ね~んね~んころ~りよぉ、おころ~り~よ~…
甘く低い低音で、低く、長い、不思議な旋律の歌が聞こえた。
「この声は弓兵か?」
「だな」
声を聞いたのは廊下を歩いていたランサーとキャスターのクー・フーリン、声の持ち主とは両者ともに懇ろの仲だ。当然気になって声の方へ向かうと、ついた先は談話室だった。扉が少しだけ開いており、歌声と共に子供たちの声も聞こえた。
隙間からのぞくと、案の定、エミヤが子供たちにまとわりつかれていた。ナーサリーとジャックがエミヤの両隣にくっついて座っている。二人が日本の歌をエミヤに強請っているのだろう。あの弓兵はつくづく子供には甘い。
「坊や~は良い子~だ~」
「あら、私たち女の子よ?坊やじゃないわ!」
「男の子だけなんてズルい!」
「これは失礼した。では"嬢や"と歌おう。この歌は相手によって変えられるのが良いところなのだよ」
「いいわいいわ!それを聞かせて!」
「私も!」
「良い子だ。では続きを歌うぞ」
「はーい!」
「うん!」
じょ~や~はよい~こ~だ ねんね~し~な~
子供たちはエミヤにもたれかかりながら聞いている。いずれ膝の上で寝てしまうのだろう。何とも『食堂のおかん』らしい光景だ。二人は苦笑を浮かべて静かに去った。
夜の帳が落ちきった頃、薄暗い室内のベッドの上では三つの人影が寄り添っていた。
室内にこもる湿った空気と同じ吐息を零しながら、エミヤは気怠げに横たわっている。背後にはランサーが覆いかぶさり腰に手を回していた。それを邪魔だと思いつつも人肌の心地良さと重みを甘受する。
視線の先にはキャスターがいた。彼はベッドサイドに手を伸ばして煙草とライターを手に取った。カチリ、と灯される火と漂う煙。煙草は好きでないがライターの火は好きだ。キャスターの煙草は特製でハーブのような香りがする。鎮静効果もあるようで、火と煙の上る様を見ているととろとろと眠気がやってくる。空いた手で髪や頬をなぞられるのも心地良い。
だが、このまま眠るのを背後の駄犬は許してくれなかった。甘噛みするように「何か歌えよ」と耳元で囁かれた。
「……疲労困憊している私に更なる労働を強いるのかね」
「ンだよ、たっぷり魔力注いでやったろうが」
「私の魔術回路と神経と直結しているのでね、遠慮なく出してくれたお陰で神経の疲労感が半端ない。他を当たってくれたまえ」
「ガキどもには歌ってやって俺達には歌えねェってか?」
「……聞いていたのかね、悪趣味な。残念だが昼のアレは子供向けだ。生憎と大型犬を寝かしつける子守唄のレパートリーは無いのだよ」
「そんだけしゃべれりゃ十分元気じゃねぇか。もう一戦行くか?」
「やめたまえ!」
腰を揺すられ慌てて制止する。未だランサーの一部が体内に埋め込まれたままなのだ。やっと鎮火した火を再び灯されたらたまらない。いくらサーヴァントといえど二人も相手するのは少々堪えるのだ。
「なら、オレが歌ってやろうか?」
ベッドヘッドに背を預けて煙草を吸っていたキャスターが口を開いた。
「お前が?」
「君が?」
ランサーが訝しげに、エミヤが驚いた顔をする。キャスターはニヤリと笑って歌いだした。
「ね~んね~ん、ころ~り~よ~、おこ~ろ~り~よ~」
日本の子守唄を外国人の(しかも顔が半端なく良い)キャスターが歌うと違和感が半端ない。しかも無駄に良い声だ。
「シ~ロ~は良い~子~だ、ねんね~し~な~」
「!!!」
「何だそりゃ」
昼に聞いた歌と似ているようで違う歌だ。腕の中のエミヤが硬直したので何かあんだろうとランサーはキャスターに問いかけた。
「冬木で坊主と仲が良い元気な姉ちゃん覚えてるか?」
「ああ、憶えているぜ。縞柄の面白い姉ちゃんだったよな」
「その姉ちゃんが歌ってたんだよ。坊主が酒飲んで酔いつぶれている時に、な。子供の時から歌ってたらしいぜ?」
「ははぁん……」
「……」
エミヤは眉間に皺を寄せながら、擦り切れたはずの記憶が蘇るのを感じる。
衛宮士朗は切嗣に引き取られたばかりの頃、よく寝ては悪夢を見て飛び起きていた。終いには寝るのを嫌がるようになってしまった。よく昼にこくこくと船を漕いでいた。それを心配した切嗣は藤ねぇに相談したのだ。
『寝れない子供には子守唄でしょう!』
そう言って、士朗を捕まえて子守唄を歌いながら寝かしつけた。少し調子の外れた子守唄は不思議と眠気を誘いよく寝れるようになった。夜中に飛び起きることも減っていった。その数がほぼゼロになるまで藤ねぇは付き合ってくれた。
ここで終わりなら美談なのだが、斜め上を行く藤ねぇはそれだけでは終わらない。同じ歌を繰り返し歌うことに飽きた藤ねぇは替え歌を自作するようになったのだ。
『シロウは良い子だ~はよ起きな~ご飯を作る~』
『シロウは可愛い~おねぇちゃん大好き~』
『シロウは悪い子だ~おねしょ~し~た~』
などなど、あることないこと歌にするもんだからたまらない。『そんなことしてないだろ!』と突っ込みながらふざけ合っていつの間にか寝ていた覚えがある。
懐かしくも照れくさい、未熟と断じるのすらまだ早い頃の思い出だ。
「思いだしたか?」
「顔が赤いなぁ?」
見えてない癖にニヤニヤと笑うクーフーリンズ。
「人が悪いぞ……」
「人じゃねぇし?」
「サーヴァントだし?」
こういう時だけ二人の呼吸はピタリと合う。さすが同一人物だ。地獄に落ちろ。
このまま自分が歌わなければよりおかしな替え歌まで暴露されそうだ。キャスターは妙に細かい記憶まで有しているのだ。キャスタークラスの知性の使いどころが間違っているとしか思えない。やはり地獄に落ちろ。
はぁ、とエミヤは深々と溜息をついた。
「分った、歌えばいいのだろう……」
エミヤの唇から昼間に漏れ聞こえた子守唄が流れ始めた。子供達に歌った時よりも少し掠れた声で紡がれる旋律は大人の子守唄に相応しい。ランサーとキャスターはエミヤにより深く寄り添い、甘い歌声を楽しむ。
(眠い……)
二人が歌に合わせて指で拍子をとるのが伝わり、エミヤはまるで自分が寝かしつけられるような錯覚に陥る。二人の体温に挟まれる心地よさも相まって、意識を保つのが難しくなってくる……。
歌が途切れ途切れになり、穏やかな寝息に変わった。
「はッ!自分が寝ちまいやがんの。可愛いヤツ」
「寝顔だけは素直だな」
二人の視線の先にはあどけない顔をして寝ている弓兵がいた。穏やかな表情は驚くほど幼い。この顔ならあの坊主と同一人物だと納得出来た。
「良い夢を」
「良い夜を」
二人は眠るエミヤに唇を落とし目を閉じる。やがて夜のしじまに三人の寝息が重なった。
その夜、飛び起きる子供はどこにもいなかった。