだマスター。似合うか」
本当は嫌味を言う為だけに買ったきたのであって。
まさか実際に着せようとは思わなかったのに。
それなのにアーチャー自らすすんで着てるしーー!
だから凛は率直に意見を述べた。マスターとして。一人の少女として。
「…ははは…ごめん。ダッサダサだわ」
その後、聖杯戦争はのっぴきならない事態へと突き進んでしまったから、赤い割烹着の出番は無くなってしまったのだが。
一度だけ袖を通された赤いそれは。
戦いが終わった今、遠坂家の宝箱の中にそっとしまってある。
終
家政夫・アーチャーさんの赤い腰巻が気になってしょうがないのは私だけですか?
弓凛は恋愛抜きの関係がいいんだよなぁーとこっそり言ってみる。
最後の「似合うか?」「ダッサダサ」のやり取りはゴルディアスのあやちゃんと鍵屋の会話からいただきました。そういえばあやちゃんもマスターですね~。