齢18の恋物語
とあるノンフィクションのプライベートでグロい話なので、興味がない方は読まないことを推奨します。
18歳のころに付き合っていた男性との話。
私は“雛乃”という名前で思い出したくないほど痛い黒歴史な病み垢をしていた。
小規模だけどキャスを開くのが好きだった。
そのツイキャスを見かけて『雛乃ちゃんをプロデュースしたい』とDMで声がかかった。
全然知らないFF内の人。
その人はアーティストで音楽で食べていけるぐるいの、サヴァン症候群にあまりにもぴったり当てはまっていた人。
サヴァン症候群は、自閉症スペクトラム(ASD)などの発達障害や脳の損傷を抱える人が、記憶力、計算、音楽、芸術など特定の分野で突出した「天才的な能力」を発揮する状態です。正式な病名ではなく、周囲の支援が必要な日常生活と、極めて高い専門能力が同居する特性を指します。
当時の彼は27歳。
発達障害や解離性人格障害を抱えていた。
東京からわざわざ大阪に来てくれて、『オレと一緒に東京で音楽活動をしよう。そして恋人になってほしい』
と言われた。
その当時、私は趣味でTwitterをしていた上、ただ音楽が好きだったから、“有名なアーティスト”という憧れや承認欲求が強く、恋愛とは程遠いけれど、“すごい人に認められた!”と自惚れて二つ返事でOKしてしまった。
あと雛乃のアカウントはあげてしまった。
さよなら4000人のフォロワー。
それからあらゆる世界を巡って、
毎日美術館に行ったり、自然に触れさせてくれる。ただ、何もかもが実費だったので、すずめの涙程度のバイトの賃金を大切に使っていた。
向こうは大量な札束をポケットに入れて、高いお店の場所で声かけを積極的に行っていた。
唯一泊まりだった旅行計画。
宿代を払うから、後のプランは私に丸投げ。
家族旅行に連れて行ってくれたお父さんの前で「いつもありがとう」と土下座をしていた。
伊勢旅行。ちゃんとプランを立てていたけれど、やはり障害を受け止められず、イレギュラーのオンパレードで全て台無しになってしまった。
ビジネスホテルの中はぐちゃぐちゃ。
カップラーメンを洗面器に投げ、蓋の空いた1リットルのジュースやチョコのゴミがクレヨンみたいに転がっていた。
相手は伊勢海老うどんと大盛りのご飯。
私は1番安いかけうどん。
これがすごく虚しかったな。笑
私の外泊許可を得るために彼と両親と4者面談。
めちゃくちゃ喋る割には私のことは一切話さず、如何に自分が苦しんできた過去から前向きになれたかだけを話し、とりあえず雛乃ちゃんを東京に連れて行きたい。ということだけだった。
両親はもちろん反対だったけれど、“娘が楽しそうだからそれでいい”という感じで当時見守ってくれていた。
彼は、というか、彼とも呼びたくもないけれど、実際形上そうだったから許婚のようなもので、性行為を一度もしたことが無かった。
ただ“雛乃”だけを見ていて“私”を見ていてくれなかったことに気がついたのは半年後。
これがまさに洗脳である。モラハラ、精神的DVでキャパオーバーした。恋人として見るには程遠いような毎日で、バイトや事業所に通った後に、終電で帰ることが当たり前。ノートパソコン+ギター+彼の音楽機材を背負い、デパ地下の半額のお惣菜を買って、電車に乗って3㎞歩いた先の滝の前で音楽を聞かせてくれた。
しかし到底人間に対する扱いとしては奴隷そのもの。
あの人の音楽が聴きたい。恋人の特権でみそめられたい想いだけで一緒にいた。
人間の精神や肉体としての限界がきて、泣き寝入りしたけれど、それも蔑ろにして努力不足だと叱られ、『オレはわざわざ東京から会いに来てるにも関わらず、最低だ。お前の人生を500万でコンサルしているんだ。本来無料で音楽を聴かせてあげているのだから、ここでオレについていけないのなら、人生はその程度だということ。』と追い討ちをかけられた。
10日以内になんとしても3万円稼げ。そうじゃなきゃお前の価値はない。この先真っ暗でどん底の人生を歩むことになる。と言われたので、普通のバイトができない私は風俗で働いた。当時私はレンタル彼女のバイトで収入を得ていたが、事務所を通さずに個人営業をしろと指示された。売春と同じようなもの。
風俗でお金を手に入れて初めて褒められた。
私は何度かレイプされたことがあり、内容が内容で、警察や親に頼ることも出来ない。向こう側から心配もされない。更には代わりに訴えてあげるから、その慰謝料を半分もらう。と嘲笑された。
今のところ嫌な部分が目立つけれど、すべて事実ではある。
今思えば良くも悪くも人生を変えてくれた人で、色んな世界に触れさせてもらって、ありがたい反面、戻らない心の傷は大きい。
この話を信じられるか信じられないか、あなた次第。
フィクションであればよかった。


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