砂糖よりは甘い
あるもの:とても平和なカルデア
物事の曲解が過ぎるアーチャーさん
英霊の酩酊という概念
真名バレ
ないもの:ふたりと女性との絡み
性欲に身を任せ理性を放棄する描写
ランサーさんがデリヘルを頼んだという事実
大昔ツイッターを開設していたころにリクエストとしていただいていた「デリヘル呼んだら〇〇が来た系の槍弓」のつもりで書きました。
いろいろな不安がすごくて飲み込み切れません。怒らないでくれると嬉しいです。
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かの有名なケルト神話の大英雄、クー・フーリンが大変な女好きであるという話はカルデア内において有名である。しかし同時に、それが事実とは反するということも私は知っていた。多分、私だけが知っていた。なぜならあの男が現在進行形で付き合っているのはこの私であるからだ。
数多の女性を差し置いて、あの整いすぎていて稀にゾッとするような顔面とスマートな言動で酒池肉林を作り上げ楽しんでいると噂のランサーと付き合っているのが、私。
よく考えたら何かがおかしいような気もしたが、まあいいかと思っていた。別におかしくてもいいか。だってランサーがかわいい、それは純然たる事実であったし、ランサーも私をかわいいと言って憚らなかった。毎日飽きずに触れてくる指先が何よりも雄弁だ。そう思っていた。
脳内お花畑とはよく言ったものである。
そもそも彼と私が恋仲に発展した経緯はとてもシンプルで、彼のことをなんだか随分と愛おしく感じるなと思っていたタイミングで同じような旨の言葉を向こうから頂戴したため、名刺を交換する要領で私も遅れて愛情を差し出した。
交換しあったそれを眺め眇めつ、これまでふたりまんじりともしない距離を保ちながら手をつないだり食事をしたりしていた。このペースだと最終目的地点に達するにはゆうに数年を要するが、そこに関してもやはりまあいいかと思っていた。これで十分だというランサーの声に偽りを感じていなかったから。環境すべてに甘えて、私は一歩先に踏み込むことを怠っていた。その結果がこれだ。
私は手に持っていた冊子をどうしたものかと睨み付ける。とりあえず一度床に置き、手放すのも不安な気がしてすぐに拾い上げる。やはり変わらず派手な蛍光色が躍るそれの、ペンで何周も囲まれたいちばん目立っている女性の箇所を噛みしめるように読み上げた。
「……褐色・デカ尻・S系美人か……」
それはまごうことなきエッチな広告であった。まったく関係のない雑誌の何気ない一ページに差し込まれた、ちょっとカロリー高めのエロ広告であった。
無論、私の所有物ではない。雑誌の内容自体趣味に合わないし、部屋に物を増やすのはあまり好きではないので、拘りがなければ電子書籍で買っている。ということは持ち主は限られてくる。というか一人だ。
何とも言えない虚無感に耐えかね指を離すと、折り目に沿って角が折れ、褐色・デカ尻・S系美人の顔がちょうど隠れた。
少し深めに刻まれたそれを、本来の持ち主であるランサーがイソイソと拵えたのだと思うと、どう、どうしたら、どう……。しかも付箋まで貼ってある。ほかの女性たちも含め、簡易プロフィールの横に数字の書き込まれた付箋が貼ってある。1とか3とかどういうことだこれ。ランク付けか。お世話になった回数か。どういうことなんだ。
なんということだろうな。光の御子だなんだと言っておいて、酒池肉林をうたっておいて、実際はエロコンテンツを男子中学生のようなやり口で嗜んでいたのだ。いたたまれない。そりゃ手をつなぐだけで三か月かかる。まあいいかとか言っている場合ではなかったのだ。この脳内お花畑が。
かの有名なケルト神話の大英雄がこれ以上童貞をこじらせ、スキャンダラスなアイドルを匿名掲示板で上から目線でこき下ろしてしまう前に、どうにかしてやらなければいけない。
それは恋人としての義務感でもあったが、仮にそうでなかったとしても彼を救うべきだという使命感があった。知ってしまった以上見て見ぬふりは出来ない。とうにそういう人間だった。ランサーは童貞だった。
すべては概念的な話である。行為としてのセックスを行ったことがあるからといって、全員が全員自信満々なプレイボーイに進化していくわけではない。永遠に心は童貞のまま、リアリティショーの感覚で消費してしまう人間もいるだろう。しかしここでややこしいのは、経験のない人間は例外なく皆童貞であるということだ。高校数学を思いだすと理解がスムーズである。
つまり何が言いたいのかというと、ランサーに必要なのはただのセックスではなく、メタルスライムセックスだということだ。ただのスライムをただのセックスと仮定して、メタルセックスといってもいい。莫大な経験値、それが彼には必要なのだ。ちまちまとただのスライムを狩っていては、拗らせ童貞ネットイキリオタクへの進化を止めることは叶わないだろう。
「つまり、いまの君はイーブイだということだ」
「イーブイってなに」
不用心なことに部屋のカギはかかっていないのが常である。勝手に入るのも憚られたので外から呼びつけると、ゴムの緩んだハーフパンツのみを着用したランサーが出てきた。やや時間があいたので、それすら身に着けていなかった説も濃厚だ。あとめちゃくちゃ寝起きの顔。もう昼時なんだが。
「無限の可能性を秘めているが、その分コントロールが出来ない。進化形態を選べないという点ではGOのイーブイと等しい。かなり危険な状態だ」
「だからイーブイってなに」
「しかし心配には及ばない。恋人兼トレーナーである私が、君を立派なブースターにしてみせる」
「ブースターってなに」
「方法としてはメタルセックスを用いようと思っているので、道具は一式揃えてきたんだ。そろそろ部屋の中で話を続けたいのだが、かまわないかな?」
「メタルセックスってなに」
「性交だな」
「一回帰ってもらってい?」
まったく熱の入っていないランサーは、まだ三時だし、と続けた。私もおやつ時にこんな話をするのはいたたまれなさがあったので、早く部屋に上がりたかったのに。なるべく対象年齢低めに説明したのに。全然通じないし。帰宅を推奨されるし。
私は肩にかけていたエコバッグから例の冊子を取り出した。半目で表紙に視線を落としたランサーの顔色がサッと変わる。冊子を持つ手首ごと掴まれ、勢いよく部屋の中に引き込まれた。こんなものを他の者に見せては、という配慮だろうか。恥ずかしさもあるのかもしれない。もっと慌てふためくかと思っていたが、予想に反して彼の動きは滑らかだった。
静まり返った部屋のなかで、エアコンの低い稼働音が響いている。ベッドの上は散らかっていた。
「ど、……こで?」
「先日、私の部屋でしこたま飲んで帰っただろう。そのときのゴミを分別していたら出てきた」
「……」
ランサーは何も言わない。苦虫をかみつぶしたような顔で固まっている。出方を窺っているのかもしれない。
「ひとつだけ、確認したいことがあるのだが」
「……」
「君はこの店を利用したことがあるのか?」
変わらずうるさいエアコンの稼働音が、語尾の僅かな震えをかき消したことを願う。足元で丸まった掛布団。皺の寄ったシーツ。枕元の電源コード類。読みさしの文庫本。この生活空間を私以外の誰かが侵したことがあるなら、それはあまり気持ちのいいことではないように思えた。
でも、だからって目くじらを立てることでもない。だってその女の入り込めないところに私たちの住まいはあった。怒るほどのことじゃない。でも悲しい。
「ねえよ」
ランサーの声は硬質だった。嘘はついていないと思う、ランサーは私に噓をつかない。私もランサーに嘘をつかない。つけないわけでもないのに、できる限りの誠実さを心掛けてきた。その努力の上に積み重なってきたすべてだった。自然と視線が下がった。
「じゃあ、これから利用しようと?」
「それも違う」
「この女性が君のタイプなのか」
「いやそれは別に……」
突然歯切れの悪くなった返事に、思わず顔を上げる。
ランサーはなんと説明しようか困ったような口ぶりでもごもごと言葉にならない声を発した。もう十分だ、と思った。
「わかった。聞きたいことは終わりだ、メタルスライムを狩ろう」
「狩らない。なんていうか、お前は今とんでもない勘違いをしてて、勘違いっつーかまあ、なんていうか、やめておいたほうがいい」
「なにを」
「これ以上この件を深掘りすることを。絶対に後悔するから」
「……」
「アーチャー」
「でも、その女性なら、私のほうがずっといいと思うんだ」
「アーチャーやめておこう。黙ったほうがいい」
私のほうが、といった瞬間顔をこわばらせたランサーが早口に言った。
どうしてわかってくれないんだろう、という苛立ちが胸に詰まる。上手に声のボリュームを調整できない。ランサーは困った顔をしている。私が突然こんなことを言いだして驚いたのか、面倒だと思ってる? でも面倒にしたのは君なんだってことを自覚したほうがいい。
「なぜ? ずっと思ってた、褐色デカ尻S系美人がなんだ、私だってその気になれば集中的にケツを鍛えることだって可能だ。肌の色はすでにクリアしているし、性癖は努力でそれらしく振舞うことが出来る。努力をする、それだけ君と一緒にいたいと思ってる。君が好きだ。愛してる。匿名掲示板でアイドルを妄想だけで批判するような君を見たくない」
ランサーは口を挟もうと何度か口を開いたが、最終的には俯き頭を抱え押し黙ってしまった。これではとても経験を積むだなんだという話ではない。仕方がない。
一度仕切りなおし、ヒップアップ用のトレーニングメニューを組んでからまた来ようと踵を返しかけた私の手のひらをランサーが引き留めた。項垂れているから表情が見えない。
「てめえなんだ、アーチャー」
「ん?」
「お前がな、酒をしこたま飲んだ俺がやったと思い込んでいるそれらすべて、酒をしこたま飲んだお前がやったことなんだ、アーチャー」
「……ん?」
何を言っているのだろう。すべてというのはだから拗らせ童貞丸出しなエロ広告への細工諸々であり、それをやったのが私。酒をしこたま飲んだ私。
一体なにを言い出すんだか、と鼻で笑ってやろうとしたとき、ランサーの発言で刺激を受けた海馬がパカッと開き、ひとつの記憶をはじき出した。
『だからなランサー、この女より私のほうが正直言ってケツもデカい。わかるか?』
『何度も言うけど、わかんねえのは突然嬢に張り合うお前のほうなわけよ』
『張り合っているというかまあ……事実?』
『飲んでくれ、水を飲んでくれ。そして一切の記憶を失い今後も平和に暮らしてくれ』
べろべろに泥酔した私を介抱するランサーの、呆れと慈愛の入り混じったような表情は妙にリアルで、まるで本物みたいで、まるでというか、まるで、というか。
「え?」
「え? じゃなくて」
すとん、と視線が一気に下がる。何事かと思ったが何のことはない。腰が抜けただけだった。
「え? この女性を選んだのは?」
「お前」
「折り目を付けたのは?」
「お前」
「付箋を貼って数字を書き込んだのは?」
「お前」
「え?」
「え? じゃなくて」
殺してほしい。
「言っただろ、やめとこうって」
すべてを話してすっきりしたのか、ランサーは余裕の笑みを取り戻して揶揄うように言った。
抜けた腰が返ってこない。立てない。ランサーの願い通り一切の記憶を失った私は平和に生きていたのに、自ら油をかぶって火の中に飛び込んでしまった。
そりゃランサーも止める。顔色も悪くなるし歯切れも悪くなる。なんて言ってあげたらいいんだこんなとてつもない馬鹿に。出来ることなら数時間前の自分をぐるぐるにガムテープで巻きつけて一生そこで大人しくしていろと怒鳴りつけてやりたい。
「本当にすまない」
「いいよ」
「申し訳ない。勝手にこんな、独り相撲で」
「いいって」
「君は私のために言葉を濁してくれたのに、君の気も知らず」
「まあ大体いつものことだしな」
「殺してくれ」
「それはイヤ。かわいいから」
打って変わって機嫌よく笑うランサーが、私の手を取って指と指を絡めた。静かに刻まれる鼓動のリズムで、とくとくと流れ込んでくる温かさが心地よかった。
何が、とか聞く必要もない。
君のほうがずっとかわいい。
……ならまあ、いいか。