民俗トップ>
二 「食」>
(五)団子とシトギ>
8 シトギ(シラ餅)
8 シトギ(シラ餅)
シトギとは、水につけた生米を砕いていろいろな形に固めたもので、古来から神霊の供物とされる。亀山市域においては「シラ餅」と呼ばれ、山の神の供物とされている。
山の神は1月7日(または2月7日)に田へ降りて、12月7日に山へ帰ると言われている。12月の山の神の日にシラ餅を供える習俗は昼生地区を中心に行われている。シラ餅は米粉を水でこねて円形や小判形の団子にしたもので、ツバキ(まれにユズリハ)やタモ、アオキの葉にのせて供物とする[写真1]。その後、山の神のかがり火で焼いたシラ餅は分割して皆で食べる。それを食べると「その年は風邪をひかない、無病息災でいられる」などと言い伝えられている。
<現代風シラ餅の作り方>
[材料] 白玉粉 40g、 上新粉 60g、 水 95cc
1. ボールに白玉粉、上新粉を入れ、ぬるま湯95ccを少しずつ加えよく練る。耳たぶくらいのやわらかさになる。
2. 1個が約20gぐらい直径約4.5cmぐらいの円形に成形する。
硬くなったら両面を少し焼くと素朴な味を感じる[写真2]。
<調査事例>
[昼生地区]
1. 下庄町神向谷・昭和3年(1928)生・男性
山の神の祭日は、12月7日と1月7日で、祭日の早朝には各家が自家が所属する組の山の神に御神酒を持って参る。山の神は1月7日に田に降りて、12月7日に山に帰ると言われている。山の神の日に山仕事をすると怪我をするといわれている。
12月7日の山の神では、各家が早朝に御神酒とタモの葉に包んだシラモチ(粢)、藁数把を持って山の神に参る。山の神に参った後、神前で持参した。
2. 下庄町本郷・昭和7年(1932)生・男性
12月の山の神では祠の前で火を焚いて、シラモチ(米粉の餅)を炙って食べる。2月7日の山ノ神では普通の餅を焚き火で炙って食べる。今は各戸で参るが、昔は講ごとに参ったものだった。
3. 下庄町本郷・昭和10年(1935)生・女性
早朝わら1束ねと白餅(5~6個)持って山の神広場に行き、白餅をお供えした後、焼いて食べる。残った白餅は直会としていただく。
4. 下庄町本郷・昭和7年(1932)生・男性
山の神の宿(当番)は2軒ずつだったが、現在は1軒になった。講の家の名を書いた木製の札を宿にまわす。
昔は各戸でシラ餅・お神酒・おかずを持って、山の神に参った。山の神へシラ餅を供えた(シラ餅はツバキ(まれにユズリハ)の葉にのせて供えていた。現在は銀紙などに供える)後、それらを1つにまとめて焚き火で焼いた。焼いたシラ餅は分割して皆で食べる。シラ餅は米粉を水でこねて団子にしたもので、やわらかいので1つにまとめることができる。
5. 下庄町弘法寺・大正3年(1914)生・女性
山の神に、新米の玄米を臼でついて作った「シラ餅」を供える。「オキ」で焼いて食べると病気にならない。」と言う。
6. 下庄町弘法寺・大正13年(1924)生・男性
12月7日。山の神が山へ入る日で、新米の玄米を臼でついて作った「シラ餅」を供える。「オキ」で焼いて食べると病気にならない。」と言う。
7. 中庄町・明治43年(1910)生・男性
山神社 いわゆる山の神である。資料には集落東北部に位置するとあるが、現在は於々奈気神社社殿南隣に移され、石塔が建っている。12月7日と2月7日に山の神祭りが行われる。山の神は2月7日に田に降り、12月7日に山に帰ると考えられている。山の神の去来伝承であるが、山の神が田の神になるとはいわない。山の神の日に山仕事をすると怪我をするといわれている。山の神の祭りは早朝に行われる。めいめいが藁数把とシラモチ(シトギ)を持って参拝し、神前で藁を燃し、その日で持参したシラモチを焼いて食べた。火にテンピツ(縁起のよい言葉を墨書したもの)をくべ、高く舞い上がるとよいとされる。
Copyright 2011 亀山市