アーチャーさんと今日はごはん【10/13新刊サンプル】
えみごアニメの世界線で、えみごエピソードに沿って槍弓を成立させてみようとした小話2本。
ありとあらゆることをねつ造しています。
この2本にアーチャー視点の「年越しそば」とランサー視点の「さらりと頂く冷やし茶漬け」を追加して、10/13の第24次ROOT4to5で本として頒布します。槍弓が成立していないので、どうあがいても続きます。
『アーチャーさんと今日はごはん』
B6/34P/400円
10/13 西2・マ17b「ACF」
通販(BOOTH)→https://acf.booth.pm/items/1640155
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鮭ときのこのバターホイル焼き
声を掛ける気になったのは、たまたまだ。
午前中のバイトを終わらせて、一服しながらのんびり港で釣り糸を垂らしていた昼下がり。パジャマみたいな真っ黒な上下を身につけた褐色肌に白髪の男が視界を横切ったので、軽い気持ちで呼び止めた。知らない顔ではないし、少なくとも遠慮も配慮もいらない気楽な相手ではある。
なにより、ここに来てから今日は魚が一匹も針に掛かっていない。つまり、ヒマだったのだ。
「おう、アーチャー。なに仏頂面してんだ」
「元からだ、放っておけ」
ヒマを持てあまして声を掛けているのだから、そんなことを言われたところで放っておくわけもない。心の赴くままに言葉を投げつけ、我慢強いくせに意外と気が短い弓兵が苛立って手を出してこないかと少しだけ期待していたりもした。
霊基が消滅しかねないような激しい戦闘は禁止されているにしろ、ちょっとした喧嘩くらいであればお咎めもない。運動不足の解消をしたかった、というのもある。
そのはず、だったのだが。
「そういや、こないだ坊主んとこで鮭のホイル焼きとかいうの食ったんだがよ。あれ、美味えのな」
「……なんだと?」
とっかかりのわりに意外と穏便に進んでいた会話が毛色を変えたのは、それこそたまたま思い出した数日前の出来事についての感想を漏らしたときだった。
アーチャーは、基本的にサーヴァントにもマスターたちにもあまり接触をしてこない。自身のマスターの邸にもたまにしか顔を出さないらしく、遠坂凛がブツブツ文句をこぼしていたのをランサーも小耳に挟んだことがある。
マスターのところに寄り付かないことに関しては人のことをまったく言えないが、凛は誰が見ても有能かつ立派なマスターであるし、将来がじつに楽しみなとてもイイ女だ。とはいえ、まだ未成年。ランサーの守備範囲外ではある。
お堅い弓兵のことだから、だからこそ年頃の少女に悪影響を及ぼす噂などが立っては困ると距離を取っているのだろうが、それでも大きな邸で独り暮らしをしている彼女の様子が気にはなるのだろう。たまに顔を出してはまるで執事のように遠坂の邸の手入れをし、凛の世話を焼いているそうだ。
閑話休題。そんな弓兵だが、ランサーにはたまに面倒くさい絡み方をしてくることがある。勝手に絡んできて勝手にはしゃいで勝手に納得して勝手に消えて行くのだ。ハイハイと流していれば勝手に満足して去って行くのであまり深く考えたことはないのだが、まあおそらくはアーチャーなりのなにかの発散方法なのだろう。なにをどうした結果ああなるのかは、聞いたことがないのでわからない。聞くつもりもない。気は合わないが話は通じて、冬木というこの土地になんのしがらみもないランサー相手にしか出来ない発散なのだろうと推測はできるが、確証はない。
とにかく、そんな男がなぜなんてことない世間話に突然眉間のしわを深くして声に険を乗せてきたのか、ランサーも咄嗟には判断できなかった。
「お、おう? なんだとってなにがだ」
「あの未熟者の作った料理が美味い、だと?」
「あ? ああ、美味かったぜ。間桐の嬢ちゃんやライダーが坊主の作る飯は美味いって言ってたし、ずっと気になってたんだよ。それに、鮭って焼くだけじゃなくてあんな食い方もできんのな」
問いかけに答えれば、アーチャーの眉間のしわはますます険しくなる。視線も、質量があれば人を射殺せそうなほど鋭くなっていた。
(なんだ?)
アーチャーの機嫌を損ねるようなことは、特に口にしていない……と、思う。間桐桜の胸についての所感を口にしたわけでもなく、せいぜい衛宮士郎の料理の腕を褒めたくらいで――。
「……光の御子ともあろう者が、あのような未熟者が供した料理ごときで満足するとは意外なことだ」
そこで、気づいた。わかりやすいといえばわかりやすい。
(あー、なるほど。坊主が地雷か)
ついでに、衛宮士郎への嫌悪と不快感と対抗心を隠そうともしないアーチャー自身も面白い。取り澄ました表情を張り付けてすべてが他人事といった態を見せられているより、よほど好感が持てるというものだ。
否、この男相手に好感を抱いたところでさほど意味はないのだが。この先、聖杯戦争が再開する見込みはほぼないものの、一応は敵である。
もっとも、好感を抱いていようがいざ敵として目の前に立ちはだかれば殺すだけだし、たとえ敵だろうが好感を抱けば共に過ごし酒を酌み交わし、同じ釜の飯を食うことだって厭わない。
つまり、だ。
「お、じゃあテメエならもっと美味いの作れるってワケか?」
「当然だ」
「なら、食わせろよ」
「承知した。その勝負、受けて立とうじゃないか。着いてきたまえ」
「おう」
正確には、べつに勝負でもなんでもない。持ちかけたランサーは、なにひとつ損などしないからだ。少なくとも、これで自分が作るよりは確実に美味い飯にありつける。
だがまあ、アーチャーがこうやって闘志を燃え上がらせることでより美味いものが出てくる確率が上がるのなら、その辺りは些細な問題だろう。
そう、思うことにした。
結果として。
「……めちゃくちゃ美味えな!?」
アーチャーの作った鮭のバターホイル焼きは、意味がわからないほど美味かった。
ランサーのバイト先で鮭を買ってからアーチャーが塒にしているというちょっぴり老朽化したアパートへと連れて行かれたので、原材料が特別違う、というわけでもないだろう。
衛宮士郎が作ってくれた鮭のバターホイル焼きもかなり美味かったし何度でも食べたくなる味だったが、アーチャー謹製の鮭のバターホイル焼きはなんというかレベルが違う。雑味が跡形もなく消え、より洗練された味になっているのに食べ飽きることがない。プロの味と家庭料理の良さだけを足したような、えんえんと食べ続けられる不思議な味だ。
「や、こりゃ確かにテメエのが美味いわ」
「フン、当然だ。あの未熟者ですらそこそこの味で作れるものが、私に作れないはずはない」
がつがつと料理を頬張るランサーを眺めているアーチャーの表情は、満足そうだった。衛宮士郎の料理より間違いなく美味しいと、ランサーが口に出して認めたからかもしれない。
(つーか、どっちも美味いんだけどな)
アーチャーも、それは承知の上なのだろう。たとえば凛や桜の作った料理が美味しかったと口にしたところで、「そうだろう」程度の反応しかしないはずだ。そこで、自分の作った料理のほうが美味い、などとは決して主張すまい。
ひとえに、こうまで頑なになるのは相手が衛宮士郎だからだ。そう思えばなんとなく微笑ましいような、つい笑ってしまうような、不思議な気分になる。
「あ」
そして、気づいたときにはホイルの中身はすっかり消えていた。茶碗に山盛りあったはずの白飯もきれいになくなっていたし、湯気を立てていた豆腐とわかめの味噌汁の椀も空っぽだ。
「もうなくなっちまった……」
まだまだ食べられそうなのに、美味しいものとは儚いものである。明日、鮭を手土産に持ってくればまた作ってくれるだろうかと思いかけたときだ。
「おかわりならあるぞ。食うか?」
意外にも、アーチャーのほうから救いの手が差し伸べられた。もちろん、飛びつかないわけがない。
「マジで!? 食う! くれ!」
「少し待て」
ちゃぶ台の上からランサーの分の食器を回収して、アーチャーが立ち上がる。よく見れば、アーチャーの皿の上には、まだ料理が半分以上残っていた。
「おい、まだ残ってんじゃねえか。食い終わった後でいいぞ、冷めちまうだろ」
出来ることなら自分でやるからと言えるが、さすがに今ひとつわからない。たき火で魚を焼くのとは、だいぶ勝手が違うだろう。
だからといって、まだ食べ終わっていない相手にすべてをやらせるのはどうなのか。そんなランサーのジレンマを、アーチャーはあっさりと解決した。
「今からフライパンに火を入れるから、どうせ時間がかかる。待つ間に食べるさ」
「えっ? なあ、もしかしてホイル焼きのおかわりもあんのか?」
「あるぞ。だから、待てと言ったんだ」
「マジでか。めっちゃ待つわ」
なんというか、至れり尽くせりである。感心しながら湯気を立てる湯呑みを手に取ると、フライパンを乗せたコンロに火をつけたアーチャーが振り返って、口の端を上げる。
「ほう? 待てができるとは、意外なことだ」
「テメエな……」
ひとまず、今は我慢した。
――なにしろ、おかわりのほうが大事だったので。