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ブライト・ブライト・メモリーズ/Novel by あお

ブライト・ブライト・メモリーズ

8,695 character(s)17 mins

2/1はアーチャー召喚記念日ということで、SN本編(UBWトゥルー)から数十年後のお話です。原作キャラクターの加齢描写やオリジナル設定・キャラなどの要素を含みますのでご注意ください。
前半と後半で視点人物が違います。

表紙画像:iDapinder様(ttp://free-photos.gatag.net/2015/03/24/010000.html)

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 亡くなった祖母は、一人の女が経るにしてはあまりにも劇的な人生をおくってきたようだ。出版社にでも持ち込めば、全六巻の大長編として刊行されるんじゃないかとさえ思う。もっとも、わたしに祖母の華麗なる遍歴をあまさず書ききるだけの筆力なんかがあるとは思えないので、やらない。

 祖母は、宝石みたいな人だった。あふれんばかりの熱と光とを秘めた人。どの角度、どの側面から見ても常に光かがやいている彼女は、きらびやかで、優雅で美しく、極め付けにとびきりにタフでクールなのだ。あこがれないはずがなかった。もともと私は祖母に似ているらしい。祖父がよく言っていた。目の色とか、驚くぐらい肝が据わっていて、驚くぐらい猫かぶりで、それでいて悪魔みたいに知恵が回る(なんて失礼!)ところとか。けれど、まあ、たしかにわたしは両親似ではない。父は三日にいっぺんものを言えば上等な部類に入るレベルで物静かな人だし、母もどちらかというと控えめな、ちょっとぼんやりしていてほうっておけないタイプの、ふわふわした雰囲気の女性だった。母はどちらかといえば彼女の叔母――わたしからすれば大叔母にあたる、祖母の妹――の気質を多く譲り受けている気がする。(ただし怒らせると親族中のだれよりも怖い一面は、幸いにも母には受け継がれなかった。)だから祖父の言葉にも納得できたし、なにより、憧れのおばあちゃんに似ていると言われるのは、うれしいことだ。
 
 そんなわけで、幼少のころの私は毎日のように祖母にお話をねだった。
 
 『いいわよ、今日はどんなお話がいいかしら』    
 
 わたしの髪をなでながら、祖母は笑ってくれる。この笑顔が実に華やかでかっこいい。大輪の薔薇によく似ていた。
 魔術で老化を阻止するといったことはしていなかったにもかかわらず、祖母は実年齢よりもずっと若々しく見え、晩年もその印象に翳りのさすことはなかった。原因はひとえにこの、凛々しく生命力にあふれた表情のよるものだったと思う。彼女の膚には年相応の皺やゆるみが刻まれていたけれど、それは祖母の美しさを少しも損ねてはいなかった。
 
 祖父の淹れてくれるおいしいお紅茶を飲みながら、わたしは祖母の話を聞く。若かりし日には祖父とともに世界を回ったこともあるという彼女の話は、どんな娯楽よりわたしの胸を躍らせた。祖母はまるで宝石箱から大切な装身具をつまみだしてくるような細やかさで、いろいろな思い出を語ってくれた。あるときはルビーの腕輪のように華麗で激しい冒険譚をきいた。結婚前に祖父とすごしたというロンドンでの日々は、サファイアのピアスのように可憐でロマンチックだった。この話になると祖父はお茶のおかわりを用意しないと、とか、おやつでも作ってやるからな、などといろいろ理由をつけて台所に引っ込んでしまう。照れているのは明白なので、わたしと祖母はまるで友達同士みたいに目を見交わせてニヤニヤしたものだ。
 
 そんな綺羅星のような祖母の物語のなかで、わたしがいっとうご贔屓にしていたのが、赤い騎士様のお話だった。何度きいても飽きない。おねだりするたびに祖母はしみじみと、

  『あいつったらまあ、こんな小さな女の子までたらしこんじゃって』 
 などとため息をついていたものだ。でも、その頬がいつだってゆるんでいたのをわたしはちゃんと知っている。
 
 祖母が今の私より若いころに出会った、赤い外套に身を包んだ騎士と彼女の、たった二週間の物語。これに興味を惹かれない女の子がいるだろうか? 

 『キザなやつでね。最初はなんてやつと組んじゃったんだろうって思ったわよ』
 
 彼のことを話すときの祖母は、まるで少女みたいな顔をする。美しいというよりも、かわいらしかった。全体的に肌がつやつやして、わたしと同じ色の瞳がきらきらする。頬には薔薇色さえ差すのだ。私はこの話も、この話をしているときの祖母も好きだった。いつものおばあちゃんを女王様にたとえるなら、こちらは快活で勇気あるアリスのよう。もし騎士様の話をしている際の祖母の頬をつついたら、指先にはきっとみずみずしい張りが伝わってきたことだろう。
 そのせいか、この話がはじまると祖父はきまってちょっと不機嫌になって、だまりがちになった。おおらかな祖父が子供みたいにあからさまなやきもちを焼くさまが面白くて、いよいよ私はこの話が気に入った。でも、祖父の気持ちもわかる。騎士様の話をするときの祖母はいっそう魅力的で、いつもよりいっそう親しみやすい。
 
 『いきなり私のこと下の名前で呼ぶんだもの、びっくりしちゃった。同年代の男の子にだっていきなりそんなことされたらびっくりするのに、大人の男にそんなことされてごらんなさい。ジャブにしちゃ少し強烈すぎたわね。しかもそのあとに何て言ったと思う?』
 
 わたしはうなずく。この話は何度もせがんで聞かせてもらっていたから。
 
 『"ああ、この響きはとても君に似合っている"でしょ』
 『そうそう! とんでもない追い討ちよね。やんなっちゃうわ。つまりあいつってそういう男だったの。ここ一番ってところを抑えてくるのよ』
 
 彼の話題は尽きることがなかった。武人でありながらきわめてすぐれた料理の腕前を持っていたという話しは、とりわけ私を驚かせた。
 
 『おじいちゃんより?』
 『うん、そうね。あの当時はおじいちゃんより上手かったかも。わたし、しばらくあいつ以外が淹れた紅茶飲めなかったし』
 
 この世で祖父よりおいしい食事を作れる男の人がいるなんて、当時はにわかには信じがたかった。どんなシェフより、パティシエより、板前より、祖父は料理上手だった。
 
 『ふん、料理ってのは経験なんだい。今は俺のほうがうまく作れる自信があるぞ』
 『あの当時はって言ってるじゃないの。はいはい、そうね。年の功ってやつね』

 大きらいな梅こぶ茶を飲まされたときみたいな顔をする祖父を、祖母がものなれたようすでとりなしていたのを覚えている。

 わたしは騎士様のことをいろいろに想像してみた。深くて低い声が、鈴のような響きを持つ祖母の名前を呼ぶ瞬間。無骨な手で供されるびっくりするほどおいしい紅茶、熱砂の国の香油に似た色をした肌に、かたちよい頭骨を縁取る真っ白な髪は、夜風を受けて翻るくすんだ赤い外套によく映える。祖母を抱きかかえる逞しい腕や鍛えられた肉体、大人の男らしいおちついた物言い。けれどもよくよく観察すると、目元にちょっと幼い面影がある。会ったこともない、写真を見たこともない他人の姿を、きいた話だけでここまで仔細に思い描けるのはふしぎだった。祖母の説明の上手さもあるのだろうけど、わたしと祖母の感性が似ているのもあるのかもしれない。祖母の瞳を通して、わたしも彼を見ているような気になってくる。腹立たしいほど皮肉屋で、リアリストで、そのくせ芯から冷酷になりきれない。わかりづらい思いやりを行使したり、かとおもうと無意識に恥ずかしいせりふを言ってのけたりする。ふだんは大人のふるまいを崩さないけれど、ふとした瞬間、少年みたいなふてくされかたをする騎士様。ちょっと祖父に似ているような気もしたけど、言うと祖父がますますむくれてしまいそうなのでやめておいた。 

 話をきくたび、わたしは祖母をうらやましく思った。そんな素敵な騎士とともにすごしたことももちろんだけれど、彼との出会いを得たことそのものが、何よりうらやましいと感じる。運命みたいだ。たいていの大人はこの言葉を陳腐だと笑うけれど、わたしはそうは思わない。たとえば祖母の愛してやまない宝石たちは、いくつもの偶然が結びつき、それがさらに地の底で長い長い時間をかけ育まれたうえではじめて生まれ出るものだ。だからこそ貴ばれる。これだけの時間を経てなお色あせず、どころか時間とともに輝きをと硬度とをいや増す出会いに、彼女が年を重ねるたびにその経験や日常とむすびついて、日ごと美しく結晶してゆくような思い出を残していくようなだれかに、めぐりあえる人間がはたしてこの世に何人いるというのか? これが運命じゃないなら、運命なんて、世界のどこにもない。
 
 『いまは何してるのかしらね。ま、今日もきっとどこかで誰かの世話を焼いてるんでしょうけど』

 祖母の話はきまってこのせりふでしめくくられた。ある日わたしはどうしても気になって、祖母にたずねた。
 
 『ねえ、あの騎士様にまた会いたい?』
 
 祖母はちょっと考えるようなそぶりを見せたあと、
  
 『そうね。会いたいわ、すごく。でも彼は私のことをおぼえていないかもしれない』
 と言った。わたしは音がするぐらい首をぶんぶん振って、彼女の言葉に反論した。

 『そんなことないよ。絶対にないよ。おばあちゃんみたいなすてきなひと、騎士様が忘れるわけない』
 『ふふ、ありがとう。やさしいのね。でも平気よ、もし忘れたなんてふざけたことをのたまったら、身をもって思い出させてやるだけだもの』

 祖母は唇をつりあげてにんまりした。その物言いがいかにも祖母らしいので私も同じようににんまりしてしまった。

 『でもね、今はまだ会うには少し早いの。もし会えるとしても、わたし、まだ会わないと思うな』
 『どうして?』
 『彼と約束したのよ。おじいちゃんとめいっぱい幸せになるって。彼もそのかわりこれから頑張る、って約束してくれた』
 『おばあちゃん幸せじゃないの?』

 祖父が盛大にむせかえった。祖母はその様子を実に楽しげに見やってから、
 『まさか。とっても幸せよ。でも、わたしだけが幸せじゃ意味ないでしょ? ふたりそろってハッピーじゃないとダメよ。だからここで問題になるのはおじいちゃんってわけ。ねえ、どうかしら、おじいちゃん? あなた幸せ?』
 『どうなの、おじいちゃん?』

 祖父はしばらくもごもごしたあとに、きわめて低い声で、「そんなわかりきったコト、きくな」とだけ返した。
 『ほらね、このとおり素直じゃないのよ。だからわたし、おじいちゃんより先には絶対に死んでやらないってきめてるの。この人が布団の中でついに観念して"幸せで仕方ない人生だった"って言うのをこの耳で聞き届けないと。人間、死に際ぐらいは潔くいなくっちゃね』
 
勝敗がどうなったかはわからない。わたしは祖父の死に目には立ち会えなかったから。でも、祖母が勝ったのだと思う。いつもそうだった。祖父は最後には祖母に対して折れてしまう。惚れた弱みなのだ。

 


 祖父の三周忌を終えてすぐ、祖母が亡くなった。
 葬儀を終え、父から一足先に家に戻るよう申しつけられた私は、喪服姿のまま家路を急いでいる。風は冷たく、静まりかえった街は影絵のようだ。祖母と私を育んだ街は、魔術師を擁するにふさわしい、どこか古めかしい気配をそこここに色濃く宿している。祖母の形見であるルビーのイヤリングにふれながら、わたしはもう聞くことのできない彼女の声を思い出していた。 
 
 『――簡単に言えば欠点を直しなさいってことよ』
 
 祖母がいつか、彼との約束のことを語ってくれた。祖母の約束は愛する男性と一緒に幸福を謳歌すること。ならば、彼はその代償に何を誓ったのだろうと疑問に思ったわたしへの回答だった。 
 
 『欠点? 騎士様に欠点なんかあったの?』
 『あるわよ。とびきりとんでもないやつ。あいつね、自分が好きじゃなかったの。自分の人生は間違いだらけだって信じ込んで、そんな自分を許せなくてさ』
 
 む。なるほどソレは致命的だ。わたしならそんなやつがいたらほうっておけない。わたしがほうっておけないということは、祖母ならもっとほっとけなかっただろう。
 
 『実際に伝えられてはいないんだけど、でもあいつならちゃんとわかってると思うんだ。――今からでも自分を許してやりなさい、って』
 
 祖母はゆるやかに瞼を伏せた。蓋でも閉じるみたいに。その瞳のなかには、彼女の所有するどんな宝石箱にもかなわないほどの、輝かしい面影が秘められている。
  
 『だって、わたしはこんなにも、あいつのことが大好きなんだから』

 ……二月の夜空を照らす月はあまりにも明るい。澄んだ 数十年前、祖母が赤い騎士と駆けたのもこんな月明かりの下の道だったに違いない。
 ああ、再会にはなんとおあつらえ向きの夜だろう!


 

Comments

  • キッシュ
    August 27, 2020
  • トレイ

    1.この小説,あおさんの小説の中で本当に好きな小説の一つです。凛とアーチャーの対話部分を読みながら切なくて,ついに会った二人に対する感動,喜び,いろんな感情が入り混じっていて,私自ら私の感情を表現することができません。二人が会ったら実際にこんな話を交わすようです。->

    November 6, 2018
  • トレイ

    2.ubw edに浜辺の場面は本当に印象深く見ていたので,その場面が思い出されました。もしかしてその場面を意識して小説を書かれたのですか。赤主從の関係性が好きでこの小説も印象的に見ました。二人の関係性をよく表現した小説だと思います。

    November 6, 2018
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