とくとくとく、掴んだ手に伝わる鼓動は常になく早いようだ。
それもそのはずで、あと少し指に力を込めれば、この小僧の気道は潰れ、たやすく死ぬ。
いきものにとって死への恐怖は抗いがたい本能で、ヒトとして色々と壊れているはずのこれも例外ではない。
どんなに強がってみたとしても、恐怖は身体に生理的な反応を引き起こす。
事実、早い脈動や浅い呼吸がそれを物語っていた。
だが、それに負けじと強い光を湛えた琥珀色が、決して逸らすものかという意志も露わにこちらを睨みつけている。
そのまっすぐな眼差しに強い嫌悪と苛立ちを感じ、一方で、これが衛宮士郎だと妙に納得している自分もいて、それが余計に腹立たしい。
腹立ちまぎれに、わずかに指に力を込めれば、手のひらの下で首回りの筋肉がこわばるのが伝わってきた。
意識してさらに気道を狭めてやれば、ぐぅ、と苦しげに喉が鳴る。
向かい合ったその顔が苦しげに歪み、それに昏い喜びが身の内にひたりと滲んで来るのを感じた。
自分の口が歪むのが分かる。
ひどく醜い笑みを浮かべているであろう私の顔を、衛宮士郎は瞠目したまま注視している。
ふいに首元を締められて、そういえば奴の両手もこちらの襟を掴んでいたのだと思い出した。
そのまま力を込めて引き寄せられる。
「ひっでぇ、顔ーー」
引かれて前かがみになった私の顔を間近で見上げてそう言い放つ。
気道を圧迫している指はそのままなので、随分とひしゃげた声になっている。
「お前……ぐ、げほっ……!」
なおも続けて喋ろうとして喉を痛めたらしい。
身を折るほどの激しい咳き込みに、奴の喉を掴んでいた手を思わず離してしまう。
そのまま、げほげほと咳き込み続ける男をぼんやりと見やる。
「こ、殺すつもりなら、最後までちゃんとやれ、よ」
咳の合間に切れ切れに発する言葉は、掠れて聞き取り辛いが、言わんしていることは伝わった。
「ちゃんと、だと?」
「ちゃんと、だ」
おうむ返しに聞き返す私に念を押すように繰り返し、こちらを見上げてふてぶてしく笑う衛宮士郎に怒りより戸惑いを感じ、我知らず空唾を飲む。
奴の首を掴んでいた手は、降ろすタイミングを失って所在なげに虚空にあった。
ふいに、それを掴まれた。
そのままぐいと引かれて自分の首に私の手を押し当てた。
「ほら、ここを強く掴んで潰せばいい。あんたなら簡単なことだろ?」
「ーー貴様は、死にたいのか?」
絞り出すように発した声はかすかに震えていた。
震える?私は一体何に動揺しているのだ?
「まさか!でも、あんたのさっきの顔は良かった」
「顔?」
「ああ、俺を殺したい、痛めつけたいと笑っただろ?……ひでえ顔だったけど、あれは良かった」
「は!衛宮士郎に被虐願望があるとは驚きだ。なるほど確かにお前は私とは違うようだ」
「人を変態みたいに言うなよ。……確かに俺はお前にはならない。それってつまりお前には俺を殺す理由がないって事だろ?理由が無ければお前には人は殺せない。それがたとえ衛宮士郎であっても。そうだろ?」
咄嗟に反論できなかった。
反感を覚えるのは、単に私がこいつを気に入らないからで、頭ではその指摘を認めてしまっていた。
「知ったふうな事を……」
「知ってるさ。俺はお前にはならないけど、お前は俺だったんだからな。お前が感じた葛藤も決断も後悔も、俺にはきっと正しく理解できる」
だからこそ、と続けた男の顔を、見るのではなかったとすぐに後悔した。
微かに喜色を滲ませたその表情は、この状況には全くそぐわない穏やかなものだった。
その静かな目がまっすぐに私に向けられている。
「そんなお前が、理屈抜きに感情のままに人を殺したいと思う事がどれだけ希少なことか、その相手が俺で、それが今ここに相対しているということがどれだけ奇跡的な事か、俺は」
「黙れ!」
それ以上聞きたくなくて、指に力を込めた。
苦しげに喉が鳴るのを聞きながら、掴んだ首を絞め上げる。
「ーー調子に乗るなよ、このガキが」
「ガキで、結構!お前こそ、そんななりしてて、中身はどうなんだって話だろ」
「……どうやら、本当に殺されたいらしいな?」
「だから殺してみろって言ってる」
口の端を吊り上げて吐き出す挑戦的な台詞は、いかにもな煽り文句で、それにふと我に返った。
安っぽい挑発に乗せられた自分に舌打ちしながら、小僧の首にかけた手の力を緩める。
「付き合ってられん」
吐き捨てる私の耳に、ばれたか、という呟きが届いたのは気のせいだと思うことにした。
だが、
「でも、お前の手、意外と温かいんだな」
ぽつりと零されたその言葉の内容だったのか、どこか嬉しそうな声色だったのか、何がスイッチを押したのかは分からない。
唐突に噴き上がった衛宮士郎への殺意が手のひらから奴の首へと伸びた。
喉輪になった手で衛宮士郎の首を支点に上方へ吊り上げる。
自重で首を絞められる形になった衛宮士郎は苦悶の表情を浮かべた。
酸素を断たれたその顔がみるみる紫を帯びてくる。
だというのに、顔を歪ませながらもこの男はどこか陶然とした笑みを浮かべ私を見たのだ。
「!!」
はっとして手を離したのは、決してこの男を気遣ってのものではない。
どさりと地面に落下してうずくまり、喘鳴とともに忙しない呼吸を繰り返す衛宮士郎から、知らず数歩の距離を後退りしていた。
ふいに強い逼塞感を喉に感じて無意識に自身の首に触れる。
首を絞められたのは今地べたで喘いでいるこの小僧の方なのに、なぜ自分までこんなに息が詰まるのか。
喘ぐように息を継いでいた私の目が、こちらを見上げる2つの琥珀色を捉えた。
ぎくりと身を強張らせる私に構わず、その目の持ち主はその場でよろよろと立ち上がると、ゆっくりとこちらへ歩み始めた。
立ち尽くす私の前で止まった衛宮士郎は、喉を押さえている手に自身のそれを重ねると、やっぱりと頷き小さく笑った。
「ほら、同じ温かさだろ?」
End
この内容でこのタイトル…… ホントだいすきです。 心に踏み込むどころか、ナチュラルに踏み抜いてしまう士郎と何度も踏み抜かれてしまう弓が好きです。 二人のやり取りが体を重ねるより濃厚に交わっているなあと感じてしまい、とても萌えました…。