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雨の帰り道/Novel by 小草生月

雨の帰り道

1,930 character(s)3 mins

某所より。
なんでもない日常を過ごす士弓主従の短いお話です。

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「じゃあ、お疲れ様です」
「ありがとねエミヤん。遅くまで引っ張ってほんっとごめん」
ぱんっ、と両手を合わせて頭を下げるネコさんをなんとか宥めてエプロンを脱ぐ。バイトが遅くなった分だけ賃金に色をつけてもらったのに、更に謝られてはなんだか悪い気がする。
手を振るネコさんと、のんびりした店長さんの声を背に店の扉を閉める。そろそろ冬に差し掛かろうかという季節では、吹く風も何処か冷たい。夜となれば尚更だ。
「さて、と」
出る前に確認した時刻はそろそろ時計の針が右上を指そうかという時間。藤ねえや桜はもう帰っているだろう。最近は渡航資金を貯めるためとは言えバイトで遅くなる事が多くなっていた。夕飯を任せてしまう事も。
よし、明日は気合を入れて作ろう。丁度予定もないし、学校帰りに買い出しに行くのも良さそうだ。まずは朝食からだな、と考えながら歩いているとなにやらぽつりと鼻先に冷たいもの。
次いで、静かにアスファルトを叩く雨音が耳に届いた。
「そっか、夜は降るって言ってたっけ」
ぱたぱたと落ちる雨粒は存外大きく、次第に数を増していく。
出掛けに羽織ってきたジャケットのフードを被る。いずれ染みてくるだろうけど、時間稼ぎにはなるだろう。深山まではそれなりに距離があるが、後はとにかく走るだけだ。
とんとん、と踵を鳴らす。全力を出せるようぐるぐる足首を回してほぐし、さて走り出そうかと力を入れたところで、
「考え無しは最早言うまでもないが」
「うわっ」
がくん、と何かにフードが引っかかった。いや引っ張られた。
「それで風邪でも引いてみろ。おまえがどうなろうと勝手だが、季節が季節だからな。万が一他者にうつされては事だ」
「おい、アーチャ、くるし」
足が宙に浮く。吊られながら背後にいるだろう男をぺしぺし叩くと、放るように地面に降ろされた。首がもげるかと思った。
げほごほ咳き込んでいると、目の前に差し出されたのは見覚えのある傘。
えっと、これは傘を届けに来てくれた、と言う事だろうか。
「先に戻っている」
傘を受け取るや否や、アーチャーはくるりと踵を返した。慌てて見上げれば、雨でまだらに染まった背がこちらを向いていた。
あれ、あいつ自分の分の傘は持ってきてないのか。
「待てよ、おまえこそ風邪ひくぞ」
「サーヴァントが風邪などひくものか」
「いいから、って冷たっ」
引き止めようと掴んだアーチャーの手は鉄の様に冷えきっていた。既に血が通ってるか判らない程冷たいのに、更に濡れて帰ると言うのか。
「ちょっと持ってろ」
もう片方の手で開いた傘を預けて、ぐるりと周囲を見渡す。傘を渡しておけば勝手に帰ったりはしないだろうし、あいつも濡れずに済む。──あった。
「無糖で良かったよな。熱いから気をつけろよ」
ほら、と買ったばかりの缶コーヒーを差し出す。道端に自販機があって助かった。
「貯蓄のため余計な出費は控えているのではなかったか」
「いいんだ、余計じゃないから。ほら、早くしないと冷めちまう」
む、と眉根を寄せながらも手を出してくれたアーチャーに缶を渡しつつ、傘の下へ潜り込む。
「ありがとな。助かった……っくしゅん」
もう雨には当たっていないというのに、ぞわりと肌が粟立つ。頭上からはそれ見たことか、と言わんばかりのため息が降ってきた。
「手を出せ」
「なんだ、返すってんなら受け取らないぞ。あ、傘持たせっぱなしだったっけ」
「どちらも違う。いいから出せ」
疑問符を浮かべながら差し出した手は、おもむろにアーチャーの上着のポケットに突っ込まれた。既に収まっていた缶コーヒーと一回り大きな手の間に挟むように握りこまれる。
「は、え?」
えーと、これは。
バイト前に新都で見かけたカップルの姿を思い出す。手を繋ぎ、仲睦まじくぴったりと寄り添う姿はこの季節の風物詩だろう。
見上げたアーチャーの横顔は特に気にした様子もなく、いつものように眉根を寄せたまま。言いたい事は山程あるとでも言いたげな表情だが、先程から口数が少ないのは偏にここが深夜の往来だからだろう。
なら、俺も気にするコトではない。……とは思いつつも、早まる鼓動は収まる気配もなく。紛らわすように足を踏み出せば、呼応するようにあいつも歩き出した。
二人分の足音と寄せ合った肩が擦れる音が雨に響く。
缶コーヒーが役に立ったのか、アーチャーの大きな手のひらには熱が戻り始めていた。止まない動悸に押されるように、何気ない振りをして、節くれ立った硬い指の間にそっと指を潜り込ませる。ちらりと窺った横顔は相変わらずだったけれど、握り込んだ手のひらには握り返してくる感触。
仄かな温もりを感じながら、なんでもない夜を歩いた。

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