砂の墓標
士弓を目指して書いた筈の何か。
二次創作処女作となります。
何があったのか、戦争から数年後士郎と弓が契約し世界中を放浪してる、そんな妄想。
少しだけ生前ねつ造しています。
2/14追記
端末によっては段落分けの為に読み難くなっているのではと思い、試しに一字下げ部分を全て修正しました。
また、評価等戴きました事にこの場を借りて御礼申し上げます。
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「…げほっ」
外気に長く当たっていた為か、喉を少しやられてしまったらしい。
ごほごほと咳き込みながら外套を払う。
ひどく乾いた空気に巻き上がる砂埃。砂と土壁で黄土色の街並みがこの街の特徴だった。
買ったばかりの外套はその砂のせいでひどい有様になっている。宿に到着してすぐ脱いで軽く払ってみたものの、残念な様子には変わりなかった。しかし砂塗れの姿で戻るのも癪だったので、部屋の前で少し念入りに砂を落としている。
その外套でも守りきれなかったのか、口の中や目に違和感がある。咳き込み過ぎたのか、誰かの声に似た様な変な調子になってしまった。
「何だ、また酷い有様だな」
「ごほ…悪かったな」
背後で扉が軋む音がしたと思ったら、その隙間から白い頭がこちらを覗いていた。つい集中しすぎて奴の気配に気付けなかったらしい。こちらの声を聞くや否や、男の眉間にビシッと深い皺が刻まれる。
「お前…いや、いい。さっさと入ってきたらどうだ。その程度、払った所で大差などない。それより無闇に喉を痛めて風邪でも引きたいのか」
言いたいだけ言うと、扉はそのままにすぐに中へ引っ込んでしまった。扉を開けっぱなしにした場合、部屋まで砂に侵食される羽目になる事は早々に学んでいた。その為仕方なく、外套を小脇に抱えて後に続いた。
水に浸したタオルで顔を拭う。乾いた地が潤う様に、皮膚に沁みこむ水分が心地良い。
嗽をしたお陰か、喉の調子も取り敢えずは大丈夫そうだ。
ふと視線を向けると、男は部屋の隅で旅道具と工具箱を広げ座っていた。出かける前には既に置いてあったので、俺が留守中ずっと旅道具のメンテナンスを行っていたらしい。
しかし今はそれを片付ける事もなく、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
タオルをしまいながらその様子をそっと伺う。
窓ガラスの質が悪いのか、窓は微妙に歪んだ風景を映していた。
そしてそれを眺める男の視線は茫として焦点を結んでおらず、その横顔は常日頃からは考えられない程存在感に欠けている。
「まだ使えそうか?」
意識を此方に呼び戻す為、声を掛けてみる。
「……ああ、まだ全ては見ていないのだが幾つかはガタがきているな。修理も限度がある。そろそろ買い替えの時期だろう」
視線が此方に向いたが、まだ焦点が定まっていない。声も何処か夢現、といった状態である。
…元々荷物は最低限に絞っているので、メンテナンスなら1時間もあれば終えられる量である。
だが、俺が出かけたのは朝の事で、今はもう昼を過ぎた時間だった。
この街に着いてから、ずっと男はこの調子だった。事前に行き先を説明した時は別に普段通りであったが、到着後から少しずつぼんやりする時間が多くなった。
来るべきでは無かっただろうか、という思いがじわりと滲んでくるが、いつかは来なければならないと感じていたのだった。
「何か収穫はあったか」
いつの間にか、茫としていた瞳が焦点を取り戻していた。
普段通りの声色に戻っていたので、何とか此方に戻ってきたらしい。
「まあ、ぼちぼち」
「そうか」
今回は別件のついでを装って、この街へとやってきた。そこまではいつも通りの様子だったのだが、到着後は先述の様子も相まって、必要最低限の時以外は特に何かをする事も無くただぼんやりしている姿を見る事が多かった。正直な所詮索されないのはありがたいのだが、普段の様子からはあり得ないほど掛け離れた、その茫洋とした存在感の無い様子が少し気掛かりだった。
男は散らかった手元を見、時計を見て訝しげな顔をする。そして何かに区切りをつけるように頷くと備え付けのキッチンの方へ向かう。作業は一旦休憩にするらしい。
あの様子だと向こうも昼食はまだなんだろう。此方も帰る道すがら調達してきた食材を持ち出すと、キッチンへと向かった。
食事の傍、再び窓の方へ視線を向けた男につられ、ふと窓の外へ視線を向けてみる。
外はひどく乾燥しており、時折砂を抱いた風が走っている。今まで風塵の起きる地域は幾つか訪れた事があるが、今回は事前に予想していた以上の環境だった。
その為、到着して早々から四苦八苦する羽目になった。そんな俺の隣、手慣れた様子で身繕いを済ませ何食わぬ顔で歩く同行者に未熟者、と嘲われたのはまだ記憶に新しい。…到着してすぐの頃は今ほど茫洋とはしていなかったのだが。やはり気づかれているのだろうか。
乾いて砂を孕む風は、湿潤な島国で育った人間には少し辛い。今まで彼方此方を巡って荒野や砂漠地帯等も経験してはきたけれど、これ程酷い目に遭うことはそうそう無かった。
そんな砂の街並みを眺めながら、ふと、街を歩いた時、風景にひどく馴染んでいた男の姿を思い出した。
乾燥しパサついた髪、焦げ付いた肌は色の取り合わせは兎も角として現地の人を連想させる。砂よけの外套の扱いも手馴れていて、色も白く如何にも余所者な容姿の俺とは雲泥の差だった。
今までずっと二人で旅を続け、多くの場所を巡ってきた。
初めの頃は諍う事や食い違う事も多々あったが、最近ではどちらともなく合わせられる様になった。
その様子や並んだ顔を見た人からは双子かと聞かれる事もある。勿論、双方が否定するのだが…近頃、自分達の姿が色を除いてひどく似通ったものになってきている事には気付いていた。
しかし、中身については外見が似る毎に離れていっている様に感じる。この街にひどく馴染んでしまった男ほど、自分がそれに馴染む事は恐らく無いのだろうと思う。
道は既に分かたれた上、あの男が常に在るのだ。早々似る訳にもいかない。
そんな自覚が芽生えてきた頃、ある夢を見る回数が増えてきたのだった。
ノイズ混じりの風景。
何処か狭くて暗い場所。
砂にやられた時の比では無いほど喉が痛み、呼吸をする事すら難しい。
身体は痛まない所など無いような有様。四肢は拘束され続けた為か感覚が遠い。
そして、そんな状況にありながら微笑う男。
傍目から見れば完全な狂人だろうが、それを見る人は誰一人として居ない。
そして、場所は眼が眩むほどの光と騒音の中に切り替わる。
最期の役目は目の前に。
もう使い物にならない足を運ぶ。
首を差し出し、その時を待つ。
そして、
…近頃、喉を抑えて飛び起きる事が増えた。幸い、男とは距離を取って休んでいる為か気づかれた様子は無い。
夢の中の視線の高さと、今の自分の視線の高さは丁度同じ位だった。
そのせいなのだろうか、あの夢を見るのは。
夢で見た光景について、現実では一度も目にした事は無かった。ただ、地上の何処かにあの場所は存在する筈である。そして実際の所、かなり前から場所の大まかな目星自体はついていた。が、今迄は男の存在もあり場所に近づく事を避けてきた。
だが、今回は頻発する夢に惹かれる様に、そろそろ訪ねてみようかと思ったのだった。
何とも締まらない昼食の後、再び外套を羽織り出掛ける準備を始めた。
目的地はもう決まっている。ヒントはノイズ混じりの風景しか無かったが、何度も見たお陰か目測はついた。
後はその場所へ向かうだけだ。
何かが気に掛かったのか、男も外套を取り出した。誘う気は無かったのだが、どうやら着いてくる気らしい。
連れて行くのは少々気がひけたが、この男が俺の言葉に素直に従う筈も無い。
そして、お互い言葉も無く部屋を出た。
その場所は呆気なく見つかった。
此処だろうか、と俺が記憶を辿る前に同行者が足を止めたのだった。
街の中にぽっかりと広がる場所。遮る物が無い為、荒れ狂う風に砂埃が舞い上がる。
いざその場所に相対してみたが、意外と心は動かなかった。ただ、その場の雰囲気はまるで横にいる男の様だ、と感じ、息が止まりそうになった。
その瞬間、砂が喉に入り込み涙が滲むほど激しく咳き込む。そんな俺の失態を見た為か、横で嘲う気配がした。
それにむ、と同行者を睨んでみた、が涙目では全く様になってないだろう。
男は睨む俺を全く気にする様子も無く、広場へと顔を向ける。
「お前の考える事だ。気付いていないとでも思っていたか」
鼻で笑われた。
だが、男の目は心此処にあらず、どこか茫洋とした様子で見えない何かを見つめている様だった。
その存在感の薄い状態に心がざわつく。風景によく馴染むその姿は、そのまま溶け込んで消えてしまいそうだ。
咳を落ち着け、何とか言葉を返そうとする。しかし咳き込んだ為か、うまく言葉を発する事は出来なかった。そして、その声は目の前の男の声に良く似ていた。
それを聞き付けた男の眉間に皺が寄る。
声も姿も、この男と俺は良く似ているだろう。少し選択を寄せれば、途端に同一のものとなる位。だが、
「俺はお前にならなかった」
「…そうだな」
男の目線の先に立つ。
途端、茫洋と遠くにあった視線が俺へと定まる。鋭い切っ先の様な目は射抜く様に俺に突き刺さる。
鈍色と琥珀の視線が交差する。その視線はいつからか、己と同じ高さにあった。
「確認などしなくても、分かりきった事だ」
最も、死にたいというのならいつでも殺してやるが。と相変わらずの台詞が飛んでくる。
男は何かを振り切るように首を振る。その顔を覗き込むと、すでに普段通りの奴の顔になっていた。
ずっと覗き込むわけにもいかず、視線を目の前の広場へ移す。
あの夜まで重なっていた線は分岐し、既に遠いものになっている。
何時か、この街の何処かに、この男の抜け殻が横たわる姿を幻視する。
風景によく馴染む骸は、そのまま溶ける様に砂埃の中に埋もれていく。
実際には男の骸などこの世の何処にも存在しない。遠くない何時か、似ている様で異なる骸が生まれる事になるだろう。だが、少なくとも此処では無くなった。
気づけば、男が此方を訝しげに見つめていた。
ずいぶんと時間を使ってしまったのか、空は赤く染まり始め、遠くには宵の明星が浮かんでいた。
幻が風塵に紛れ、消えていく。
さて、此処で立ち止まっている訳にはいかない。
目的は果たしたのだ。そろそろ行かなければ。
二人分の足跡を残して、いつかの墓標を後にした。