エススに捧ぐ
FGOベースのプロト槍と生前エミヤの話
プロトランサーのキャラクエや再臨についてほんのりと触れる箇所があるので、未所持・キャラクエ未プレイの方はご留意ください
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いつかの、名もない戦場だと思った。
またあの夢の類だと思っていたのだが、あの時のように自分の身体は認識出来るクセして、何故だか己と契約したマスターの姿がまったく見当たらない。
それに、確かにこの場は戦場ではあったが敵に類するモノが存在しなかった。
在るのは死体。
武器や人体の一部。噎せかえる血臭と、汚物の臭い。どこかで燻る炎が、それらを炙って鼻をつまみたくなるような臭気が漂う。
よくある戦闘と殺戮の跡だった。
もうこの場所には名誉も掃討も汚名返上も無く、生きているものは自分の戻るべき場所へと、己の身を引き摺って帰って行く。
……つまらねえな、と独りごちる。
戦闘は好きだ。
身を削る命のやり取りは、何物にも代え難い愉しみだと言って過言ではない。
だがそれは戦う理由あってこその昂りであり、その前提を忘れて戦いそのものに没頭するほど、己の本質は戦狂いではなかった。
虚しさと不合理だけが残された朽ちた戦場の夢など見ても、何の昂揚も収穫もない。
生きた人間の気配すらない、荒廃した情景をぐるりと見渡して、
もう一度つまらねえなとため息をついた。
ガラリと何かが崩れる音がして、思わず其方の方に振り向く。
積み重なった死体と建物の瓦礫の山がゴソゴソと動いて、中から黒く薄汚れたモノが頭を覗かせた。
この場にも、まだ息のある奴が残っていたらしい。
限られた情報源であるソレを下手に刺激せぬよう近付くと、死体の山からずるりと這い出てきた奴は、この生者の居ない凄惨な戦場の中でもきちんと五体満足のようだ。欠けても折れてもいない手足をぎこちなく動かして自身の状態を確認すると、フラつきながら何とか立ち上がり、片脚を引き摺りながら歩き始める。
「おい、おまえ」
今度はワザと音を立てて、その人影に声をかける。
この現象が以前の夢に近しいモノであるとは何となく分かっていたが、あまりにも状況を類推出来るヒントが少なく、そもさこの夢から醒めるキッカケすらも思い当たらない状況だ。前みたいに“敵”として認識できる兵士をぶっ潰せば良いのであれば楽だし面白くもあるのだが、そうも上手くはいかない。唯一の手掛かりと言ってもいい、戦場の生き残りに接触を試みるのは当然の摂理だろう。
俺の声にビクリと肩を揺らし、黒づくめの男は警戒を隠さぬ体でゆっくりとこちらへと振り返った。その、殺気を込めて睨み付けてくる男の相貌を目にした瞬間、予想外の展開にガラにもなく小さく息を飲み込む。
黒いコートにボロボロの赤いマフラー。
目深に被った黒い帽子からはみ出ている頭髪は、ほんの少しだけ斑に色が残っている。
だが褐色の肌に白髪を持つ鋼色の瞳の戦士の貌は、この現界に際して、少なからず見覚えがあるものだった。
「……お…まえ、エミヤ……か?」
思わずそう呟いた途端、目の前の男の殺気が膨れ上がった。
徒手だったはずの男の両手にいつのまにか剣が握られ、問答無用で斬りかかってくる。
しまった、と思うよりも先に身体が動いた。
咄嗟に槍を顕現させて眉間への攻撃をいなし、返す動きのまま石突で奴の鳩尾を狙う。
死体の山から這い出てきた、半死体のクセして反応もスピードもなかなかのものだった。話を聞こうと思ったら、ひとまず昏倒させてでも一旦おとなしくさせなければ。
手負いで様子のおかしいこいつと戦って俺が負けるなんてコトは正直あり得ねえが、情報を得る前についつい勢いで殺しちまう、なんて失態も避けたかった。
さすがと言うべきか、やはりと言うべきか。
奴は俺の石突での攻撃を予想していたのだろう。読みきった動きで上体を捻ってそれを躱すと、手にした陰陽剣でこちらの肝臓や腎臓といった体幹の急所を的確に狙ってきた。矢継ぎ早に繰り出されるそれを槍の柄で防ぎつつ、バックステップで己の間合いにまで距離を取る。
奴の狙い自体は悪くない。
紙一重で俺の攻撃を躱し、捌く動き一つ一つはなかなかに悪くない動きだが、柔い腹ばかりを集中的に狙ってくるあたりで力任せに鎧や肋ごとぶち抜くような臂力は残されていないのだと、自身の弱みを晒け出しているに等しい。そのくらい、敢えて見逃すにしても見知った奴にしてはあまりに“らしくない”剣筋が目立った。けれど、限られた魔力と体力を気力と機転でもって補い決死で撃ち出してくる一撃一撃は、凡庸だが愚直とも言えるほど純粋で清涼な闘気に満ちている。
いい戦士だ。しかし、まだ甘い。
太刀筋も奇策も戦闘理論も、己の知るあの英霊の動きには及ばない。
渾身の力で振り下ろした槍を交差した双剣で受け、ギリと奥歯を噛み締める男の血走った眼に、だんだんと殺気と喜悦が抑えられなくなってきた。
さあ、来るだろう?
来ないはずがない。
興奮で瞳孔が散大し、皮膚が粟立つのが分かった。戦狂いではないと言っておきながら、この手の昂りを無理に理性で抑える気にはならない。舌舐めずりをして、仕掛けてくるだろう相手の出方を伺った。
こういう、己の誇りと譲れぬものの為に必死に生きようとする手合いとの、生死を賭けた殺し合いが堪らなくイイのだ。
相手に相対し見据えた時の、あのゾクゾクと背筋を駆け上がる興奮と肌がひりつくような感覚は、性行為のソレにすら等しい。
「はぁッ!!!」
気合を入れて槍を振り抜くと、両手の剣を犠牲にして何とか後退し、よろめきながらも俺の槍の間合いの外からまた徒手で構えを取った。
冷や汗とも脂汗ともつかぬ汗がこめかみを伝い、引き攣った浅い呼吸は奴の体力が限界に近付きつつあると如実に伝えていたが、その瞳からは生きる意志も闘う意志も全く消えていない。
ああ畜生。
こんなにも昂ぶるからこそ、ひどく悔しい。こいつとは、こんな急造の槍じゃなくて使い慣れた俺の槍でこそ闘いたかった。今の俺は真名解放の時にしか、あの朱槍を手にできない。
真名解放ーーー宝具を出すってことは、すなわち目の前の男の命はないということだ。
久方ぶりに加減なしでやり合ってみたいと思える男と出会ったのに、夢の中の出来事のクセして、それすらも叶わぬとは。
魔力の迸りと共に、両手に再び白黒の夫婦剣を取り出した男の顔が苦痛に歪む。剣を構えた腕から血が滴って、ポタポタと地面に落ちた。
「……ッ、せいっ!」
再度、大きく斬り込んでくる。体重を乗せて振りかぶってきた両刀での一閃を、受けずに体を捻ることで避ける。受けてやっても良かったが、少しばかり槍の強度に不安があった。男は少し離れた距離を詰めるように、また左右の剣で猛攻を繰り返す。
敵の得物が槍であるのだから、間合いを詰めるのがセオリーだ。そんな教本通りの戦い方で、俺を倒せるなどと思ってはいなかろうに。
と、奴の攻撃を捌きつつ振るう槍が、コツリと瓦礫をも払い退けるようになった。気付けば先ほどよりも足場が悪く、狭くて障害物の多い場所の方に誘導されている。
ーーーなるほど、これが狙いだったのか。
この程度のことでは画期的にあいつの有利などには運ばない。だが微々たるアドバンテージでも積み重ねて己の活路へと繋ごうとする抜け目のなさ。奴のいじらしいまでの闘い方に、思わず口角がニヤついてしまうのを抑えきれない。
「イイねェ、俺は好きだぜこういうの。可愛らしくてなァッ!!」
踏み込んできた剣戟を、周りの障害物ごと薙ぎ払った。たたらを踏むが何とか踏み止まり、上から振り下ろされた俺の槍を受けて耐える必死の形相は、余裕もないが動揺もない。実力差を弁え、それでいて尚勝機を見出そうとするこの男は、俺が力の半分も出してないことも自分を殺す気がないことも悟っているのだろう。
重力と共に振り下ろした槍にグッと力を込めてやると、鍔迫り合うあいつの剣に罅が入った。蜘蛛の巣のようにパキパキと亀裂が広がっていく。
さあ詰めだ。
こいつがあいつであるのなら、絶対にアレを保持している。嬲るように戦いを引き伸ばさせたのだ。あいつならばきっと、戦いの合間に世界を侵食する為の文言を唱え続けている。
奴の歯を噛み締めていたはずの口元が小さく何かを呟いた。一瞬だけ祈るように目を瞑り、最後の小節を唱えるべく再度口を開くと、奴を中心にしてグニャリと位相が歪むような感覚が生じる。
唇が、知っている男と同じように動いた。
ああ、そうだ。
これを待っていたんだ!
炎が周囲を這うような熱感と空気の対流に撫でられ、世界があの剣の乱立する荒野へと塗りつぶされると思った途端、ガラスが割れるような高い音と激しく咳込む音とが続いた。
一瞬何が起こったか分からず我を忘れる。だが、咳込み息継ぎの合間に喘鳴を漏らしているのが目の前で崩れ落ちている男であることに気が付いて、思わず駆け寄った。
「おい?! 」
状態を確認しようと伸ばした手を、手負いの獣のように振り落とされる。バチリという音がしたかと思うと、手には一振りの剣が握られていた。とはいえ、こちらに向けられた切っ先は細かく震え、ズタボロの状態でも気丈に睨みつけてくる男の口元と手は吐き出した血で真っ赤に濡れている。
世界は侵食されず、訪れた時と同じ朽ちた戦場のままだった。
真新しい血臭は、目の前の内も外もボロボロになった男から漂う。固有結界を開く直前で魔力が尽きたか、禁忌にあたる魔術の反動にこの男の身体が耐えきれなかったのだろう。
それでも、生きることは諦めない。
「……おまえ」
戦意も闘気も霧散し、手にしていた槍を手放した。
これは、そうだな。認識を改めよう。
所詮夢の中で見る夢のような現象だと、軽く考えていたのが間違いだった。とりあえず一通りヤり合えば良い、なんて単純なものではなかったのだ。少なくともこの男は可能な限りで戦いきっていたし、“あの時”は決着は付かずとも結果が出た時点で夢のような現象の終わりを感じることができた。
……今は、その片鱗すらない。
はあ、と大きく息を吐いて気持ちを切り替える。
戻る方法は後にしよう。こいつと殺し合いを愉しむのも取りやめだ。
まずやるべきは現状の把握。面倒だがそれをせんことにはこの状況は打開出来ぬらしい。その為に、唯一の情報源であるこの男と話をしなくては。なるべくぶっきらぼうにならぬよう、警戒を解くように話し掛けてみることにする。
「えーっと、なんだ。
ひとまず、武器、しまってくれ。もう仕掛けねえから。ちょいと状況が変わった。俺ぁ今迷子になっててな、少しばかりおまえと話がしてえ」
我ながら説得が下手過ぎて嫌になる。
もう少しスマートに、こう、余裕がある感じでいきたかったんだが。
ほら、と武器を持ってないことを示すように両手を上げると、俺を必死に睨みつけていた男は口元を血で染めたままぱちくりと目を見開く。
「…………なあ、頼むよ」
情けなく弱り切った声だなとは思ったが、年上の女に甘えるような猫なで声で、強請るように囁いた。俺の勘でしかないんだが。何かこう、この男には、いきなり懐に潜り込んでやった方が良い気がしたんだ。
それが功を奏したのかはわからんが、俺を見上げてポカンとしていた男は、手に持っていた剣を消し去りふわりと表情を崩した。
あれは安堵の顔なのか?
ひどく疲れた笑みは自嘲と焦燥をも貼り付けたままで、見ているこちらの方が不安になる。
「あ、おい!」
緊張の糸が切れたのか、そのまま人形のように倒れ込む男の身体をすんでのところで受け止めて、解決策の見当たらない面倒ごとの連鎖にほんのちょっぴり途方に暮れた。
ため息と共に抱え上げた男は、思っていたよりも少しだけ軽い。
抱え込む面倒ごとだったら、せめて女が良かったのによ、と。誰に向けるでもない不満をこぼした。