【Fate】郷愁メロウ
ホロウ時系列あるいはホロウ後の、アーチャーと一成の話です。
腐ってないはずですが書いてる人がゾンビのようなものなので臭かったら申し訳ない。
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柳洞一成は悩んでいた。
彼ももう高校三年、とっくに進路は決まっている時期に突入していた。
当然彼自身も、親兄弟が通ったのと同じ、仏教系の大学への進学を希望している。
だがしかし、ここにきて彼に迷いが生じた。
発端は冬に起きた事件だ。多くの事件とその被害者が発生し、彼の通う高校でも原因不明の昏睡事件が起きた。
あの時のことが、一成の頭から離れない。
目の前で倒れていく級友たち、そして教師。
自分自身もその例外ではなく、遠くなる意識とは裏腹に、必死に腕だけを伸ばしていたのをよく覚えている。
悔しかったのだ。生徒会長などとふんぞり返っていたくせに、誰一人守ることも助けることも出来なかった自分が。
なんて無力で無様なのかと、動かない体の中で心だけが冴えていた。
遠くで剣戟と叫び声が聞こえて、そして静かになって、ああ、みんな死んだのかなとすら思った。
だが生きていた。無事というわけにはいかなかったが、学生も教師も生きていた。彼の存在の有無にかかわることなく。
どうしようもなく己は無力であった。
弱いことが罪ではないと、医師も教師も親も言った。それを知ることが出来たのだから、良かったのだと。
だが己はこのままの道を歩いていていいのか、不意に恐慌が彼を襲った。
うちの寺を継ぐ必要はない。己の成績なら他の道もあると、言っていたのは進路指導の先生だったか。
一成は柳洞寺へ帰るのがだんだんと億劫になっていく自分に気づいていた。
家を出るときはいい。
だが、学校へ行き、己とは違う道を選択していく輝かしい友人達を見て、それからあのモノクロのような家へ帰るとなると、とたんに足が重たくなるのだ。
家族が嫌いなわけではない。尊敬しているのは確かだ。
近々新居を得て夫婦共々寺を出る葛木宗一郎も今なお、他人ではなく家族として敬愛している。
ただ家に帰り、当たり前のように己の今後を話している空気をもてあましているのだ。
今日も今日とて憂鬱な帰路を、足を引きずるようにして進んでいく。
いつもと違ったのは、帰りたくない気持ちから少しだけ回り道をした先で、ばったり知人と出会ったことだけ。
「あ」
「おや」
買い物袋を片手に提げて鉢合わせたのは、一成が天敵とする遠坂の同居人であるアーチャーという男だった。
一度だけ夏前に、寺で大騒ぎをしたときに遠坂に乞われて参加していた(恐らく)外国人だ。
「お久しぶりです」
とりあえず礼儀正しく頭を下げれば、元気そうで何よりだと如才ない受け答えが返ってくる。
下げたあとで、外国の人に頭を下げても意味がないと思い出したが、よくよく考えればこれだけ日本語が上手な相手に、今更日本文化を熟知しているかどうかなど問うのもおかしいだろう。
そこまで考え少し俯いていたところに、突然のしっと頭の上に重みが加わった。
驚いた一成が慌てて顔を上げると、随分高いところにあるアーチャーの顔が少し膝を曲げたのか近くにあり、そしてその手のひらが己の頭の上に乗せられていることに気づいた。
「あ、アーチャーさん? 一体何を……」
「ああ……嫌だったならすまない」
君ももう子供ではないのだったな、と困ったように笑いながら、白い髪を僅かに揺らしてアーチャーは一瞬黙った。
「……ただ、君が何だか暗い顔をしていたものだから」
気になったんだよ、と。気負いもなく言われた言葉に、思わず瞠目していた。
「いえ、そんな……」
言葉を濁しても、うろうろと彷徨わせた視線でバレバレだろう。だがそれに気づかぬというのが悩める青少年というものだ。
それを微笑ましく見下ろしていたアーチャーは、やがてひとつ頷くと立ち止まっていた子供の手を取った。
「うあ!?」
「どうせだ、少し休憩に付き合ってくれないか。このまま帰っても家主にこき使われるだけでね」
大きな手はかさついて節くれ立ち、いかにも成長途中のものでしかない柔らかく細い一成のものとは何もかも違った。
「もし遅くなって家の人が怒るようなら、私が一緒に謝りにいくから」
行こう、一成。
強引だが転ばないように気遣われた力強さで引っ張る男の声が、不思議と身近な誰かに似ているような気がして、柳洞一成はそのままいつもより少し長い寄り道をすることに相成ったのだ。
思ったよりもすんなりと、言葉は出てきた。
ベンチの隣に腰掛けた学生は生真面目すぎるほど生真面目で、それ故にいじらしい悩みを抱えていたようだ。
甘くない缶コーヒーをすすりながら、アーチャーは考える。
果たして当時の自分はこれほどに悩んでいる友人の様子に、気づけていただろうか。
時系列を思い出していけば、恐らく倫敦に行くための詰め込み学習に四苦八苦していた頃。
恐らく、気づけてはいなかっただろう。他人に目を配る余裕を持たせるほど、己の師匠は甘くはなかった。
あるいは己の悪癖を封じ込めるため他人へと向ける余力を残さないように、あえて厳しくされていたのかもしれない。
そしてそれが終われば今度は渡航準備に大わらわ、やはり気づく暇はなかっただろう。
己のことで珍しく手一杯だった自分に、気遣いのできる親友が己の悩みを打ち明けられたとも思えない。
「……すいません、あまり親しくもないのに、こんな重い話を……」
「いや、あの時は私もこの街に居たのでね。事件のことは知っているよ。……怖かっただろうに、よく頑張った」
居たどころか、事件の一端を担う存在でありながらこういうことが抜け抜けと言えてしまう自分が、アーチャーは反吐が出るほど汚いと思う。
だがそれを綺麗に押し隠し、穏やかに返しながら再度頭を撫でてやるが、柳洞一成は俯いてしまった。
「頑張っただなんて……自分はただ、他のみんなと同じように倒れていることしかできなくて」
「では倒れていることしか出来なかった学友達を、君は役立たずだと思うか?」
思いもよらず冷ややかな声を返されて、一成は反射的に顔を上げて冷然と見下ろしてくる男の顔を睨み返した。
「そんなことは!」
誰も思わないし、思ったとしても言わせない。
あれは事件であり事故であって、被害者である彼らには何の非もないのだから。
「では、君も同じだ」
一瞬の冷ややかさが嘘のように落ち着いた声が降ってきて、そのギャップに一成の思考が硬直する。
「君たちは等しく苦難を味わい、そして生き延びた。それを評価こそすれ、非難するものなど許しはしない。君も、君の家族も、君を大事に思う誰もがだ」
呆然としている間に大きな手が伸びてきて、肩を組むようにして一成の頭を掴むと、抱き寄せるように髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。
「一成」
また、誰かを思い出させるような声が耳朶を震わせる。
「生きていてくれて、良かった」
心の底から安堵したような声が意識に届いたと思った瞬間、一成の涙腺は崩壊した。
「あ、あああ」
「お前が無事で、良かった」
ぼろぼろと涙は零れ落ち、くしゃくしゃに歪んだ顔を制御することも侭ならず、一成は震える両手でどうにか顔を覆った。
抱き寄せた男の体は少しだけ温かく、父や兄にも最近抱きしめられていない筈なのに、そのどれとも違う温もりが妙に違和感として残る。
だがそれよりも今は、この衝動的に溢れてくる激情を抑えることも出来ずに、ただただ一成は泣き喚いた。
ありふれた公園の片隅で、男二人くっついておまけに片方は号泣。
変な注目を集めても仕方ない状況だが、正直一成はそこまで頭が回っていなかった。
ぽんぽんと一定のリズムで頭を撫でられながら、それでいて相手は無駄なことをひとつも口にせず、黙って真正面を向いていてくれた。
泣き顔を注視されるのは罰が悪い。だから、無骨ながらもそんな気遣いが嬉しくて、余計に涙が出た。
一成は自分が無力だったことを恥じていたつもりだった。
いや、確かに恥じていた。だがそれ以上に、恐怖を感じていた己こそを恥じていたのだ。
己が超人か聖人でもあるかのように定義し、その理想を踏み外してしまったと思い、己が許せなくてやるせなくて、日々倦んでいた。
だがそれをアーチャーというこの男の一言で赦されてしまった。
恐怖を感じて当たり前の出来事に、君は出くわしたのだと。生きて今ここに居ることは素晴らしいことなのだと。
身内でも知り合いでもないほぼ他人だった男が言ったからこそ、それは一成の胸に響いた。
身びいきでもなんでもなく、一般的な感覚としてそういうものなのだと他人に言われたからこそ、一成は己の恐怖心を赦す事が出来たのだ。
アーチャーにとってみれば、全く皮肉なことであるに違いない。
たとえば彼が今の彼になるまでの■■■であったとしたら、きっと一成の心は救えなかったと言うことに他ならないのだから。
しかし今は一成にとって彼は見知らぬ他人の大人であって、アーチャーにとっては似て非なる友人の写し絵のようなものだった。
「どうも、みっともないところをお見せして……」
「何のことかな。私はただ年下の知り合いに休憩を付き合ってもらっただけだが」
お互いの顔を見ることも出来ず、二人は柳洞寺に向かって歩いていた。
時折ガサガサとアーチャーの持つ買い物袋が音を立てるくらいで、気まずいことこの上ない。
だが何となく話を蒸し返しても泥沼の予感がして、一成は黙った。
ただ黙って並んで歩く。こんな風に誰かと一緒に帰るものも、よく考えれば久しぶりだった。
そう言えば最近衛宮も一緒に帰っていない。彼は彼で何だか最近忙しいようで、色んな人間に引っ張られながら姿が見えなくなる。
それを寂しいと思うのも本当だった。だが、それを言葉に出して衛宮の迷惑になろうとも思えなくて、黙り込んでいただけだ。
ふと少し斜め前を歩く男の背中を見れば、落ちかけた夕日が白い髪を染め上げて、誰かに似ているような錯覚を起こした。
「あの……」
「ん?」
振り返ったアーチャーの色素の薄い瞳にも夕日が入って、ついさっきまで頭の中にあった友人の目に被る。
そんな筈はないと無意識に思いながら。
「ありがとうございました。少し、すっきりしました」
「いやなに、私はただ散歩と休憩をしただけでね。君の気分転換になったなら幸いだ」
真正面から礼を受け取らないひねくれた態度に少し困ってしまうものの、悪い人ではないようだ。
やがて山門の入り口に辿り着くと、ここまで送ってくれた男に一礼して一成は階段を登り始めた。
毎日慣れた我が家への道だが、今日のように寄り道してしかも号泣したあとでは、登る前から少しうんざりとした疲れを覚えもする。
溜め息を吐きながらゆっくりと登っていると、少し離れた場所から呼びかける声がした。
「一成。お前が本当に坊主になるのなら」
振り返れば、同じように少しだけこちらを振り返って見ている男の姿。
「今日のお前みたいに、その弱さを赦してやってくれ」
少し苦笑しているような、鬱屈しているようにも見える顔で、男が言う。
「きっとお前は、いい僧侶になるよ」
言うが早いか、男は踵を返して行ってしまう。一成は何も返せずにただぽかんと男の背中を見送るだけだった。
アレは、一体なんだったのか。
「……諸外国では、あんな風なのが当たり前なのか?」
手放しに認められて、呆然とした一成が我に返って寺へ辿り着く頃には、既に夕餉が始まる時間になっていた。
「我ながら全く、度し難い」
夕陽から顔を背けながら、アーチャーはそう一人ごちた。
彼に一体何を重ねているのだろう。
アーチャーにとっての柳洞一成は既に居ない。ここにいるのは衛宮士郎の柳洞一成だ。
彼の知る友人は既に世界の何処にもいないのだ。
ただ一人彼の弱さと矛盾を赦し、墓地の片隅に無縁仏を装って、彼の遺品となるだろう私物を弔ってくれた友は。
彼の養父の墓を、悪意の手から守るために師たちと一緒に隠してくれた友人は。
もう二度と、会うことも出来ないのだから。
「ああ。オレの知ってる一成じゃないんだな」
改めてしみじみとそれを理解したアーチャーは、少し遠くに見える柳洞寺をもう一度だけ振り返って、じっと眺めた。
そこには、まだ階段の途中をぎくしゃくと登っている子供の背中が見える。
二度と見ることのないと思っていた景色で、彼が見ていた景色と全く同じものでもない。
それでもどこか類似点を探し出してしまうのは、故郷を失ったもの特有の郷愁だろうか。
「……さようなら、一成」
一体どちらの一成に向けた言葉か自分でもわからずに、アーチャーは一方的に別れを告げた。
かつて彼が故郷を捨てた日と全く同じ言葉で。