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【FGO士弓企画】ニアリーイコール存在論/Novel by 秋缶

【FGO士弓企画】ニアリーイコール存在論

10,562 character(s)21 mins

FGO士弓webアンソロジー企画参加作品。
企画の詳細は企画用記事をご参照ください。
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 英霊召喚システム・フェイトは英霊を召喚することもあれば、英霊ではないものを呼び寄せることもある。失敗とは言い難いそれらは総じて概念礼装という形になり、カルデアの戦力増強に貢献していた。
 一つの召喚に用いられる材料、エネルギーは莫大であり、求めていたものとは違うからといって無駄にできるはずもないのだ。
 そして赤い弓兵は、マスターから一つの概念礼装を手渡された。
「初めてのヒトガタっていうか、こういうタイプの礼装もあるんだねぇ」
「待て、どうしてこれを私に」
「だってエミヤと相性が良さそうだから」
「相性…確実に悪いだろうっ」
「そうでもないと思うよ。アーツ性能のアップだし」
 確かに宝具は火力系だけれど、基本的にはアーツじゃないか。ノーブルファンタズムゲージだっけ、あれがないとそもそも宝具は使えないし。
 回転率あげてばんばん殲滅する練習しよっか。
 そんな言葉に弓兵は、愕然とした顔で手渡されたカードを見やる。概念礼装という存在は知っていた。彼以外にもそれを渡されている者がいる。けれど総じて何かしらの小物であったり、現象であったりで、こんなものではなかったはずだ。
 手渡されたカードには「投影魔術」と記載されている。そしてそこには在りし日の彼の姿が、正確には殺さんとした衛宮士郎の姿が刻まれていた。
「まだ召喚したてで性能しか分からないんだけど、どういう礼装なんだろう」
 不思議そうに弓兵の手に載せたカードに触れたマスターは、カードの名前を丁寧に口にする。
「とうえい、まじゅつ、かぁ」
 それってどういう魔術なのかな。と続けようとしていたはずの口は、ぴたりと閉じられた。
 触れた指先から、魔力がぎゅるんっと吸われていって一つの形がふわりと空間に写しだされたのだ。
「投影魔術の概念礼装、だ。よろしくマスター」
 少しはにかむような面持ちでそう告げた少年は、自分のカードを持っている英霊を見やると複雑そうに顔をゆがめる。
「…俺はアーチャー付きか」
「私とて不満だ」
「不満じゃない。ただ、縁があるなって…当然といえば当然だけど」
 そんな会話にマスターはきょとりと目を丸くして。
「知り合い?」
 っていうか概念礼装って、人型だと記憶とかあるんだ。
 なぞという、そんなこんなの初対面だった。


 人物が一つの概念とまでなった場合、それはある種の魔法のようなものだろう。単体でなしたことならば、封印指定食らっていてもおかしくない。もっとも、概念まで昇華できる存在であったのならば生前からして指定ものだろう。魔術の徒は貪欲だ。
 投影魔術と呼ばれるカードの性能を確認した研究者は、そんな結論を下す。既存の投影魔術と彼が扱うそれは一線を画している。昔の魔術はそれが普通だったのかと言われれば、否。どれだけ文献を調べても、この存在のような形での発露はなかった。
 酷く強固な魔術だ。儚く消えゆくような形式ではない。
 本物により近く、もしかすると本物すら凌駕する勢いの複製は、この概念の基となった人物特有の現象だった。
 カードの少年はただこう告げる。彼にとって投影とは「創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、制作に及ぶ技術を模倣し、成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現する」魔術なのだ、と。
 自己のイメージからオリジナルの鏡像を魔力によって複製する魔術。物質として再構築するでなく、その有り様、生物無機物物質問わず、精神性すら模倣する、追体験。
 それは本来の形ではなく、ただただ、身に抱える魔法に近い魔術。固有結界から漏れでた特性の影響だとも笑っていた。
 強烈な概念として抽出された彼は、カードであることを自覚して、自分が概念であることも理解している。
 床に足をつけることなくカードを所有する弓兵の周囲に、ふわりと漂うばかりだ。
 その所有者である青年は、諸々に耐えかねてカードを返却しようとマスターの元に訪れていた。
「返してもいいだろうか」
「え、駄目」
「…理由は?」
「だって、投影魔術は別に嫌がってないよね」
「まぁ、俺は。ただこいつが嫌っていうなら離れるのも構わないぞ」
「次の所エミヤの宝具が欲しいんだよね」
 アーチャー優位の場所だし、そしたら連戦が多いと思う。今のうちに慣れてもらって戦闘を有利に進めたいって思っているので、駄目。
「しかし」
「具体的な理由がないと俺だって判断できないよ」
 困り顔で告げられてしまえば、食い下がることも難しい。弓兵は片手に持っていた茶菓子を差し出して退室することしかできなかった。ちなみに茶菓子は彼と投影魔術の共同作成である。
「やっぱり駄目だったな」
「……」
「お前本当に俺のこと嫌いだよなぁ」
 しょうがないと言うように、けして弓兵の前には出ずに漂う概念礼装の少年は、物質としての結合が弱いのかよく輪郭を淡くする。それでも物に触れようと思えばできるらしく、ストレス解消に調理する弓兵の後ろで何かしらと手伝いをしていた。手伝われることもストレスだと、理解しているだろうに、だ。
 足早に鍛錬場に進む弓兵に引っ張られるようにして漂いながら、投影魔術として出現した衛宮士郎は頬を掻く。
 彼にしてみれば気づけばここに召喚されていて、自分が生身の人間ではなくて一種の魔術的な現象だと理解させられている状況だ。
 衛宮士郎であるという自覚もあるが、投影魔術という概念であることも理解している。それでいて赤い弓兵が自分の成れの果てという記憶もあり、いがみ合ったことも、ぶつかり合ったことも、認め合ったことも覚えていた。
 かつて自分を殺そうとした、壮大な自己否定を試みた相手だ。その理由が、自分が誰かを害する存在になっているから、だなんて。どこまでも正義の味方よろしい理想像。
 投影概念たる彼にとっても、弓兵は変わらず理想なのだ。かつて認められなかったのは、その行き詰ったという結論だけであり、あくまでも焦がれる対象。憧れの形。いつかこうなりたい、ではなくて。いつかこうなると信じる一つの未来だ。
 自分は概念であるからして、こうなる未来なぞとうになくなっているけれど、その傍にいて理想の一助になるのならそれでも良かった。
 助けてやりたいなんて思うのは、概念となったからだろうか。
 こんなに切羽詰っている弓兵をどうにかしてやりたいと思うのも、自分がこの形になったからだろうか。
 よく分からないと思うものの、基本的にシンプルに、明確に。己の心に忠実に。
 概念礼装たる衛宮士郎は、この弓兵を助けたいと思っている。
 それだけがわかっていれば良かった。
 必要とされるのならば、他の誰かに手を貸すのも厭わない。それでも、それとは別のところで、マスターと呼ばれた少年が、彼を弓兵に手渡した時にもう決めていたのだ。
 彼の為に存在しよう、と。



 かつて真剣に一騎打ちとなった時は、僅差で衛宮士郎の勝ちだった。勝ちと呼べるのもおこがましいほどのぎりぎりの、ただの結果としての勝利だ。あれは勝負と言えたのかどうか危うい。
 鉄錆びてぼろぼろになった理想を、信念を、願望を、祈りを。打ち直したような、刷新しただけのような戦いだったと思う。
 刃交えることで心を研いでいたのだ。
 今とは状況がまるで違う。
 システムが作り出した仮想の敵を前に、弓兵が剣を振るう。
「余裕だよなぁ、俺が居なくてもこの程度だと相手になんないだろうし」
「今すぐ消してやってもいいぞ」
「できないだろ」
 お前、あのマスター気に入ってるだろうから。
 そんな指摘に弓兵が口をつぐむ。図星だと、何の躊躇もなく思えるのは概念礼装である彼自身がそうであるからだ。
 あのマスターの在り方は、かつての衛宮士郎とよく似ていた。それでいて、衛宮士郎よりも先のある考え方をしている。行動もそうだ。無理がない。無茶があったとしても、だ。
 無謀はあるだろう。けれどそれはそうしなければ後がないことを知っての行動だ。彼の退路は常に選択肢に乏しく、進路ですら道幅が狭い。その中で懸命に勝ちを拾い、未来を掴み続けるマスターを、弓兵が厭うはずがないのだ。
 あのマスターは好ましい。かつて描いた正義の味方ではないけれど、どこか眩しい有り方をしている。
「……いっそ、俺と戦ってみるか?」
「お前と私が戦って何になる」
「お前のストレス解消」
 人間だったころなら絶対に勝てないけどな。
 一度勝ちを拾った事実を綺麗に忘れて、概念礼装はのたまう。
「今ならまぁ、いけそうだ。無茶したら怒られるだろうけど」
 どうする?
 ふわりと宙に浮いての問いかけに、弓兵は眉を顰めて肯かない。
「うっかり殺してしまっては、マスターは困るだろう。手加減が面倒だ」
「うっかりでも殺されるつもりはないし、今の俺はちょっと手ごわいと思うぞ」
 何せ概念だ。
 それを殺すということは概念を消滅させるということでもある。お前と基を同じくして、魔術としての発露の形も等しいというのに、投影を消滅させることはできるのか?
 そんな挑発に、弓兵は答えず干将莫邪の双剣を手のひらに作り出した。
 トレース・オン。
 小声の囁きが戦闘開始の合図で。
 とっさに自身の一部として構成されている赤い布(おそらくは相手の聖骸布をイメージして構築されたそれ)を、自分の前面に引っ張り下ろす。強化の魔術を重ねてしまえば盾の形状で、弓兵が投擲してきた剣をうまく弾いた。もっとも、それで油断できる相手ではない。投影という魔力が続く限り延々と再構築できる武器なのだ。確認せずともその手には、新たな柄が握られているに決まっていた。
 バックステップで距離をとって自分も剣を作り出す。斬りかかってきた赤い弓兵をなんとかしのいで、体を捻って受け流せば、一際強い一撃に体が浮いた。
「しまっ」
「軽いのは不利ということだな」
 ぐっと踏み込まれて、内側を爆ぜさせるように剣の柄を叩き込まれて。
 生きものではない。呼吸が止まるということもない。ただ結合がぶれて体が霞むのがわかる。
 硬い床面でバウンドした体が転がっていくのを他人事のように感じて。ようやく体勢を立て直せるところまで回復して、顔を上げた瞬間、切っ先を突き付けられていることにきづいた。
「勝負ありだ」
「参った」
 やっぱり無理かぁと両手を挙げた概念礼装に、弓兵は鼻で笑って見せた。
「……多少は、進歩していたようだがな」
「あれから少しは積み重ねた、というか。まぁ、俺は衛宮士郎本人とは少し違うからなぁ」
 お前が、本体の分霊として存在するように。この自分もただの記録から抽出された概念だ。衛宮士郎の記憶はあれど、本人ではない。ましてや、どの世界の衛宮士郎を基盤しているのかも分からない。
 そう告げてやれば、相手はわずかに目を見張る。本人ではないという可能性を失していたらしい。彼自身がシャドウサーヴァントだのなんだとの様々な形で召喚される英霊だというのに、まったく意識していなかったらしい。
 渋い顔になった弓兵に、概念礼装たる衛宮士郎は小さく笑った。
「こっちこいよ。横に座れって」
 完全に、衛宮士郎としてこの概念礼装を見ていたことを自覚した弓兵は、反駁する気力もないのか嘆息しつつも従う。
 互いに床に座り込む形で、もしも誰かが入ってきたのなら少しばかり驚きそうな光景だ。
 元々、以前からの知り合いにはガードが甘い部分がある弓兵だ。かつての自分ともいえる存在相手では、隠すものも乏しいのだろう。むしろそう見栄を張るのももったいない相手だと考えている節がある。
「少し特殊みたいだけど、これも聖杯戦争なんだろ」
「ああ。ここ以外の人類史が失われてしまったらしいな…」
「俺らの時より緊迫してるだろそれ」
 どこか呆れた口調なのは、その緊張感を感じさせないカルデアの面々を見ていたせいだ。緊張をし続けることは良いことではないと、理解している。それでもあれは気を抜きすぎだと思ってしまったらしい。
 終わりが見えてこない戦いだからこそのゆるさだと、薄々察してはいるものの。
「だから、まぁ。俺がいて、お前の意識が散って、戦闘に支障がでるんなら離れてやろうって思ってたんだよ」
 そっと手を伸ばした概念礼装は、弓兵の目を綺麗に覆い隠す。
「なんのつもりだ」
「少しは甘やかしてやりたいな、と」
「冗談はほどほどにしろ」
 失笑した弓兵は、概念礼装の手を外す。ちぇっと舌打ちする少年姿のそれに、なんとも言えない顔をした。
「まぁうん、支障ないみたいだし。お前やっぱり強いんだなって思う」
 宝具、きっちり全部チャージしたら殲滅攻撃としてもすごいってマスターが言ってたんだ。今のままでもすごいけれど、俺がお前について効率よくチャージできたらさ。お前きっともっとすごいってことだよな。
 まっすぐな目を向けられて、弓兵は言葉に詰まりっぱなしだ。
「お前が俺のことを嫌いってのは別にいい。俺だってなんとなくわかるし…」
「……嫌い、では」
 ないとは言い切れないけれど。憎んでいるわけではない。歯切れ悪く反駁する弓兵に、概念礼装たる衛宮士郎は片手をひらひらと振って見せる。
 無理をするなという意味と、分かっているという意味。両方を含めて。

 どう接したらいいのか分からないのだ。

 かつてあれほど否定していた存在ではあるのだけれど、その有り方を認めてしまった。負けを一度は認めた記録が弓兵の中に残っている。
 だからこそ、以前のようには嫌えない。憎めない。かといって素直に受け入れることができるのならば、英霊なんてやっていない。
 何気に進退窮まっていた状況だ。
 そういう細々とした状況も、全部わかっていると概念礼装は柔く口元をゆるませる。
 どうしようもない堅物さも何もかも、自覚のある事柄だ。こうと決めて、それを信じて進んできたからこその理想像。容易く考えを変えられるはずもない。
 それで、いいのだ。
 かつての自分はそんな自分の有りように憧れて、それなのに悔いたという一点を認めることができなくて、がむしゃらにぶつかった。ぶつかり合って忘れてしまっていたことを擦り合わせて、研磨して、意志を尖らせて、己が望んだものを刻み直したのだった。
 だからこそ、自分の考えに惑う弓兵に好意を抱く。
 かつて傍らにいた少女たちに思っていたような、温かな、柔らかな情ではないけれど。それでもこれは一つの思慕だ。
「相手が違うだろう」
 どこか戸惑う目をした弓兵に、概念礼装はそうでもないと首を振る。
 召喚された英霊と、抽出された概念。どちらも人ではなくなっているけれど、抱いた理想は確かに同じで。そこに到達した英霊を、概念たる彼が支えてやりたいと思うのもまた、自然な流れの一つに思えるのだ。
「違わない。俺がいま助けてやりたいって思うのは、お前なんだよ。アーチャー」
 どうせ周りを甘やかすことで手がいっぱいで、自分を後回しにするんだろうから、一人ぐらいはお前を甘やかす存在があってもいいと思う。
 嫌でもいいんだ。この手をとらなくたっていい。そんなの望んでもいない。
 ただ、お前の傍にいることだけは許してくれよ。
「今の俺はいるだけでお前の力になれるし……、幸いなことに?」
 忘れるなよ。お前が俺の理想なんだ。知ってるんだろ。

 静かに告げた投影魔術の礼装に、弓兵は言葉を失う。
 もう一度と目の上に置かれた手のひらを、強引にどけることも難しい。視覚を封じられてもある程度の情報は拾える。ましてや今は戦闘中でなく、ただただ二人で鍛錬場にいるだけだ。
 不思議と体温を感じる手のひらが瞼に触れている。それを知覚し、意識した刹那に、感覚は離れていった。
「もう一戦だ。わかってるだろアーチャー」
 お前はもっと俺の力を利用していい。この身は概念で、英霊に力を貸すために世界から抽出された礼装だ。どこまでも一つのことに特化する。お前に力を与える為にいる。
「お前の攻撃に力を上乗せできる」
 効果があるのは技巧的な一撃のみになる。火力という意味では心もとない。それでも、力だ。
 投影魔術たる概念礼装の言葉に、周囲が疑似敵を作成し始める。黙っていても攻撃される状況に、弓兵の体が勝手に立ち上がり戦闘態勢に移行した。染みついた闘争本能のなせる技だ。
 その背後に浮かぶ人影は、肩に手をかけて言葉を吐き出す。かつて舌になじませた魔術の発動とは違う、概念たる彼だけの言葉。
「グラデーション・エア」
 投影魔術。
 礼装が己に課された概念名称に、魔力を込める。それだけで周囲が変容した。特殊な力場が発生して、弓兵に作用した。礼装たる衛宮士郎が求めるままに、力を与えだす。
 放つ一撃の威力が上がる。そこから発生し、戻ってくる宝具を放つためのエネルギーが跳ねあがる。
 一戦目よりも格段に早く敵は消滅し、身の内にたまったエネルギーを持て余すほどだ。
「…これが概念礼装の力か」
「ただ傍にいるだけでもけっこう効果はあるらしいけど」
 きちんと互いの意志が重なっていれば、効果なんて簡単に上がるもんだ。
 そんな口ぶりに、弓兵は渋々と存在を肯定する言葉を吐き出した。力ではあるのだ、と。それでも肯定することが難しいとも、重ねて呟く。
「我ながら理解しがたいものだな」
「それは仕方ない。元はお前も俺も同じだけど、もう別物なんだから」
 衛宮士郎という存在がまずあって、世界を違えればそれもズレていて。そこからどの未来を選択するのかという分裂があって。ある種の到達点にいるのがお前で。別の衛宮士郎の在り方、あるいは衛宮士郎という有り方を抽出して形にしたのが自分だとしたら、そこに共通点はあっても相似ではないだろう。合同であるはずもない。
 すでに、自分たちは別物なのだ。
 それを認めなくてはいけない。
 似通った他者だ。
 だからこそ、言える言葉がある。
「なぁ。俺はお前のこと、けっこう好きだからな」
 嫌いじゃない。そういう迂遠な自己肯定だって、きっとこの形だから言えるんだ。
 へらりと笑って告げられた言葉に、弓兵は面食らってしまって、この日何度目かの絶句を味わった。



 意志のある概念礼装というものをどう扱うべきか確かめるように、難敵が出ない場所で戦っていた弓兵に同行していたマスターは、確認もそろそろいいかと一つ頷く。
「慣れてきたね。だいぶ効果も高いなって実感する」
 何せ宝具という強力な武器を打つ回数が増えた。そうでなくとも、ゲージが溜まるのが早く、いつもよりも早く攻撃できている。それは大きなメリットだった。
 後ろに漂う投影魔術は嬉しそうに頷いて、弓兵自身はどうにもこうにも煮え切らない顔をしている。それでも、嫌と思っているわけではない表情だ。互いの間にあったらしい、何かしらの拗れも改善できたのだろう。そう見てとったマスターは、安心したなぁと息を吐く。
 少し前から投影魔術のような概念礼装の抽出が増えてきていて、まずは一枚目の状況を見てからと魔力を吹き込まずに保管している状況だ。
 見た感じ、手渡された英霊の近く限定で形を成して、望めば物質化もできる。何かしらのダメージがあれば存在が揺らぎはするものの、消滅することはない。ダメージがあったとしても礼装としての効果は発揮する。
 細かな確認をしていて気づいたのは、礼装の意志と、それを身に着けている者の意志が合致している場合、判明している効果以上の何かがあるということだ。
 そのぐらい、弓兵と投影魔術の組み合わせの見せた効果は大きかった。
 意志があることにはやはり何かしらの意味があるのだろう。それがわかっただけでも大きい。
「戻ったら他のカードも起こしてあげないと」
 確か、そう。
「虚数魔術と、偽臣の書だったっけなぁ」
「桜と慎二も来たのかぁ」
 明らかな固有名詞にマスターがきょとんと投影魔術を見上げる。浮いているせいで高低差があるのだ。
「知ってるの?」
「抽出元を」
「そっかぁ。エミヤも知ってる?」
「……まぁ」
「このままだと遠坂も来そうだよな」
 追い打ちなのか、投影魔術が呟けば、弓兵がぴたりと動きを止めてしまった。
「おい、そこまで反応することはないだろ」
「たわけが…」
「遠坂悲しむぞー」
「彼女がそんなたまかっ」
「楽しむな。でも、ちょっとはショック受けると思う。いいじゃないか、概念でもまたあいつに会えるなら」
 確かに別の存在ではあるけれど、あの時の遠坂の泣き顔と笑顔、忘れてはいないだろう? そう、腕を組んで、足も組んで、背後に浮かぶ投影魔術は心底呆れたように弓兵の後頭部を睨む。
「エミヤと親しいの?」
 その遠坂って人は。そんなマスターの問いかけに、投影魔術は力強く頷いた。
「元マスターって言ったら通じるか?」
「なるほど」
 それは確かに親しい。そして弓兵の反応をみる限り、不仲だったわけではないだろう。
 それなら楽しみにいるべきだ。何せこの弓兵。この概念礼装が来てからは、慌てたり怒ったりと感情表現豊かに気忙しいものの、それより前は常に余裕をもって皮肉を繰り出すという非道っぷりだ。
 面倒見は良いので何が彼をそうさせたのかと、内心でこっそり悩んでいたこともある。
 その弓兵が、名前だけでも慌てる「遠坂」さんに期待は集まるばかりだった。
 わくわくと顔に書いたマスターは、はたと手を打って懐から一枚のカードを取り出す。
「出る直前に召喚していたんだけど、このカードも来ていたよそういえば」
 やたらとキラキラしていたので、眩しかったとぼやいたマスターの手の中には、等級の高そうな概念礼装。投影魔術は自分よりも上だなぁと客観的な感想を零した。
「これも人の形とりそうなんだけど…なんか、投影魔術に似ているなって」
 思って、そのまま持ってきちゃった。兄弟とかいる?
 そんな問いかけに、弓兵も投影魔術も顔を見合わせる。そのままそっとカードの図柄を確認する。

 リミテッドゼロオーバー。

 そう書かれた絢爛たる礼装には「剣を鍛えるように、己を燃やすように、あなたは鉄を打ち続ける。」なぞと刻まれており。

「……俺ってこういう未来もあったんだなぁ」
「えっ、投影魔術と同じ人?」
「たぶん。抽出された概念が違うというより、こういう風になった未来がどこかにあって、そこから引っ張り出した礼装だろうから……別人というより兄弟みたい、な?」
 それいったらアーチャーもなぞとぼそぼそと続く言葉だが、マスターの耳にはすでに届いていなかった。
「あ、火力増強が効果だ。アーチャーの宝具、単発で決めるなら相性いいかもな」
「回数じゃなくて一撃重視ならありだね」
 ふぅんとカードくるくる回していたマスターが、魔力を込めようとすると、寸前で褐色の指先が抜き取っていく。
「あっ、エミヤっ」
「まさかと思うが、これも私で試す気かね」
「投影魔術と兄弟ならいいんじゃないかなって」
「勘弁してくれ」
 これだけでも私のメンタルはずたずただ。これ以上は受け取りかねる。
 そんな泣き言を聞いた投影魔術は、後ろでお腹を抱えるようにして笑い転げた。
 まぁまず間違いなく、リミテッドゼロオーバーたる自分も弓兵に並々ならぬ関心を持つ。それがどういう形になるかは分からないけれど、自己嫌悪にも似たネガティブさは抱かないだろう。つまりは、好意の部類を向けるのだ。
 英霊にならない衛宮士郎は、英霊になった衛宮士郎にきっと憧れる。そういう精神構造を疑えない。
 そしてまとわりつかれた弓兵が、疲弊して倒れるまでが目に浮かぶようで。
「えっと、マスター。とりあえず俺もまだここに馴染んでるわけじゃないから、アーチャーから離れるのは不安なんだ。そいつ起こすのはもう少し後にするか別の奴に装備させてやってくれないか?」
「うーん、まぁ。転送の容量的には確かに投影魔術がぎりぎりなんだよね」
 レイシフトする為の制限は、高位の英霊や等級の高い概念礼装に重く伸し掛かってくる現実だった。弓兵は高位に分類される英霊であり、投影魔術自身もそこそこ等級が高い。よってこの組み合わせはシステムの限界の少し下といったギリギリ感を演出することが多かった。投影魔術よりも確実に制限がかかるとわかっている礼装を前に、マスターも考えざるをない。
 起こしてしまったら、使わないという選択肢がない。まだ寝かせているのだから使用はしないという選択ができる。そういう結論で。
「じゃあしばらくは使用しないってことにして、エミヤが持ってる?」
「結構だ」
「遠慮しないなーい。投影魔術と兄弟なら、親しいってことじゃないか」
 だったら、遠慮しないで持っていてよ。失くさないのはわかっているし、そういう意味では信頼している。
「預かってて」
 そう何の含みもなく言ってのけたマスターに、英霊エミヤは実に微妙な顔をして見せる。
 更にその後ろで、また投影魔術たる衛宮士郎が笑いをかみ殺しているのが中々に印象的だった。



end.


Comments

  • ろじ
    September 19, 2016
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