「昔は良かった」は、昔から言われている

「昔は良かった」は、昔から言われている

全体に公開

先日、友人と話していて冗談を飛ばした。先の衆院選でも話題を集めた「チームみらい」という政党があるが、「俺たちはもう完全に『チームむかし』だな」と。その場での思いつきだったが、後でこれが本稿の出発点になった。

年寄りだけがインターネットに残っている

かつて「デジタル・デバイド」という言葉があった。インターネットを使える者と使えない者の格差、という意味だ。当時それは、若者対老人の問題だった。若者は使えて、老人は使えない。テクノロジーは未来であり、未来は若者のものだった。

ところが今、その構図がひっくり返りつつある。

Z世代やα世代の「ネット離れ」が各所で報告されている。SNSのアカウントを作らない10代、スマートフォンを意識的に遠ざける大学生、オフラインの時間を守ることを一種の美学とする若者たち。CNBCの記事によれば、2025年に英国で4000人超を対象に行われた調査では、全消費者の約4分の1が過去12ヶ月にSNSアプリを削除しており、Z世代ではその割合が約3分の1に上った。マーケティング専門家のキンバリー・トレンバースによると、α世代でSNSを「生活で最も重要なもの」と答えた子どもはわずか5%で、従来型SNSをほとんど使わない子どもは約半数に達する。「暇つぶし」目的のSNS利用にいたっては、2021年比で11%も減少している。

デバイスの選択にも変化が表れている。Washington Timesの記事によれば、2021年から2024年にかけて、18〜24歳の間でいわゆる「ブリック・フォン」(通話とテキストしかできない機能限定携帯、日本で言えばガラケー)の販売が148%急増した一方、スマートフォン使用は12%減少した。フリップフォン、デジタルカメラ、MP3プレーヤ、紙の手帳、目覚まし時計——かつて「スマホに吸収された」単機能デバイスが次々と復権している。「慢性的オフライン」が若者の間で最新トレンドとなっており、皮肉なことにその宣言がTikTok上でバイラルになっているそうだ。

一方で、Facebookに残っているのは中高年ばかりで、X/Twitterで相変わらず毎日ツイートしているのも、気がつけば40代以上が目立つ。Instagramのリールを朝から晩までスクロールしているのは誰か。相当歳がいっているはずだ。

つまり現在、従来型インターネットをもっとも熱心に使い続けているのは、かつてなら「デジタルに乗り遅れた世代」と呼ばれた人々に近い年齢層なのである。若者はとっくに降りていて、我々年寄りだけが残された船の上でキーボードを叩いている。「チームむかし」というのは笑い話として言ったつもりだったが、よく考えれば笑えない。インターネットというテクノロジーに、むしろしがみついているのは我々の世代なのだから。

ウォークマンを救世主と呼ぶ倒錯

では若者たちはどこへ行ったのか。

アメリカの雑誌New York Magazineに、携帯電話の学校持ち込み禁止を実施した高校で、生徒たちが「ポーカーや会話という素朴な楽しみを再発見した」という話が載っていた。さらに記事は続く。ある高校生が、父親の古いCDをウォークマンに入れて聴いている、と。ドアーズ、ウィーザー、あるいはNo Doubtの『トラジック・キングダム』。スマートフォンを取り上げられた子どもたちが「発見」したのは、1990年代のガジェットと、1970〜80年代のロックだった。

ブロガーのリサ・ペラルタはこの現象を「テクノ・パストラル(テック懐古主義とでも訳すべき概念)」と名付け、これは本当にテクノロジーの弊害への解決策なのか、それとも単なるノスタルジーなのかを問うた。

考えてみれば、ゲームボーイも初代ウォークマンも、当時は「子どもを孤立させる」「勉強の邪魔」と散々批判されたガジェットだった。それが今や、スマートフォンへの解毒剤として称賛されている。だがこの逆転は、ウォークマンが本質的に優れていたからではない。ただ時間が経過し、スマートフォンというより強烈な批判対象が登場したからに過ぎない。

ここに一つの無限後退が潜んでいる。

文化研究者レイモンド・ウィリアムズはかつて、牧歌的文学が「絶え間なく移り変わる過去の黄金時代」を描き続けた矛盾を指摘した。ある時代はその前の時代を称賛し、その前の時代の記録はさらに前を懐かしむ。彼の言葉を借りれば、「過去へと遡り続けても、真に安らげる場所も時代も、決して見つからなかった」。

テクノロジーへの懐古も同じ構造だ。iPhoneに不満を持つ人はiPodを懐かしみ、iPodの時代を生きた人はウォークマンを懐かしみ、ウォークマンの時代の人はレコードプレーヤーを——。そして石板に文字を刻んでいた人は、おそらく「口で直接語り合っていたあの頃は良かった」と呟いていた。いくら過去を遡り続けても、「本当に良かった時代」には永遠にたどり着けない。

しかもよく見れば、若者の「ネット離れ」は半分だけ本当だ。Z世代もα世代も、FacebookやXといった従来型SNSからは確かに離れつつある。だが、YouTube、TikTok、Robloxには依然として熱心に関与している。「ネット離れ」というより「プラットフォームの乗り換え」と言うほうが正確で、「昔に戻っているのではなく、別の形の現在にいるだけ」なのだ。ウォークマンを買いながらSpotifyで曲を探す、という矛盾した行動が多くの若者に見られるのは、その証拠だろう。問題は無くなったのではなく、見えにくくなっただけなのだ。だからこそ、ノスタルジーに逃げることは問題の先送りに過ぎない。

新しい美学を打ち立てる

単に過去を美化することは、その時代が抱えていた問題をも遡及的に許容することになる。ストリーミングの搾取的なロイヤリティ構造を批判するために、かつてのCD時代を持ち上げるなら、レコード会社が長年アーティストに課してきた不公正な契約も一緒に美化することになる。「昔は良かった」という言葉は、昔の被害者への想像力を閉じさせる。

より根本的な問題を言えば、「古いものへの回帰」は美学の放棄だ。iPodのクリックホイールを愛でることは、あの独特の操作感と、それが生んだ音楽との関係を懐かしむことかもしれない。だがもしそこに本物の価値があったなら、問うべきは「どうすれば昔に戻れるか」ではなく、「その価値を現在のテクノロジーでいかに実現するか」のはずだ。

インターネットもSNSも、確かに多くの弊害をもたらした。だがそれは、テクノロジーそのものではなく、それを設計した者たちの選択の問題であることが多い。アルゴリズムによる依存性の設計、注意経済のビジネスモデル、プライバシーの商品化——これらは避けられない技術的必然ではなく、変えうる政治的・経済的選択だ。2025年にスマートフォンのモバイルインターネットを2週間遮断する実験を行った研究では、参加者の91%が精神的健康・生活満足度・注意持続力の改善を報告している。問題はデバイスの「古さ」ではなく、設計の思想にある。

つまり、本当に必要なのはウォークマンではなく、新しい美学と新しい批評の言葉だ。今あるテクノロジーを前提として、それとどう付き合うかの倫理と感性を、前の世代の遺産に頼らずに自分たちで打ち立てること――そしてこれこそ、我々「チームむかし」の仕事でもある。若者はすでに黙って乗り換えを始めている。だが問題を言語化し、制度を変え、次の設計思想を議論できる経験と語彙を持っているのは、問題をリアルタイムで生き、比較の視座を持つ我々の世代だからだ。

「チームむかし」とは、試合に出場せず、スタンドから「あの頃の野球は良かった」と言い続けるチームであってはならない。昔のユニフォームは格好いいかもしれない。しかし未来は、グラウンドの上にしかない。

(見出し画像:Getty Images)


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