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美琴「プロデューサーがいなくなるなんて、嫌だよ」/Novel by 月姫

美琴「プロデューサーがいなくなるなんて、嫌だよ」

12,617 character(s)25 mins

アイドルマスターシャイニーカラーズのPみこ小説の2作目です!

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(0)

アイドルたちが輝くのをサポートして、ファンの方に笑顔を届ける
それが俺の仕事だし、生きる意味だとすら思っていた
───でも、それだけじゃダメだったんだ
俺が大切にしなきゃいけないことは、その他にもあって
そんなことにも気づけない大馬鹿野郎だから、あの日俺は彼女の涙を見ることになった



(1)

ほんの少しだけ涼しい風が吹き
夏の日差しも少し落ち着いた10月初旬

ありがたいことに、283プロは落ち着くどころかいつも以上に大忙しだった。


「な、なーちゃんっ。千雪さんっ。
また、甜花のツイスタにコメント来てる!『この前のライブ、すごく楽しかった』って…にへへ…」
アルストロメリアの単独ライブは満員どころかチケット即完

「プロデューサーさんっ!
昨日のロケ、まだ心臓バクバクしてるんですけどーっ!
なんなんですか、あの『日本一高いバンジージャンプ』って!
あんなの人間がやることじゃないですっ!」
にちかはSHHisのアーティスト活動の傍ら、バラエティアイドルとして引っ張りだこ

「みんなー!
昨日の収録で、ばーり美味しいチョコレート菓子、お土産に貰ったとよ!
みんなの分冷蔵庫に置いとっけん、食べてよかばい!」
アンティーカに至っては既に盤石と言っていいほどの人気を誇り、冠番組はTVerの再生回数でアイドル番組トップの記録を更新した

ノクチルや放課後クライマックスガールズ、コメティックなど
他のみんなも、もはや「駆け出し」とは言えないほどの人気を持つ

もはや283プロは、アイドル業界でも一目置かれる存在になっていた

と、なると
忙しくなるのはなにもアイドルのみんなだけじゃない
プロデューサーである俺も、当然多忙になるわけだ


「プロデューサーさん〜、
今から美琴さんの現場ですよね?
もし良かったらこのゼリー飲料どうぞ。
忙しいからって、お昼抜いちゃダメですよ〜」

「はづきさん、ありがとうございます!
じゃあ行ってきますので、留守お願いしますね!」

俺はスーツのジャケットに袖を通し、はづきさんからゼリー飲料を受け取る
社用車の鍵をポケットに入れ、急ぎ事務所を出た

忙しさからくる疲れもあるが、それ以上に充実感や嬉しさがあった
今までみんなが積み重ねてきた努力が実を結んでいるのが、肌で感じられたから

だから、休んでる暇はない
みんなの為にも
ファンの為にも
俺は精一杯プロデュースをしていくんだ


(2)

向かった先は、都内某所にある大手撮影スタジオ
そこでは今、美琴が主演を務める映画の撮影が行われている
3ヶ月間という長い期間にわたって行われた撮影も、今日が最終日だ

「はぁ、はぁ…着いた」

夏も終わったというのに汗を袖で拭いながらスタジオに入ると、ちょうどラストシーンが撮影されていた

『ねえ、貴方がいなくなっても……私、なんとか生きていくから。だから、心配しないで。天国で、見守っていてね』

ラストシーンは、美琴演じる主人公が、病気で恋人を失った後も前向きに生きていくことを天国の恋人に語りかける独白だった

涙と共に笑みを浮かべる美琴

「……!」

そんな姿に、いつもの美琴を知っている俺でも「美しい」と、素直に感じた
スタッフや、見守る共演者ならなおさら
美琴の姿に見惚れているように見えた


「はい、それではここで、主演緋田美琴さんオールアップです!!今まで長い期間の撮影本当におつかれさまでした!!それでは、緋田さん一言お願いします!」

花束を渡された美琴は、
落ち着いた表情で共演者、スタッフ全員に頭を下げる

「私にとっては初めての主演映画ということで、これまでにない緊張感を持って臨みました。長い期間での撮影でしたが、共演者の方々やスタッフの方々にも恵まれ、非常に良い作品ができたのではないかと思っています。この映画の成功を願っています」

その場にいる全員に拍手を受ける美琴の姿は、
贔屓目なしに立派な一流の女優として、俺の目に写った


(3)

その日の夜
俺と美琴は、レストランに来ていた

「美琴、長い期間の撮影、本当におつかれさま」
「うん、ありがと」
「明日は久々のオフだからな。ゆっくり休んでくれ」

カン…

2人でグラスを合わせ、乾杯する
……とは言っても美琴はお酒が飲めないし、俺も車なのでお互いノンアルコールのカクテルだが

このお店には最近2人でよく来るようになった
美琴の家から近いこと
料理が美味しいこと
全席個室であること
こうやって2人で食事をするにはうってつけの店だった

まあ、別にプロデューサーとアイドルが2人で食事をするだけなので、周りから見てもスキャンダルには映らないだろうし、個室にこだわる必要もないのだが……

だが、どこか「他の人に見られてはいけない」という気持ちになってしまうのも事実である

というのも、俺と美琴は単なる『プロデューサーとアイドル』という関係性ではない
今年の春、俺たちは事務所のレッスン室でお互い想いを伝え合った

正直言って、美琴から告白をされた時は驚いた
「仕事仲間として信頼してくれているのに、好きになってしまってごめんなさい」と泣きながら言われた時、目を丸くしたのを覚えてる

───だって、俺も同じことを考えていたから

俺も、ずっと美琴が好きだった
単なるアイドルとして、ではなく
1人の女性として
プロデューサーという立場上、その想いを口にすることはなく胸に秘めていたのだが

美琴の告白を受けて、今まで我慢していた俺の気持ちも、もう止まらなかった

あの日抱きしめあった時のことは
美琴の細い身体の感触や、泣きじゃくる声
レッスン室のワックスの匂いまで、鮮明に覚えている

とはいえ、俺たちは別に正式に恋人関係になったわけではない
283プロは所属アイドルに恋愛を禁止してはいないが、流石に相手がプロデューサーとなると「公私混同」と見られ、世間の目も冷たいだろう
それは、美琴の仕事のためにも避けたかった

なので、俺たちの関係に名前をつけるなら、
単に「告白をしあった好き同士」ということになる。

ごくたまに用事を見つけてお互いの家に行くことはあるが、それでも大っぴらにデートなどできない
せいぜいこうやって、2人で食事をするくらいだ


───でも、それでいい
その時間だけで、俺は十分に楽しいし
心が満たされていくのを感じている

そして、きっと
俺の勘違いでなければ、美琴も同じように思ってくれているはずだ


「全部のシーンを見学できたわけじゃないけど……美琴の演技、より一層魅力的になったよな。
今日のラストシーンを見て、改めてそう感じたよ」

「ふふっ、ありがとう。
お芝居の仕事も多くなってきたから、上手くなってきたのかも。
他の役者さんの映像とか見て、勉強もしてるし」

グラスを置いて笑う美琴の仕草に、いまだにドキリとしてしまう
知り合った当初は、どこか事務所のみんなに一線を引いていた美琴だったが、1年半経った今では他のアイドルやはづきさんとも打ち解け、頼りにされている

それに、笑顔が増えた
元々美人なのは勿論だが、こう…美琴が笑顔を浮かべると、つい見惚れてしまいそうになる

「相手役の俳優さん……神宮寺レオンさんは、美琴とは初共演だったよな。
どんな人だった?」

「うーん…やっぱり子役からこの世界にいるだけあって、演技だけじゃなくて現場の経験がすごく豊富な人なんだなって感じたかな。
スタッフさんがミスしちゃって現場がトラブルになった時も、率先して笑顔でフォローしたりしてて。
私も見習わなきゃ、って思った」

「業界での評判も良いよな、あの人。
千雪とも前に共演してたけど、『良い人だった』って言ってたし」

俺がそう口にすると、美琴は「そうだ」と言い、
自分が持っているバッグに付いている小さなストラップを見せてきた

「千雪さんで思い出した。
これ、千雪さんがくれたの」

それは、親指サイズのぬいぐるみ
これは……美琴?の姿をしている

「これ……千雪が手作りしたのか?」
「うん、最近ぬいぐるみ作りに凝っているんだって。
アイドルみんなに、それぞれの姿をしたぬいぐるみを作ってくれたの。
嬉しくて、カバンにつけちゃった」

確かに、千雪の器用さなら可能だろう
元々雑貨屋さんで働いていたくらいだし

それにしても……

確かに、目元や髪型など、美琴の特徴をよく捉えている
なんというか……

「……可愛いな」

そう思わず呟く
すると、美琴はジト、と目を細めた

なにか、機嫌が悪い…というより
拗ねてる気がする

「……プロデューサー、ぬいぐるみにはすぐ『可愛い』って言うんだ。
私本人には、言ってくれないくせに」

やっぱり拗ねていた

「いやいや、美琴が可愛いのは勿論だって!
それをぬいぐるみで上手く表現できてるってことを言いたかったんだよ、本当に」

そう言うと、美琴は少しそっぽを向く

「ツーン」

なんだ、その拗ね方は
愛くるしいにも程があるぞ

「だ、だいたいな。
『10〜20代女性が選ぶ【なりたい顔】ランキング』で1位になったアイドルが、可愛くないわけないだろ」

そう弁明しても、美琴はまだそっぽを向いている

「雑誌のアンケートは、ね
……プロデューサー個人がどう思ってるのか聞けるまで、そっち向かない」

今の態度がもう可愛い
顔とか髪とかスタイルもそうだが、
最近見せてくれる美琴の子どもっぽい仕草に、正直俺はイチコロである

「か、可愛いと思ってるよ。当然だろ
誰よりも美琴が1番可愛くて、綺麗で、素敵だと思ってるよ」

そう言うと、やっと美琴はこっちを向いてくれた
どこか可笑しそうな笑みを浮かべて

「……ふふっ。ごめんなさい、プロデューサー。
最初はプロデューサーを少し困らせてみようって思ったんだけど、まさかそんな熱烈な告白が聞けるだなんて…ごめんね」

口元に手を当てて笑う美琴
どうやら別に本当に拗ねてたわけじゃないらしい
イタズラで俺を困らせたかっただけだったのか
そんなところも、抱きしめたくなるくらい可愛い

「はぁ……これ以上俺に恥ずかしい思いをさせるのは勘弁してくれ、美琴」

俺は言葉だけの抗議をするが、内心とても楽しい
仕事も勿論充実していて、大切だが
やはり、美琴と2人でいる時が1番充実している
正に、心が栄養補給しているのを感じる

このままずっとこんな時間が続けば良いのに、なんて
どこかのドラマのようなことを考えていた

その時だった

「美琴、グラス空いたろ。次なにか飲むか?」

俺はそう声をかける
だが、美琴からの返事はない

「?」

俺はメニュー表から顔を上げ、前にいる美琴を見る

「─────」

すると、美琴は俺の顔をマジマジと黙って見ていた
なにか、悪いものでも見るかのように

「美琴?どうした?」

俺が戸惑いながら再度声をかけると、
美琴はゆっくりと口を動かした


「プロデューサー、もしかして────目の下のクマ、コンシーラーで隠してる?」



(4)

「プロデューサー、もしかして────目の下のクマ、コンシーラーで隠してる?」

美琴の言葉を聞いた時、最初に心に浮かんだのは

(ああ、バレた)

というなんとも情けない感想だった
せっかくYouTubeで勉強してなんとかここ数日誰にもバレずにいたのに

俺が回答に困っていると、美琴は俺の方はグッと顔を寄せ、また呟く

「……やっぱり。上手く隠せてるけど、よく見たらわかる」

そう言って悲しげに眉を顰める美琴

「あー、ああ、いや美琴。これはだな」

「プロデューサー……あまり、眠れてないの?」

「……」

聡明な美琴は、俺がどれほど言い繕おうとしても見抜いてしまう

「答えて、プロデューサー。ここ最近、何時に寝て、何時に起きてる?」

先ほどまでの楽しい空間がウソのようだ
俺は自分の額に汗が滲むのを感じた

「……この1ヶ月くらいは、家に帰るのがちょうど0時だから、1時くらいに寝てる。
朝起きるのは…6時かな」

そう伝えると、美琴は更に悲しそうな顔をした

「5時間しか寝てないんだ……それは、仕事……私たちのプロデュースが、原因、だよね」

やめろ
やめてくれ
俺は美琴にそんな顔をして欲しいんじゃない

「で、でもさ!
別に誰かに迷惑かけているわけじゃない。
仕事だってキチンとこなしてる
それに、俺……みんなをプロデュースするのが楽しいんだ。
睡眠時間なんていらないくらい充実してるんだ」

やめろ
やめてくれ
そんな悲しい顔をしないでくれ、美琴

「それにさ、こうやってたまに美琴と2人でいられるだけで、俺にとっては体力回復できるんだよ。
目の下のクマはさ、こうやって隠せばみんなにはバレないし!」

やめろ
やめてくれ
そんな目で俺を見ないでくれ、美琴

「だから……」
「……そんなこと言われたって、ちっとも嬉しくない」

美琴の震える声が、心臓に突き刺さった気がした


「そんなに忙しいのなら、無理して私の現場に来てくれなくてもよかった。
そんなに眠れてないのなら、無理して私との時間を作ってくれなくてもいい」


何よりも、その言葉が俺の心臓をナイフで滅多刺しにした


美琴が腕を伸ばし、俺の手を握る

「プロデューサー……仕事の前に……私たちをプロデュースする前に、自分のことを大切にしなきゃダメだよ」

いつもの俺なら、どう返しただろうか
それはわからない
でもこの時の俺の口から出たのは、なんとも情けない言葉の羅列だった

「そんなこと……そんなこと、言わないでくれよ。
俺、本当に今が幸せなんだ。
みんなをプロデュースできて、美琴のプロデュースができて、
美琴と一緒にいれて……それが幸せなんだ…
俺だってまだ若いんだ、多少の疲れなんて大したことない。
そんなことより────」

「────プロデューサーは、何もわかってない」

ピシャリ、と
美琴の一言が、俺のなんの意味もない言葉を塞ぐ

「………もういい。今日は解散にしよう。
プロデューサーは、今すぐ帰って少しでも早く休んで」

そう言って伝票を持ち席を立つ美琴

「お、おい美琴。待ってくれよ、会計は俺が…それに夜だし、送る───」

「いらない。それより早く帰って休んで」

そう言って、美琴はスタスタとレジの方へ行き、会計を済ませて店を出ていった。

だが、チラリと見えたその横顔は

泣きそうな、顔をしてた


(5)

翌朝 6:30
通勤途中でも、俺の頭の中は美琴の言葉でいっぱいだった
勿論、目の下のクマはコンシーラーで隠していた

「だけど……どうしろって言うんだよ」

確かに、今の生活では睡眠時間が足りてないのは自分でも理解している
今は良くても、いつかガタが来ることも

それでも、俺には今の生活スタイルを変えられる気も、変えるつもりもなかった

だって、俺が忙しいのは良いことなんだから


「………くっ」

なんの段差もない横断歩道で、足元がよろける


透が
甘奈が
咲耶が
ルカが
灯織が
樹里が
冬優子が
そして、美琴が

アイドルみんなが努力してたことが、やっと実を結んだ今

283プロは今が1番大事な時期なんだ
俺が頑張れば、みんなが輝ける
俺が頑張れば、みんなが笑顔になれるんだ


そんなバカな思い違いをしていた


だから、気づかなかった
そんなやり方じゃ、誰も心から笑えないってことに

だから、気づかなかった
昨日の、美琴の悲しそうな顔の真意に



───キキィィィッ!!!
「お、おいっ!アンタ!逃げろォッ!」
「────え?」



だから、気づかなかった
────赤信号を無視した車が、ついそこまで来ていることに



ドガッ!!!



(6)

同日 8:00

283プロには、
事務員である七草はづきと、打ち合わせのために朝早くから事務所に来ていたアルストロメリアの3人がソファに座っていた

「うーーーん……」

はづきは、困った顔で口を開く

「プロデューサーさん、遅いですね〜。
今日は7時出社って言ってたのに……」

その言葉を聞いて、
甜花は少し嬉しそうに笑みを浮かべる

「にへへ……プロデューサーさん、珍しく寝ぼすけ……甜花と、一緒……!」

そんな甜花とは対照的に、甘奈と千雪はお互いの顔を見合わせる

「寝坊、なら……いいんだけど……千雪さん」

「うん……もし、倒れてたりしたら……
最近のプロデューサーさん、本当に忙しそうだったから……」

2人の言葉を聞いて、甜花は目を丸くする

「え、ええっ…!!プ、プロデューサーさん、倒れちゃったの……!?
ど、どうしよ!どうしよ!」

「て、甜花ちゃん落ち着いて!
可能性!可能性の話だから!」

パニックになる甜花を妹である甘奈が宥める

はづきは、3人の不安を払拭するために声をかけた

「そうですね〜。
とりあえず、今からもう一度プロデューサーさんに電話をかけてみます〜。
案外甜花さんの言うとおり寝ぼすけの可能性もありますので、みなさんは落ち着いて待機して───」

────その時


プルルルル!
プルルルル!


事務所内の固定電話が着信音を鳴らす


はづきがトテトテと電話の元へ向かい、慣れた手つきで受話器を上げた


「はい、お世話になっております。283プロダクションの七草でございます───えっ」


明らかにはづきの顔色が変わった


「───はい。はい。それでは、失礼します」


そして2分後、受話器を置いたはづきに千雪が歩み寄る


「はづき、今の電話………」


はづきは千雪に
そして甘奈と甜花に

ゆっくりと告げた


「プロデューサーさんが………交通事故に遭った…って……」


(7)

────あれ?
俺、今まで何してたっけ?

意識が戻って最初の感想は、そんな間の抜けた一言だった

目を閉じたまま
自分が立っているのでもなく座っているのでもなく、仰向けになっていることを感じる

変だ
だって俺は今朝、ちゃんとベッドから起きてスーツに着替えたのに……

ゆっくりと目を開ける

すると目に映ったのは、知らない天井だった

「ぅ……あ?」

ここは………病院か?

次に視界に入ったのは、ギプスを巻かれ吊り下げられた、自分の右脚


そこで、ようやく記憶がハッキリした

「そうか……俺、車に……」

撥ねられたのだ

流石に青信号になるのを確認して歩いてはいたから、車が信号無視をしたのだろう

頭やら腕ではなく、脚の一本で済んだのは本当に不幸中の幸いだった


───これなら、松葉杖さえつけば仕事には行ける


今日は、アルストロメリアのYouTubeチャンネルの打ち合わせを行ったあと、コメティックのMV撮影、咲耶のミュージカル舞台の稽古に立ち会うスケジュールだ

それにストレイライトの音楽番組出演に伴う演出提案書をまとめて、イルミネーションスターズのレッスンに差し入れを持っていかなければならない

こんなところで、寝ている場合ではないのだ

そうと決まれば……

「早く退院の手続きをして……うぐっ!」

上体を起こそうとしたら、背中に痛みが走った
どうやら打撲があったらしい

だが、それも我慢すればいい話だ

骨が折れているならまだしも、痛みくらいなんてことない


そんなことを考えていると、病室のカーテンが開いた

入ってきたのは、見慣れた顔


「────良かった。
気がついたんだね、プロデューサー」


「────美琴」


それは、最愛の人だった



(8)


美琴は、俺の顔を見てホッとした顔をすると
ベッドの横にある椅子に座る


「美琴、なんでここに?
今日はオフだったはずだろ?」

「2時間前にはづきさんから電話があったの
プロデューサーが事故にあって、この病院にいるって」

確か、今日オフだったのは美琴だけのはずだ
せっかく休日を取っているアイドルに見舞いに来てもらうなんて、悪いことをした


「そうか……ごめんな、美琴。
オフなのに、わざわざ」
「そんなこと気にしないでよ」

美琴は昨日別れた時とは違い、微笑みを浮かべる
俺に気を使わせまいとしているのかもしれない

「ね、だからプロデューサーはゆっくり休んで。
りんご買ってきたの───」

「いや、ごめん。
悪いけど今から現場に行かなきゃいけないんだ。
アルストロメリアの打ち合わせはリスケしないといけないけど……コメティックの現場には急げば間に合う。
美琴。申し訳ないけど、退院の手続きしなきゃいけないからお医者さんか看護師さんを呼んできてくれないか?」


俺がそう言った瞬間、美琴の顔が歪んだ


「プロデューサー……もしかして、今から仕事に行く気?」


その表情は、今まで美琴が俺の前では見せたことないものだった

だが……それでも言わなければならない


「ああ、これはどうしても行かなきゃならない現場なんだ。
コメティックは結成して間もないからな。
スタッフさんに売り込まないと」


「……………」

美琴が下を向く


「美琴が心配してくれるのはわかるよ。ありがとうな。
でも、昨日あの後考えたんだ。
今、283プロは1番大事な時期を迎えてる。
ここで俺が仕事しなけりゃ、美琴たちアイドルのみんなに凄く迷惑がかかるんだ」


「………にして…」


美琴が何かを呟いた
でも、俺には聞こえなかった


「まあ、松葉杖ついて現場に行ったらビックリされると思うけどさ。
でも、行かないより全然マシ────」


「──────いい加減にしてっ!!!!」


瞬間

美琴の声が破裂した

こんなに美琴が声を張り上げることなんて、見たことなかった
想像もつかなかった

見ると、美琴は膝の上に置いた拳をプルプルと振るわせている


「み、美琴」


俺が絞り出すように声をかけると、

美琴はギロリとこちらを見た


「………もうやめて、プロデューサー。
なんでわかってくれないの…!?
今プロデューサーがすべきことは、休むことだよ……!
絶対に、絶対に仕事になんて行かせない。
お願い、今くらい……私の言うことを聞いて」


これほどまでに美琴が激情を露わにするのは、初めて見た
衝撃だったし、ショックでもあった
何よりも仕事を1番に考えてきた美琴に、そんなことを言われるなんて


「で、でも……」


俺だって、引けなかった


「みんなを、俺が支えないと……!
みんな今、忙しいなか頑張ってるんだ
不安もあるだろうし、悩みもあるだろ
そんな時、俺がそばにいてあげなきゃいけないんだ…!
それが、プロデューサーの……俺の生きる意味なんだよ」


俺の言葉に、美琴は強い口調で答える


「それだけが『生きる意味』なの…!?
違うでしょう!?
プロデューサーは……貴方は、プロデューサーである前に1人の人間でしょ!?
誰かのために生きたって、自分が幸せにならないと……意味がないじゃない……!!
そんな貴方の姿、私たち誰も望んでない!
いくら仕事が増えても、いくらファンが喜んでくれても、それで貴方がすり減っていくのなら、誰も…誰も喜ばないよ……!!」


その言葉にハッとする
『プロデューサー』としてではなく、『俺』という人間を大切にしなきゃダメだと
そんな考え方はいつの日からか、しなくなっていた


美琴の身体は怒りに震えている
本当に俺のことを心配してくれているのが、ひしひしと伝わってくる


「貴方がいない間は、社長やはづきさんがフォローしてくれる……!
貴方が現場に来れなくても、私たちは迷いながらでも頑張っていける……!
私たち、貴方に守られるばかりの子どもじゃないよ……もっと、私たちのこと頼ってよ…!」


「……!!」

自分が情けなくなる
担当アイドルに……いや、
好きな女の子にこんなことを言わせる自分の弱さが

『美琴と一緒にいられるだけで幸せ』なんて口ばかりで
美琴本人がどう思っているかなんて考えもしなかった

美琴は、誰よりも俺のことを心配してくれていたのに


「……プロデューサーが事故に遭ったって聞いた時……私、心臓が止まるかと思った」


美琴は真っ直ぐ俺を見る
震えながら
そして、その瞳には───涙が浮かんでいた


「呼吸ができなくなるかと思った…!
身体中が冷たくなった気がした…!
プロデューサーがもし、死んじゃったらどうしようって……!
そんなことが頭の中を巡って、心が壊れるかと思ったの……!」


美琴は、自分の心臓の位置にあった手を伸ばし
俺の手を握った

昨日手を握られた時より、何倍も熱かった


「ねえ……ねえ、プロデューサー!
お願いだから、何よりも自分を大切にして…!
今回は助かったけど、今みたいな生活を続けてたら、いつか……いつか本当に死んじゃう……!」


美琴の涙がポロポロと落ち、ベッドのシーツを濡らす


「『100歳まで一緒にいよう』って言ってくれたじゃない……!
あの言葉、私本気にしてるんだよ?
あの言葉、本当に……ほ、本当に嬉しかった、からっ……!」


涙の雫は増えつづける
美琴の手は、力強く俺の手を握っている
まるで『絶対に離さない』と叫んでいるように


「私は映画のヒロインじゃない……っ!
好きな人が死んでも、グスッ……前向きに生きられるほど、強くない……!
私、私は……プロデューサーがいなくなるなんて、嫌なの……!!」


────ああ、俺はなんて大馬鹿者だったんだろう
『みんなの為』『美琴の為』なんて言いながら、
結局は1番好きな美琴に、こんなにも涙を流させている

自分を大切にできない人間に、誰かを支えることなんてできやしない

子どもでも知ってる当たり前のことに、俺は今まで気づかなかった

『俺がいなくなるなんて嫌だ』って泣いてくれる女の子がいるのに

そんな気持ちを無視して自分を軽んじてきた


バカだ


本当に大バカだ、俺は


───でも、今からなら……変われる


ポンッ

俺は美琴の頭に手を置き、ゆっくり口を開く


「───ごめん、美琴
俺が悪かった。俺が間違ってた。
俺、ちゃんと自分を大切にするよ
自分のためにも───美琴のためにも
だから………もう、泣かないでくれ」


美琴は、その言葉を聞くと
「……グスッ…ほんと?」

と、泣きじゃくりながら問いかける


「ああ。
こんな馬鹿野郎だけど、嘘はつかないよ
ちゃんと休むし、任せるべきところは皆に任せる。
とりあえずは、脚が治るまでこの病院で世話になることにするよ」


美琴は、ゆっくりと俺を抱きしめた

「お、おい美琴。ここ病院…!」

「良かった……本当に良かった…!」

美琴の吐息を感じる
さっきまでの涙が、嬉し涙に変わったのも感じる


「プロデューサー………ずっとそばに……ずっと一緒にいてね」

「ハハッ─────うん、ずっと一緒だ」


(9)


────その後


俺は3週間の入院を経て、脚の治療と休息を十分に取ってから職場に復帰した

プロデューサーが突然休んだことで事務所に迷惑をかけたが、アイドルたちは誰も俺を責めることはなく、むしろお見舞いや退院のお祝いなどをしてくれた

俺が入院中のアイドルのサポート業務は、社長やはづきさんがフォローしてくれて、なんとか上手く回ったらしい


事務所に復帰した初日、
社長から
「お前の負担が重いことは理解しており、なんとかしようとはしていたが、間に合わずこのような事態になってしまった。本当に申し訳ない」
と頭を下げられた

勿論社長に謝られることじゃない
俺が自分を蔑ろにしていた結果だ

今は、アイドルたちのプロデュース業を全力で行うことは勿論だが、その一方で適度に休息を取るようにしている

勿論みんなの現場は全てついていきたい気持ちもあるが、それ以上に大切なことがあることを今の俺は知っている

美琴が言っていたように、みんなは子どもじゃない
俺が側につきっきりでいなくても、彼女たちはやっていける


───ああ、そうそう

あと変化といえば、283プロにもう1人プロデューサーが増えた

大学を卒業したての、初々しい女の子だ

社長曰く、俺が事故に遭う2週間前から採用面接は行っていたらしい
結果採用されたのが、この子ということだ

新卒なので覚えることは多いが、
何事も真面目に全力で取り組む明るい子だ
アイドルのみんなとも、すぐに打ち解けた

「先輩をこれ以上倒れさせないのも、私の業務のうちですから!」

なんて言われたときは、先輩の面目が立たず困ったが……


そんなこんなで環境も変わり、
俺は以前より随分、身体に負担なく仕事ができるようになった

その分視野が広くなり、今までよりプロデュースの質が上がった気がする

やはり、自分を大切にするということは
私生活だけでなく仕事にも良い影響を与える、ということだろう


19:30

「プロデューサー、今仕事終わり?」

「ああ、美琴も自主練終わったのか?」

「うん。……じゃあ、いつものお店にご飯に行かない?」

美琴は俺の手を握る

「お、おい美琴。ここまだ事務所…!」

「あ。ご、ごめんね。うっかりしてて…!」

そうやって2人で照れていると、
後ろにいたはづきさんがニマニマと笑みを浮かべていた

「は、はづきさん……こ、これはですね…!」

「いえいえ〜、私はなにも見てませんよ〜
あーあ、私も彼氏欲しいな〜」

そう言ってトテトテとお茶を汲みにいくゴシップ大好き事務員さんが去ると、美琴は顔を真っ赤にしていた


「ま、まあまあ!はづきさんはああ見えて口が堅いし!大丈夫だって!」

「う、うん。そうだね……」

「それより、今日は何食べる?
俺、新メニューの海鮮カルボナーラに興味あるんだよな」

「うーん、私は……定番のオムライスかな」


そう言って2人で歩き出す


「───ねえ、プロデューサー」

「ん?」

美琴の方を見ると、彼女は微笑んでいた
本当に幸せそうに


「───こんな日が、ずっと続けば良いね」


もうクマをコンシーラーで隠したりはしない
もう眠れていないのをみんなに黙ったりはしない


俺は、自分を大切にする
俺の愛する人が、愛してくれる自分を


「────そうだな」


─────2度と、美琴を泣かせたりはしない

Comments

  • 茶太郎

    October 10, 2025
  • クロモコ
    October 7, 2025
  • favoria
    October 5, 2025
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