50代になってからやりたいことを探し始めたりかです。

 

 

 

 

子供の頃から服が大好きで、学校での良い成績のご褒美は必ず服だった。

 

 

 

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母が洋裁をしていたこともあり、お気に入りの服を選んで作ってもらうことも大好きだった。

 

 

 

 

 

ファッション系の専門学校へ進学したけれど、当時は恋愛に逃げて大好きなファッションの道へは進まなかった、今考えると人生最大の後悔です。

 

 

 

 

倹約家の母に育てられたせいかお金を使うことは悪というイメージがあり、高級なものを買うことはいけないことだと無意識に思い込んでいた。

 

 

 

 

 

 

だから欲しいものが見つかって、それが手に届かないような価格のものであれば、それに似たようなものを買って我慢する癖がついた。

 

 

 

 

ファッションは大好きだから買わない選択はない、でもお金も無くなっちゃうし高額のものは買えない、でも欲しい、だから似たようなものをもっと安い値段で買う。

 

 

 

 

でも結局満足しないんですよね、似たようなものでもブランドのしっかりとしたレザーで縫製の本当に欲しいものとは違う、欲しいものじゃないから満足感もない。

 

 

 

 

結局本当に欲しかったものを買い直したりして、無駄なことをしてるなと思う。

 

 

 

 

頭じゃわかっちゃいるけれど、母から譲り受けた倹約根性は心に染み付いてなかなか離れない、いつも我慢していた。

 

 

 

 

本当は何が欲しいの?

 

 

 

 

自分に聞いてみる。

 

 

 

 

50歳を過ぎて子育ても卒業して、昔みたいに我慢しなくても欲しいものを手に入れられるようになったけど、たまに昔のよう本当に欲しいものを我慢して別のもので自分を満足させようとしている。

 

 

 

 

じっくり考えて本当に欲しいものを手に入れた時の満足感は、似たようなものを手に入れた時のその場しのぎの満足感とは全然違う。

 

 

 

 

迷った理由が価格なら買え、

迷った理由が価格じゃないなら買うのをやめろ

 

 

 

 

を心に留めて、今日も欲しいものを探す、これもセンスを磨く修行のひとつかな。

 

 

 

 

欲しいものは、きっと、

そのものの先にある何か

 

 

 

 

 

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