2026/03/23(月) 17:25 0 25
1996年4月のデビューから30年目に突入し、4月には50歳となる今年、現役生活に別れを告げる決断を下した。
「ひとつの区切りですね。50歳から第二の人生と思っていましたから」
"豊後の虎"の異名を取り、九州の看板としてS級上位に君臨し、2004年にはKEIRINグランプリ(立川)を制し頂点に立った競輪界の功労者だ。近年は頸椎骨折や両膝の怪我に苦しみ、思うような走りができない時期が続いた。それでもレースとなれば全力を尽くし、最後までファイターとして戦い抜いた。
引退を決意したのは昨年11月の奈良初日。
「直前に(甲斐)俊祐や阿部(将大)らと地元バンクで乗り込んだとき、上がり10秒台にも付いていけた。でもレースになると力をだせなかった。ああ、これはもうダメなのか…と」と限界を悟り迷いに区切りをつけた。
競輪は天職とばかりに丁寧に取り組み、小細工なく前進し続けた30年だった。
「まったく後悔はないし、やりきった。遂行して完結。何より大輪の花を咲かせてもらいました。競輪には人としての懐の部分を学ばせてもらいました」とすがすがしく語った。
今後は競輪解説者として業界に恩返しをしていく予定だ。
「B級からスタートして頂点を見た。そして最後はチャレンジの7着までとすべてを見たつもり。たぶん、そんな選手いないと思います。自分にしかできない視点で、ファンの皆さんにわかりやすく解説していければ」と長年の経験を総動員する。
とはいえ、そんな話はまだ先のこと。まずは目の前の一戦に全力を尽くす。4Rは同県の成海大聖目標から力を振り絞り、準決進出を目指す。(netkeirin特派員)