原発事故の避難指示とは何か 今も続いているのか? そもそも解説 #知り続ける
Q 東京電力福島第一原発の事故から15年。原発事故による「避難(ひなん)指示」とは何? 【写真で知る】事故から15年。ひとけがない街にあった大半の住宅は解体され、あちこちに更地が広がる A 2011年3月の原発事故では、広範囲(こうはんい)に大量の放射性物質が拡散された。福島県によると、事故と、地震・津波による県民の避難者は12年5月に少なくとも16万5千人(県外避難6万2千人、県内避難10万3千人)いた。 住民の命や健康を守る手立てが最優先になり、立ち入りを制限する避難指示区域を国が設けた。放射線量が特に高い「帰還(きかん)困難区域」はバリケードなどで封鎖(ふうさ)された。 Q どれくらいの地域に国の避難指示が出たのか? A 福島県内の11市町村に及び、うち6町村(浪江(なみえ)、双葉、大熊、富岡の4町と葛尾(かつらお)、飯舘(いいたて)の2村)は全域が対象になった。帰還困難区域は、南相馬市を加えた7市町村に設けられた。 Q いまも避難指示は続いているのか? A もともと放射線量が比較的(ひかくてき)低く、避難指示区域全体の7割を占めていた「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」は14~20年にすべて解除された。帰還困難区域は、想定より線量が自然に下がったこともあり、かつての中心街などは「復興拠点(きょてん)」として22年と23年に解除された。ただ、現在も名古屋市の面積に近い309平方キロで指定が続く。 Q 避難指示が解除された地域で、住民はどれくらい戻ったのか? A 避難指示区域には原発事故時に8万9千人が暮らしていた。1月末時点の居住者は1万8千人。ただ、他地域から転入した新住民の人数も含まれる。内訳をつかめていない自治体もあり、11市町村に戻った全体の住民数はわからない。全域に避難指示が出た6町村に限ると、帰還者は4千人にとどまる。 帰還困難区域への居住を希望する住民が29年末までに戻れるように、国は希望者の自宅周りを除染して避難指示の解除をめざす区域を23年に新たに設けた。26年度からの解除をめざしている。(岡本進)
朝日新聞社