【寄贈web再録】轡
2021年に発行された槍弓芸能パロアンソロジー『Shining Star』に寄稿させていただきました小説です。
はじめてのアンソロ参加、はじめて自分のお話が紙媒体になった、はじめてだらけの体験をした思い出深い作品です!素敵なアンソロジーに参加させて頂いて感無量です!本当に嬉しかったです!!
お誘いくださりありがとうございました!
モデル槍×カメラマン弓の話。
全年齢だけどちょっぴりオトナな雰囲気を目指しました。
楽しんで頂けると幸いです。
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とあるマンションの一室で行われる撮影会。男二人以外に誰ひとりとしていなく、カーテンを閉めきってフラッシュを焚く一室には蜜月のような甘さもなく、ただ艶やかな瞬間がレンズを通して鉛色の瞳に映し出される。
「なぁ、アーチャー」
「断る」
「まだ何にも言ってねぇだろうが」
言葉を遮られても喉を鳴らして上機嫌に笑う上半身裸の男は深い海の色をした長髪をなびかせてベッドから降りた。フローリングを素足で歩き、カメラを構える男の目の前に立つ。アーチャーは構えていたカメラを下ろして不敵に笑うランサーを見据える。
ランサーは手を伸ばしてアーチャーの頬を撫ぜた。細められた赤い瞳の奥に、焦がし燃える炎と虎視眈々と獲物を狙う獣が目線を逸らすことを許さない。
ゾクリとアーチャーの体の奥で微弱な何かが走った。頬を撫でる手は徐々に下がっていき、顎、首筋、鎖骨を辿って襟元のなかへと侵入していく。
「ランサー」
「別にいいだろ? 減るもんじゃねぇし」
「不愉快だ」
制止の声をかけても手を止めずに器用にボタンを外して弾力を楽しむランサーは口端を緩めている。鼻歌でも聞こえそうだ、とアーチャーは眉間を寄せた。
二人のはじまりはもう何年も前になる。
当時はお互いに気の合わない野郎だと悪態を吐いていた。方向性の違いに言い争いが絶えず殴り合いにすらなったこともある。けれど出来上がった作品は、世の中の需要にピッタリとピースが当てはまってしまう。まるで必然的にそうなるよう作られていると錯覚してしまうほどに、仕事関係としては申し分なかった。
————いつからだろうか、そんな関係が壊れたのは。
モデルにとどまることを知らないランサーは俳優としても活動している。演技は達者で歌唱力もある。天は二物を……というが、この男は例外なのだろうと以前にアーチャーは思った。それ故に二人は写真撮影時以外でも顔を合わせることが多くなった。今ではランサーのファンよりもアーチャーは目の前の男を理解しているかもしれない。
胸をイジり始めた手を払い落としランサーを睨み付ければまた愉しげに笑う。それが手の上で踊らされているようで癪に障る。……けれど、整いすぎた容姿にたじろぐのも事実で、クソッとアーチャーは奥歯を噛み締めて視線を逸らした。
(……どうして、こうもままならない)
撮影を断るのは簡単だった。フリーカメラマンのアーチャーでなくとも専門のカメラマンなんて星の数ほどいる。そしてかの〝光の御子〟ともなれば名乗りはいくらでも上がるだろう。
今回だって、そうだった。
今回の仕事は女性向けファッション雑誌の表紙と数枚の裸写真の撮影。女性からの絶大な人気を誇るランサーの表紙となると、やはり腕のいいカメラマンがどうしても必要になる。アーチャーは今回の依頼が舞い込んできた時、これまでにないいやな予感がしていた。
読者モデルとして活動していた頃のランサーはまだ無名で、アーチャーがランサーのモデル撮影の依頼を受け初めて顔合わせをした時、その圧倒的な存在感に目を剥いた。
第一に男を見て印象を受けたのが『太陽』だった。広く晴れ渡る草原をバックに青い髪を遊ばせて笑顔をさせたら、どれほど美しいのだろう。広大で壮大な景色を一瞬にして飲み込み、我が物して、より崇高なものになる。幾度となくカメラを構えてきたアーチャーにとってそれは確信でありこの男の宿命なのだと刹那にして悟った。魅せるために生まれてきた芽吹く前の蕾はまだ己の価値に気づいてない。
いつ以来か、淡々と世の求める構図と人の感情論を計算して撮ってきた男は、期待と歓喜から喉奥が焼けそうになる興奮を飲み込んで年若い青年と握手をした。
「君は、私の指示に従うだけでいい」
まさか、その一言だけで喧嘩が勃発するなどと、アーチャーは夢にも思わなかった。
その一件でしばらくアーチャーへの仕事がなかったが、久々に入ってきた依頼は予想外にもランサーをモデルとしたCMポスターの撮影だった。それほどまでに、アーチャーが撮った写真はランサーの魅力を最大限に引き出し世間や業界に衝撃を与えた。
まるで、それが運命だと天啓を受けているかのように。
そこから舞い込んでくる仕事はほぼランサーに関係するものばかりだった。最初は腕を買われているのだと気にしなかったが、それを数ヶ月、半年、そしていつの間にか数年が経っている。流石におかしいと思い、以前事務所に問い合わせたことがある。
「なぜ、私なのですか」と。
担当者は困ったように苦笑して答えを口にした。
「カメラマンなら貴方がいいと彼に言われまして」
その当時は〝彼〟が誰なのかわからなかった。深く聞こうとしても担当者はそれ以上口を開かなかったから。
けれど今ならば理解できる。アーチャーを専属のように扱い指名し続けているのは、目の前にいるこの美しい被写体なのだと。
いまだに揉み続けるいやらしい手を再度叩き落とそうとして手を振り落とすがあっさりと躱される。ランサーは今度こそ両手を上げて降参のポーズをとったが、顔はニヤついたままだった。その様子にまた一気に眉間が寄る。
「ンな怖い顔すんなよ」
反省の色もなくウインクする男は絵に描いたように様になっている。それが余計に煽っているとこの男は気付いているのだろうか。否、わざとだろう、とアーチャーは当たりをつけて舌打ちをして顔を逸らした。
————本当に、ままならない。
本当はわかっている。ランサーとの仕事をするとはどういう意味か。何度も何度も経験してきたから、身をもって知っている。こうして撮影依頼を受けてしまっている時点で男の目的に行為に同意しているようなものだから。
アーチャーと呼ぶ声が甘く爛れて笑っている。しなやかで骨張った手が白髪を撫でる。赤い瞳がうっそりとアーチを描くと、男はそのままアーチャーの唇を奪った。
「……うッ、」
「かわいい」
「っ、黙れ……っ」
続けて二度三度と角度を変えて唇をついばむ。息を奪われ、厚い舌が口腔を蹂躙していく。しかしアーチャーの手にはまだ撮影した大切なデータが残ってる。はやくパソコンへ移さねば、と思うと同時に今の状況に体が熱く震える。
人気モデルとしている、絶対に許されない行為。誰よりも女性から愛され金を貢がれる彼が、こんなにも無愛想でいかつい柔らかくもない男に夢中になってキスをしている。
ゾクッと背徳感とも言えぬ高ぶりに背筋を戦慄かせた。
「……はは、スケベ」
「、ぁ」
一歩、二歩とランサーは後ろ向きに下がっていく。唇を合わせたままのアーチャーはそれに合わせて男を追って進んでしまう。
「はぁ、ッ、……うわっ!」
突然ランサーは踵を回してターンをきめてアーチャーの体を回転させる。気づかず反応に遅れをとったアーチャーは白いベッドの海へと投げ込まれて沈んだ。カメラは寸のところで抱えていたため無事だったが、それもすぐにランサーに取り上げられてベッドサイドに置かれてしまう。覆いかぶさってくるランサーにアーチャーは動揺した。
「何を……!?」
「何って、ひとつしかねぇだろ」
カメラに手を伸ばすがやんわりと阻止されて指を絡め取られる。視界が強制的に青い絹のカーテンに遮られて、汗が滲んだ。
「……なぁ、アーチャー?」
————甘い誘惑の声。
鼓膜と脳を優しく揺らす妖艶な音色に心臓が鈍く跳ね上がる。向けてはいけないとわかっていながら、目線を逸らすことも許されず、アーチャーは自らの足で死刑台へ向かう心持ちになりながら覆いかぶさる男を見上げた。
————……悪魔だ。
欲望に満ちた堕落の瞳。赤い色彩を持つ目は逆光のなかでも鋭く光っている。
逃げねば。
そう思っていてもまるで術にかけられたように四肢が動かない。シーツを握ることも、足を動かすことも、瞬きすら許しが必要に思えてしまう。
「アーチャー。……あーちゃぁ……」
「ま、まだ仕事が、残って……」
「明日にやりゃあいい。何のためにお前の家で撮影してると思ってやがる」
「そ、れは……」
甘い、甘い誘惑が理性をドロドロに溶かしていく。絡めとられた褐色の指一本一本にキスを落とすその姿に鉛色の瞳が揺れた。
「一ヶ月我慢した。がんばったオレにご褒美はねぇの?」
そう。アーチャーとランサーが顔を合わせるのは実に一ヶ月ぶりで、連絡はすれどこうして互いに顔を見せ合い触れるのは久々だった。
「なぁ。いつまで我慢すればいいんだ」
先の甘い声から一変して低く餓えた獣の唸り声に変わっていく。アーチを描いていた瞳も同様に鋭さを増していった。
無意識に生唾を飲んだアーチャーを襲うのは、背徳感とは全く別物の感情。肌を焦がしそうになるほどの興奮、そして飢えと期待。
ご馳走を目の前に、今にも涎を垂らしそうな獣は律儀に獲物の言葉を待っている。答えなんてとっくに決まりきっているのに、それでも待ち続ける男へ愛おしさを覚えて目を細める。
————あぁ、美しい。
どんなにカメラを向けられても、たとえ仕事であったとしても、この姿を晒すのは己だけなのだとアーチャーは知っている。カメラにも写真にも映像にも映らないこの美しい餓えた獣は自分だけのものなのだと、アーチャーは知っている。
「そうだな。……イイ子にはご褒美をあげなくては」
自然と浮かび上がる笑みを隠さずに、アーチャーはランサーの首に腕を回した。
サイドランプを照らし、ランサーは隣で眠る男のカメラを弄って画像を眺めていた。カチカチと静かにボタンを操作してアーチャーが撮影した己の姿はどれも色がある。
風呂上がりの髪を濡れたままにし、首からタオルを下げて水を飲む姿。
避妊用ゴムの封をかじり、ベルトに手をかけて誘惑する姿……など。
そういう風になるように意図的にランサーはポーズや雰囲気を作ったのだから当たり前だが、同じアングルで別のカメラマンに撮られたとしてもこれ以上に表現することはできないだろう。
ふと笑って白髪を撫でた。己を含めて誰よりもランサーを知っている男。
最初はイケ好かないキザ野郎だと唾を吐き捨てていた。人を物みたいに扱い、淡々と仕事をこなすその姿はあまりにも機械的で、人らしい感情が見えなかった。何度も意見や価値観がすれ違い、ついにプライドまで貶してくる言葉を吐き捨てる姿にどれほど憤ったかもう数え切れない。だが、その出来栄えはあまりにも美しく、己の写真だというのにここまで違うのかと戦慄した。言葉の裏にある柔らかで繊細な感情に気がついたのは、共に仕事を始めてから数ヶ月後のことだった。
いくつものアーチャーの作品を見ていき、動物や風景写真には人の心を惹き付けるものがあった。動物たちの生き様を鮮明に写されている躍動感、世界遺産は全盛期のような壮大さがあるのに時を経て文化とともに朽ちていった儚さが巧妙に表現されている。
その腕前に、ランサーは脱帽した。惚れてしまったのだ。その表現力と目の前の被写体の魅力を最大限に引き出す技術と、アーチャーが見ている世界に。
柔らかな白髪は撫でられる度にサイドランプの光が反射して艶やかに煌めく。ランサーは静かな寝息をたてる褐色の額にキスをした。
己よりもランサーを知る男。誰よりも美しい世界を見ている男に敬意と愛情を込めて、男のカメラを丁寧に置いた。寝ようと布団に潜り込めば、あたたかな体温に惹かれてアーチャーはランサーの胸元に擦り寄った。嬉しさと愛おしさに胸の奥がじんわりと熱くなって、ランサーの頬は優しく緩む。ランサーは誰よりも惚れている男と幸福を抱きしめて、ゆっくりと瞼を閉じた。
* *
翌月。ランサーが表紙を飾ったファッション雑誌の月刊号は、瞬く間に完売した。需要は供給の倍を上回り、日を置かずして月刊誌としては異例の重版が発表された。
アーチャーは自宅でモーニングコーヒーを飲みながらその発表を眺める。
表紙の他に複数枚のランサーの綺麗に引き締まった裸体写真が今回の決め手だと評価されていて、アーチャーは得意げに鼻で笑った。
「流石。私の腕は優秀だな」
「たわけ。オレのルックスがいいんだよ」
ボサボサの髪の毛のままボクサーパンツのみを履いて寝室から出てきたランサーはどことなく寝むそうにしている。片手にスマホを持っているため、起きてすぐにニュースを見たのだろうと予想ができた。そしてソファーに座るアーチャーを後ろから抱き締めて頬に朝の挨拶をする。
「おはようさん、エミヤ」
「おはよう、クー」
ほのかにランサーが愛用しているタバコの香りがする。朝からいい知らせを見たからか柔らかい笑みを浮かべていた。胸の奥で心地よいあたたかなものが広がる。アーチャーは小さく微笑んでランサーへ語りかけた。
「見ろ、クー。誰も彼もが君に夢中だ」
「あぁ。この世で唯一オレを魅力的に写せるやつの実力が人を惹きつけるんだよ」
くくっとお互いに笑って、見つめ合う。そのまま重なる口付けの味は、タバコ特有の煙くさい苦味と、コクのあるコーヒーの香ばしいものだった。