深山いぬあそび・その後
5/4の「蒼天赤を穿つ2」で配布していた無配の中身そのままです。
HA後日談時空で仔犬の姿にされてしまった槍とそのお世話を申しつけられた弓の話(novel/17481370)のオマケというか直後の話なので、本編を読んでいないと意味不明かもしれません。が、本編より槍弓しています。
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それは、草木も眠る丑三つ時。
「どう考えたってひでぇのはテメェだろ」
「いきなり全裸で目の前に現れるほうがどう考えても悪いと思わないかね? もし、あの場に凛が踏み込んできていたらどうなっていたことか。貴様、確実に今頃座に強制送還されているぞ」
「お前が騒音立てなきゃ、さすがの嬢ちゃんも夜中に従者の部屋に飛び込んできやしねぇだろうよ」
「たわけ! 凛のうっかりを甘く見るな!」
「それ大声で言っていいやつ?」
「いいわけないだろう」
「聞こえてんじゃね? お前の声、通るからなぁ」
「……それはまずい」
遠坂邸の一階にあるアーチャーの部屋は、ちょっとした修羅場を迎えていた。
原因は明白だ。やっとのことで犬の姿から人間に戻れたときの、格好と居場所が悪かった。
なんせ仔犬になっている状態で服なんぞ着ているわけもなく、さらに身体も小さかったのでアーチャーの腹の上は寝床としてちょうどいい案配だったのだ。鍛えられた良質の筋肉は、力が入っていなければほどよく柔らかい。身を以て経験したのだから事実である。
そして、いつ元に戻るかなんてランサー本人にもわからなかったのだから、不可抗力だ。もっとも、その主張は非常識の塊のくせになぜか常識ぶる、頭のてっぺんから足の先までしち面倒くさい弓兵に受け入れられるわけもないので、いちいち言う気もなかった。
「騒音で叩き起こされて寝不足の嬢ちゃんに怒鳴り込まれるとか、冗談じゃねえぞ。かなりの確率で朝日が拝めなくなる」
「その格好なら即死はせずにすむのではないか」
「まだ死にたかねぇからな」
アーチャーに腹の上から、というよりベッドの上から蹴り落とされた時点では間違いなく全裸だったランサーであるが、今は蹴り落とされた直後に顔面へと投げつけられた服をちゃんと身につけている。ランサー自身に全裸への抵抗は皆無だが、現代日本では公共良俗とやらに反することはちゃんと学習済みなのだ。
法律だの条例だのはどうでもいいが、この邸の女主人や、己のマスターということになっている教会のシスターの逆鱗に触れる危険は冒したくない。今の生活はけっこう気に入っているし、現界への未練が皆無かと言われれば、最近はそういうわけでもないので。
――この些細とも思える心境の変化は、ランサーにとってなかなか新鮮なものだった。少なくとも、飽きるまでは向き合ってみようと思う程度には。
「ともかく、助かったわ。礼言っとく」
「……? なにがだ」
最後に蹴り飛ばされはしたが、窮地を救われた上に一週間ほど面倒を見てもらったことには変わりない。だというのに、当の本人にこうも素で不思議そうにされるとは予想外だ。
「あのまま教会にいたら、絶対魔力不足で消滅してたからな」
カレンはもちろん、子供の姿になっていたとはいえギルガメッシュにも世話になるのは御免だった。借りを作りたくないのもあるし、自分からオモチャになりにいくような自虐趣味もない。
とはいえ元から大して太くもないパスは身体が変化した時点でほぼ役目を放棄しており、あのままでは一週間もたずに消滅していただろう。
「お前の気配察知したときは、マジで命拾いしたって思ったもんなー。必死で飛んでったわ」
「つまり、犬になっていた間の意識は貴様のままだったということか」
「お前だってそうだっただろ?」
かつてアーチャーが猫になったときのことを思い出しながら言えば、目の前の眉間に深いしわが寄った。まあ、この男にしてみれば、あまり思い出したくない記憶ではあるだろう。
ランサーにとっては、意外と楽しかった思い出だ。
「そう、だが。意識も記憶も間違いなく私自身のものではあったが、だいぶ本能に左右されていた覚えもあるのでな……」
「あー、本能に関しちゃオレもわかるわ。大体魔力足りてねぇから、一度お前にひっついたらもう離れんの無理になるんだよな。サーヴァントが魔力の塊って事実を痛感できたわ」
「そうか、そうだよな。やはりそうか、うむ」
そして、動物の姿にされたときに本能が強く働いてしまって抗えないのが自分だけでなかったことに安堵するその姿は、どういうわけか妙な可愛げをランサーに感じさせた。
なんとも、不思議なことだ。背の高さも体重も、ランサーに勝る大男だというのに。
――とはいえその程度でひるんだり、動揺したりするような性格はしていないのがランサーだ。
「つーわけで、意外と早く戻れたのはお前が惜しみなく魔力を分けてくれたおかげだからな。ちゃんとした礼はまたそのうちするとして、だ」
「以前の借りを返しただけだ。礼なぞいらん」
「まあそう言うなよ。とりあえず、今夜過剰にもらっちまった分は返しとかにゃいかんと思ってな」
「は? なにを……んンッ!?」
もらいすぎた魔力を返すには、粘膜接触がいちばん効率が良いというのは自明の理で。
べつにランサーとしては今まで同様皮膚接触で魔力で返してもよかったのだが、さすがに朝までランサーに抱きつかれたままなのはアーチャー的にナシではないかと思ったわけだ。一応、気遣いの結果である。
よくよく考えてみればこの時代の人間は誰彼構わず接吻したりしないし、ましてや舌まで入れたりしない気もするのだが、今さら気づいたところで時すでに遅しである。ついでに相手がアーチャーであるなら現代的な意味でも特に問題ないと、ランサーの本能は判断している。
もちろん、問題がないのはランサーだけなので、当然のことながらアーチャーは驚きのあまりしばし硬直した後、容赦なくランサーを殴り飛ばした。合意もなにもなしで濃厚なフレンチキスを仕掛けられた割には穏便な反応、とも言える。
「こっ、このたわけ! 貴様はバカか!? 本気でただのバカなのか!?」
「いってえな。なんか罵倒の語彙が劣化してねえ?」
「貴様があまりに考えなしだから! 絶句! しているんだ!!」
「いちばん手っ取り早いじゃねえか」
「そもそもいらんと言ったのだが!」
「え、手間暇かけたほうがいいって?」
「誰がそんなことを言った!?」
とりあえず。しばらくは退屈しなさそうだった。
階下で、ひねくれすぎて逆にまっすぐに見えてきた元従者と、教会からワケありで預かった家出癖のあるサーヴァントが、なにやらやいやいと騒いでいる。
現在時刻は、午前三時三分。深夜と主張しても、おそらく間違いではない時間だ。
もうちょっと静かにできないのかと言いたい気持ちはあるが、あのやりとりに口を出す気にも首を突っ込む気にもなれないのだから、無視するしかない。
それに、ランサーが犬の姿にされてから約一週間、まんざらでもなさそうに元気な仔犬の世話をしていた元従者が、おそらく無意識にたまに寂しそうな、もしくは物足りなさそうな表情をチラつかせていたことに否応なく気づいていた元主としては。
「もー、しょーがないわねぇ……」
じつに生き生き、と楽しそうにランサーを罵倒するアーチャーの声を耳にしてしまっては、階下に乗り込んでうるさい外でやれとガントをぶっ放すことも出来ない。正確には、やりたくない。
「耳栓耳栓、と」
とりあえず、口論さえ聞こえなければ無視できる。衛宮邸でならやりかねないが、ここは遠坂凛の拠点であり工房だ。いくらなんでも、主の凛がいるこの場で乱闘はおっぱじめないと信用することにする。
今晩に限っては、邸がぶち壊されない限りは大目に見よう。
そう心に決めて、痴話喧嘩にしか聞こえない口論に睡眠を煩わされないよう、凛は頭から布団を被った。