厄ネタヒロインたちとラブコメをすることになった

灰鉄蝸(かいてっか)

1:変なヒロインが押し寄せてくる!





 これから始めるのは青春の話だ。

 ジャンルについては悩む。

 恋愛なのか、ホラーなのか、サスペンスなのか、それともコメディなのか、わりと本気で考え込んでしまうぐらいに。


 でもまあ、ひとつだけ、ひとつだけ約束しよう。


 この話は嫌になるぐらいろくでもない真実が積み重ねられるけど、最後にはハッピーエンドにたどり着く。

 そういう風に決めた。

 どんな悲劇が始まりだろうと――これは愛と喜劇ラブコメディの物語なのだから。







「人間には自由があるんだよ、リョウマ」




 少年には幼馴染みがいる。

 黄金の艶やかな髪、青空のように澄んだ青い瞳、すっと通った鼻梁に艶やかな桜色の唇、なめらかな頬はミルクのように白く、その顔は西洋人形ビスクドールのように整っている。


 それは少女の先祖が、この極東から遠く離れた北の大地にあることを示していたが――発される言葉はよどみなく、心地よいほどに甘ったるい発音だった。

 そう、美しい少女だった。


 その体つきは引き締まっているものの、春物の青いワンピースの胸部は豊かな膨らみに満たされている。

 これで海外の有名大学を飛び級で卒業しているインテリの才媛と来ている。しかも実家は超大金持ちの資産家一族である。設定盛りすぎて交通事故の現場みたいになってる女だが、歴とした幼馴染みだ。


 知力、家柄、容姿どれを取っても――目下、悪運に恵まれている以外は凡庸な自分には不釣り合いな相手だった。

 しかし少年がそのことを負い目に感じたことはない。劣等感を感じたこともない。

 ああ、だって、何故なら。




「――! わたしたちは声を高らかに、どんな嘘っぱちを述べてもいいんだよ――叶わない願いを綺麗とさえずり、唯一無二の恋を美しいと言って――同じ口で、より多くの誰かから愛されるお話を楽しいと笑う。こんなに矛盾してる生き物を、素晴らしいって褒め称えるのが人間賛歌ヒューマンドラマってやつなんだから」




 金髪碧眼の少女――ベルカ・テンレンは独特の持論をお持ちで、すこぶる個性アクが強い人間だったのだから。

 つまるところベルカは人間嫌いで偏屈な映画オタクという、腹を割って付き合うとかなり困るパーソナリティの持ち主だった。


 来訪から早二時間半、映画の再生が終わったリビング。

 ローテーブルの上には開け放たれたポテトチップスの大袋と、麦茶が入ったグラス。脚線美を描くその二本の脚をカーペットの上に投げ出して、少女は笑う。

 見惚れそうなぐらいに美しい笑顔だった。




「リョウマ、わたしはね。だから映画が好きだよ。善人が苦労してありえない駄作を仕上げる、クソ野郎が超傑作を作りあげる。他のどんな娯楽よりも完結していて、残酷なぐらいに――。これ以上なく、映画が美しいメディアであることの証拠だと思う」




 その代償と言わんばかりに面倒くさい持論を開陳されていても、リョウマは幸せを感じてしまう。

 これはもう仕方がない。ベルカは気難しい天才ってやつだが、久しぶりに再会しても何一つ変わらない。


 つまり気安くてとんでもない美人なのである。

 少年は迷うことなく、少女の癖の強すぎる発言を茶化した。



「おーおー、一〇年後ぐらいに聞かせてやりたい台詞だな。安心しろ、あとで掘り返してやるよ。今のうちにいっぱい黒歴史作っていいぞ」



「なにさ、その可愛げのない返しは。そこはもっと心が清いピュアボーイらしく、わたしの迫真の皮肉アイロニーに動揺してほしかったな」



「意外性がないからな。お前が世間の流行みたいなの嫌いなのは知ってたけど」



「んー、誤解があるなあリョウマ。わたしは辛口レビューと称した、アドレナリン中毒患者向けのレビューが超嫌いなだけだよ。みんなと同じ共感だけなんて、この世で一番面白くないものだからね!」



 怨念を感じた。

 幼馴染みはガチでこじらせてる類の映画オタクだった。良くも悪くも情熱的すぎて、年に何度か話題作を見ることがあるぐらいの一般人――まあ要するに平凡だ――のリョウマには理解しがたい激情をあふれ出させてくる。


 これまでの長い付き合いから察するに、こいつが尊ぶのは観客がもがき苦しみながら出力された感想らしい。

 なので未見の人間に先入観を植え付けるようなレビューは許せない、と――そういう憤りは感じられたが、わっと浴びせられるとびっくりするしかない。

 つまりリョウマはドン引きした。



「マジで面倒くさいタイプのキレ方してるな……!」



「なにさ、人のことを偏屈で独特の持論をお持ちの超厄介なオタクみたいにあつかって!」



「そこまで自己客観視できてるなら何も言うことはねぇよ!」



 ベルカ・テンレンは気難しく人間嫌いで独特の持論をお持ちである。しかしバカではないので自分の現状に対しての認識はしっかりしている。

 そこまでわかってるなら、映画が終わったタイミングで癖の強い台詞をぶつけてくるのも止めてほしかったが。


 まあこれはたぶん、こいつなりの甘え方なのだと思う。

 リョウマはそのように判断して、ひとまずキャッチボールをすることにした。

 季節は春、午後の昼下がり、若い男女が一つ屋根の下に集っているというのに――二人の間に色っぽい空気はなかった。どちらかというと悪友同士のそれに近しい、ぐだぐだした日常のリズムがそこにあった。



「それで、映画大好きベルカさんに言わせると今の映画はどうだったんだ?」



「うん、いいこと聞いてくれました! キミの入ってるサブスクで見られるタイトルで、これはってやつを厳選したからね! 加点法で七五点ぐらい?」



「思ったよりいまいちじゃねか!?」



 七五点、これまた絶妙な点数である。七〇点だと思ったより佳作のギリギリ感があるし、八〇点なら良作の領域だろう。

 その豊かな黄金の髪を一つくくりにして、動物の尻尾ポニーテールのように束ねた少女は、にっこりと笑った。


 まるでお日様みたいな笑顔だった。

 最高の美少女が見せる笑顔を写真にしろと言われたら、きっとリョウマは今この瞬間を選ぶかもしれない。



「やだなあリョウマ。誰もが絶賛する名作って存外、語りがいないよ? 油断するとみんなテンプレートにはまったり、その逆張りに終始しちゃう。好き嫌いが分かれるようなキャラやエンディングにこそ、人間の感性が問われるんだよ」



「あとさ、ホラーだよな、これ」



「うん」



「俺はいいけど……結構、人を選ぶよな?」



「大丈夫、そんなに怖くないやつだったでしょ?」



「映画好きの言う怖くないって基準がぶっ壊れてないか!?」



 今日が休日の昼下がりでよかった。

 これで平日にやられていたら、流石のリョウマもちょっと怒ったかもしれない。

 とはいえベルカはこれで結構寂しがり屋なので可愛いやつなのである。ずっと海外暮らしで飛び級までしてるものだから、こっちには知り合いも友人も多くないのが現実だろう。


 顔見知りである少女の来訪が、深い親愛に基づくものなのは疑いようがなかった。

 要するにこういうことだ。

 少年は少女に弱味を握られている。

 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、ベルカはケケケと小悪党じみた笑い声を漏らした。



「でもさ、キミの好きそうなアクション要素も入っていい映画だったでしょ」



「ああまぁ、主人公が仕返しして、悪党を全滅させるところはよかったな……あれ、ホラー映画ってこういう感想になっていいのか……?」



「わりと人気ジャンルだよ、ホラー映画でスカッとするやつは!」



 ベルカは得意げに笑った。

 それはそうとわざわざ人の家を訪ねてきて、だらだら映画鑑賞するなら九〇点越えの名作映画を選んでもいいのではないだろうか。


 ローテーブルの上にジャンクフードを並べて、幸せそうに笑う彼女を見ていると、そんな気持ちを口にするのもはばかられた。

 だから一つだけ要望を口にした。



「次はホラー以外にしてくれ、できれば元気が出るやつ」



 別にホラーは嫌いではないし、特別、トラウマが刺激されるわけでもなかったが――ベルカのやつが変な方向に元気になるのは勘弁してほしかった。

 そんな幼馴染みの発言を聞いて、少女はちょっとすまなそうな顔になった。



「ああ、ごめんねリョウマ。次はもっと無難なやつにしよう――青春を引きずってる男の子が一〇年ぐらいかけて大失恋する話とか、そういうのにしようか!」



「どう考えても元気が出る内容じゃねえだろ!?」



「でもキミ、露骨に明るい作風だとひねた考えが顔に出るぐらいしらけるし……」



「待ってくれ、俺ってそんな面倒くさいタイプか?」



 うん、と少女は頷いた。

 わりと真顔だった。


 ベルカ・テンレンは天使みたいに美しいその容姿に似つかわしくない、所帯じみた飲み物――グラスに入った麦茶を飲み干した。白い喉が動いて、褐色の液体が消えていく。

 少年が思わず見惚れていると、少女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。



「んー、楽しかった。それじゃリョウマ、帰るね。迎えの車、そろそろ来ると思うから」



 掛け時計を見た。

 幼馴染みは存外、門限がやたらと早い。いいところのお嬢さんらしいと言えばらしいが、一般的な刻限に比べればずいぶんと早かった。


 何せまだ太陽は昇っている。

 夕暮れ時に差し掛かるには、もうしばらく時間がかかるだろう。

 だが、リョウマは知っている。少女が存外、多忙な身であることを――そのスケジュールの合間を縫って、何時間も自分に過ごすことに使ってくれていることの意味も。


 少女の携帯端末が震えた。メッセージアプリを通じて、送迎用の自動車が来たことが知らされたのだ。

 ベルカが立ち上がる。

 まるで花の妖精のように美しい少女は、ふわりと甘い香りを漂わせて――去り際になって、リョウマの方を振り返って。




「――キミ、危なっかしいから言っておくね。大好きだよ、リョウマ」




 いきなりぶっ放してきた。

 少年が「お、おう……」と冴えない反応をすると、くすりと笑って、幼馴染みはリビングを出て行った。

 ベルカ・テンレンとは気安い仲である。

 なので冗談めかして「好き」と言われることだってあったが――今の一言に込められている感情は、明らかにそういうものではなかった。

 ずっしりと重たい愛情を感じた。

 まさかここまで直球で好意を伝えられるとは思わなかった。

 リョウマは三〇秒ほど経ってから、ようやく、自分の正直な気持ちを呟けた。





「…………不意討ちは反則だろ」





 呟きは虚空に溶けて消えた。







 日常はいつだって未知との出会いに満ちている。

 退屈な繰り返しなんてありえない、人生はいつだって刺激に満ちている――それが万人の望むようなものはさておき。


 翌日、学校の友達を通じて呼び出しを受けたリョウマは、二つ返事で待ち合わせ場所に赴くことになった。

 どうして自分が名指しで指名されたのかはわからないが、何らかの相談事らしいと聞いては捨て置けなかった。


 少年は基本的に善良だった。自転車で移動できる範囲内だったのも大きい。

 向かう先は駅前の広場。

 メッセージアプリを通じて、相手の服装は聞いていた。



――つまるところその相手は、一目でわかるほどに唯一無二の美貌を持っていた。



 自転車のブレーキをかける。自転車を降りて、冷静になれと自分に命じながら駐輪場に止める。規定の時間内であれば無料の駐輪場は、とてつもなくありがたかった。

 たぶんアレだろう、と二〇メートル離れていてもわかるような光景だった。彼を待っていたのは、見知らぬ少女だった。


 それはもう目を奪われるような美しい娘がいた、と思っていただきたい。艶やかな黒髪が腰まで伸びた、雪の妖精のように肌が白い少女である。

 目も冴えるような、鮮烈な赤のジャケットにショートパンツ姿、すらっと伸びた足は長い。

 モデル顔向けのスタイルだった。

 声をかけるのが恐れ多いような相手だったが――意を決して。




「ええっと……君がホシノ・ミツキさんかな?」




 瞬間、長い黒髪を揺らして、少女はぱぁっとその顔をほころばせた。

 そして挨拶すらせずに、いきなりとんでもない台詞を投げつけてきた。






「イヌイ・リョウマさん――あの、一目惚れです! あたしと付き合ってくださいっ!」






 人生はよくわからない流れに満ちている。

 幼馴染みからの告白じみた発言の直後、見知らぬ美しい少女から、よくわからない好意をぶつけられることだってある。

 しかし何事にもキャパシティは存在する。

 少年は五秒ほど硬直したあと、戸惑いに満ちたうめき声を漏らした。





「…………待ってくれ、不意討ちすぎる」





 呟きは虚空に溶けていった。

 困惑に満ちたリョウマの表情を見て、件の少女――ホシノ・ミツキは小首をかしげた。それは無垢な幼子のようにも、ぬぼーっとした無表情な人食い鮫が口を開く様子にも見えた。

 鈴を転がすように甘やかな声が、ミツキの喉から発された。






「…………あれ? おかしいな、……?」






 不穏な言葉が聞こえて、イヌイ・リョウマの顔は引きつった。






「愛の告白の場面で出ていい単語じゃない……!」









――人生は叶わぬ願いに満ちていて、唯一無二の運命みたいな出会いと、ありふれた結末オチがずっしりと詰まっている。









――断言しよう。これは愛と喜劇ラブコメディの物語だ。












 世の中にはいろいろな人間がいる。

 それはイヌイ・リョウマにもわかる。自分は今年の春に高校に入ったばかりの一五歳だが、それでも中々、個性的な家族友人には事欠かないので相応に経験があるつもりだ。


 だが、流石にこれは理解の外にあった。

 まず挨拶抜きで告白してくる人間が新鮮すぎた。しかも洗脳などとさらっと口走る始末だ。

 少年は自分が今、未知との遭遇センス・オブ・ワンダーの真っ只中にいると認めた。

 そして超人的な努力で人懐っこい笑顔を浮かべた。



「ごめん、今ちょっと聞き間違いしたみたいで――」



「いえ、だいじょーぶです。イヌイさんの好き嫌いの感情をちょっと弄って、あたしと相思相愛になってもらおうと思っただけですから……!」



「待ってくれ、いきなり道徳とか倫理とかが最悪になってる」



 この話題から救いがなくなった。

 リョウマはとりあえず、この見知らぬ美少女――本当に面識がない子だ――と自分を繋いだ、高校の友人に対して胸の中で文句を言うことにした。


 事前に聞いていた話では、同じ中学出身の同級生が、どうしても自分に相談したいことがあるという事情だったはずである。

 それが実際のところ、さっぱりわけのわからない流れでこうなっている。


 ひとまず深呼吸をする。

 そして外行きの仮面を放り捨てて、当然のように湧いてきた疑問を口にした。



「いろいろと気になることはあるけど、第一、人の心は念じて弄れるものじゃないと思う。そりゃアニメや漫画の中なら、心を操る超能力者だっているかもしれないけど――」



 そして気づいた。

 ひょっとしてこれ、どこかから動画でも撮られているのではないだろうか。

 美少女からの愛の告白、奇天烈な台詞、動揺する間抜けな男子高校生――それが面白いのかはさておき、如何にもありそうな取り合わせの気がした。


 さっと周囲を見渡した。駅前の商業施設はすでに活気づいており、駅の利用者が出たり入ったりしている。つまりこのどこかに動画撮影者がいるとしても、遠目にはわからない感じだ。



「…………あー、どっきり動画の撮影かな? そういうのなら生憎、俺はそんな面白いリアクションできないぜ」



 リョウマがそう呟くと、長い黒髪の乙女はかぶりを振った。

 少女の瞳は赤みがかっていた。充血しているわけではない。色素が薄いらしく、まるで宝石をはめ込んだように綺麗な赤色の目だった。

 そこに宿っていたのは、真摯しんしであると感じられる好意の色だ。



「違います! もしそんな失礼なことする子がいたら…………あたし、許せないですから! 具体的にどうするかは言いませんが!」



「今、不穏な間があったな……」



 ふと視線を感じた。

 駅前は当然のように通行量も多いが、それゆえにリョウマと少女のやりとりは少々、目立ちすぎていた。


 ホシノ・ミツキと名乗った子――リョウマと同級生という話だから、やはり高校に進学したばかりのはずである――は、ただでさえ目立つ美貌の持ち主だ。

 手足はすらりと高く、腰は細く、肌は抜けるように白く、その黒髪は艶やかで美しい。


 ふと気づいた。

 こんな美人が同じ学年にいたら、そういう噂話には疎い方のリョウマだって、その存在ぐらいは聞いていそうなものだが。

 そう思った瞬間、少女はその白い頬を赤らめた。

 



「……ちょっと照れます」



「俺、まだ何も言ってない――」



「えーっと、読心術です」



「待ってくれ、なんかすごいこと言ってないか?」



「ごめんなさい、本当は即座に告白OKしてもらって恋人になろうと思ってたんですが」



「今日が初対面でそれは強気すぎないか!?」



 リョウマは困惑した。

 わからない、ひょっとして世の美人は誰もがそこまで自信に満ちあふれているのだろうか。

 もちろんリョウマだって綺麗な子に好かれたら嬉しい。どうせなら可愛い子に好意的に接されてみたいという気持ちはある。


 だが、同時に彼は慎重派だった。

 あまりに自分に都合がよすぎると、流石に何らかの罠を疑ってしまう。

 まあ父母の遺産やらの管理は、歳の離れた従姉妹いとこがやっているから――自分をたらし込んで得をする人間がいるかは怪しいのけれど。



「大丈夫です、あたしはただ、イヌイさんのことが好きなだけなので……! 安心して好きになってくれていいですよ!」



「俺、何も言ってないのにリアクションするのやめないか!?」



「余分な会話が減って、きっと二酸化炭素の排出量もぐっと抑えられて環境に優しいですね!」



「ちょっと待って、地球環境の観点から俺のプライバシー侵害されてるのか……!?」



 リョウマは混乱した。

 ホシノ・ミツキを名乗る少女は、ころころと鈴を転がすような声で笑った。不思議な気品が感じられる所作だった。ファッションはたぶんストリート系ってやつなのだが、着ているミツキがあまりにも浮世離れした美人なので、街の若者って感じがしないのだ。

 どちらかというとそう、月世界から降りてきた異世界人とでも言われた方がしっくり来る。



「たとえがかぐや姫って独特ですね!」



「…………マジか。本当に、俺の心を読み取ってるのか?」



「はい! あたし、決めてたんです。好きな人ができたら、隠し事はしないようにしようって――ですから全部、ぜーんぶ、お話ししてます。あたし、超能力者なんです」



 そう言って少女は微笑む。確かな質量を持って存在しているはず街並みも、道行く通行人も、道路を走る自動車も――何もかもが、この不思議な娘の前では現実感のない背景にすぎなかった。

 ホシノ・ミツキは恐ろしいほどの自信家だった。


 その立ち振る舞いは、自分が他者に好かれることを生態のように当然だと思っている人間の気配がした。

 理由のわからない大きな好意が、何故か、イヌイ・リョウマに向けられている。それは馴染みのない現実すぎて、どんな答えを言えばいいかわからなくなる。


 視線を宙に泳がせる。

 市が税金を注ぎ込んで作った、前衛的すぎて意味不明の女神像――そもそもモチーフが何なのか市民の大半が知らない――が見えた。

 駅前の象徴みたいなモニュメントを、遠い目で見ていると、ずいっと前のめりにミツキが近づいてきた。

 いいにおいがした。



「イヌイさん、あたしちょっと強引かもしれませんけど――あなたのことが好きです。だから、あなたにも、あたしのこと好きになってほしいです。ダメですか?」



 新雪のように白い肌の少女だった。少し感情が高ぶるだけで、火照った頬がわかってしまうような美人である。

 ちょっと頭がくらくらした。


 もし幼馴染みのベルカが、類い希な美少女じゃなかったら、その容姿のよさに当てられて頷いてしまったかもしれない。

 だけど耐えた。



「……そりゃ、ホシノさんのことは綺麗だと思う。たぶん誰だって、君みたいな子に好きっていわれたらうれしいと思うよ」



「なら――」



「だけど、俺にはわからない。君がどうして、俺のことを好きになったのか――理由がわからない。わからないものは怖いんだよ、ホシノさん」



 我ながら最低の台詞だな、と思った。

 相手は超能力者を名乗るふわふわした少女だが、とりあえず自分に向けてきている好意に嘘はないのに。


 今、リョウマがその好きを断ろうとしているのは、未知に対する恐怖が原因だった。

 ホシノ・ミツキは何も言わず、ただじっと黙っていた。

 その沈黙に耐えかねて、リョウマはこの時間を終わらせることにした。




「ごめん。君の告白を、受け入れることはできない」


















――

















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