アラブ生活 (あらぶせいかつ)

13年間、アラブで生活した。欧米と異なり、自分の価値観で見るとなにも見えてこないが、

素直に接すれば接するほど、毎日驚かされることが続き、相手を認め素直に受け入れ、

考えることを学べた気がする。また、全く異なる価値観の世界に住む中で、逆に日本人を

考える機会をいただいた。アラブに感謝である。


今 (いま)

昭和38年生まれの47歳。日本の「今」を考えると、歴史的な転換点にあるのではないかと思う。それにもかかわらず、

「今」は混沌の中。「今」何かをしないと、将来の世代に顔向けできないのではないかと思った。

後どれだけ生きるのかわからないが、

自分の「今」は残された人生の中で最も若い瞬間だから、精一杯「今」を生きたい。


歌 (うた)

音楽は大好き。かつては、ロック、フォーク、フュージョンのバンドを組み、ライブハウスから学校のダンス・パーティまで

コンサートずくめであった。今は、年に数回のカラオケ程度のお付き合い。

フォークでは河島英吾、チューリップ、風、ロックはTOTO、クイーン、アイアン・メイデン、

ジャズはスタッフ、リターン・トゥー・フォーエバー、スタンリー・クラークが好み。


エネルギー (えねるぎー)

国家が提供すべき安全の内、エネルギーも重要な分野である。

民主党のマニュフェストはエネルギーの安定供給を掲げているが、現時点では具体的な施策実施には至っていない。

環境、課税とのバランスを求める一方で、国家として大所高所に立ったエネルギー政策が求められている。

この問題については、国会で働くことが許されるのであれば、

多くの専門家、企業等と透明性の高い議論の場を持ち、長期的な展望の作成に努めたい。


大野元美・元昭

大野もとひろの今は亡き祖父、父。

大野元美は埼玉県川口市で38年間市長を務め、現在においても強力に機能する集票マシーン

である「川口自民党(現在の自民党川口支部)」を組織した。つまり、大野もとひろにとっては、

選挙に際しての「壁」である。大野元美は感謝する祖父であると同時に、命を賭して政治に

傾注した尊敬する政治家でもある。

川口の自民党ネットワークは強固であるが、それゆえに、「これまで自民党を支持してきたので

あるから、自民党の看板を掲げる者ならばだれでも支持する」、「自民党でなければ飯が食えない」

との意識が蔓延している。もちろん、自民党で飯は食えていないし、小渕政権以来、縮小する。

経済・国力にもかかわらず、返すあてのない借金を繰り返して、下駄を履かせ、破たん国家間近に

追い込んだのが自民党であることは明白である。また、右肩上がりの祖父の時とは異なり、

国民の要望に応え変わることのできなかった自民党の存在意義が薄れる中で、「自民党支持者

だから自民党議員」という感覚は、古い自民党支持層と若い層や「川口都民」とのギャップを

拡大し、人物や政策で選択することを妨げるばかりである。尊敬する祖父が作ったネットワーク

だからこそ、その孫は、時代に合わせ、真に市民のためになるネットワークに変えなければならない

と考えている。大野元昭はビジネスを営む傍ら、ライオンズクラブで奉仕活動にいそしみ、

国際理事として日本を代表した。収入に不釣り合いな弱者に対する奉仕で、少ない資産を

切り売りしたが、その心意気を尊敬している。祖父と共に、水泳選手で、自由形の埼玉県記録は

30年間破られなかった。大野もとひろにとって、こちらも高い「壁」である。