寝癖がひどすぎる話
記憶ないくらい昔に書いた黒歴史を野に放つ所業。
これは友人としこたま酒を飲みながら深夜にキャット&チョコレートを遊んだ結果爆誕しました。深夜テンションというやつです。
・平和な世界
・現パロ
・ギャグだと思う
・苦情は一切受け付けません
・2ページ目はオチまでのメモみたいなやつです
・何がきても自衛できる人向け
・解釈違いで死ぬかもしれません
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エミヤは人生最大の危機に瀕していた。
季節は冬。2月の中旬に差し掛かった頃。朝方は冷え切った空気に身を震わせ、毛布が恋しく感じながらも外に出る、そんな日々。
にも関わらず、エミヤはだらだらと冷や汗を流していた。
現在の時刻、7時。今日は休日であるため遅刻を危ぶむことはない。しかしエミヤにとっては重大な日であった。そう、恋人とデートの約束が入っているのだ。
エミヤは生まれてからこの方、お世辞にも運に恵まれたことがない。白髪に褐色の肌という目立つ容姿も相まってトラブルに巻き込まれやすい。電車は頻繁に遅延し、購入したものは高確率で不具合があり、折りたたみ傘を忘れた日に限ってゲリラ豪雨に見舞われる。他にもあれやこれやと、不運エピソードを数え出すときりがない。
そんなエミヤにも唯一幸運だと思えることがある。それは最近告白され、紆余曲折あって付き合うことになった恋人の存在だった。
ルビーのように煌めく瞳に、夏の青空を写し取ったような青く長い髪、無駄のない筋肉に白くも健康的な肌。背も高くスタイルも良く、そして何より顔がいい。非常に顔がいい。とにかく顔がいい。1日に少なくとも3度は「なぜ私は彼と恋人なのだろう」と問答するほどに美しい男。しかも性格良し器量好し、まさに高級マンションのような高物件。笑顔は快活で分け隔てなく、まさに太陽を体現したよう。近くで見ると眩しさで目が潰れるかもしれないのでサングラスの購入すら検討を始めている。
そんなパーフェクト百点満点花マルな恋人との待ち合わせは9時。家から待ち合わせの場所までは凡そ30分。大事をとって6時半に目を覚まし、布団を片付け、電気ストーブの電源を入れて洗面所に向かい、そして今に至る。
睨みつけているものは洗面所の鏡。毎日こまめに掃除をしているため曇りひとつない鏡。ありのままを映す鏡。
そしてそこに写るエミヤの顔。顔はまぁいつも通りの仏頂面だから良しとして、問題はその上。つまりは髪。
エミヤの髪のひと房が、あらぬ方向へ盛大に飛び跳ねていた。
普段なら軽く撫で付けるだけで誤魔化せるが、今日はデートである。そんなふざけたことはしたくない。しかし寝癖がついたまま向かうことはそれこそあり得ない。あまりのだらしなさに三行半待った無しだ。なぜ付き合えているのかはわからないか、だからといって別れたくはない。だって好きなのだ。これでもかというくらいに。
とにかく寝癖は直さなければ、と飛び跳ねた部分を水で濡らして乾かしてみた。全くの効果なし。心なしか悪化したような気がする。ならばと今度は髪全体を濡らしてみる。部屋着がべたべたになって気持ち悪いがそれどころではない。十分に髪を濡らし、慎重に乾かしていく。ところがどうだ、この寝癖、全力で主張をしてくる。つまりは直らなかった。どうしろというんだ。普段あまりできない寝癖はこういう時に限って現れて、そしてこういう時に限ってひどく手強かった。
最終手段として整髪料を手に取った。普段使っている量の実に2倍を手に取り、全身全霊力を込めて撫で付ける。整髪料が固まってカピカピの髪になってもこの際仕方がない、寝癖よりはマシだ!
結論から行くとまったくの無駄だった。寝癖は元気に跳ねているし、格闘しすぎたせいで時間は7時半を過ぎていた。とりあえず整髪料をつけすぎてどこぞのアニメの主人公のようになった髪を少しずつほぐしながらも、エミヤの頭は忙しなく働いていた。
こんな間抜けな姿は完璧超人な恋人になぞ見せられない。けれども遅刻はしたくないし、ましてはキャンセルなどは論外だった。エミヤも恋人も立派な社会人であるため、休みが重なることなどあまりないのだ。そのチャンスをたかだか寝癖などに潰されるなど、エミヤは許せないし許せるわけがなかった。
寝癖さえどうにかなれば…………脳内はそれで埋め尽くされつつも洗面所から移動する。時間は有限なのだ。まだやるべきことは残っていた。
まずは腹ごしらえから、ときっちり一汁三菜の朝ごはんを食し、食器を洗ったら洗濯物を干して、そしてふと部屋の隅に放置されたものの存在を思い出した。
洗濯カゴをしまって自室に向かう。そこには着ぐるみが置かれていた。猫耳フードがついたもこもこの寝巻きとかそういう類ではない、全身がすっぽり覆われる類のもの。幼児に大人気のパンの名前をしたヒーローや、夢の国のねずみのような、夏場は蒸し風呂の如く暑くなるそれ。
エミヤは先月、会社の行事で着ぐるみを使ったことを思い出した。返却はいつでもいいからと言われていたため放置してあった、オリジナルキャラクターの着ぐるみが、エミヤの部屋に寂しく置かれている。
これだ!と確信した。オリジナルキャラクターだから外に着ていっても人がやってくることは恐らくないし、着ぐるみだから顔が隠れることは不自然ではない。エミヤは浮かれた。これを被れば寝癖を隠せて完璧なデートができるのでは!?!?
善は急げとばかりに着替えを開始する。普段から愛用している真っ黒の服。下も真っ黒のジーンズ。黒ずくめである。控えめにいってかなりダサい。しかしエミヤはそんなこと全く気にしていなかった。なぜなら着ぐるみですべて隠れるからである。
意気揚々と着替えを済ませ、時計を確認すれば8時25分。今から出れば待ち合わせ場所に十分間に合う時間である。
いざ!エミヤはしっかり家の鍵を閉め、しっかりとした足取りでバス停へ歩いていった。
幸運値の低さを遺憾無く発揮したエミヤは無事遅延に見舞われ、待ち合わせの駅に到着したのは9時を少し過ぎた頃だった。歩いている最中もバスを待っている時もひどく視線が刺さった気がするが、寝癖が見られていないのでエミヤは全く気にしていなかった。
駅は大きく、そして今日は休日であるため人がごった返している。この様子では恋人の姿を探すのも難しいかと思われたが、さすが美しすぎる男。何の変哲も無い駅前ですら映えていた。見つけやすくて何よりである。インスタグラムに載っていてもおかしくないのではなかろうか。
「すまないクー、遅くなった」
「おうエミヤ、おは…………よう……………………?」
恋人──その名をクー・フーリン。今日も今日とて輝かしいほどに美しいエミヤの恋人。クー・フーリンはエミヤの声を聞き、ぱっと振り向きそして硬直した。まるで信じられないものを見るような目でこちらを見ている。どうしたのだろう、寝癖は見えていないはずなのだが。
「お前どうしたんだそれ??」
「どうしたとは…………何がかね?」
クー・フーリンがこちらを指差して驚愕と言わんばかりの声を発した。それとは何だろうか。特に不思議なことは、と思いかけてはたと気がついた。そういえば着ぐるみを着ていたのだった。いけない、恋人に見惚れてすっかり忘れていた。
「ああ、着ぐるみのことか。別にどうもしていないぞ」
「いやお前それ………………どう見てもやばいだろ…………」
「実は服がこれしかなくて」
「服がそれしかなくて????????」
きっと聞かれるだろうと思って事前に考えていた言い訳はあまり通じなかったようで、ますます困惑極まりないという顔をされてしまった。